→ はじめから読む
第5章 めぐりあい、そして強くなる
6
スコーピオン商会の集落から西へ西へと砂漠を進むと、やがて海に出る。そこから北を見やれば、全体から絶え間なく噴煙と熱蒸気を上げる、どす黒い山々が見える。
遥か古代から絶え間なく流れ出る溶岩が海に流れ込み、少しずつ形成されてきたその大地は、いまもなお面積を広げ続けていた。
ショコラたちはようやく砂漠を抜け、その地、ボロヌス溶岩流に入っていた。空には煌々と月が輝いているものの、黒ずんだ大地の凹凸には苦戦を強いられる。しかも、砂漠とは違い、夜でも辺りを流れる溶岩のせいで、熱気がおさまることはなかった。
灼熱の砂漠の次は、人の侵入を阻むかのように溶岩が流れる秘境。連続する過酷な環境が、気力と体力を奪っていく。旅慣れたチャオがいなかったら、ここまですら辿り着けなかっただろう。彼は砂漠の強い日差しから身を守る方法や、砂が目に入るのを防ぐ方法などをショコラたちに教えた。
また、魔物の生態に詳しく、ブラッドハンドは音の鳴るものを投げて気を引けばいいとか、グールは後ろに回り込めば攻撃できないとか、アイをも唸らせる知識を披露した。
戦闘に関しても熟達しており、レンジャーの呪文と斧と弓を合わせたような不思議な形の武器を駆使して、次々と魔物を屠っていった。
ショコラたちが最も感心したのは、ボロヌス溶岩流でベホマスライムと鉢合わせた時だった。のんびりと宙を泳いでいたその魔物は、剣を構えるアイを見て、きょとんと眼を丸くしていた。
するとチャオがアイを制し「ほれ、行っちまいな」と魔物に語りかけた。
ベホマスライムはじっとチャオの顔を見つめ、やがてまたふよふよと宙を泳いでいった。
チャオは言う。
「あいつは戦いが好きな魔物じゃないんだ」
「魔物にもいろいろいるんだな」
「あたし、魔物はみーんな悪いのかと思ってたよ」
感嘆の言葉がチャオに向けられるなか、ショコラは懐かしい気持ちになっていた。エテーネの村の周囲にいたスライムやモーモンたちは、こちらが手を出さない限り襲って来ることはなかった。
そういえば、リナに懐いてしまったスライムもいた。村には結界が張ってあるため入ってくることはなかったが、森に遊びに行く時などにはよくついて回っていた。スラらんと名付け、可愛がっていた。いなくなってしまった時にはリナと一晩中探して歩いたが、結局見つからなかった。
魔物とはいえ、全てが悪というわけではない。それを忘れるほど張りつめていたのだと気がついた。
「とはいえ」チャオが指さす。そのずっと先には、四本の手それぞれに武器を持つ死霊の戦士、ボーンファイターがいる。
「ああいうのには何を言っても無駄だけどな」
流れ出る溶岩と危険な魔物を避けながら、足場の悪い岩場を北に進んでいく。急な坂を越え、崖を降り、やがて溶岩とは質の異なる、まるで竜が横たわっているような姿の岩山が現れた。
その岩肌は細かく隆起しており、月光を浴びて妖しく光る鱗のようにも見える。竜の化石だと言われれば信じてしまっただろう。
その中央付近、横腹のあたりに、ぽっかり空いた穴を見つけた。
「ここがボロヌスの穴……やっとついた……」
りなが力なくつぶやく。小さな体には辛い道のりだった。
「休憩しましょう」
ショコラは洞窟の地面に手をかざし、ヒャドで小さな氷柱を生み出した。アイが剣の柄で少しずつそれを砕き、それぞれに手渡していく。
砂漠や溶岩流でもたびたびこうして水分を取り、身体を冷やしていた。もちろん魔法力を使いすぎないように気をつけている。
りなは小さな氷を口に含み、地面に腰を下ろした。が「あっづ!」とすぐに立ち上がる。
「ここも地面が熱―い!」
地面に生やした氷柱は根元からみるみる溶け、今や子どもの頭くらいの大きさになっている。奥を見ると、地面のところどころから蒸気が上がっている。突き当りには水たまりのようなものも見えるが、一際大きく水蒸気が上がっていた。
はて、なぜこんなに奥が見通せるのだろう、とショコラがよく観察してみると、洞窟の天井の隙間から月明かりが漏れてきているのだった。重なり合う鱗状の岩を通るうちに、光はほどよく屈折し、洞窟内部を照らしていた。
視線をりなに戻す。ぐったりと下を向いて、氷を首筋に当てていた。正直、ショコラ自身も座って休みたい。チリもアイも、一言も言葉を発しないほどに消耗している。
このまま、天魔クァバルナと戦えるのだろうか。不安は染みのように広がっていく。
「おらおら、お前らどうした! クァバルナまでもうちょっとだぜ! 気合入れてくぞ!」
洞窟内の偵察に出ていたチャオが戻ってきた。りなの頭を優しく叩き、ショコラたち一人ひとりに笑顔を見せる。
「サクッとクァバルナを倒して、こんなトコからとっとと帰ろうぜ!」
相手は伝説級の魔物だ。どんな攻撃を仕掛けて来るかも、弱点もなにもわからない。だが、チャオが言うと、本当に倒せる気がしてくる。不安が小さくなっていく。
「よし」アイが剣を持ち直す。
「行こっか」チリの瞳に気力が宿る。
「サクッといこー!」りなに笑顔が戻る。
「行きましょう!」チャオの言葉に、ショコラも力をもらった。
偵察から戻ったチャオは、黒縁のメガネを掛けていた。死霊系の魔物の中には姿を消している者がいる。そういった魔物を視ることができる、魔法のメガネである。ちなみに、ブラッドハンドなどの地中に隠れている魔物を見つけ出す地中ゴーグルというものもあるらしいが、チャオは持っていなかった。
「こういうトコにはいると思ってたら、やっぱりいたんだよ。ヘルゴーストだ」
眼鏡を借りてチャオの指さす先を見てみると、ゆっくりと空中を進む緑色のゴーストの姿が見えた。頭にかぶった三角帽子まではっきり見える。
「面白いですね、これ!」
みんなで掛けたり外したりを繰り返しながら進んでいるうちに、疲れもどこかに行ってしまったかのようだった。
つられて踊りそうになってしまう動きをしながら跳びかかってくる悪魔グリゴンダンス、岩の陰からぬっと姿を現す影の騎士、狭い通路に門番のように立ちふさがりウィングデビルなど、数々の魔物たちが襲ってきたが、もうすぐもっと強大な魔物と戦うという高揚感が勢いとなったのか、ショコラたちの呪文と技の前に散っていった。
魔物の姿すら見えなくなった洞窟の最奥では、登ったばかりの太陽を受けて輝く海が、唐突にショコラたちの目の前に現れた。
そこはまさに竜の咢。そっと開かれた口の中であった。
ショコラたちが立っている地面はちょうど舌のように先細りになり、そこで途切れている。
目の前にゆれる水面の奥には、ひそやかに輝きを放つ魔法陣が描かれていた。
つづく 【7】
第5章 めぐりあい、そして強くなる
6
スコーピオン商会の集落から西へ西へと砂漠を進むと、やがて海に出る。そこから北を見やれば、全体から絶え間なく噴煙と熱蒸気を上げる、どす黒い山々が見える。
遥か古代から絶え間なく流れ出る溶岩が海に流れ込み、少しずつ形成されてきたその大地は、いまもなお面積を広げ続けていた。
ショコラたちはようやく砂漠を抜け、その地、ボロヌス溶岩流に入っていた。空には煌々と月が輝いているものの、黒ずんだ大地の凹凸には苦戦を強いられる。しかも、砂漠とは違い、夜でも辺りを流れる溶岩のせいで、熱気がおさまることはなかった。
灼熱の砂漠の次は、人の侵入を阻むかのように溶岩が流れる秘境。連続する過酷な環境が、気力と体力を奪っていく。旅慣れたチャオがいなかったら、ここまですら辿り着けなかっただろう。彼は砂漠の強い日差しから身を守る方法や、砂が目に入るのを防ぐ方法などをショコラたちに教えた。
また、魔物の生態に詳しく、ブラッドハンドは音の鳴るものを投げて気を引けばいいとか、グールは後ろに回り込めば攻撃できないとか、アイをも唸らせる知識を披露した。
戦闘に関しても熟達しており、レンジャーの呪文と斧と弓を合わせたような不思議な形の武器を駆使して、次々と魔物を屠っていった。
ショコラたちが最も感心したのは、ボロヌス溶岩流でベホマスライムと鉢合わせた時だった。のんびりと宙を泳いでいたその魔物は、剣を構えるアイを見て、きょとんと眼を丸くしていた。
するとチャオがアイを制し「ほれ、行っちまいな」と魔物に語りかけた。
ベホマスライムはじっとチャオの顔を見つめ、やがてまたふよふよと宙を泳いでいった。
チャオは言う。
「あいつは戦いが好きな魔物じゃないんだ」
「魔物にもいろいろいるんだな」
「あたし、魔物はみーんな悪いのかと思ってたよ」
感嘆の言葉がチャオに向けられるなか、ショコラは懐かしい気持ちになっていた。エテーネの村の周囲にいたスライムやモーモンたちは、こちらが手を出さない限り襲って来ることはなかった。
そういえば、リナに懐いてしまったスライムもいた。村には結界が張ってあるため入ってくることはなかったが、森に遊びに行く時などにはよくついて回っていた。スラらんと名付け、可愛がっていた。いなくなってしまった時にはリナと一晩中探して歩いたが、結局見つからなかった。
魔物とはいえ、全てが悪というわけではない。それを忘れるほど張りつめていたのだと気がついた。
「とはいえ」チャオが指さす。そのずっと先には、四本の手それぞれに武器を持つ死霊の戦士、ボーンファイターがいる。
「ああいうのには何を言っても無駄だけどな」
流れ出る溶岩と危険な魔物を避けながら、足場の悪い岩場を北に進んでいく。急な坂を越え、崖を降り、やがて溶岩とは質の異なる、まるで竜が横たわっているような姿の岩山が現れた。
その岩肌は細かく隆起しており、月光を浴びて妖しく光る鱗のようにも見える。竜の化石だと言われれば信じてしまっただろう。
その中央付近、横腹のあたりに、ぽっかり空いた穴を見つけた。
「ここがボロヌスの穴……やっとついた……」
りなが力なくつぶやく。小さな体には辛い道のりだった。
「休憩しましょう」
ショコラは洞窟の地面に手をかざし、ヒャドで小さな氷柱を生み出した。アイが剣の柄で少しずつそれを砕き、それぞれに手渡していく。
砂漠や溶岩流でもたびたびこうして水分を取り、身体を冷やしていた。もちろん魔法力を使いすぎないように気をつけている。
りなは小さな氷を口に含み、地面に腰を下ろした。が「あっづ!」とすぐに立ち上がる。
「ここも地面が熱―い!」
地面に生やした氷柱は根元からみるみる溶け、今や子どもの頭くらいの大きさになっている。奥を見ると、地面のところどころから蒸気が上がっている。突き当りには水たまりのようなものも見えるが、一際大きく水蒸気が上がっていた。
はて、なぜこんなに奥が見通せるのだろう、とショコラがよく観察してみると、洞窟の天井の隙間から月明かりが漏れてきているのだった。重なり合う鱗状の岩を通るうちに、光はほどよく屈折し、洞窟内部を照らしていた。
視線をりなに戻す。ぐったりと下を向いて、氷を首筋に当てていた。正直、ショコラ自身も座って休みたい。チリもアイも、一言も言葉を発しないほどに消耗している。
このまま、天魔クァバルナと戦えるのだろうか。不安は染みのように広がっていく。
「おらおら、お前らどうした! クァバルナまでもうちょっとだぜ! 気合入れてくぞ!」
洞窟内の偵察に出ていたチャオが戻ってきた。りなの頭を優しく叩き、ショコラたち一人ひとりに笑顔を見せる。
「サクッとクァバルナを倒して、こんなトコからとっとと帰ろうぜ!」
相手は伝説級の魔物だ。どんな攻撃を仕掛けて来るかも、弱点もなにもわからない。だが、チャオが言うと、本当に倒せる気がしてくる。不安が小さくなっていく。
「よし」アイが剣を持ち直す。
「行こっか」チリの瞳に気力が宿る。
「サクッといこー!」りなに笑顔が戻る。
「行きましょう!」チャオの言葉に、ショコラも力をもらった。
偵察から戻ったチャオは、黒縁のメガネを掛けていた。死霊系の魔物の中には姿を消している者がいる。そういった魔物を視ることができる、魔法のメガネである。ちなみに、ブラッドハンドなどの地中に隠れている魔物を見つけ出す地中ゴーグルというものもあるらしいが、チャオは持っていなかった。
「こういうトコにはいると思ってたら、やっぱりいたんだよ。ヘルゴーストだ」
眼鏡を借りてチャオの指さす先を見てみると、ゆっくりと空中を進む緑色のゴーストの姿が見えた。頭にかぶった三角帽子まではっきり見える。
「面白いですね、これ!」
みんなで掛けたり外したりを繰り返しながら進んでいるうちに、疲れもどこかに行ってしまったかのようだった。
つられて踊りそうになってしまう動きをしながら跳びかかってくる悪魔グリゴンダンス、岩の陰からぬっと姿を現す影の騎士、狭い通路に門番のように立ちふさがりウィングデビルなど、数々の魔物たちが襲ってきたが、もうすぐもっと強大な魔物と戦うという高揚感が勢いとなったのか、ショコラたちの呪文と技の前に散っていった。
魔物の姿すら見えなくなった洞窟の最奥では、登ったばかりの太陽を受けて輝く海が、唐突にショコラたちの目の前に現れた。
そこはまさに竜の咢。そっと開かれた口の中であった。
ショコラたちが立っている地面はちょうど舌のように先細りになり、そこで途切れている。
目の前にゆれる水面の奥には、ひそやかに輝きを放つ魔法陣が描かれていた。
つづく 【7】