ヤンディーズ

現在闘病中で「病んでいる」ボーカル&ギタリスト、「太郎」の独り言

J鶴田vs長州

2020年05月22日 | プロレス
私、この試合観ていないのですよ。
部活だったか?それともスタジオかアルバイトか?
ビデオにも撮っていないしで。

後々語り継がれてきた団体のエース同士の対決、
伝説の鶴田vs長州、60分フルタイムドロー。
試合後、長州が「ジャンボには敵わない」か「勝てない」と漏らした事が有名ですね。
この動画で初めて観る事が出来ました。

AJPW - Riki Choshu vs Jumbo Tsuruta


懐広く、おまけに今まで本気の強さを見た事無かった鶴田。
一方、感情的なファイトスタイルの長州。

鶴田はアメリカンプロレス、長州はストロングスタイル。
やはり鶴田の余裕がどうしても見える感じがしますが
コレは死闘ですね。
派手な攻防はそんなに多くなく
試合の半分以上は寝技の攻防。
コレ、リアルタイムで観たら手に汗握っていたでしょうねぇ。
恐らく鶴田を応援していたと思います。
体格差の有る二人。和田京平が語りますが
体の大きいジャンボを長州さんが持ち上げる時の体力の差、
その為に生じるスタミナの差。
こういうプロの目から見る冷静な分析がホント納得できますが
試合をリードしたのは鶴田、
時代をリードした長州
こういう公平な見方も出来ると思います。
後、谷津のYouTubeチャンネルで語られていましたが
長州は当時社長も兼任し、おまけにこの日はジャパンプロレスの興行、
興行主としての責任感という重圧の中でのプレッシャーを背負った試合だったそうな。
鶴田の方に余裕が感じられたのはそういう立場の違い、と
鶴田本人が言っていたそうな。

初めて観たので、完全に予想外の試合でした。
まさか30分以上はグランドの展開だったとは。

リング下で意見を求められた、まだ声がクリーン?な天龍が
「良い試合ですね」と答える様に、
長州の必死さが伝わる名勝負ですね。

因みに、最強論が未だ続く鶴田。
この鶴田を怒らせたのは
天龍、三沢、川田、この3人が浮かびます。
武道館のメインイベントという大一番の三冠ヘビー級選手権に挑んだ川田。
あの日、実は高熱の病気状態で闘った!という今だから語れる
川田らしい真実は驚きでした。
川田は鶴田もハンセンも怒らせましたしね。
あの体格差で。

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4 コメント

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ジャパンプロの全日参戦…。 (凸椪)
2020-05-22 18:56:41
アントンハイセル問題(?)から新日を脱藩した新生ジャパンプロレス一行が、全日参戦した折に初めて体格の違いを、テレビ画面で視て唖然。それまでは全日は日本人・外人とも大型選手が多いと、圧倒的に新日派だった周囲のプロレスファンの間で言われてはいましたが、ジャパン勢と全日外人の対戦を目にして実感した。猪木・坂口・S小林といったヘビー級クラスの所属はありながら、他のレスラー陣はスピーディで杯酢パートな戦いを展開していた新日勢と全日選手が、仮にリング上で覇を交えたら全日側が“秒殺”されるのは必定と、それまではかんじていたところ、ブロディと長州の対戦を視て自分の思い過ごしだったことを感じさせられた。
長州(吉田光雄)・J鶴田ともにアマレス五輪代表になった逸材ながら、長州の方が圧倒するものと勝手に思っていたのが、明らかに素人ファンの俺が間違っていたのかと…。両者とも大学時代にはアマレスマットでの対戦があったのならば、ぜひ観たかったところだけれど、その種の記録は見たことはない(あるかも知れないし、ないかも知れないが…)。もっとも長州は日本代表じゃぁないそうだが、ミュンヘンでは二人ともメダル奪取には遠かったようで、プロレスラーとしてはジャンボの方が恵まれたエリートコースを歩いている印象があるのは、11㎝の身長差ばかりではないと思う。ただ最終的には早逝した鶴田より、長州の方がレスラー人生を全うできたのだから世の中はわからない。
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凸樫さん (太郎)
2020-05-22 21:55:31
ブッチャーの著書に新日、全日選手のサイズの違いは書いてましたな。本人的には気にならないそうですが。
馬場が大きいレスラーを好んでいましたからね。谷津のチャンネルでは
長州は181か182と記していましたね。体格、性格でも好まれたのはキラーカーンですね。
(永源の黒い人脈をチラつかされ移籍する事になったと)
ブロディーと長州の絡みはホントにショックでしたね。後々ハンセンとはプロレスする様になっても
外国人TOPレスラー達には
露骨に嫌悪される試合でしたね。
長州と鶴田は階級が違うので対戦は無さそうな記述が長州本に有りました。
オリンピックでは二人とも一回戦負けではなかったかな?と。
プロレスラーとしては素材的には馬場猪木世代以降ではピカイチでしょう。
後継に据えましたし、オマケにサムソン轡田の新団体、鶴田勧誘事件がバレ
鶴田は馬場にJ&Bという会社に閉じ込められ選手会との関わりを閉ざされたそうですし。
馬場のお膳立てとは云え日本人初のAWAチャンピオンにAWAサーキットしましたしね。
才能は全米でもTOP取れるのに鶴田がプロレスを好きにならなかったなくが残念と
百田光雄がインタビューで語ってました。
そして馬場夫婦が選手をメディアに出したりアピールさせるのを嫌うので
行き着く所サラリーマンレスラーになる傾向がある一方
波乱万丈な過激路線を行った新日レスラーのセルフプロデュース出来る事が出来た
新日、全日の団体の体質の違いが大きいしで、今のプロレス興味若い人でも
モノマネ等あっても長州は知っていても、鶴田、全日本の選手は知らない
日本に於いての知名度の差も大きいので何が成功で幸せか判らないですね。
鶴田の食生活は微妙な話を聞きますが日本人離れした大きい体で
頭も良かったですしね、鶴田の訃報は驚愕で今でもゴング追悼号持っております。
返信する
Unknown (Home In My Shoes)
2020-05-25 22:26:20
こんにちは(*´ω`*)。

この試合、テレビで見たのと東スポ&ゴングで追っかけた記憶があります。

当時の印象としては「やはり鶴田強し。長州善戦するも精一杯だったかな」です。ゴングの読者投稿には「もう一回と握手する長州なんて見たくなかった。何日和ってんだ、ターンバックルに蹴り入れて怒って帰ってこそ長州だろうが。丸く収めてんじゃねーよ」みたいなのがありました。そういう投稿をあえて載せたのはゴング編集部に思うところがあったのでしょうか。

この試合って、安易に語りにくいほどの背景があるような気もします。太郎さんが書かれている内幕、私は知らないことばかりでちょっとびっくりしているのですが(*´ω`*)。

「鶴田はプロレスを好きにならなかった」は衝撃ですが、長年の疑問が解けるヒントをいただいたようにも思いました。そうか、そう思うと納得。ありあまる才能と体格ながら終生の善戦マン。長州や天龍の火花を散らすような絡み合いにもとうとう入っていかなかったのは、「好きではなかった」。もう充分ですわ、これで。

改めて、長州の魅力は反体制・挑戦者ってとこだったんだなぁって再認識です。リック・フレアーのような王者スタイルは鶴田にはできても長州には似合いませんものね(*´ω`*)。
返信する
Home In My Shoesさん (太郎)
2020-05-26 01:14:42
こんばんは。
当時相当話題の一戦だったんですよね。私何で見なかったのかな?
興行主としての半端ないプレッシャーの中、怪物・鶴田との対戦。
プレッシャーの精神的疲労が最初から有ったというのは先日初めて知りました。
マスコミは長州の反骨心を煽って居たかったのでしょうかな。
そういえば新日本で解説していた元東スポの柴田氏は「維新軍の試合時間は短い」と書いたら
長州怒られ、その後には天龍革命時に怒らせテーブル引っくりかえさせ、元子夫人からは
背中にコッソリ「取材拒否」と紙貼られてたり(笑)前田と喧嘩後、グァムでバックドロップされたり
密なマスコミ持ちつ持たれつの間柄、色々衝突は有る様でした。
鶴田戦から話ズレましたが、日本人の規格を超えた体に運動能力とセンス、しかも練習しない‥
天性のモノを備えるバケモノなのに、鶴田の試合は天龍が本気させる迄あまり熱くなった記憶は多くないです。
勝敗に関しては熱くなりました。ブロディからインターヘビーを奪取した時等。
鶴見五郎は「ジャンボは僕達を相手にしないでするーっと抜けていくんだよね、天龍は怒らせた、上手いんだよね」
そう語っていました。轡田はボート界の笹川会長を担ぎ出し新団体やろうとして
鶴田を勧誘し、カブキなんかはそのゴダゴダで決定的に嫌になりアメリカに主戦場を移す事になったそうな。
転覆させられそうになった馬場は鶴田を叱りつけ、縛りつけた状態になったんでしょうね。
馬場は裏切った人間は許さず根に持つから期待されていた鶴田も
自業自得とは云え本気でプロレスをやる気無くしたのかな?なんて想像してみたり。
あの時期、日本のプロレス界の興味、話題をかっさらった時代の寵児長州ですから
良くも悪くも注目され批判は多方面から受けますよね。
只でさえ自分達が一方的に攻撃するスタイルで全日本レスラーの反感買っていたので
ゴングでも特集組まれていたのですが「防御は最大の攻撃なり」を
「攻撃こそ最大の防御なり」を通した長州は鶴田に「防御は最大の防御なり」を実践された
そういう形に見えますね。反骨心が一直線で振り幅と引き出し多い鶴田に流されてしまった様にも。
日本人には早々チャンスの来ないAWAタイトルを取る事になり
ミネアポリス地区で防衛戦の連戦でリックマーテルに負ける迄防衛ロードを築いた懐の太さを
馬場の後押しでもバーンガニアに認めさせたのではないかな?とも思います。
こう書くと世界的な面でチト鶴田のスケールの大きさ、けど本気で好きにならなかった
そういう人間の難しさも感じたりしますね。
プロレス馬鹿になった天龍vs長州の方がお互い熱くなり客がヒートしたのも当然の成り行きというか‥。
最近、何処かの記事で読んだのですが長州の反逆革命は
上司に反抗する部下を彷彿させて支持を得たそうですね。
新日本のレスラーでは藤波が最も全日本的、と言われて居ますよね。
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