シリーズ【毎日新聞社説】 07年、もっと前へ <<前へ 目次 次へ>>
2007年01月03日(水曜日)付
07年もっと前へ 政治決戦 「劇場型」はもう要らない
◇有権者が政策競争促そう
「最近、政治がつまらなくなった」--。こんな声をよく聞く。安倍晋三内閣の支持率は昨年12月の毎日新聞調査で46%に落ち込んで、今や「顔が見えない」が安倍首相評の定番だ。かといって野党支持が拡大しているわけでもない。再び増えているのは「支持政党はない」という無党派層だ。
今年7月には参院選がある。自民党が大敗すれば、安倍首相は早々に進退が問われる可能性がある。対する民主党の小沢一郎代表は参院で自民、公明の与党を過半数割れに追い込み、早期の衆院解散・総選挙を迫るシナリオを描く。
今月25日開会する通常国会では参院選をにらんだ与野党攻防が始まる。春には東京都知事選をはじめとする統一地方選も控えている。そんな大事な政治決戦の年でありながら、国民の関心が薄らいでいるとしたら、これもまた「政治の危機」と言うべき事態である。
◇「組織」頼る自民と民主
5年半の小泉政権時代が終わって3カ月余が経過した。電撃的な北朝鮮訪問や刺客騒動、そして靖国参拝……。小泉純一郎前首相は「ワイドショー政治」と言われながらも確かに国民の目を政治に引き寄せてきた。
しかし、「小泉劇場は面白かった」と懐かしんでいるばかりではいられない。劇場型政治の狂騒を経て、また一歩、日本の政治が新しい段階に踏み出せるかどうか。私たちは今、そんな重要な岐路に立っている。
残念ながら政界では時計の針を戻すような動きが目立つ。
好調な出足がうそのように安倍政権は早くも失速している。自民党が若い安倍首相をリーダーに選んだ最大の理由が「国民的人気」だったことを考えれば支持率低下は一段と深刻だ。だが、支えるべき自民党も首相の人気回復を図ろうとしているようには見えない。かえって「前首相に比べて怖くない」と官邸より党の発言力が強まるのを歓迎している様子である。
かつて自民党は「党高政低」「権力の二重構造」と言われ、首相の影は薄かった。党は選挙で応援してくれる既存の支持者を大切にし、それが政策にも反映されてきた。結果、もたらされたのが政官業の癒着構造だった。「それでは日本は立ち行かない」との声が強まったから、官邸主導を目指す一連の政治改革が進んだはずだ。そして、郵政民営化をはじめ、「自民党の支持基盤を崩しても改革を」という姿勢に多くの国民が期待したからこそ、小泉政権は大きな支持を得たのではなかったか。
ところが、改革を前に進めるどころではない。自民党は旧来の支持組織や業界を重視する方向に戻りつつある。郵政造反組の復党が象徴的だ。復党を急いだ最大の理由は参院選を前に造反組の後援会や支持団体を味方につけたかったからである。
もちろん、格差問題など小泉時代の負の側面は是正が必要だ。だが、改革はまだ緒についたばかりだというのに小泉改革に不満だった「身内」への癒やしばかりに目が向いているように思える。
あてにならない無党派より、頼りは組織票ということなのだろう。傾向は民主党も同じだ。小沢代表は農協や漁協などを精力的に回り、参院選比例代表には自民党寄りと見られていた組織・団体からも候補を擁立する方針だ。これが自民党の危機感をあおっているのは確かだが、選挙戦術を優先する余り、政党の柱というべき政策がいささか二の次になってはいないか。
民主党がまとめた「政権政策の基本方針」には、従来の消費税率引き上げ方針を撤回し、高校教育の無償化や零細農家への所得補償などが盛り込まれた。だが、肝心の財源の裏づけは乏しく、自民党からも「バラマキだ」と批判を受けている。
国民の痛みを伴っても必要なら具体的に数値を盛り込んで提示する。民主党はマニフェスト時代を意識し、綿密な政策作りをしてきた。それが政権担当能力をアピールする武器だったのに「あれもやります、これもやります」の旧来型公約に戻ろうとしている。
◇前哨戦は統一地方選
かつて「(無党派層が)寝てしまってくれれば……」と語った首相がいたのを思い出そう。今また自民党などでささやかれているのは「投票率が低い方が有利では」といった話だ。
組織に縛られず、個人の意思で投票する人は確実に増えている。無党派層は決して無関心層とイコールではない。にもかかわらず、「そんな人たちは投票所に行ってくれるな」と言わんばかりに政党は軽視しているのだ。有権者はもっと怒りの声をあげていい。
幸い、参院選まで半年以上ある。注目したいのは統一地方選だ。地方では政策立案を重視する首長候補や議員候補が徐々に増えている。有権者は候補者が掲げる政策を十分、見すえて投票しよう。それは自分たちが、どんな政治家を望み、どんな政策を優先しているか、鈍感な政党に知らしめる好機となる。
劇場型のブームがない分、各党のマニフェストをじっくり吟味する環境が整ったとも言えるのだ。「つまらない」という不満は脇に置き、私たち有権者が政党の政策競争、改革競争を促す。そんな年としたい。
毎日新聞 2007年1月3日 東京朝刊