K馬日記

映画や美術、小説などの作品鑑賞の感想を徒然なるままに綴っていきます。

エデン、その後

2020年05月11日 | 映画

続いては1971年製作の監督初のカラー作品『エデン、その後(原題:"L'Eden et après")』です。 因みに英題は"Eden and After"で直訳ですね。

《Story》カフェ・エデンにたむろするパリの学生たち。倦怠と退廃、リビドーが充満するコミュニティに、 突如現れた男が話す、知らない遠い国の話…。豪奢に浪費される極彩色、儀式のようなSM遊戯。“『不思議の国のアリス』と『O嬢の物語』の恐るべき邂逅“と評された初のカラー作品。(「Filmarks」より)

この作品から少し他人にはおすすめできなくなります。幻想的で難解な映画で、冒頭にイメージと単語のみが提示される演出で嫌気がさす人もいるでしょう。不可解な展開に響く不協和音が印象的な作品です。

カラー作品と言うこともあり、チュニジアにおける青い空と白い建物の対比、また、鮮血の赤が映えるような演出など、色彩に対する拘りが見られます。後の作品でも使用される「女体×鮮血(赤い液体)」という象徴的な組合せは、初カラーである本作からというのも特徴と言えるでしょう。

 

演劇の再演というメタフィクション

舞台が始まるのは時間を持て余した大学生がたむろするカフェ「エデン」。彼らはカフェで演劇やカルト的儀式を行う。この迷走している感じ、いかにもモラトリアムに囚われた大学生という感じです。

このシュールな演技がフィクションとノンフィクションの境を曖昧にする、ある意味この時点で高度なメタフィクションとも捉えられるかもしれません。カフェが鏡で囲まれているのも、こうした二つの価値観が併存する世界観を示しているようにも思われます。

この閉鎖的モラトリアムの世界は、突如現れた男デュシュマンによって激変します。

突然目の前に現れ、アフリカ、異国の地について話す男に夢中になります。主人公の女ヴァイオレットは、男から渡された白い粉を吸い、後に実現されるチュニジアでの幻覚を見ます。彼らの停滞していた学生生活に新しい視座(脱モラトリアム)がもたらされるのです。

彼は「君たちの演劇は空っぽだ、中身がない」という言葉で、学生たちの活動を一蹴します。過去作でも描かれた「異邦人」としてのポジティブな役割(排他的ではなく刺激的)を全うするわけです。

かくして新しい視座を得た彼らの演劇(プレイ)は、ヴァイオレットが見た幻覚通りにチュニジアのジェルバ島で再演されることになります。このブロック的な構造がメタフィクション的と言えるかもしれません。

 

Eden and After, and Eden ― 永遠のモラトリアム

ヴァイオレットは男と出会った晩、街の倉庫で奇妙な出来事に遭遇します。それまでの文脈と全くと言っていいほど分断されてしまった物語で、その出来事は最終的にデュシュマンの死(脱モラトリアムの喪失)という結末を以て迎えられます。しかし、翌日にはその遺体は消えてしまい、謎だけが残されてしまう……

倉庫で「出来事」を目撃するヴァイオレット

ヴァイオレットは物語の真相を探るべく、青と白の寝室から青い海や空と白い家のコントラストが美しい国チュニジアはジェルバ島へと移動します。それはまるでモラトリアムからの脱出を図ろうとする旅かの如く、です。

そこでエデンで演じていた演目、及び白い粉で見た幻覚――チュニジアの一風景を描いた絵画を巡る抗争――が再演されるのですが、チュニジアを脱モラトリアムの象徴と考えると、これはモラトリアムを巡る攻防(現状に留まりたいか否か)と捉え直せないでしょうか。

ヴァイオレットは、チュニジアの旅の最後に自分と似た姿をした、少し年を取った短髪の女性と出会います。上記前提を踏まえると、それは脱モラトリアムを遂げた将来の自分とも考えられます。見つめ合う二人はどこか儚げでもあります。

その一方、別の劇団員マルク・アントワンもまたチュニジアで脱モラトリアム後の自己と対峙するのですが、彼は脱モラトリアム後の自分を殺害を試みます。モラトリアムに留まりたい想いから出た行動でしょう。ここで脱モラトリアムを望むヴァイオレットとの対比構造が生まれます。

しかし、映画のクライマックス(演出がこてこてのスネアドラムでクスリと笑えます)で、再びデュシュマンがチュニジアで死亡。然して彼女らの脱モラトリアムは成らず、という結末になるのでした。

チュニジアから帰国したヴァイオレットが再び向かったカフェ「エデン」、そこにはチュニジアで亡くなったはずの普段と変わらぬ仲間の姿が。デュシュマンの足音を再び予感させたところで映画は終わりを告げます。

何度も繰り返されるであろうプロット。果たして彼らはモラトリアムから脱することは、エデンのその後(Eden and After)に行くことはできるのでしょうか。チュニジアの砂漠でもがく、蟻地獄に囚われたかのようなヴァイオレットの姿が実に印象的に映るのでした。

公開された当時のフランス情勢に目と向けてみますと、1968年に学生たちが五月革命(ゼネスト)が起こし、翌年のシャルル・ド・ゴール政権が解散に導いています。調べてみると、セックス革命、文化革命、社会革命とも言われていた、まさに学生主体の革命だったようです。

それを考慮すると、当時革命直後の時代に会った学生たちにはとてつもない虚無感があったのかもしれません。最上級の五月病のような。



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