パトリシアの祈り

ドラクエ日記。5が一番好き。好きなモンスターはメタルキングなど。ネタバレしてますのでご注意

小説ドラゴンクエスト10 第45回

2015-12-25 23:18:02 | 小説ドラクエ10
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   第5章 めぐりあい、そして強くなる


    6




 スコーピオン商会の集落から西へ西へと砂漠を進むと、やがて海に出る。そこから北を見やれば、全体から絶え間なく噴煙と熱蒸気を上げる、どす黒い山々が見える。

 遥か古代から絶え間なく流れ出る溶岩が海に流れ込み、少しずつ形成されてきたその大地は、いまもなお面積を広げ続けていた。
 
 ショコラたちはようやく砂漠を抜け、その地、ボロヌス溶岩流に入っていた。空には煌々と月が輝いているものの、黒ずんだ大地の凹凸には苦戦を強いられる。しかも、砂漠とは違い、夜でも辺りを流れる溶岩のせいで、熱気がおさまることはなかった。
 
 灼熱の砂漠の次は、人の侵入を阻むかのように溶岩が流れる秘境。連続する過酷な環境が、気力と体力を奪っていく。旅慣れたチャオがいなかったら、ここまですら辿り着けなかっただろう。彼は砂漠の強い日差しから身を守る方法や、砂が目に入るのを防ぐ方法などをショコラたちに教えた。

 また、魔物の生態に詳しく、ブラッドハンドは音の鳴るものを投げて気を引けばいいとか、グールは後ろに回り込めば攻撃できないとか、アイをも唸らせる知識を披露した。

 戦闘に関しても熟達しており、レンジャーの呪文と斧と弓を合わせたような不思議な形の武器を駆使して、次々と魔物を屠っていった。

 ショコラたちが最も感心したのは、ボロヌス溶岩流でベホマスライムと鉢合わせた時だった。のんびりと宙を泳いでいたその魔物は、剣を構えるアイを見て、きょとんと眼を丸くしていた。

 するとチャオがアイを制し「ほれ、行っちまいな」と魔物に語りかけた。

 ベホマスライムはじっとチャオの顔を見つめ、やがてまたふよふよと宙を泳いでいった。

 チャオは言う。

「あいつは戦いが好きな魔物じゃないんだ」

「魔物にもいろいろいるんだな」

「あたし、魔物はみーんな悪いのかと思ってたよ」

 感嘆の言葉がチャオに向けられるなか、ショコラは懐かしい気持ちになっていた。エテーネの村の周囲にいたスライムやモーモンたちは、こちらが手を出さない限り襲って来ることはなかった。

 そういえば、リナに懐いてしまったスライムもいた。村には結界が張ってあるため入ってくることはなかったが、森に遊びに行く時などにはよくついて回っていた。スラらんと名付け、可愛がっていた。いなくなってしまった時にはリナと一晩中探して歩いたが、結局見つからなかった。

 魔物とはいえ、全てが悪というわけではない。それを忘れるほど張りつめていたのだと気がついた。

「とはいえ」チャオが指さす。そのずっと先には、四本の手それぞれに武器を持つ死霊の戦士、ボーンファイターがいる。

「ああいうのには何を言っても無駄だけどな」

 流れ出る溶岩と危険な魔物を避けながら、足場の悪い岩場を北に進んでいく。急な坂を越え、崖を降り、やがて溶岩とは質の異なる、まるで竜が横たわっているような姿の岩山が現れた。

 その岩肌は細かく隆起しており、月光を浴びて妖しく光る鱗のようにも見える。竜の化石だと言われれば信じてしまっただろう。

 その中央付近、横腹のあたりに、ぽっかり空いた穴を見つけた。

「ここがボロヌスの穴……やっとついた……」

 りなが力なくつぶやく。小さな体には辛い道のりだった。

「休憩しましょう」

 ショコラは洞窟の地面に手をかざし、ヒャドで小さな氷柱を生み出した。アイが剣の柄で少しずつそれを砕き、それぞれに手渡していく。

 砂漠や溶岩流でもたびたびこうして水分を取り、身体を冷やしていた。もちろん魔法力を使いすぎないように気をつけている。

 りなは小さな氷を口に含み、地面に腰を下ろした。が「あっづ!」とすぐに立ち上がる。

「ここも地面が熱―い!」

 地面に生やした氷柱は根元からみるみる溶け、今や子どもの頭くらいの大きさになっている。奥を見ると、地面のところどころから蒸気が上がっている。突き当りには水たまりのようなものも見えるが、一際大きく水蒸気が上がっていた。

 はて、なぜこんなに奥が見通せるのだろう、とショコラがよく観察してみると、洞窟の天井の隙間から月明かりが漏れてきているのだった。重なり合う鱗状の岩を通るうちに、光はほどよく屈折し、洞窟内部を照らしていた。

 視線をりなに戻す。ぐったりと下を向いて、氷を首筋に当てていた。正直、ショコラ自身も座って休みたい。チリもアイも、一言も言葉を発しないほどに消耗している。

 このまま、天魔クァバルナと戦えるのだろうか。不安は染みのように広がっていく。

「おらおら、お前らどうした! クァバルナまでもうちょっとだぜ! 気合入れてくぞ!」

 洞窟内の偵察に出ていたチャオが戻ってきた。りなの頭を優しく叩き、ショコラたち一人ひとりに笑顔を見せる。

「サクッとクァバルナを倒して、こんなトコからとっとと帰ろうぜ!」

 相手は伝説級の魔物だ。どんな攻撃を仕掛けて来るかも、弱点もなにもわからない。だが、チャオが言うと、本当に倒せる気がしてくる。不安が小さくなっていく。

「よし」アイが剣を持ち直す。

「行こっか」チリの瞳に気力が宿る。

「サクッといこー!」りなに笑顔が戻る。

「行きましょう!」チャオの言葉に、ショコラも力をもらった。

 偵察から戻ったチャオは、黒縁のメガネを掛けていた。死霊系の魔物の中には姿を消している者がいる。そういった魔物を視ることができる、魔法のメガネである。ちなみに、ブラッドハンドなどの地中に隠れている魔物を見つけ出す地中ゴーグルというものもあるらしいが、チャオは持っていなかった。

「こういうトコにはいると思ってたら、やっぱりいたんだよ。ヘルゴーストだ」

 眼鏡を借りてチャオの指さす先を見てみると、ゆっくりと空中を進む緑色のゴーストの姿が見えた。頭にかぶった三角帽子まではっきり見える。

「面白いですね、これ!」

 みんなで掛けたり外したりを繰り返しながら進んでいるうちに、疲れもどこかに行ってしまったかのようだった。

 つられて踊りそうになってしまう動きをしながら跳びかかってくる悪魔グリゴンダンス、岩の陰からぬっと姿を現す影の騎士、狭い通路に門番のように立ちふさがりウィングデビルなど、数々の魔物たちが襲ってきたが、もうすぐもっと強大な魔物と戦うという高揚感が勢いとなったのか、ショコラたちの呪文と技の前に散っていった。

 魔物の姿すら見えなくなった洞窟の最奥では、登ったばかりの太陽を受けて輝く海が、唐突にショコラたちの目の前に現れた。

 そこはまさに竜の咢。そっと開かれた口の中であった。

 ショコラたちが立っている地面はちょうど舌のように先細りになり、そこで途切れている。

 目の前にゆれる水面の奥には、ひそやかに輝きを放つ魔法陣が描かれていた。





 つづく 【7】



小説ドラゴンクエスト10 第44回

2015-12-19 20:40:32 | 小説ドラクエ10
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   第5章 めぐりあい、そして強くなる


    5




「で、おじさんはどうしてあんな所で行き倒れてたわけ?」

 目が覚めたチャオに水とスープを渡し、チリが訊ねる。

 ここは西砂漠を拠点に活動するテント商人集団、スコーピオン商会の集落である。主にこの辺りで採れる太古の生物の化石や黄金の欠片を、各地の職人に卸しているのだが、この過酷な環境に身を置き続ける本当の目的を知る者は誰もいない。

 だが、物資も揃っており、宿泊もできるため、ドルワームの調査員や、稀に砂漠に足を踏み入れる冒険者たちにとってありがたい存在であった。

「原点に返ろうと思ってよ」

「原点?」

「ああ! オレがあの魔物使いに会ったのは、この砂漠で行き倒れてた時なんだ」

 チャオは熱いスープに息を吹きかけ、ゆっくりと飲む。チリはそんな様子を口を開けて見つめていた。

「あきれた。それでわざわざもう一度行き倒れてみたってこと? ほんと、お父さんもおじさんも、なんでこうアホばっかりなんだろ」

「ハッハッハ! 相変わらずキツイねぇ、チリちゃんは。ダストンは同級生の中でも一番の変わり者だぜ? 一緒にされちゃ困るぜ」

「まあ確かにそうかもしれないけど……でもアホはアホよ!」

 チャオは豪快に笑い声をあげ、チリはますます呆れ顔になる。

「だってよ……あれからもう五年にもなるのに、全く手がかり無しだぜ?」

「そっか……もう五年か」

「墓参りでガタラに帰ったから、ついでに」

「ついでに行き倒れる人がどこにいるのよ、まったく!」

 チリの大声とチャオの笑い声に誘われて、カーテン状に重ねられたテント幕の向こうからショコラたちが顔をのぞかせた。

「お、おっさん生き返った?」

 一番に飛び込んでベッドに駆け寄ったのは、りなだ。

「おお、たしか……りなだったか? おっさんはないだろおっさんは」

「だっておっさんじゃーん」

「りなったら、失礼だよ。あの……チャオさん。その節はありがとうございました」

 ショコラもベッドの側にきて深く頭を下げる。テントの天井が低いため入った時から身をかがめていたアイも、そしてりなもぺこりとお辞儀をする。

「ああ、ショコラと、アイ……だっけ? いいって、気にすんなよ。礼を言うのはこっちだ。危うくホントに行き倒れるとこだったぜ! ありがとな!」

「おじさんを運んでる時に聞いたよ。カモられそうになってた所を助けたんだって? やるじゃない」

「ああ、そこのりながギャーギャー騒いでたからな。でもつい先日ガタラであったばっかりなのに、偶然ってあるもんだな。お前らはこんな所でなにやってんだ?」

 りなはギャーギャーというのが気に入らなかったらしいが、文句を言う前にチリが話を始めたので口をつぐんだ。

「ドルワームでね、クァバルナっていうものすごい魔物が復活しちゃったの。それで、クァバルナの肉体が封印されているボロヌスの穴に退治しにいくところだったんだ」

「クァバルナって伝説の天魔クァバルナか? マジかよ」

「おじさん知ってるの?」

 ほどよい温度に冷めたスープをひと息で飲み干し、チャオはうなずく。

「魔物には無駄に詳しくなったからな。でも大丈夫かよ。詳しい記録は残ってないけど、伝説になるくらいヤバいヤツなんだろ?」

「でも……このままドルワームが滅ぼされるのを見ていられないわ。ショコちゃんたちはすっごく強いのよ。クァバルナが完全に力を取り戻す前ならきっと勝てる……と思う。私たちは明日また出発するから、おじさんはちゃんと帰ってよね。ガタラの石、持ってるんでしょ?」

 石と言うのはルーラストーンのことだな、とショコラは思った。アサナギやキュウスケも持っていたが、どうしたら手に入るのか気にしたこともなかった。一つあれば旅がとても楽になるだろうに。

 チャオは生返事をして、ベッドに横になる。

「じゃあ、私たちも寝るわね。おやすみ」

「ああ……おやすみ」

 チリは空のカップと皿を持って出て行った。ショコラたちも挨拶をして、テントを出た。

 空には一面の星の海。吸い込まれそうな美しさにいつまでも見ていたくなるが、砂漠の夜は日中の暑さが嘘のように肌寒い。さっさと隣のテントに入り、薄い布団に潜り込んだ。

 翌朝は暑さで目が覚めた。汗で服がぐっしょり濡れている。水を浸した布で身体を拭きたいところだが、ここでは水も貴重品だ。乾いた布で拭いて、着替えるだけで我慢した。

 他のベッドには誰もおらず、外からりなの声が聞こえてくる。テントの外は、日陰にいるぶんには風があるだけ涼しく感じられた。

 声のする方に行ってみると、食堂にアイ、りな、チリの三人が揃っていた。食堂のテントは四方を開け放っているため、風が通り抜ける。

「あ、おねーちゃんおはよ」

「おはよう」

 ショコラもりなの隣に座る。三人の前にはカップがあって、中身は空だった。水が飲みたいと辺りをうかがうと、この宿泊テントを商っているドワーフのおばさんがカップを運んで来てくれた。中にはうっすら緑色がついた液体が入っている。熱病防止のビッグサボテン茶とのことだった。

 お茶を口に流し込むと、ほのかな青臭さと、苦味が広がった。

 それからおばさんは三人分の朝食を持ってきた。メニューは昨日の夜と同じ硬パンと豆のスープだが、スープの色味は違った。「あなたはもうちょっと待っててね」とショコラに言い、おばさんは調理場へと戻っていく。

 ショコラの料理が運ばれて来てすぐ、チャオが起きてきた。おばさんはまたサボテン茶を運んでくる。

「にげぇ……」

 ひと息でお茶を飲み干したチャオが呟く。

「おじさん、私たち食べたら出発するからね」

「ああ……俺もついてくわ」

 さも当然のように言うチャオに、チリの目が丸くなった。

「は? 何言ってるの、危険なのよ?」

「だからだよ。小娘四人で行かせられるかっての。それに、伝説の魔物なんて見てみたくなるじゃねえか! 俺だって五年も旅を続けてるんだ。役に立つ自信はあるぜ?」

「って、言ってるけど、どう思う? ショコちゃん」

 ガタラでのやり取りでチャオは信頼できると感じていた。それに、昨日ショコラが運んだ武器は相当使い込まれているように見えた。戦えるなら頼もしいことこの上ない。

「私はいいと思う」

「さっすがショコラ! 見る目があるぜ!」

「よろしく、チャオ」

 アイが手を出すと、チャオは力強く握った。

「よろしくねー、おっさん!」

「だからおっさん言うな!」

「だって、何歳なの?」

「三十四だ」

「おっさんじゃん……」

「うっせ!」

 テントいっぱいに響きわたる笑い声に、チリもつられて笑った。一番心強く思っているのは、そして一番ほっとしているのは、チャオをよく知る彼女だった。





 つづく 【6】



小説ドラゴンクエスト10 第43回

2015-12-16 23:27:55 | 小説ドラクエ10
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   第5章 めぐりあい、そして強くなる


    4




 ドワチャッカ大陸のおよそ三分の一を占める、広大なゴブル砂漠は、ドルワーム王国を守るように聳える峻険な岩山を境に、東と西に分かれている。東砂漠の東端には大陸のシンボルであるカルサドラ火山が、この瞬間も煙を吐き出し続けている。

 西砂漠は東の半分ほどの面積で、海にも面しているため、幾分湿度が高いが、照りつける太陽と海風に乗った砂混じりの風が容赦なく襲ってくる。

 もっとも辛いのは、ただでさえ細かい砂に足を取られて歩きにくい上に、歩いても歩いても一向に景色が変わらないことだった。

 暑い、という言葉も言い尽くされ、ただ無言のまま、ショコラたちは砂漠を歩いていた。

 目的地であるボロヌスの穴は、西砂漠を南東に進み、岩山を迂回しなければならず、ちょうどその方角に見える大きな岩を目印に歩いている。スライムを逆さにして地面に突き刺したような変わった形の岩で、その下は日陰のはずだ。

 砂漠に生息する魔物たちも、容赦なく襲いかかってきた。以前ショコラを襲った痺れだんびらの変種、人食いサーベルや、死霊グール、腕だけになった死霊ブラッドハンドは、地中から足を掴まえようとする。この暑さも渇きも感じない無機物の魔物や死霊たちにとって、動きの鈍った旅人は格好の獲物だった。

 チリはピオリムを、りなは覚えたてのスカラを全員にかけ、動きの速い人食いサーベルだけを素早く倒す。死霊たちの動きは鈍く、囲まれさえしなければ逃げるのは容易だった。なるべく体力を温存しながら進まなければならない状況で、戦いの勘に長けたアイが提案したこの作戦はベストだった。

 そうしてようやく目印の岩のふもとが見えた時、四人は思わず立ち止まった。その日陰で大きな魔物が休んでいた。トゲの生えた甲羅を持つ四足の恐竜、デンタザウルスである。

「うそーん……あれじゃ休めないじゃーん」

「どうする? チリ」

「砂漠を抜けるのはまだまだ先よ。休まないと持たないわ。どいてもらうしかないわね」

「一緒に休ませてくれる……わけないよね」

「ないわね……いい? 正面からぶつかっちゃダメよ。まずアイちゃんがアイツの気を引いて私のほうにおびき寄せて……」

 チリの立てた作戦を聞きながら、少しずつ近づいていく。デンタザウルスは腹を地面につけてはいるが、その瞳は閉じられてはいない。アイの足が、岩が作る日陰の線を越えた時、その瞳がギョロリと動いた。

 デンタザウルスの四本の足が地面を踏み、身体が持ち上がる。威嚇の咆哮が砂漠に響いた。

 アイは刀を抜き、一瞬で間合いを詰めると、ふいに横に回って敵の視界から姿を消した。そのまま背後に回って甲羅からはみ出した短い尻尾を軽く斬りつける。やはりその皮膚は固く、切り口から血が滲み出る程度だったが、それで十分だった。

 デンタサウルスが回転し、アイに怒りの眼を向ける。回転に合わせてアイも回り、チリの直線上に来ると、踵を返してチリがいる方向に駆けだした。

「ほら、こっちだ!」

 怒り狂った魔物はアイの後を追って突進する。思ったよりも速く、アイも慌ててスピードを上げた。

「はい跳んで!」

 チリの声に合わせて、アイがジャンプする。着地して振り返ると、飛び越えた地面から魔法の糸が魔物の足に絡みついている。クモノの罠を仕掛けていたのだ。

 だが、デンタザウルスの怪力はその糸をものともせずに引きちぎり、なおも突進してくる。

「クモノじゃだめか……でももう一個、ジバリアがあるわ!」

 突進する魔物の目の前の地面が突如隆起し、砂の柱が行く手を阻む。驚いたデンタサウルスはその足を完全に止めた。

「ショコちゃん!」

「ヒャダルコ!」

 チリの後ろに控えていたショコラの呪文が発動する。動きを止めたデンタサウルスの頭上に巨大な氷の塊が現れ、落下した。

 氷が粉々に砕け、一陣の冷たい風がショコラたちの間を流れていく。だが、そこにあったのは魔物の死体ではなかった。デンタサウルスは氷が直撃する瞬間に甲羅に手足と首を引っ込めて身を守ったのだ。

「おー、あいつ頭いーなー」

 りなは思わず拍手するが、その表情は笑ってはいない。

「えへへ、まいったな。ショコちゃんの魔法にかけてたんだけどね……」

「逃げるか?」

 甲羅の奥ではギラリと目を光らせて、こちらの様子をうかがっている。背中を向けて逃げれば、再びあの勢いで追って来るだろう。アイの足でも追いつかれそうになったのに、チリやりなが逃げ切れるとは思えない。

「よし、やってみる!」

 ショコラが前に出て、魔物に近づいていく。

「ショコラ! 危ないぞ!」

 デンタサウルスを正面から見据え、ショコラは両手を突き出した。野性的に何かを感じ取ったのか、甲羅がピクリと震え、慌てて手足を出そうとする。が、もう遅い。

「イオラ!」

 ショコラが突き出した両手を中心に光の輪が広がる。その端ギリギリにデンタサウルスが入っていた。甲羅の中に光が生まれ、次の瞬間大爆発を起こす。衝撃で少し中に浮いた甲羅はそのまま落下し、肉の焦げた匂いと煙を上げ、もう動くことはなかった。

「お見事! さすがショコちゃんだわ!」

「ふう……うまくいった。これでやっと休憩できるね」

 待望の日陰はまるで天国のように感じられた。水分を採り、身を休める。だが、そう長い時間の休憩は許されなかった。デンタサウルスの焼ける匂いと煙に誘われ、グールたちが少しずつ集まってきていたのだ。気づかれないうちに、四人は日陰に別れを告げた。

 すでに陽が暮れかけていた。早朝に出発して、西砂漠はまだ半分以上も残っている。泊まる場所を探すか、それとも涼しい夜も歩き続けて砂漠を越えてしまうか、迷いどころだった。

「あれ?」

 りなが立ち止まる。

「あそこ、誰か寝てるよ?」

 りなが指さす方向には、立派なサボテンが一本生えていた。その陰に、確かに誰かいる。

「魔物か?」

 目をこらしてみると、肌は緑色をしていた。

「ドワーフだわ……行ってみましょう」

 チリの言うとおり、倒れていたのはドワーフの男性だった。後ろに撫でつけた茶色い髪には見覚えがある。

「チャオさん!」

「チャオおじさん!」

 ショコラとチリの声が重なった。思わず顔を見合わせる二人だったが、チャオが「うー?」と呻き声を漏らすのを聞いて視線を戻す。

 ゆっくりとチャオの細長い目が開かれる。

「なんだ、お前らか……チリちゃんまで……どうしたんだ?」

「どうしたはこっちよ、おじさん! こんなとこでなにやってるの!」

「ハハハ……水、持ってる?」

 身体を起こして差し出した水を飲み、チャオは薄ら笑いを浮かべたが、

「助かったぜ。ありがと……よ……」

 と再び気を失った。

「おじさん? ねえおじさんってば! もう……仕方ないわね……。ショコちゃんたち、ちょっと遠回りになっちゃうけど、ここから南東に商人たちの集落があるの。そこまでおじさんを運んであげたいんだ」

「わかったわ」

「私が運ぶよ」

 アイは軽々とチャオを持ち上げ、肩に担ぐ。りなとチリは置いてあったチャオの荷物を、ショコラは不思議な形の武器を持って歩きだした。





 つづく 【5】



小説ドラゴンクエスト10 第42回

2015-12-05 22:24:10 | 小説ドラクエ10
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   第5章 めぐりあい、そして強くなる


    3




 玉座の間を後にし、ショコラたちはひたすら階段を降りていた。空中庭園を降りた先の、駅があったフロアの下り階段は壁に隠れた場所にあった。そのため始めは少し探し歩いたが、あとは同じ造りだったので迷うことはなかった。ただ、王宮の長く広い階段はフロアの端から端までを使って降る。一階を降りるたびに、広大な部屋をまた端から端まで歩くことになるため、少し億劫さを感じた。部屋の中央付近には巨大な円柱状の柱があり、その中から時おり微かな振動と何かが動くような音が聞こえた。

 そうしてようやく一階まで降りた時、ショコラは聞き覚えのある声を聞いた気がした。少年の声だ。誰かの指示を受けて返事をしただけの短い声だったが、上の階から聞こえた。

 ショコラは二階を振り返り耳を澄ます。だが、もうその声は聞こえなかった。代わりに、ガチャガチャと金属の擦れる音がたくさん降ってくる。階段の幅いっぱいに、大勢のの兵士たちが駆け下りてきたのだ。

 慌てて階段から離れて近くの壁際にくっついていると、兵士たちは一階のフロアを横切って王宮内のどこかへ去って行った。

「おーい、おねーちゃーん、こっちだよー!」

 アイとりなはもう王宮の入り口にいて、ショコラを手招きしている。

 王宮の外は、中の騒ぎが嘘のように静かで、穏やかだった。砂漠の中の街だけあって気温は高かったが、湿度が低いのだろう。不快な感じはしなかった。ショコラにとっては、風が砂混じりであることのほうが不快だった。

 チリが書いて渡してくれた簡単な地図によれば、チリの家は王宮正面の入り口から見て南西にあるらしい。まだ陽も高く、夜までは時間がありそうだったので、街の中を見て回りながら向かうことにした。もちろんエテーネや冥王、りなのチームについての聞き込みもするつもりだ。

 ドルワームは鍛冶が盛んで、とくに防具職人が多く集まる街だ。ドワチャッカ大陸全土で採れる様々な鉱石を元に、次々に新たな防具の開発が行われている。王宮の足元に武器と防具の店があることも、この街における鍛冶技術への評価がうかがえる。防具屋をのぞいてみると、戦士用の堅固な鎧兜や盾がたくさん並んでいたが、アイは全く興味が無いようだった。

 ちょっと薦めてみても「そんなの着てたら動きづらいよ」と一言。ショコラとしては、前線に出るアイにはしっかりと守りを固めて欲しいところなのだが。

 教会や宿屋、道具屋でそれぞれの施設で聞き込みや必要なものの調達を行い、最後に酒場に寄って食事をとった。エテーネやパトリシアについて知っている者はいなかったが、レンダーシア大陸に渡る船が、レンドアという街にあるらしいことがわかった。

 レンダーシア大陸は冥王によって封印され、そしてその大陸の中心にエテーネがある。賢者ホーローはそう言っていた。はじめてはっきりした収穫を得て、ショコラの胸は高鳴った。ドルワームでキーエンブレムを手に入れたら、ともかくその街に向かってみよう。アイとりなも賛同した。

 お腹も満たされ、幸せな気分で店を後にしたショコラたちの前を、一人のドワーフの男性が通りかかる。手にした楽器をホロホロと鳴らしながら、哀しげな唄を歌っている。


 ラララ 遠い昔の物語
 王家に生まれた双子の子
 王位を争い国を滅ぼす
 時は流れて歴史はめぐり
 またもうまれた災いの双子
 三つの星を手にした運命の子
 そうはいえどもかわいい我が子
 誰がこの子を手放せようか
 誰がこの子を責められようか
 国を選ぶか我が子を選ぶか
 ふたつにひとつふたつにひとつ
 星降りの夜に ルラルルル


「ねえ、この唄……」

 ショコラが見上げると、アイは静かに肯いた。

「ああ、ドゥラというやつが言っていたのと同じだね」

「あの人……おーさまに捨てられたって言ってた……。ホントのことだったのかな」

「昔は各地で同じように、双子は忌み子と言われて疎まれたらしい。この街はまだそれが残ってるんだな」

「えー、なにそれ」

 言い捨てるように、りなは歌い手の背中を追っていたショコラとアイを置いて、チリの家がある方向へさっさと歩いて行ってしまった。

「あ、待ってよ、りな」

 ショコラたちが追いついても、りなは速足でぐんぐん歩いていく。とは言ってもプクリポの急ぎ足はエルフにとっては普通の速度だったが。

「どうかしたの?」

「ん、なんでもないよー。おなかいっぱいだから早く休みたいの」

 ぽっこりと出たお腹をさすりながら、りなは苦しそうに笑みを浮かべる。

「たしかに、ただでさえボリュームがあったのに、最後のデザートでダメ押しされた感じだ。でも美味しくて、結局全部食べちゃったよね。なんだっけ、名前」

「銘菓、砂漠の月って言ってたね」

 そう言われると、とたんにお腹が苦しくなってきた。確かに一刻も早く休みたい。できれば横になりたい。


「ただいま~。ごめんね、遅くなっちゃって」

 チリが帰ってきた頃にはすっかり夜も更けていた。

「ごはんは食べた? まだなら何か作るよ。って言っても、ずっと出かけてたから保存食しかないけどね」

 お腹は大分楽になったが、減っているというわけではない。酒場で食事をとったことを話し、断った。

「じゃ、デザートだけどう? ほらこれ、ドルワーム銘菓、砂漠の月~。美味しいのよ~」

 もちろん、丁重にお断りした。

 チリは皿に自分用に砂漠の月を載せ、ショコラたちにもお茶を淹れてくれた。

「聞いて。ショコちゃんたちに協力して欲しいことがあるの」

 小ぶりのテーブルには低いイスが二つだけあって、チリとりなが座っている。りなは眉間にしわを寄せて本を読んでいたが、チリの緊張を含んだ声音に顔を上げた。ショコラとアイはめいめいに床に腰を下ろしている。家の床も石造りだが、厚手のカーペットのおかげでお尻は痛くない。二人とも目線でチリに話を促した。

「王様に会いに行った時に見たあの魔物……覚えてる? あれは天魔クァバルナって言って、大昔にドルワームを襲った伝説の魔物なの。ずっと封印されていたんだけど、ドゥラ院長……ああ、あの紫の髪の人ね。彼を利用して復活してしまった。このまま放っておけば、ドルワームは確実に滅んでしまうわ。お願い、奴を倒すのを手伝って欲しいの」

「わかったわ」

 即答するショコラに、チリは驚いた様子だ。

「えっ……いいの? 危険だよ?」

「友達のチリちゃんの頼みだもん。喜んで協力するよ。ね?」

 アイもりなも笑顔で頷く。チリの瞳がじんわりと濡れた。

「城で兵士を集めてたね。それに加わればいいのか?」

 チリは首を振る。少しの間があって、言いにくそうに口を開いた。

「たぶん、今王宮にいる兵士たちが何人集まっても勝てないわ。でもショコちゃんたちなら……可能性はあると思うの」

「可能性、ね」アイは薄く微笑んだ。そこに悪気はないことはショコラにはわかったが、チリにその余裕はないようだった。

「本当に、こんな危険なこと……頼んでいいのかわからない。ホントなら、友達をこんなことに巻き込みたくなんてないわ! でも、でも……他にいないのよ……。私、この国を守りたいの」

 チリはテーブルをじっと見つめる。一粒の水滴が、砂漠の月に落ちて染みを作った。

「さ、そうと決まれば出発だ」

「そうね、行きましょう」

 立ち上がるアイとショコラを、チリは慌てて止めた。ドゥラが調べた文献によれば、分離した天魔の魂と肉体が一つになるには、七日程時間がかかるらしい。明日の朝出発しても十分に間に合うとのことだった。

 古い文献がどれほど信用できるのかは疑問だったが、チリの顔に色濃く滲んだ疲れの色を見て、ショコラたちはその提案を受け入れた。

「ありがとう……みんな……」

 気が抜けたのか、チリはイスの背もたれに身体を預けた。

「よっし! じゃあべんきょーしないと!」

 テーブルの上の分厚い本を手に取り、りなは再びそれを開く。

「何の本? ……『僧侶の呪文』?」

「うん、教会にあったから借りてきたの。あたし、実はホイミしか使えないから。でもこの本さっぱりわかんないの。だって、知らない文字が多すぎるんですもの!」

「私もさっぱりわからなかった」

 ショコラの言葉に、アイも静かに同意しつつ、再び腰を下ろした。

 チリは「どれどれ」とりなから本を受け取り、しばらく眺めてみる。

「ああ、これは読めなくて当たり前よ。古いドルワーム文字だもの。誰かが訳を書いてるところもあるけど……早々に挫折したみたいね。あとこれ間違ってるし」

「読めるの?」

「ちょ、ちょっとくらいは読めるけど……けっこう時間かかるよ」

「スカラ! スカラのとこ読んで!」

「ええと……スカラスカラ……あ、あった。うーんと、誠実潔白たる精神において神への信心を高め深祈せずして恩恵なし。神の御力たる守鎧は親愛堅守の一念を以て無私別私たらんとする者にのみ与えられん。境地に至り朦朧たる聖光の……云々」

 念仏のような文言が読み上げられるのを聞いているうちに、いつしかショコラとアイは肩を寄せ合って眠ってしまっていた。昼間は暑いドルワームも夜は冷え込む。チリは二人に毛布を掛け「ごめんね」と小声で言った。

「ベッドがないんだから、宿を取ってあげればよかった。そんな気も利かなくなってたなんて、私ったら動揺しすぎ。ダメだよね、こんなんじゃ……」

 チリはりなの元に戻り、再び本に向き合う。そして数ページほど読んだところで、ようやくスカラの章を読み終えた。

 二人が顔を見合わせる。

「なんていうか……これって……普通のことじゃない? 簡単なことをよくもまあこんなに難しく書けたもんだわ。

「あたしでも二行で書けるね、これ」

 りなが目を丸くしたまま呟く。

「は~あ……この本、明日返してきたほうがいいよ。あとで王宮にある本を借りてあげるね」

「うん、ありがとう、チリお姉ちゃん。はぁ……めっちゃ疲れた……あたしたちも寝よ」

「ちょ、試してみたら? スカラ」

 りなは頷き、チリに手のひらを向ける。意識を集中すると、聖なる光がその手を包み込む。チリを敵の攻撃から守りたいと強く祈り、チリの身体を膜で覆うようなイメージを膨らませていく。体内の魔力を手のひらに集め、そのイメージと共にチリに向けて放出する。

「スカラ!」

 チリの身体を緑色の光が覆い、やがてすうっと吸収されるように消えた。

「できた……のかな?」

「どれどれ」

 チリはテーブルのりんごを一つ掴むと、頭上に放り投げた。天井付近で一度静止したりんごが、速度を上げて落下する。
ごん。ごろごろごろ。

 チリの脳天を経由して、りんごが床を転がり、りなの足元に到着した。りなはそれを拾い上げ、チリを見つめる。

「……うん。効いてる! ごん、っていう感覚はあったけど、痛くなかった!」

「やったー! 成功!」

 りなはチリに抱き付き、何度もありがとうを繰り返した。これでりなが使える呪文はホイミだけではなくなった。

 チリはお祝いに、と少しへこんでしまったりんごを剥いた。

 深夜、静寂の中、二人のりんごを齧る音だけがリズミカルに流れていく。

「ねえ、チリお姉ちゃん」

「ん?」

「本には神が、神が、って書いてあったけど……神さまって本当にいるのかな?」

 チリは少し考えて、にこやかに言った。

「神がいるかどうかはわからないわ。でもりなちゃんがスカラを使えるようになったのは、この紙のおかげよね。だからもし神様がいなくても、大丈夫よきっと」

 テーブルの上の分厚い本は、きっともう読まないで返してしまうだろう。だがりなは心から思った。この本に出会えて、本当によかった、と。





 つづく 【4】



小説ドラゴンクエスト10 第41回

2015-12-05 22:16:53 | 小説ドラクエ10
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   第5章 めぐりあい、そして強くなる


    2




 駅を飛び出したショコラたちは、チリの後を追ってドルワームの王宮内を駆けた。床も壁も、それぞれ異なる色形の石を合わせて幾何学的な紋様が彩られている。先ほどのチリの話では数千年前に作られた建物とのことだが、どの石材を見ても一つのひび割れもなく、色褪せてもいない。おそらく建物全体が何らかの魔法の力を帯びているのだろう。特に、オレンジ色の光を放ち建物内を照らしている三角形の石からは、はっきりとした魔力が感じられた。

 広いフロアを抜けて階段を登りきると、ちょうど沈みかける太陽が見えた。通路の両側には色とりどりの花や、様々な種類の植物が植えられている。空中庭園と言ったところだろうか。フロア全体が緑に包まれているのようだ。

 植物を眺める暇もなく、チリは庭園の中央にある階段を駆け上がりはじめた。階段は途中で方向を変えてさらに上へと天井まで続いている。手すりもない急な階段を登っていると同じ高さにある太陽が不意に目に飛び込んでくる。目を逸らしてふと下を見ると、チカチカした視界に庭園が遥か下に見え、脚がすくみそうになった。

 天井を越えたところで階段は終わり、真っ直ぐに絨毯が伸びていた。その突き当りにある巨大な扉が突如開き、ひどく慌てた様子で人間の若い女性が飛び出してきた。そのままこちらに向かって全力で走ってくる。

「どきなさい! ジャマよっ!」

 あまりの勢いに、ショコラたちは慌てて道を開ける。赤い眼鏡の女性は、腰まである艶やかな黒髪と紫のマントをたなびかせ、あっという間に階段を駆け下りていってしまった。後から姿を現したドワーフの男性二人も、女性を追って走っていく。

 また、人間がいた。ショコラは彼女と話ができないことが少し残念だったが、一方で少し嬉しくもあった。ガタラに向かう列車の中で会った賢者ホーローに続き、二人目の人間を確認することができたのだ。もっと探せば、もっと多くの人間に出会えるかもしれない。そうすれば、ホーローと同じように、道を示してくれる人もいるかもしれない。

 しかし、その淡い感情はチリの鋭い声で遮られた。

「何かおかしいわ!」

 彼女が指さす巨大な扉は、人が一人通れるくらい開けられたままだった。その先には、闇しか見えない。再び駆け出したチリに続いて、その闇の中に飛び込んだ。

 闇の中で、青白く光る透明な誰かが、茫然とするドワーフたちを見下ろしていた。人間のような身体と手足を持ち、鳥のような仮面を被っている。身体から少し離れて浮いている一対の翼は、生命を感じさせない。ウルベアの地下遺跡に静かに息づいていたような装置。それに類するもののようにも見えた。

「ククク……魂ガ蘇ッタ今、アトハ肉体ヲ取リ戻セバ、我ハ自由ダ!」

 仮面の下で顎が上下し、高い声と低い声が入り混じって聞こえた。表情は見えないが、まん丸なその仮面の瞳を直視してはいけないような気がした。

 透明な者は、高笑いを残して天井をすり抜けていく。しばらくすると、室内に急に光が戻り、周囲に立ち尽くしていた何人かが力なくその場に崩れた。ここにいる者は、ショコラたちを除いて皆ドワーフのようだ。

 天井から降り注ぐ暖かい光の元を確認すると、オレンジ色の光を放つ巨大な石が天井に埋まっていた。燦々と室内を照らすその石はさながら太陽のようだ。

 石のすぐ下には玉座があり、王と思わしき者が固い表情で腰かけている。その正面には紫色の髪を長く伸ばした白衣の男性が一人。そして、玉座の側で心配そうにそれを見つめる茶髪の立派な鎧を纏った男性の姿もあった。

「王様! 何が起こったのです!」

 チリが玉座に歩み寄ると、国王は瞳を伏せ、深く息を吐いた。

「天魔クァバルナが復活したのだ……」

「天魔……クァバルナ?」

「かつてこの国を滅ぼそうとした伝説の魔物じゃ……。ドゥラよ」

 青い長髪の男性がはっとして顔を上げる。チリが振り返り、彼の顔を見つめた。

「本当なのか? ドゥラ……そなた、あろうことかヤツの知恵を借り、太陽の石を創ってしまったというのか?」

「はい……本当です……」

「なぜじゃ……富、名声、知識……それらを求めすぎたドワーフたちの末路を知らぬわけではあるまいに」

 時が止まったかのような、沈黙が流れた。ドゥラの手が、小刻みに震えている。

「私は……どうしてもこの国を救いたかった! 救わなくてはならなかったんだ!」

 声を荒げ、ドゥラは開いた右手を王に向けて突き出す。ショコラから彼の掌は見えないが、国王はそれをみて少し表情を変えたように感じた。

「ウラード国王っ! この三つのホクロに見覚えがあるはずだ! 私は国のためにあなたに捨てられた、三つの星をつかむ子です! 無能な兄ラミザに代わってドルワームを救い、私を捨てたのは間違いだったと、あなたに謝罪させたかった!」

「ドゥラくんが……ボクの弟……」

 玉座の側に控える立派な鎧の男性が、おろおろとドゥラと国王の顔を交互に見、最後にチリに救いを求めるように視線を投げた。

 チリは困惑する王子にうなずきもせず、首も振らず、ただじっと見つめ返す。

「愚かな……その話はあとだ。今はあやつを……天魔クァバルナをなんとかせねばならん! やつの行き先に心当たりのある者はいるか!」

「おそらく……ボロヌスの穴かと」

 震える声をあげたのは、ドゥラだ。

「古文書によると天魔クァバルナは肉体と魂に分けられ、ボロヌスの穴の泉にその肉体が封印されたとあるのです。国王! 私に行かせてください! これは私の責任です! 私は、命に代えてもクァバルナを討つ!」

「うむ、行くがよい、ドゥラ。ただし、ラミザと共に行くのじゃ」

「ラミザ王子と……? なぜです!」

 困惑するドゥラには答えず、王はラミザ王子に命ずる。

「ラミザよ! 騎士団を率いてドゥラと共にボロヌスの穴に行き、クァバルナを討……」

 途端、王は頭を抱えて玉座から前のめりに倒れた。

「父上?」

「王!」

「しっかりしてください! 王!」

 チリ、ドゥラ、ラミザが王を支え起こす。

「だ、大丈夫じゃ……少しめまいがしただけじゃ……ラ、ラミザよ……ク……クァバルナを……奴を……」

「はい、父上、はい……お任せ下さい……」

「誰か! 王を寝室へ!」

 それから玉座の間は騒然となった。チリは従者たちに指示を出し、王を寝室へ運ばせる。ドゥラは研究者たちにクァバルナについての文献を調べるよう命じる。オロオロしてあたりを見回すばかりのラミザに代わって、年嵩のの騎士が出撃の準備を号令した。

 完全に部屋の隅に取り残された形となっていたショコラたちに気づき、チリは小走りに駆け寄ってくる。

「ごめんね。ちょっと忙しくなっちゃった。私の家で休んでいて。夜には一度帰るわ」

「何か手伝おうか?」

 魔物との戦いや怪我人の治療といったことなら手を貸せるが、人々が右往左往するこの大騒ぎの中、ドルワームに着いたばかりのショコラたちはかえって邪魔になってしまうだろう。そう思いつつも、訊かずにはおれなかった。

 案の定、チリはショコラに微笑みながら、首を振った。

「ありがとう、大丈夫よ」





 つづく 【3】