前々回より続くTIFF2018オススメ作品紹介です。一応、今回で個人的ベスト3の紹介が終わるので、今年のTIFF投稿は今回で終わりです。
《Story》
夫と3人の子どもと暮らすオルナは、夫の始めたレストランがなかなか軌道に乗らず、苦しい家計を助けるために建築関係のオフィスで働くことになる。しかし、有能な彼女を気に入った雇い主から執拗なセクハラを受けるようになり、ついにパリ出張の夜に耐えがたい出来事が起こる。
彼女を解雇して闇に葬ろうとする雇い主に対し、オルナは闘いを開始する。
(「第31回東京国際映画祭公式サイト」より)
働く女性が受けるセクハラを生々しく描いた作品。今もっとも観られるべき作品のように感じます。男性には理解しづらい、女性が働く上での不安がよくわかります。
そして、そうした不安は必ずしも外部ではなく、内部にも存在しているというのが味噌で、孤軍奮闘する主人公オルナの姿が心を打つ作品でした。
職場でのセクハラ
もっとも問題にされやすいのが、職場でのセクハラでしょう。報道や問題視されるセクハラの多くは職場で発生しているものです。
そして本作が主に焦点を当てるのも職場です。特に、不動産業という男性的な文化が古く残る業界(イスラエルにおける不動産業の実態はわかりませんが……)を扱っています。
レストランを経営する夫の収入の支えになろうと不動産で働き始める主人公のオルナ。必死に成績を残そうと夜遅くまで奮闘するオルナを上司も気に入り、彼女は徐々に営業としての才覚を発揮していきます。
最初はオルナも部下として上司を慕っていましたが、上司はそうではなかった。オルナを異性として意識し始め、次第に性的な目で見るようになります。髪を下ろせ、女らしい服装をしろとセクハラ発言の殴打。頻繁に個室に呼び出されては関係を迫られ、挙句の果てには強引にキスまでされてしまう。
彼女はそうしたセクハラを未然に防ごうと、髪をまとめ、ボタンを全部閉め、女性らしい要素を減らそうと試みます。この「未然に防ごう」という自己責任の精神も、マッチョイズムによる副産物と言えるでしょう。(本来は自由な服装で働けるべき)
しかし、上司はもはや「そうしたこと」は関係なく、オルナを性的に消費しようと迫ります。権力をチラつかせるなど、実に下卑た手法で、です。
極め付けはパリへの出張時にホテルで押し倒されそうになったこと。そこでオルナは恐怖のあまり身が竦み、抵抗ができなかった。
自分の力(未然に防ごうという努力)では太刀打ちできない悪意に失意の念を示すのです。
自己中なメンヘラ夫
ここで、夫が颯爽と登場し、オルナの上司をコテンパンにしてくれれば、それは美談であり爽快な勧善懲悪モノになるのでしょうが、本作では決して夫も味方ではない。それは、愛しすぎるが故に、疑ってしまう度量の小ささ(メンヘラ気質)が起因しています。
恐怖で動けなかったオルナを「拒まなかった」と判断し、それに詰め寄る夫。つまるところ夫も男であり、妻の行動の意図を理解できなかったのです。
結局一連のセクハラを半ば同意と誤解され破局を迎える夫婦。オルナは転職を決意し、子供たちのための新たな人生を歩み始めます。
その表情の力強さがこの物語を象徴しているように感じました。男性悪に対する女性の努力は無力だった、環境を変えるしか解決はできない、という現代女性の閉塞した感情を代弁しているかのようです。
作品の冒頭のシーンが歩くオルナの後姿で、最後のシーンが歩くオルナの正面体だったのが印象的でした。
映画業界でもセクハラが蔓延する昨今。ビョークのセクハラ告発が話題にもなりました。
私は紳士だから大丈夫だと無根拠に自信を持っている男性の方が危うい気がするので、この問題に関しては今後も気をつけていきたいですね。
《Story》
夫と3人の子どもと暮らすオルナは、夫の始めたレストランがなかなか軌道に乗らず、苦しい家計を助けるために建築関係のオフィスで働くことになる。しかし、有能な彼女を気に入った雇い主から執拗なセクハラを受けるようになり、ついにパリ出張の夜に耐えがたい出来事が起こる。
彼女を解雇して闇に葬ろうとする雇い主に対し、オルナは闘いを開始する。
(「第31回東京国際映画祭公式サイト」より)
働く女性が受けるセクハラを生々しく描いた作品。今もっとも観られるべき作品のように感じます。男性には理解しづらい、女性が働く上での不安がよくわかります。
そして、そうした不安は必ずしも外部ではなく、内部にも存在しているというのが味噌で、孤軍奮闘する主人公オルナの姿が心を打つ作品でした。
職場でのセクハラ
もっとも問題にされやすいのが、職場でのセクハラでしょう。報道や問題視されるセクハラの多くは職場で発生しているものです。
そして本作が主に焦点を当てるのも職場です。特に、不動産業という男性的な文化が古く残る業界(イスラエルにおける不動産業の実態はわかりませんが……)を扱っています。
レストランを経営する夫の収入の支えになろうと不動産で働き始める主人公のオルナ。必死に成績を残そうと夜遅くまで奮闘するオルナを上司も気に入り、彼女は徐々に営業としての才覚を発揮していきます。
最初はオルナも部下として上司を慕っていましたが、上司はそうではなかった。オルナを異性として意識し始め、次第に性的な目で見るようになります。髪を下ろせ、女らしい服装をしろとセクハラ発言の殴打。頻繁に個室に呼び出されては関係を迫られ、挙句の果てには強引にキスまでされてしまう。
彼女はそうしたセクハラを未然に防ごうと、髪をまとめ、ボタンを全部閉め、女性らしい要素を減らそうと試みます。この「未然に防ごう」という自己責任の精神も、マッチョイズムによる副産物と言えるでしょう。(本来は自由な服装で働けるべき)
しかし、上司はもはや「そうしたこと」は関係なく、オルナを性的に消費しようと迫ります。権力をチラつかせるなど、実に下卑た手法で、です。
極め付けはパリへの出張時にホテルで押し倒されそうになったこと。そこでオルナは恐怖のあまり身が竦み、抵抗ができなかった。
自分の力(未然に防ごうという努力)では太刀打ちできない悪意に失意の念を示すのです。
自己中なメンヘラ夫
ここで、夫が颯爽と登場し、オルナの上司をコテンパンにしてくれれば、それは美談であり爽快な勧善懲悪モノになるのでしょうが、本作では決して夫も味方ではない。それは、愛しすぎるが故に、疑ってしまう度量の小ささ(メンヘラ気質)が起因しています。
恐怖で動けなかったオルナを「拒まなかった」と判断し、それに詰め寄る夫。つまるところ夫も男であり、妻の行動の意図を理解できなかったのです。
結局一連のセクハラを半ば同意と誤解され破局を迎える夫婦。オルナは転職を決意し、子供たちのための新たな人生を歩み始めます。
その表情の力強さがこの物語を象徴しているように感じました。男性悪に対する女性の努力は無力だった、環境を変えるしか解決はできない、という現代女性の閉塞した感情を代弁しているかのようです。
作品の冒頭のシーンが歩くオルナの後姿で、最後のシーンが歩くオルナの正面体だったのが印象的でした。
映画業界でもセクハラが蔓延する昨今。ビョークのセクハラ告発が話題にもなりました。
私は紳士だから大丈夫だと無根拠に自信を持っている男性の方が危うい気がするので、この問題に関しては今後も気をつけていきたいですね。
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