パトリシアの祈り

ドラクエ日記。5が一番好き。好きなモンスターはメタルキングなど。ネタバレしてますのでご注意

小説ドラゴンクエスト10 第23回

2015-06-29 00:07:48 | 小説ドラクエ10
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   第3章 鈴の夢見し花


    3




 翌朝は登城する必要もなかった。

 まだ少し怯えた様子の宿の主人に起こされロビーに向かうと、キュウスケが待っていた。

 なんでも、また王が一人で旧都に行ってしまったので、連れ戻すように頼まれたのだという。普段立ち入り禁止の旧都を見られる機会はそうないと、ショコラたちを誘いに来たのだった。

 急いで支度をして、ショコラたち三人とキュウスケはカミハルムイ王都の北門を目指していた。旧都は都の北門を出てさらに北へ進み、森を抜けた先にあるらしい。

 広大な王都の移動には、城の周囲に巡らされた堀を使った。南北に船着き場があり、簡素な舟で対岸へと渡してくれるのだ。

 はらはらと桜の花びらが舞い、水面に円を描いていく。王都もまた、色鮮やかな桜に彩られた、美しい都だった。船から堀の淵に整然と植えられた桜の樹を眺めていると、後ろでぐぅ、と音がする。

「わ、おなか鳴っちゃった。てへへ」

 照れ笑いを浮かべながら腹に手を当てるりなを見て、キュウスケが持っていた包みを開ける。大きめのおにぎりが六つと漬けものだった。

「悪いな、ハラへっただろ? 城でもらってきたんだ。さあ、食ってくれ」

 そう言われてみれば確かに腹は空いていた。昨日の昼過ぎから何も食べていなかったのを思い出した。

「おー、気がきくねぇ、キュウスケさん。いただきマウス」

 りなは手を合わせるとおにぎりを一つ取って口に運ぶ。

「うん、おーいしい!」

 その幸せを顔いっぱいに表現したような笑顔に、ショコラたちの食欲も刺激された。中身は何も入っていないが、ほんのりした塩味と、海苔の風味が絶妙だった。漬けものも強すぎない塩気のあとから甘みがじわりと湧いてくる、とても良い味だ。

「ほい、もう一個食べな」

 キュウスケはりなにおにぎりをもう一つ勧めるが、りなは首を横に振った。

「ううん、大丈夫。あたし身体小さいから~」

「食べないと大きくならないぞ」

「食べてもプクリポはこのくらいだってば~。ホントに大丈夫。ありがとっ」

 船は堀の淵を歩く人々をどんどん追い越し、都を北に進んでいく。手を振るエルフの子どもたちに、ショコラはそっと手を振り返す。だが、それを見た親は不安げな顔で、子どもたちをかばうように自らの身体に隠す。

 白き姫。一体何者なのだろう。ショコラは自分の白い手を見つめながら、ぼんやりと空を見ていた。

 北門を抜けると、王都の南側と同じような景色が広がっていた。やや岩山が多いようだが、草原にぽつりぽつりと桜の木が自生している。

 魔物も南側で見かけた桃色の獣、ピンクモーモンが呑気にただよっている。一見可愛らしいこの魔物は、不用意に近づき機嫌を損ねると、鋭い牙の生えた巨大な口を開き、頭に噛みつこうとする。動きも素早く、全力で逃げても追いつかれてしまう。南側で一度戦うことになった時も、アイが剣で牙を受け止めて動きを止めなかったら、呪文の狙いも定まらなかっただろう。油断せずに、なるべく距離をとって進むほうがいい。

 また、イナミノ街道で出会った竹槍兵の中まで、さらに強力な灯籠兵や、怪人ベロベロの姿もある。幸い視界が良い草原で、避けて進むのは困難ではなさそうだ。こちらも十分に距離を取って、草原を北に急いだ。

 王都から森の入り口まではさほどの距離はなく、昼前には到着することができた。アイにとっては普通に歩く程度だったが、りなは常に小走りでここまで来たため、すでに疲れを滲ませていた。

「さって、こっからが本番だぜ~……の、前にちょっと休憩するか」

 キュウスケは言うなり手近な桜の木の根元に横になる。ショコラとアイも思い思いの場所に座り、りなは草むらに仰向けにひっくり返った。

「キュウスケ。他の兵士はもう森に入ったのか? ここまで誰も見かけなかったけど」水筒の水を一口飲み、アイが訊ねる。

「ん? いや、他の兵士は来ないよ」

「どうして?」

「王都の北のエリアは本来立ち入り禁止なんだ。特に旧都は禁断の地って呼ばれてて、誰も足を踏み入れない。いや、誰も来たがらないのさ」

「でも……王様がいなくなったのに、誰も来ないなんて、ちょっと変ですよね」ショコラは怪訝そうに辺りを見回す。美しい景色だが、南側と違ってどこか淋しい。

「まあな……それだけ怖いんだろうよ。それに、今日だけじゃなく王はしょっちゅう出かけてるらしいし、いつも無事に帰って来てる。剣の達人でもあるしな。だからもうあんまり心配しなくなってるみたいだな。まあ、オレ達にとっちゃあ、活躍のチャンスってもんだ」

「キュウスケは活躍したいのか?」

 アイは水筒を持って立ち上がると、倒れこんだりなに差し出す。りなは水筒を受け取ると、顔を少し横にして寝ながら飲んだ。

「活躍したいっていうか、王族とかといいお知り合いになっとけば後々便利だろ? そのうち力を借りることになるかもしれないし」

 目を瞑ってはいたが、そう語るキュウスケの表情と口調は、いつもの軽い感じではなかった。

「うっ、ゲフッ……ゴホゴホゴホッ……」

 りながむせて飛び起き、慌ててキュウスケも体を起こす。落ち着いた頃、出発を促すその表情は、いつものキュウスケだった。






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小説ドラゴンクエスト10 第22回

2015-06-26 23:33:24 | 小説ドラクエ10
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   第3章 鈴の夢見し花


    2




「うっ……動くな! 動くんじゃないぞ……」

「兵士さん! は、はやく捕まえてつ、連れて行ってくださいよ! うちの宿に変な噂がたったらどうすんですっ!」

「し、しかしっ……」

 ショコラたちは、槍を構える兵士たちに囲まれていた。

 カミハルムイに着いたのはやはり深夜になってしまっていた。都に入ってすぐに宿屋の看板を見つけたので、ともかく休もうと部屋を取ろうとしたが、宿屋の主人はショコラの顔を見るなり悲鳴を上げ、外に駆け出して行ったのだった。

 兵士を連れて戻ってきた宿屋の主人は、怯えた表情で震えている。

「ひいぃ……王様、ご先祖様、エルドナ様。白き姫の呪いからお守りください~! なにとぞ、なにとぞ~……!」

「おっ、お前は何者だ!? し……白き……姫なのか……?」

「再び王都を混乱に陥れようというのか!」

 宿屋の薄い橙の灯りを浴びても、ショコラの肌は白さを失うことはなかった。三人いる兵士たちの一人と、宿屋の主人もエルフの中では色素が薄い方だろうと思われたが、見比べれば歴然とした差がある。

「わ、わたしは……」ショコラがほんの少し前に進み出ただけで、兵士たちは身体をビクリと震わせ、槍を突き出す。

「しゃ、喋った!」

「く、来るな! 黙れ! いったい何者なんだ!?」

「もー! 黙って欲しいのか答えて欲しいのかどっちよー!」りなは果敢に拳を振り上げながら抗議する。

「どうやら歓迎されてないらしいね。白き姫ってやつは」

 アイは静かに立っていたが、槍からは目を離さず、いつでも剣を抜ける用意をしている。

「こちらです!」

「あー、どうもどうも」

 外から緊張した声に続き、やけにおっとりした男性の声が続く。扉に隠れながら様子をうかがっていた宿屋の主人の陰から、小柄なエルフが入ってくる。紫色の短髪と特徴のある口髭。そしてそのずんぐりとした体形。

「お疲れさまです! キュウスケさん!」兵士の一人がビシッと敬礼する。

「キュウスケさん!?」

 思わず大きな声を出したショコラに、キュウスケはひらひらと手を振ってにこやかに近づいてくる。

「いや~、やっぱりショコラか~。だと思ったんだ。あ、兵士さんたち、ご苦労さんっす。こいつはオレの知り合いだから、大丈夫。白き姫じゃないですよ」

「し、しかしキュウスケさん……こやつは誰よりも白い肌をしています……白き姫じゃないかもしれないですが、白き姫かもしれませんし……」オドオドと言う兵士に、キュウスケは肩をすくめた。

「白き姫の伝説はオレより詳しいはずですよね? たしか、白き姫ってのは、白い肌と、それに……白い髪なんじゃなかったっけ?」

「あ……」

 ショコラの髪は淡いグレーで、どうみても白くは見えない。兵士たちは茫然と口を開け、槍の先はゆっくりと下がっていった。

「ね。それに小さい頃からツスクルの村で一緒に学んできたんです。オレが保証しますよ」

「キュウスケさんのご学友とあらば……」

「うむ……引き揚げるとしよう。キュウスケさん、それでは失礼いたします」

 キュウスケに見送られ、兵士たちは宿を後にした。宿屋の主人はまだ扉の陰に隠れていたが、キュウスケが話し、どうにか今夜の部屋を用意してくれることになった。

「ありがとうございました。キュウスケさん」

 ロビーの応接セットに腰かけ、改めてキュウスケに礼を言う。

「いや夜中に叩き起こされて、何事かと思ったよ」

「すみません」

 いやいや、と手を振りながら、キュウスケはソファに深く座りなおした。

「お前がこの街にきたら、こうなるだろうな、とは思ってたんだ。まあ深夜だったから、騒ぎが少なくて良かったよ」

「どういうことですか?」ショコラが首を傾げる。

「ああ、この街は今ちょっと問題があってな。王様……カミハルムイ王が亡霊に取り憑かれちまったらしい」

「それってお化け? 幽霊……? うわー、会ってみた―い!」りなは興味津々といった表情でキュウスケを見る。

「へへっ、頼もしいね。プクリポのお嬢ちゃん。楽しそうな旅になってるみたいだな、ショコラ!」

 りな、そしてアイと自己紹介を交わし、キュウスケが改めてまた話を始める。

 少し前から、カミハルムイ王が亡霊に取り憑かれたように旧都の跡に足を運んでいるらしい。五十年ほど前に旧都で災いが起き、王と王妃が亡くなったのだという。それから災いから逃げるように、当時まだ幼かった王を連れて、重臣たちが遷都を決行したらしい。

「で、その災いってのが白き姫に関することらしいんだが、王も幼かったからか何も覚えてないし、当時城仕えをしていたじいさんばあさんたちは何も話そうとしないし。王はとうとう我慢できなくなって自分で調べに行ってるんだと。それから街中がそのウワサで持ち切りでな。オレだって白き姫って聞いた時、真っ先にショコラの顔が浮かんだからなぁ。旅するって言ってたから、そのうちここに来るんじゃないか、そしたら騒ぎになるだろうな、って思ってたんだ」

「そうだったんですか……私たちもアズランで噂を聞きました。この子の……私のことが何かわかるかと思って」

「ああ……そう言えばショコラはノマさんに……」ショコラを見つめるキュウスケの目がふいに逸れ、遠くを見た。どれくらい年が離れているかわからないが、ショコラが拾われてきた時の様子や成長の過程を知っているのかもしれない。

「ま、今日はもう遅いし、明日王に紹介するから城に来るといいさ。城の人たちや書庫の文献を当たってみたらいいんじゃないか?」

「はい、ありがとうございます。よかった、キュウスケさんがいてくれて」

「おいおい、オレにはユーチャーリンがいるんだから惚れちゃダメだぜ~っ!」

 キュウスケが宿を去ったのち、三人をどっと疲れが襲った。ソファでそのまま眠ってしまいそうになるのを堪えながら、用意された部屋に何とか向かい、ベッドに倒れこむ。ベッドは一応三つあったが、りなはショコラの隣に寝転がり、そのまま同じ布団で眠った。






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小説ドラゴンクエスト10 第21回

2015-06-21 16:38:10 | 小説ドラクエ10
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   第3章 鈴の夢見し花


    1




 穏やかな日差しが木々の間を零れ落ちる。柔らかな風が木の葉のささやきとともに流れていく。アズラン地方を南下し、もうすぐイナミノ街道に入る。

 この道は二度目だが、ショコラの足取りは軽かった。アズランの風送りの儀は周辺の風にも良い影響を与えたようだ。気持ちの良い風に羽が揺れるのを感じると、今にも空を飛べそうな気になってくる。

 それに、新たな仲間の存在もあった。プクリポのりなは常に明るく、楽しそうにおしゃべりしながら歩く。妹のリナが自分と同じように生まれ変わったのかもしれない。最初はそう思い、否定されたことに落ち込んだが、それを抜きにしても楽しく、良い子だった。

 本当は大陸間鉄道の大地の箱舟に乗りたかったのだが、駅員にカミハルムイ駅では王家に認められた特別な人しか利用できないと聞き、諦めたのだった。初めて金色に輝く車体を見た時、ショコラは思わず感動で声を失った。重厚にして荘厳。本当にこんなものが走るのかと驚いた。美しく磨き上げられた車体は神々しく、本当に人の手によって作られたものだとは信じがたかったが、よく見ると修理の後や細かい傷などが見られ、確かな人の息づかいが感じられた。

 すでに乗ったことがあるというアイとりなに「日が暮れるよ」と声をかけられるまで、ショコラは箱舟を眺め続けていた。実際は列車の出発時間が近づいていたので日が暮れることはないのだが、アズランを発った時にはすでに昼近くになっていた。

 現在はもう陽が落ちかけて、森の木々に隠れてしまっている。予定では、夕方にはイナミノ街道とカミハルムイ領の間にある関所跡の宿場に着いているはずなのだが、この分では到着は夜中になってしまいそうだ。

 そんなに長いこと眺めていたのかな、とショコラは自分の所為かと思ったが、あることに気が付いた。先頭を行くアイの歩調が以前よりもゆっくりなのだ。キリカからアズランの道のりではショコラにはちょうどいい歩調だったが、今はすぐに追いついてぶつかりそうになってしまう。

 ショコラのすぐ横にはりながちょこちょこと歩いている。身体の小さいプクリポにはその速度でも忙しなく足を運んでいた。

 なるほど、りなの歩調に合わせているのか。そう思うと、自分の時もそうだったのかもしれない。オーガとエルフでは明らかに足の長さも違うし、アイが普通に歩けば自分は走らなければならないだろう。そのことに気づいて、ショコラはアイの細かい気配りに恐れ入った。

「ねー、おねーちゃん!」

 突然りなにそう呼ばれて、ショコラは心臓をつままれたような感覚を覚えた。まるで妹のリナに呼ばれているようだった。やはりこの子は……。

「カミハルムイに何しに行くの?」

「え、うん。白き姫のお話を聞いてね……何かわかるかな、と思って」

「ショコラがその白き姫かもしれない」

 アイが振り返って言うと、りなは目をきらきらと輝かせた。

「すご! おねーちゃんお姫さま……かもしれないんだ! あー、白い。確かに白いね。アズランでお手伝いさせてもらってた時にたくさんエルフの人見たけど、おねーちゃんが一番白いね。こりゃ間違いないよ」

「うん、でも……白き姫が良いモノか悪いモノか、よくわからないの」

「ふーん……なんか凄そうだね!」

「りなもカミハルムイに行きたかったのか?」

「うん!」

 りなは小走りにアイの隣に並び、自分の何倍もあるオーガを見上げながら話し始める。

「あたし人を探してるの。昔お世話になったチームの人なんだ。ね、おねーちゃんたちはルーリュっていう人知ってる? プクリポの男の子なんだけど」

 その名前には心当たりがなく、ショコラはそう告げた。アイも同じだった。

「オーガのアラインさんとか、エルフのリアーナちゃん、ラブィさん、フリクトさんとかは?」

「いや、わからないな」アイは首を振る。

「ごめんね……聞いたことないわ」

 エルフのショコラだったら心当たりがあったかもしれないが、どうしようもできない。必死に記憶を探ってみても、やはり何も浮かばなかった。

「そっか~。ま、そうだよねー。でもねでもね、よくカミハルムイに行くって言ってたの。だから行ってみようと思って。そんでアズランに来たんだけど、お腹空いて行き倒れちゃってさ。教会に拾われたんだ~」

「っていうか、昔お世話になったって、りなちゃんは何歳なの?」

「ん? 十五歳だよ。おねーちゃんたちは?」

「私は十七だ」

「えっ!」

 アイの年齢を聞いてショコラは驚いた。自分よりも年上だと思っていた。ショコラは人間の時は十九歳だった。

「? どうしたの? ショコラ」

「う、ううん……」

 自分より若いのにアイもりなもしっかりしている。十年前に両親を失ってから、りなを育てるために頑張ってきたつもりだ。エテーネ村の人々は口々にしっかりしていると褒めてくれ、自分も同年代の子どもたちに比べると、そう思っていた。

 だが、この世界にエルフとして蘇ってから、わけもわからないままに、それを言い訳にして流されてしまっている。一人ならまだしも、今は旅の仲間がいる。頼ってばかりではいられないのだ。

「ショコラおねーちゃんは?」

「じゅ、十九……」

「へぇ、年上だったんだ。種族が違うとわからないもんだね」

「はい、すみません。頼りなくて……」

 笑い声が木々の向こうの空に抜けていく。アズラン地方を抜け、イナミノ街道の入り口に着いた。森を抜けて姿を現した太陽は、もうほのかに赤く色づいている。

「少し急ごうか、大丈夫? りな」

「うんっ!」

 イナミノ街道でも、りなはよく話し、ショコラたちに色々なことを訊ね、よく笑った。話しているうちに、やはり妹とは違うのだということを自然と受け入れていた。ショコラのようにエルフの記憶が朧げではないし、口調も違う。それに、妹は十三歳だ。

 りなのよく通る声は、夜が近づき活動を始めた魔物たちを刺激した。気付いたアイが立ち止まった時には、すでに至近距離に迫っていた。

 草むらから姿を現したのは、サイ男が三頭。それぞれに十体ほどの竹槍兵を従えていた。

「任せて!」

 アイが剣を抜き放ち、一気に間合いを詰める。横薙ぎにサイ男の胴を払い、まず一体。そのまま体を回転させると同時に剣を左手に持ち替え、踏み込みに乗せて二体目に刺突を放つ。すかさず右手で剣を引き抜きながら残る一体が繰り出すオノをかわし、足を薙ぎ、崩れたところで首に剣を突き立てた。

 あっという間に全ての司令塔を失い、竹槍兵たちは竹槍を投げ出して散り散りに逃げていく。魔物たちの身体が紫の霧となって、街道の土に溶けていった。

「すっ………………ごぉ~~~~~~~~~~い!」

 りなは目を丸くして拍手する。

「運動不足だな……身体が鈍ってる」

 アイは剣を納め、腕に目をやる。肌の色とは違う赤が滲んでいた。

「あっ! ケガしたのね。あたしのでっば~ん! ホイミ!」

 りなが荷物から取り出した小枝をくるくる回すと、差し出されたアイの腕を癒しの光が包んだ。傷がみるみるふさがってチリチリとした痛みも消えていく。

「ありがとう、りな。やっぱり僧侶はすごいな。すぐ治った」

「えへへー。それくらいの傷ならね。この前みたいなヒドイ時はかなーり時間かかるけど。あ、もちろん死んじゃったら治せないから、死なないでね!」

 宿に着いたのはやはり夜中だった。街道沿いにはぼんやりと灯りが灯っていたが、周囲の闇を照らすのには不十分だ。かろうじて見える足元だけを見ながら進まなければならなかった。りなもさすがに黙り、しんとした夜に靴音だけを響かせながら進んだ。

 宿の主人は、すでに夜中だというのに以前フウラと訪れたショコラたちを歓迎し、すぐに簡単な食べ物と寝床を用意してくれた。しかも翌朝には「昨日は余りものしか出せなかったから」と支払いを半額にしてくれた。

「突然夜中に押しかけたのに、すみません」

「いいんだよ。ホントはアズランの救世主から金なんかもらえないんだけど、うちも厳しくてさ。かえって申し訳ないよ」

「そんな……ありがとうございます」

「ここからカミハルムイまではそう遠くないけど、着くのはやっぱり夕方になるかな。気を付けておいき」

 イナミノの関所は岩山の麓にあり、カミハルムイに続く一本道が岩の間を通っていた。向こうから強く風が吹き込んでくる。少し違う風の匂い。花の香りだろうか。

 岩山の景色が終わった時、景色が一変した。広大な草原によく整備された街道。そしてなにより、満開の花を咲かせた木々が大地を彩っている。

「きれい……」

「ほんとだ。すごーーい!」

 りなは駆け出し、近くの木の側までいってショコラたちに手を振る。

「噂には聞いていたけど、本当に見事な桜だ」

「サクラっていうんだ……」

 桜は街道沿いではなく、草原のいたるところにある。ピンク色の花は木によって色が濃いものや薄いものがあり、様々だった。時折吹く風に舞う花びらがまた美しい。人が植えたものではなく、自然が描きだす風景に、心が震えた。

「おーい、おねーちゃんたちー! はやくー!」

 りなが待ちきれないとばかりに飛び跳ねながら両手を振っている。ショコラとアイも顔を見合わせて笑い、花吹雪舞う草原に駆け出した。






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小説ドラゴンクエスト10 第20回

2015-06-11 16:49:15 | 小説ドラクエ10
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   第2章 希望の風


    14




「ただいマンボウ!」

 勢いよく教会の扉は開かれ、小さな黒い生き物が飛び込んでくる。

 小さな体に同じくらいの大きさの頭部。頭の上にぴょこんと飛び出した細長い耳。顔など、一部を除いてふわふわした毛皮に覆われている。いしずえの森の石碑に描かれた、プクリポそのものの姿だった。

【花の民プクリポ】
 絵本のような色彩の街で楽しさを求めて生きる、ふわふわと愛らしい、小さな体の者たち。強い魔力と器用さを生まれ持つ彼らは、戦いよりものを作り出すことより、楽しさをを生み出すことに情熱をかたむけた。

 妹のリナは、その石碑が大好きだった。一番会ってみたいのは断然プクリポ! と、いしずえの森を訪れる度に楽しそうに語った。私もプクリポみたいに楽しさを生み出して、お姉ちゃんや村の人たちを笑わせるんだ……と。

 ショコラはリナが最後に錬金術(失敗)で生み出した可笑しな帽子を思い出す。嬉しそうな顔でショコラにプレゼントしてくれた時には思わず笑ってしまった。

 目の前を歩くプクリポをじっと見つめる。黒の毛皮は教会の淡い光を浴びて様々に色を変える。グレーがかった黒、少し青みがかった黒、深い漆黒。その不思議な美しい黒髪も、ポニーテールに結っているところも、妹のリナと同じだった。
 
「あ、火傷のおねーさんとエルフのおねーさん、こんにちワン! 治って良かったね~♪」

 プクリポがにっこりと微笑むと、可愛らしい八重歯がのぞく。ショコラの瞳に映るその姿がたちまち滲み、頬に流れる。

「リナ……なの?」

「え……あたし? あたしはりなだけど……お姉ちゃん、あたしのこと知ってるの?」

「リナ!」

 ショコラは教会の床に膝をつき、思い切りりなを抱きしめた。ふわふわした感触が手のひらや顔に触れる。思ったより柔らかくて、思わずすぐに力を緩めた。

「ぐえ! 苦じいよっ」

「おちついて、ショコラ!」

「リナ! リナ! 私がわかる? ショコラよ。ああもう、エルフの姿だからわかんないか……エテーネの……お姉ちゃんよ!」

「待って待って! 何言ってるかわかんないってばー!」

 りなはギブアップとばかりにショコラの背中を叩く。そっと腕を解くと、はぁはぁと大きな息をした。

「あたしにはショコラっていうお姉ちゃんはいないし、エテーネとかも知らないから!」

「リナ……そんな……」

「ほっほっほ。りなはりなでも、人違いのようですねぇ」

 黙って様子を見守っていた神父がのんきな笑い声を上げる。

「大僧正さまっ。笑いごとじゃないですって! 絞め殺されるトコだったんですから」

「その時は私が回復してあげますよ。ほっほっほ」

「もう! そういうことじゃないですってば!」

「まあまあ、この方たちは旅立ちの前に、あなたにお礼を言いに来てくれたんですよ」

「ああ。その説は本当にありがとう、りな。本当に感謝してるよ」

 アイも膝をつき、りなに深く頭を下げる。

「いえいえ、あたしのホイミなんて、あの人たちに比べたらまだまだだし! 元気になってくれたならよしよしだよ!」

 アイとりなはにっこりと微笑み合った。その横でショコラはまだぽかんとその様子を見ていた。と、突然アイが「そうだ!」と手を叩き、ショコラの顔を見る。

「ショコラ、このコについてきてもらおうよ」

「えっ……」

「ほえ?」

 不思議そうに、りなはアイとショコラを交互に見つめる。アイは立ち上がると、大僧正の前に進み出た。

「じつはお礼を言いに来たのと、旅についてきてくれる僧侶を探しにきました。りなを借りてもいいですか? もちろん、りなが良ければ。これからカミハルムイまで行きます。その先はまだ考えてませんが」

「ほうほう。なるほど。りな、どうですか?」

「カミハルムイ、行くの?」

「ああ」

 りなは大僧正をまっすぐに見つめた。「大僧正さま! あたし、行きたいっ!」

 柔和な笑みを浮かべて頷く大僧正に、りなは満面笑顔になった。

「良かったですねぇ。りな」

「はい! 短い間ですけどお世話になりました!」

「こちらこそ、色々手伝ってくれて助かりましたよ」

「あたし失敗ばっかりで、ごめんなさい」

「ほっほっほ、プクの手も借りたいくらいでしたからねぇ」

「それって褒めてます?」

 りなは大僧正と笑い合った後「準備してくる!」と外に走って行った。

「ショコラも、いいよね?」

 アイが膝をついたままのショコラに手を差し出す。その手をとって、ようやく立ち上がったショコラは、こくりと頷いた。

「前に話してくれた妹のことだよね? 似てるの?」

「うん……プクリポでは、なかったけど……なんとなく似てるような」

「一緒にいれば、もっと良くわかるんじゃない? 違っても、楽しそうだし」

「……そうだね。ありがと、アイちゃん」

「ショコラさん、アイさん。りなをよろしく頼みますよ。まだまだ未熟ですが、僧侶としての筋はいいと思います。旅が彼女を成長させてくれるでしょう」

 やがて教会の扉が、再び勢いよく開かれた。外から差し込む強い光が、薄暗い教会の中に満ち、ショコラとアイを包み込む。

 黒い小さな影が教会の入り口に立って、にっこりと微笑んでいた。愛らしい輪郭は光の中でキラキラと浮かび上がっていて、とがった耳が弾むように揺れている。

 穏やかな風が流れ込んでくる。かすかにあの花の、明るい希望の香りがした。






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小説ドラゴンクエスト10 第19回

2015-06-02 00:38:12 | 小説ドラクエ10
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   第2章 希望の風


    13




 領主邸の階段を降りて真っ直ぐに進み、道具屋を過ぎるとすぐに巨大な建物が見える。街の中心にどんと鎮座する、領主邸に負けないほどの立派な旅籠である。地下には温泉施設があり、アイが動けるようになってから何度か通った。打ち身、やけど、冷え症に効くと謳っているだけあって、アイの火傷によく効いた。

 その宿の角を曲がり、長い石畳をひたすら真っ直ぐに歩く。アズランの街をそれほど見て回ったわけではないのに、なんだかもうずっとこの街で暮らしているような気分になる。

 街の人々は二人の英雄に深く頭を下げ、または微笑み、旅の無事を祈った。ほんの少しだけ寂しさを感じたが、まだこの旅は始まったばかりだ。ショコラの歩調は無意識に速くなった。

 やがて石畳は二手に分かれる。右に進み階段を降りれば、街の入り口に。左手に進めば職人たちの工房や、川向こうには教会、そして目的の酒場がある。

 街の酒場は昼間から営業しており、街の人々はもちろん、旅人も大勢訪れる。旅人たちは街が気に入ると酒場に登録し、仕事の紹介を待つのである。酒場から紹介される仕事は荷物の運搬や職人たちが使う素材の調達、他の旅人の護衛などがほとんどである。

 アズランの酒場「吹花擘柳」からも、香ばしい料理や酒の甘い香り、人々の話し声が外にまで漂っている。

 アイは先んじて酒場の扉に手をかけたが、少しだけ中の様子をうかがってから、建物に入った。酒場には思ったより旅人の姿は少ないようだった。ほとんどが平服を着た街のエルフたちだ。やはり風が戻ったとはいえ、復興にはまだ時間がかかるのかもしれない。

 街のエルフたちはやはり、口々にショコラたちを讃え、労い、アイの回復を喜んだ。

「ほら、俺のおごりだ! 飲んでくれ!」

「おいおい、いくら英雄さんでもまだ酒は早いんじゃないか?」

「こっちもお食べ! ここのカムシカ煎餅汁は絶品なんだから!」

 人々は二人を取り囲み、酒や料理を勧めたが、これから旅立ちだと断ると、寂しそうに微笑んだ。

「で、仲間を探しに来たのかい?」

 エプロンをつけた細身の男性が、側のテーブルにカップをふたつ置く。緑色のエプロンには赤い糸で店の名前が刺繍されている。

「エルト梨のジュースだ。これくらいは飲んで行ってもらわないと」

「ああ、いただくよ。ありがとう」

 先に座っていた客たちはさっと席を空けてくれた。席に座ってジュースを含む。瑞々しい甘さが爽やかだった。

「で、仲間を探してるのかい?」

「僧侶を探しています」

「僧侶か!」男性は顔に手を当てて大げさにのけぞって見せた。「そいつは残念だな。ちょうど出払っちまってるよ。っていうか、今のこの街に旅人はアンタたちを含めても数人しかいないぜ」

「そうなんですか……やっぱりまだ訪れる人が少ないのでしょうか」

「いや、逆さ。今まで滞在してたやつらが旅立ったのさ。体調の悪い街の人たちの仕事を手伝ってくれてたんだけど、フウラ様の風送りの儀で元気になったからな。みんないいヤツらだったよ。特にあのドワーフのレンジャーは誰よりも一生懸命に働いてくれてたな。名前は……なんだったかな……そう、チャオって言ったっけな」

 男性が饒舌に語ると、周囲の人たちが大きく頷く。彼らもそのチャオというドワーフに世話になったのだろう。

「残ってるヤツで登録してるのは……武闘家二人と盗賊が一人、あとは戦士一人だな」

「その中でホイミを使える人はいるか?」

 アイはカップに半分ほど残ったジュースをひと息に飲み干し、男性を見た。

「盗賊なら使えるけど……たいした回復魔力はないぜ。それに、なんだかちょっとエロオヤジくさいんだ。若いお嬢さんの二人旅にはオススメしないね」

「え……」

「ふふ……遠慮しておく」

 ショコラの隣に座っていた、先ほど席を譲ってくれたおばさんが「そうだ」と手を叩いた。「あんたたち、僧侶ならキリカ教会を訪ねたらどうだい?」

「アイちゃんを治してくれたのは教会の僧侶さんたちだったね」

「この街のキリカ教会は僧侶の聖地とも呼ばれててね、旅の僧侶たちも巡礼にくるんだよ」

 おばさんの言葉にショコラとアイは顔を見合わせた。旅の僧侶に会えれば、同行してくれる者も見つかるかもしれない。

「なるほど……ちゃんとお礼もしたいしな。ショコラ、教会に行ってみようか」

「そうだね」

 教会はこの酒場に来る時にも見えた。来た道を川沿いに引き返せばすぐだ。木造の小さな建物で、とても聖地と呼ばれるような立派な教会には見えなかった。

 中に入ると、蝋燭の灯りがほのかに部屋を照らすだけの、薄暗い教会だった。不思議な香りが満ちている。正面の祭壇の上から、香の細い煙が立ち上っていた。

「よくいらっしゃいました。ショコラ様」

 静かな室内に、よく通る男性の声が響きわたる。祭壇の向こうに立つ、神父のものだ。

「あなたがアイ様ですね。お元気になられて本当に良かった」

 神父と会うのはこれが初めてだ。だが、街の人々はみんなショコラとアイを知っていた。この数日、知らない人から話しかけられることが多すぎて、ショコラはもう驚かなくなっている。

 アイは驚いた様子も見せず、深く一礼した。

「おかげさまで。ありがとうございました。彼女たちにお礼がしたい。いらっしゃいますか?」

「残念ながら、ヘルガとザホック……エルフの女性とオーガの男性ですが……二人はもう旅に出ました。もう一人の、プクリポのりなは今お使いに行っておりますが、じきに戻るでしょう」

「りな!?」

 リナ! その名前をショコラは聞き逃せなかった。ドクンと心臓が鳴り、呼吸を忘れる。リナ! あのプクリポはリナという名前なのか。まさか、妹もプクリポになって生き返ったというのだろうか。

 ショコラは入口の扉を振り返った。扉が開き、小さなプクリポが飛び込んでくる。その様を想像した。

 そのプクリポはショコラに駆け寄る途中で人間の、妹の姿に変化し、勢いよく抱き付いてくる。「おねえちゃん!」と泣きじゃくる。ショコラの目も潤んだ。

 静寂の中に自分の心臓の音だけが聞こえる。今にも開きそうな扉はなかなか開かず、止めていた呼吸が大きく弾んだ。

「ほっほっほ。まあお座りなさい。もう少しかかるでしょうからの」





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