→ はじめから読む
第7章 愛と剣
4
ジュリアンテは猛烈な鞭捌きで前衛二人を翻弄した。神速の鞭が二匹の龍となって襲い、地面を削った礫の軌道まで完璧にコントロールされている。その上、凍てつく波動をも操った。魔力の波動はスクルトによる防御の衣を引きはがし、肌をむき出しにする。不用意に飛び込めば大怪我を追ってしまうだろう。
アイは度々鞭を切断した。だが、ジュリアンテが魔力を込めて切断面を舐めると、また生き物のように再生してしまう。ぬるりと生える触手のような鞭は、その度に先端の形を変えた。返しのついた針のような時もあれば、両刃の斧の時もあった。
ショコラも離れた場所から呪文を放つが、ジュリアンテの操るメラミによってことごとく相殺されてしまう。隙を突かなければただ魔法力を無駄に使ってしまうことになりかねず、攻めあぐねていた。
「うふふ……なかなかやるじゃなぁい? でも、そろそろ飽きたわ。そっちの斧使いのかわいいドワーフさんはどうしたの? かかってこないのかしら? 早くおいでよ。あなたを引き裂きたくてうずうずするわっ!」
ジュリアンテは身をよじり、投げキッスをする。その間も鞭の攻撃はアイとマイユを襲い続けていた。
「二人相手に余裕かよ……でも、いけるかもしれねぇ。ショコラ、何とか隙を突いて動きを止めてくれ!」チャオがにやりと笑う。
とは言え、その隙を先ほどからショコラも窺っているのだが、なかなか見せないのだ。
「このメスたちはもういいや、殺そっと」
不意にジュリアンテは鞭を止めた。隙ありとマイユが跳びかかる。アイは動かなかった。
「はい、お馬鹿さーん」ジュリアンテの真っ赤な瞳が怪しく輝く。マイユはよろめいて、その場にしゃがみ込んでしまった。
「う、うそでしょ……眠い……」
無防備なマイユを蹴り飛ばし、鞭を振るう。だがその先端はマイユには届かなかった。アイの放った風の刃が鞭を斬り裂き、ジュリアンテの腕をも傷つけた。
「あら、痛い。ふーん、こんな技を隠していたのねぇ。生意気だわ!」
ジュリアンテの瞳が再び輝きを増す。高く掲げた右手にはメラミの炎が宿っていた。アイは咄嗟に目を閉じて赤い眼を見ないようにした。
「ヒャダルコ!」
氷の槍が無数に現れ、炎の上からジュリアンテに降り注ぐ。炎を強めて身を守ったジュリアンテの周囲の地面には、幾つもの氷柱が出来上がっていた。
「このメスエルふぐっ!」ショコラを睨み付けたジュリアンテの顔が苦痛に歪む。その胸にはチャオの放った矢が深々と突き刺さっていた。
「メラミっ!」ショコラの火球が真っ直ぐにジュリアンテを襲う。
「そんな炎なんて効かないよっ」
ジュリアンテは火球を弾き落とすため腕を払うが、その腕はまたたく間に炎に包まれ、上半身の右半分と髪を燃やした。
「ぎゃああああああああああああ! な、なんだこれは!」
「その矢はマジックアローって言ってな、呪文への耐性を下げるんだよ! 次はこいつだぜ!」チャオが次に放った矢は、全体が光に包まれていた。バチバチと小さな稲妻を散らしながら、ジュリアンテの腹に突き刺さる。感電したジュリアンテの身体がびくんと震えた。
「く、くああああああああああああああああああああああああああ!」
ジュリアンテは絶叫を上げ、鞭を振るおうとするが、先ほどのショコラのヒャダルコによって、鞭は地面に縫い付けられていた。
「くそおおおおおおおおおおおおお!」
「覚悟!」
一瞬で距離を詰めたアイの刺突がジュリアンテの胸を貫く。風の刃が刀身の周囲に渦を巻き、ジュリアンテの胸を斬り抜けた。
「ぐがっ……こ、あ……魔瘴石の力を使った……このあたしが! そ、そうか……お前たちの誰かが……生き返しの……」
その言葉にショコラは心臓が凍ったような気分になった。魔物が生き返しを受けた者の存在を知っている。すなわち、冥王もそのことを知っていることになるのだ。
「ただでは……帰さない……よ!」
ジュリアンテは足を踏み出した。刃が鍔元まで突き刺さる。素早く手を伸ばすと、アイの頭をがっしりと掴んだ。
「う……」アイが呻き、ジュリアンテを突き飛ばす。刀が抜け、黒い返り血が肌を染めた。
「うふふ……お楽しみあそばせ」倒れたジュリアンテの身体から紫の霧が立ち昇り始める。
そこに駆け寄る影があった。
「たあーーーっ!」
何もない空中に、幾筋ものスピンドルの剣が閃いた。どれもジュリアンテには届いていない。いや、最後の一回だけ、切っ先がわずかにジュリアンテの腕に当たった。
すでにジュリアンテからの反応はなく、身体はすぐに完全に霧となって消え失せた。床には魔瘴石の装飾品だけが残っていた。
「なかなか手強い相手であった!」スピンドルは装飾品を拾い上げ、しげしげと眺める。
「よし、これを持ち帰って王に報告だ! お前たち、囚われた者たちを早く助けだせ!」
「はっ!」兵士たちは足早に奥の扉に近づいていった。
「おいおい、まだ助けてなかったのかよ……」チャオはため息をつく。
「ずっと隙を窺ってたみたいよ。あんなに離れてるのに」りなが指さしたのは、部屋の隅にある岩影だった。ジュリアンテと奥の扉との距離は比較するまでもなく扉のほうが近い。
「マイユさんが!」
ショコラは倒れこんだマイユに駆け寄る。りな、チャオも後に続いた。
「マイユおねえちゃん、大丈夫―?」
仰向けにして覗き込むと、静かな寝息を立てていた。
「寝てる……おーい、おねえちゃーん」
「魔物にはこっちを眠りに誘うヤツがいる。戦闘中に眠っちまったらアウトだぜ。気をつけねぇとな」
ショコラはほっと息を吐き、立ち上がると、背中を向けたまま立っているアイに近づいていった。
「アイちゃん、怪我はない?」
振り返ったアイの目は虚ろだった。視線は定まらず、口は半開きになっている。
「アイちゃん?」
突然刀が突き出された。
直後、ショコラは脇腹に猛烈な熱さを感じた。視線を落とすと、自分の腹に埋もれる美しい刀身があった。なおも突き出される刀はゆっくりと圧力をかけ続け、やがて激痛をもたらした。
「アイ……ちゃん……?」
「おいっ!」チャオが叫ぶ。素早くアイに駆け寄ると、手の甲で鳩尾のあたりを打った。
「うっ!」アイが呻く。次第に焦点が定まっていく。
「アイ! 落ち着いて刀を離せ!」
「え……」とアイは自らの左手を見る。そしてその先の刀と、貫いているショコラの姿を。慌てて手を離し、刀が傾きかけた。すかさずその柄をチャオが支えて水平にする。
りなの癒しの光がすでに傷口に集まっている。チャオに促され、ゆっくりと横になった。
「ちっと我慢しろな。りな、背中のほう頼む。俺は腹だ」
「う、うん……」
「ショコラ、力抜け」
力を抜いた瞬間、少しだけ刀が引き抜かれた。すさまじい激痛に声も出ない。直後に背中に当てられた布の感触と、癒しの光の暖かさを感じた。チャオのベホイミの声が聞こえた。
視界の端がかすかにアイの姿を捉えたが、すぐにそれも歪み、そのまま気を失った。
アイの震えた声が、何度も自分の名を呼んでいた。
つづく 【5】
第7章 愛と剣
4
ジュリアンテは猛烈な鞭捌きで前衛二人を翻弄した。神速の鞭が二匹の龍となって襲い、地面を削った礫の軌道まで完璧にコントロールされている。その上、凍てつく波動をも操った。魔力の波動はスクルトによる防御の衣を引きはがし、肌をむき出しにする。不用意に飛び込めば大怪我を追ってしまうだろう。
アイは度々鞭を切断した。だが、ジュリアンテが魔力を込めて切断面を舐めると、また生き物のように再生してしまう。ぬるりと生える触手のような鞭は、その度に先端の形を変えた。返しのついた針のような時もあれば、両刃の斧の時もあった。
ショコラも離れた場所から呪文を放つが、ジュリアンテの操るメラミによってことごとく相殺されてしまう。隙を突かなければただ魔法力を無駄に使ってしまうことになりかねず、攻めあぐねていた。
「うふふ……なかなかやるじゃなぁい? でも、そろそろ飽きたわ。そっちの斧使いのかわいいドワーフさんはどうしたの? かかってこないのかしら? 早くおいでよ。あなたを引き裂きたくてうずうずするわっ!」
ジュリアンテは身をよじり、投げキッスをする。その間も鞭の攻撃はアイとマイユを襲い続けていた。
「二人相手に余裕かよ……でも、いけるかもしれねぇ。ショコラ、何とか隙を突いて動きを止めてくれ!」チャオがにやりと笑う。
とは言え、その隙を先ほどからショコラも窺っているのだが、なかなか見せないのだ。
「このメスたちはもういいや、殺そっと」
不意にジュリアンテは鞭を止めた。隙ありとマイユが跳びかかる。アイは動かなかった。
「はい、お馬鹿さーん」ジュリアンテの真っ赤な瞳が怪しく輝く。マイユはよろめいて、その場にしゃがみ込んでしまった。
「う、うそでしょ……眠い……」
無防備なマイユを蹴り飛ばし、鞭を振るう。だがその先端はマイユには届かなかった。アイの放った風の刃が鞭を斬り裂き、ジュリアンテの腕をも傷つけた。
「あら、痛い。ふーん、こんな技を隠していたのねぇ。生意気だわ!」
ジュリアンテの瞳が再び輝きを増す。高く掲げた右手にはメラミの炎が宿っていた。アイは咄嗟に目を閉じて赤い眼を見ないようにした。
「ヒャダルコ!」
氷の槍が無数に現れ、炎の上からジュリアンテに降り注ぐ。炎を強めて身を守ったジュリアンテの周囲の地面には、幾つもの氷柱が出来上がっていた。
「このメスエルふぐっ!」ショコラを睨み付けたジュリアンテの顔が苦痛に歪む。その胸にはチャオの放った矢が深々と突き刺さっていた。
「メラミっ!」ショコラの火球が真っ直ぐにジュリアンテを襲う。
「そんな炎なんて効かないよっ」
ジュリアンテは火球を弾き落とすため腕を払うが、その腕はまたたく間に炎に包まれ、上半身の右半分と髪を燃やした。
「ぎゃああああああああああああ! な、なんだこれは!」
「その矢はマジックアローって言ってな、呪文への耐性を下げるんだよ! 次はこいつだぜ!」チャオが次に放った矢は、全体が光に包まれていた。バチバチと小さな稲妻を散らしながら、ジュリアンテの腹に突き刺さる。感電したジュリアンテの身体がびくんと震えた。
「く、くああああああああああああああああああああああああああ!」
ジュリアンテは絶叫を上げ、鞭を振るおうとするが、先ほどのショコラのヒャダルコによって、鞭は地面に縫い付けられていた。
「くそおおおおおおおおおおおおお!」
「覚悟!」
一瞬で距離を詰めたアイの刺突がジュリアンテの胸を貫く。風の刃が刀身の周囲に渦を巻き、ジュリアンテの胸を斬り抜けた。
「ぐがっ……こ、あ……魔瘴石の力を使った……このあたしが! そ、そうか……お前たちの誰かが……生き返しの……」
その言葉にショコラは心臓が凍ったような気分になった。魔物が生き返しを受けた者の存在を知っている。すなわち、冥王もそのことを知っていることになるのだ。
「ただでは……帰さない……よ!」
ジュリアンテは足を踏み出した。刃が鍔元まで突き刺さる。素早く手を伸ばすと、アイの頭をがっしりと掴んだ。
「う……」アイが呻き、ジュリアンテを突き飛ばす。刀が抜け、黒い返り血が肌を染めた。
「うふふ……お楽しみあそばせ」倒れたジュリアンテの身体から紫の霧が立ち昇り始める。
そこに駆け寄る影があった。
「たあーーーっ!」
何もない空中に、幾筋ものスピンドルの剣が閃いた。どれもジュリアンテには届いていない。いや、最後の一回だけ、切っ先がわずかにジュリアンテの腕に当たった。
すでにジュリアンテからの反応はなく、身体はすぐに完全に霧となって消え失せた。床には魔瘴石の装飾品だけが残っていた。
「なかなか手強い相手であった!」スピンドルは装飾品を拾い上げ、しげしげと眺める。
「よし、これを持ち帰って王に報告だ! お前たち、囚われた者たちを早く助けだせ!」
「はっ!」兵士たちは足早に奥の扉に近づいていった。
「おいおい、まだ助けてなかったのかよ……」チャオはため息をつく。
「ずっと隙を窺ってたみたいよ。あんなに離れてるのに」りなが指さしたのは、部屋の隅にある岩影だった。ジュリアンテと奥の扉との距離は比較するまでもなく扉のほうが近い。
「マイユさんが!」
ショコラは倒れこんだマイユに駆け寄る。りな、チャオも後に続いた。
「マイユおねえちゃん、大丈夫―?」
仰向けにして覗き込むと、静かな寝息を立てていた。
「寝てる……おーい、おねえちゃーん」
「魔物にはこっちを眠りに誘うヤツがいる。戦闘中に眠っちまったらアウトだぜ。気をつけねぇとな」
ショコラはほっと息を吐き、立ち上がると、背中を向けたまま立っているアイに近づいていった。
「アイちゃん、怪我はない?」
振り返ったアイの目は虚ろだった。視線は定まらず、口は半開きになっている。
「アイちゃん?」
突然刀が突き出された。
直後、ショコラは脇腹に猛烈な熱さを感じた。視線を落とすと、自分の腹に埋もれる美しい刀身があった。なおも突き出される刀はゆっくりと圧力をかけ続け、やがて激痛をもたらした。
「アイ……ちゃん……?」
「おいっ!」チャオが叫ぶ。素早くアイに駆け寄ると、手の甲で鳩尾のあたりを打った。
「うっ!」アイが呻く。次第に焦点が定まっていく。
「アイ! 落ち着いて刀を離せ!」
「え……」とアイは自らの左手を見る。そしてその先の刀と、貫いているショコラの姿を。慌てて手を離し、刀が傾きかけた。すかさずその柄をチャオが支えて水平にする。
りなの癒しの光がすでに傷口に集まっている。チャオに促され、ゆっくりと横になった。
「ちっと我慢しろな。りな、背中のほう頼む。俺は腹だ」
「う、うん……」
「ショコラ、力抜け」
力を抜いた瞬間、少しだけ刀が引き抜かれた。すさまじい激痛に声も出ない。直後に背中に当てられた布の感触と、癒しの光の暖かさを感じた。チャオのベホイミの声が聞こえた。
視界の端がかすかにアイの姿を捉えたが、すぐにそれも歪み、そのまま気を失った。
アイの震えた声が、何度も自分の名を呼んでいた。
つづく 【5】
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます