星を捜していたのに
小雪が音もなく落ちてくる
夜の無音の落下に立ち止まり
両の掌をささげる
重さのない冬の結晶は
掌の微熱に溶けてゆく
その掌から
幻の凍蝶が天にのぼる
天の蝶は懐かしい人の声を
微かに微かに届けてくる
聞き取れなかった父母の最後の言葉を聞かせて下さい
一九四六年九月
葫芦島からの引揚船のなかで
死にかけた幼子が
母の薄い乳を吸い尽くし
父の温もりに抱かれて
水葬から辛うじて免れ
ここまで生きてきました
そうして 五十数年後には
父母の死の傍らに
健やかな私が立ち会うことができました。
私の死に立ち会う者は誰か?
と問えば
饒舌な舌を持つ
大きな黒い影が
立ち塞がるだけだ
天の蝶よ 父よ 母よ
この風景をふたたび見てはいけません
[66]