テレビで、若者に物申す、的な企画があったので、ついつい見てしまう。同じ世代に言われている警鐘として、しっかりと受け止めなければならない。その番組によると、大人が若者に対して怒りを隠せない点ワースト3は、3位が服装、2位がマナー、そして1位が言葉づかいというのだ。
そこで渋谷を代表例にして今の少年少女の言葉をひろっていたのだが、実にひどい。これが日本語かと目を覆いたくなるような悲惨さだ。僕は日本語に陶酔しているわけではないが、あんなものは言語ではない、胸の中にある不快な思いを吐き出したい衝動にかられた。何なんだ、一体。
もしあんなのが社会のなかでまかり通るような言葉になってしまったら、まずいぞ。
・・・というよりも、言語の乱れは一部の地域だけがひどいのだろうけれども(渋谷・原宿だけか?)。
彼らがこれから社会的に通用する日本語が話せるようになるのか、そのためには多大な努力をしなければならないと思うと、可哀想だ。
日本語の美しい響きというものをもっと大切にしてほしい。
内輪にわかる造語を作って話すのはまれに見られるが、文法までおかしくなると、凡人の頭では理解できません。
また番組に出ていた教授の方の指摘では、これらの口語が大学の論文の書き方にも影響し、「他者に伝える言語能力」というものが、とくに急速に落ちている、とのことだった。番組内でいくつかの摩訶不思議な文章のレポートが紹介されたが、これも見るに耐えないひどいものだった。言語を基盤とし、相手に伝えることを目的としてディベートの活動に励んできた僕にとっては、その前提や基盤を崩されることが非常に心苦しい。きっと同じことを考えるディベータ―もいるのではないか…。
意図がかみ合わない会話に慣れ親しんでいると、いつのまにか論理的な思考が鈍ると言っていたが、果たしてそのとおりなら、ディベートの普及がこれらの問題のターニングポイントになることは違いないだろう。
そこで渋谷を代表例にして今の少年少女の言葉をひろっていたのだが、実にひどい。これが日本語かと目を覆いたくなるような悲惨さだ。僕は日本語に陶酔しているわけではないが、あんなものは言語ではない、胸の中にある不快な思いを吐き出したい衝動にかられた。何なんだ、一体。
もしあんなのが社会のなかでまかり通るような言葉になってしまったら、まずいぞ。
・・・というよりも、言語の乱れは一部の地域だけがひどいのだろうけれども(渋谷・原宿だけか?)。
彼らがこれから社会的に通用する日本語が話せるようになるのか、そのためには多大な努力をしなければならないと思うと、可哀想だ。
日本語の美しい響きというものをもっと大切にしてほしい。
内輪にわかる造語を作って話すのはまれに見られるが、文法までおかしくなると、凡人の頭では理解できません。
また番組に出ていた教授の方の指摘では、これらの口語が大学の論文の書き方にも影響し、「他者に伝える言語能力」というものが、とくに急速に落ちている、とのことだった。番組内でいくつかの摩訶不思議な文章のレポートが紹介されたが、これも見るに耐えないひどいものだった。言語を基盤とし、相手に伝えることを目的としてディベートの活動に励んできた僕にとっては、その前提や基盤を崩されることが非常に心苦しい。きっと同じことを考えるディベータ―もいるのではないか…。
意図がかみ合わない会話に慣れ親しんでいると、いつのまにか論理的な思考が鈍ると言っていたが、果たしてそのとおりなら、ディベートの普及がこれらの問題のターニングポイントになることは違いないだろう。