パトリシアの祈り

ドラクエ日記。5が一番好き。好きなモンスターはメタルキングなど。ネタバレしてますのでご注意

小説ドラゴンクエスト10 第10回

2015-02-23 01:02:14 | 小説ドラクエ10
→ はじめから読む



   第2章 希望の風


    4



 ゆるい坂が続き、街道は森の中を進み始めた。道の幅も次第に狭くなったが、それでも馬車がすれ違うには十分な広さがある。端のほうではところどころに木々の根が隆起して、地面に凹凸を作っていた。

 街道がよく整備されているとはいえ、森の中には危険が潜んでいる。森を棲み処とする魔物にとっては、自らは姿を隠しながら、旅人を狙うことができるのだ。ショコラたちもずる賢い毒矢頭巾に矢を射かけられたが、道中も常に注意を払っていたアイがことごとく矢を弾き、ショコラが矢の飛んできた方向にヒャドを放つと「ぎゃっ」と短い悲鳴が聞こえた。他にも樹木の身体に小さな羽を持ち、森の木々に紛れいつの間にか近づいている浮遊樹や、二匹で連携して襲い掛かってくる凶暴な暴れ狛犬などに幾度となく襲われたが、アイが魔物の攻撃や動きを止め、その隙をショコラの呪文で討つ、という連携の前に敵はいなかった。昨日会ったばかりとは思えぬほどに息が合う。初めは不思議に思ったが、何度も共に戦ううちに、徐々に自然な感覚として身についた。

 やがて森が徐々に暗さを増し、街道に掛けられた石灯籠の光が浮かび上がる頃、森の奥に町を見つけた。

「思ったより早く着いた。あそこがアズランだ。大丈夫? ショコラ」

「うん、大丈夫」

 戦闘で気持ちが高揚していたためか疲れは感じていなかったが、アズランの入り口に続く長い長い石の階段を登り始めるとすぐに足が重くなった。前を行くアイも同じようで、一歩一歩ゆっくりと登っている。ふうふうと二つの息づかいが重なり始めて間もなく、ようやく町の門に辿りついた。全体が朱に塗られた木造の重厚な門が、淡い光に照らされて夜の闇に浮かび上がる。二人は無言のまま、下を振り返り、登ってきた高さを確認した。と、もう一人、誰かが登ってくるのが見えた。小さな影が一つ。子どもだろうか。足取りは軽く、長い階段をぴょんぴょんと飛び跳ねるように駆け登ってくる。灯篭のぼんやりした光に、若草色の髪と、大きな赤いリボンが揺れた。

「ほいほいほいっと……あれ? あー! ショコラさま!」

「フウラちゃん!」

 試練に落ち、ツスクルの村を去った少女、フウラだった。ショコラが力の試練を受けている間に、家の者が迎えに来て帰って行ったとのことだった。フウラは大きな目をさらに大きく見開き、再会の喜びを満面の笑みに浮かべた。

「ショコラさま、旅してるってことは、合格したんですね! 学びの庭卒業、おめでとうございます! 言えないで出てきちゃったから、気になってたの。良かった! 言えて」

 フウラは抱えていたぬいぐるみを振り回して、全身で喜びを表現する。そう言えば、ツスクルにいた時もフウラはこのぬいぐるみを抱えていたことを思い出す。ふわふわの甘いお菓子を思わせる、かわいらしいぬいぐるみだ。顔と手足があるので、何かの生き物なのだろうが、エルフでもオーガでも、人間でもないようだった。

 あの時は気にしている余裕はなかったが、まだ幼いとは言え試験や外出時にまでぬいぐるみを持ち歩くものなのだろうか。エテーネにはこんなに精巧なぬいぐるみはなかったが、木や布で作った簡単な人形はあった。だが、それらは主に家に飾っておくものだった。

「そっちのおねーさんは?」

「こちらはアイちゃん。一緒に旅をすることになったのよ」

 自分の背の何倍もあるアイを見上げて、フウラは礼儀正しく挨拶する。

「よろしく、フウラ。それ、かわいいな」

 アイがぬいぐるみを指して言うと、フウラは薄く微笑むが、すぐに少し寂しそうな表情に変わる。

「ケキちゃん……っていうの。かわいいでしょ」

 それからフウラは、二人を自分の家に招いた。アズランにいる間はいくらでも泊まっていっていいからね、食べ物で好きなものと嫌いなものがあったら言ってね、などと楽しげに話すのを聞きながら、夜の町を進んでいく。途中で宿屋を見かけたので、フウラの家に挨拶をしたらここに来てみよう、と思っていた。さすがに突然押しかけて、宿まで世話になるわけにはいかない。

 ショコラは町の様子に、どこか違和感を覚えていた。日が落ちてそれほど時間が経っていないのに、あまりに人の姿が少ない。静かで、寂しげで、なんとなく空気が重いような気がする。自分が思っているよりも、疲れているのかもしれない。町に着いて安心して、疲れが出たのかな、などと考えながら歩いていた。

 はた、とフウラが足を止めた。後ろを振り返り、並んでついて歩いていたアイとショコラの間を通り過ぎる。

「ついてくんな!」

 フウラが叫んだ先に、何かがいた。街灯のぼんやりとした灯りに、大きな獣の姿が映し出される。ブルルルルと鼻を鳴らして、獣は踵を返し、夜に溶けていった。

「今の……なに……?」

「カムシカだよ。あれ、ショコラさま知らない? この街に住んでる動物だよ。ついて来てうっとーしいの。行こ」

 フウラはまたショコラたちを先導して歩き始める。アイが後ろを振り返りながら

「私はこの間見た。おとなしくて可愛い。でもついては来なかったな」

 と、やはりついて来ていないことに残念そうな顔をする。

「全然かわいくないよ、あんなの……」

 フウラの声がぽつりと漏れた。不機嫌さを滲ませながらどんどん歩いていく。ぬいぐるみのケキちゃんを、両手でしっかりと抱えたまま。
 
 街の奥の長い長い階段を、また息を切らせながら登り、果たして到着したフウラの家を目にして、ショコラとアイは顔を見合わせた。歩いてきた街並みで見かけたどんな家よりも、そしてあの宿屋よりも、ずっと大きな屋敷だったのである。

 屋敷の扉の前でフウラが「ただいま~」と声を上げると、自然に扉が開き、中から鎧をまとった男性が現れ、フウラに深々と頭を下げる。

「おかえりなさい、フウラおじょうさま」

「ほらほら、ショコラさまたちも早く中に入って」

 屋敷の玄関は広く、荘厳な雰囲気に満ちていた。飾り気はなかったが、かわりにピカピカに磨かれた床や柱が出迎える。

「おお、フウラ、戻ったのか」

 廊下の奥から中年の男性が現れた。桜色の肌と同じ色の髪と髭を持ち、立派な装束をまとっている。フウラが父であることを紹介した。

「ようこそ。アズラン領主、タケトラと申します。ツスクルでは娘が大変お世話になったそうで、ありがとうございました。もうじき夕食の支度ができますので、ぜひゆっくりしていってくだされ」

 タケトラは柔和な笑みを浮かべ、優しい口調で話す。小柄で痩せているが、領主としての威厳を感じることができた。幾分顔色が悪いように思えるのは、やはり務めが大変なためだろうか。

「いえ、ご挨拶に伺っただけですので……突然押しかけて申し訳ありません」

「いやいや、遠慮は無用。娘も喜びます」

「そうですよ~、ショコラさま。せっかく来たんですから、泊まっていってくださいよ~」

 タケトラは部屋が空いていること、ショコラのことはフウラの手紙にいつも書いてあったのでよく知っており、話してみたいと思っていたことを語り、ぜひにと二人に宿泊を請うた。話の締めくくりざま門番の兵士姿の男性に部屋の用意を言いつけてしまったので、とうとうショコラはうなずいたのだった。





 つづく  【5】へ


 

小説ドラゴンクエスト10 第9回

2015-02-14 17:09:29 | 小説ドラクエ10
→ はじめから読む



   第2章 希望の風


    3



 その集落は木陰の集落と呼ばれていた。キリカ草原からアズラン地方に入り、いよいよ森の中を抜ける山道へと続く場所。アズラン側から見れば、山を抜け、ようやく一息つくことができる場所。旅をする者にとって、なくてはならない宿場であった。

 宿屋の他にも、市場や道具屋、武具を扱う店など、小規模ではあるが旅人に必要な設備はひと通り揃っている。集落に住む十数名のエルフたちは、元々ここで商売をしていた者たちの子孫で、旅人のために先祖代々の店を守っていた。

 そんな集落の人々の営みをテントの影から眺めながら、ショコラとアイは宿自慢の「森のスープ」を味わっていた。色とりどりのキノコや見たことのない野菜が入ったそのスープは、見た目は悪いが味は抜群に良かった。旅人の中には味にほれ込み、地元への出店を依頼する者もいるらしい。だが、森のスープはその時々、森で採れたものだけを使うため、味も具材もまちまちなのだった。それがまたいい、と言って、リピーターになる客も多い。現に、ショコラたちの他にも三組ほどエルフの客がいたが、会話の内容からリピーターだとわかった。

 食事時もアイは寡黙だったが、スープを口に入れた時の「おいしい!」という声に客たちは微笑み、本人は茜色の頬をさらに赤くしていた。そんな様子から、アイはただ無口なだけで、感覚はそれほど違わない一人の女性なのだと改めて感じた。そして、ショコラは思い切って、昨日アイの背中に揺られながら考えていたことを切り出した。

「アイさん。お願いがあります。私と一緒に旅をしていただけませんか? 私、あなたを雇いたいんです。あの、わけあって私、世界中を旅しなければならないんです。どこに行く、とか、いつまで、とかは全然わからないんですが、とにかく色々な所に行きたいんです。だから、アイさんの行きたいところにも行っていただいて構いません。あれ? それだと私が連れてってもらうような感じだな……すみません、私話すのが苦手で……」

 手を止めてショコラの話を聞いていたアイがそっとスプーンを置き「私……?」と少し困ったような顔をした。

「はい、うまく言えないんですが……アイさんとなら、心強いっていうか、安心というか、もちろん私もご迷惑をかけないようにはしますが、なにぶん旅なんて初めてですし……」

「私も」

「アイさんも?」

「私も、初めての旅なんだ。ようやく二週間が過ぎたところ……だから、私も頼りにならないかもしれない。それでも、よければ」

「もちろんです!」

 思わず大声を出して立ち上がってしまった。周りの客たちがくすくすと笑うのを聞いて、慌てて着席する。その様子に、アイは微笑みを浮かべていた。

 アイは途切れ途切れに、これまでの二週間を話し始めた。オーガが住むオーグリード大陸のガートラントという城下町から、ずっと北のグレン城下町へと旅をし、グレンからは大陸間鉄道に乗ってアズランに。そしてあてもなく東を目指していたという。ツスクルに行きたかったのか、と訊ねたが、そうではないと言った。

「本当に目的のない旅なんだ。だから、ショコラ……君について行くよ。君はどこに行くんだ?」

 慣れてきたのか、アイとの会話もスムーズになっていた。君、と呼ばれるのはなんだかくすぐったい感じがしたが、嬉しかった。

「まずはアズランを目指していました。あ、でもアイさんにしてみたら戻る形になってしまいますよね。他には……」

「アズランで構わない」

「でも……」

「いいんだ。アズランはよく見物もしないで出てきてしまったから」

 空になった皿に置いたスプーンを弄びながら、アイはどことなく寂し気に言う。

「そうですか……じゃあ、お言葉に甘えます。でも、アイさんも行きたいところがあったら遠慮しないで言ってくださいね」

「だったら頼みがある」

「はい。何でしょう」

「私を雇うって話は、断るよ」

 ショコラはどきりとしてスプーンを落としてしまった。皿とぶつかる派手な音がテントに響く。アイは慌てて手を振りながら「ごめん、違うんだ」と続けた。

「雇うんじゃなくて、連れてって欲しい。お金はいらない。そう言おうと思ったんだ。ごめん」

「は~、びっくりしました~。どうしようかと思いましたよ、もう」

「ごめんごめん、それから、呼び方もアイでいい。敬語も使わなくていい」

「う、うん……アイ……。う~ん、なんだか呼び捨てって慣れないから、アイちゃんって呼んでもいい……かな? もちろん私のことは呼び捨てでかま……いいから」

「アイちゃんか……そんなふうに呼ばれたことないからなんだか恥ずかしい。うちのほうでは呼び捨てが普通だったから」

 恥ずかしそうに微笑むアイに、ショコラも自然と笑顔になる。お互いに「よろしく」と交わしながら、食事を終えた。

 出発の際、宿のおかみは毒消し草と満月草の粉末を持たせてくれた。昨日ショコラが飲まされた苦い汁は、麻痺毒に効く満月草の汁だということだった。宿代を訊ねたショコラに、おかみはすでにアイから受け取っていることを告げた。いくら返そうとしてもアイは受け取らず、次の宿はショコラが払うこととなった。次がある、それがまた嬉しかった。

 集落の南から伸びる街道を南西に行けば、アズランに辿り着くという。山道だが、よく整備されているので夜までには着くよ、とおかみは言っていた。その言葉通り、街道は広く整えられており、轍の跡がある。人だけではなく、馬車なども往来するらしい。街道脇はやわらかな短い草が地面を覆うだけで、森や山の中、という感覚はなかった。そのことをアイに話してみると、アズランに近づくにつれて山道らしくなってくるらしいが、この辺りはむしろ草原に近い、とのことだった。

 しばらく南に歩いたところで、石造りの壁が見えた。長く伸びる石壁はちょうど正面に見えるところで門のように口を開けている。だがそこには扉がなく、周りを木で補強されているだけだった。見れば、石壁は一定の間隔で同じような木で補強されているようだ。また、石壁の上には屋根もついている。

「えっ、あれがアズランの街? もう着いたの?」

「いや……あれは鉄道の橋梁だ」

「へ~、大きいね……鉄道ってどんな感じなんだろ」

 大陸間鉄道は、五つの大陸と二つの島を結ぶ鉄道で、数百年も前からアストルティアの大地と人々を結んでいる。金色の車体で海や空を滑るように走る列車は、親しみを込めて「大地の箱舟」と呼ばれている。

 アイは幼い頃何度か乗ったことがあるが、海を越えて大陸を渡ったのは初めてだと言った。その景色が素晴らしかったことを拙い言葉だったが一生懸命に伝えた。
鉄道橋をくぐり、その技術や、所々に施された見事な装飾に感嘆し、歴史に想いを馳せた。屋根に見えたものは、実は奥行のない線路の淵で、下から見上げると金属も使われていて驚くほど強固な造りであることがわかる。大地の箱舟が偶然通らないものかと時々後ろを振り返りもしたが、結局見ることはできないまま、二人は山道に入っていった。







 つづく  【4】を読む


 

小説ドラゴンクエスト10 第8回

2015-02-09 23:25:11 | 小説ドラクエ10
→ はじめから読む



   第2章 希望の風


    2


 
 キィィィィィィン!

 金属同士がぶつかる音が響き渡る。ショコラの頭上では、二振りの刃が交わっていた。斜め後方から差し出された長剣が、魔物の攻撃を受け止めていた。

「下がってて」

 現れたのは、夕焼けのように赤い肌をした長身の女性だった。滑らかな動きでショコラの前に出ると、剣を振りぬく形で魔物を弾き飛ばした。魔物が空中でよろめく隙を逃さず、横に回り込む。剣を左手に持ち替え、低い姿勢で狙いを定めると、踏み込みつつ、思い切り魔物の身体を突いた。女性の剣が魔物の金属の身体を貫く。よく見ると、それは魔物の瞳の部分だった。
 それほど大きくない魔物の目を、しかも動いている魔物の目を正確に貫くなど、並大抵のことではない。多少なりとも剣を習っていたショコラにはそれがわかった。

 まさに即死だったのだろう。魔物は身動き一つせず、紫のもやとなって消えた。剣を鞘に収め、女性は長く美しい銀色の髪をかき上げる。
 額の左右には角があった。エルフとは形が違うが、やはり大きな耳をしていた。その下、肩からは、額のものよりも大きな角が生えていた。腰からは長い尻尾が伸び、その先には髪と同じ銀色の毛がふさふさと束を作っている。しなやかに伸びる手足はしっかりと筋肉が感じられ、美しい獣を思わせた。

 ……オーガだ。ショコラはその女性を見上げながら、エテーネの側の森で見た石碑を思い出していた。

【炎の民オーガ】
 厳しい荒野で力強く生きる、大きな体にツノと尻尾を持った者たち。好戦的で強きものを尊んだ彼らは、抜きんでた強い力と体力で弱きものや仲間のために、命をかけて戦った。

「大丈夫か?」

 オーガの女性がショコラの顔を覗き込む。優しそうな目だ、とショコラは思った。

「は、はい……ありがとうございました。でも身体が痺れてしまって」

「そう」

 女性は短く言うと、橋の先、アズラン地方の方角を見て、何か考えている様子だった。身体は動いていないのに、尻尾がゆらゆらと動いていて、ショコラはついそちらに目をやってしまう。女性が見に着けているものは、動物の毛皮を合わせただけの服だ。胸と腰回りは覆われているとはいえ、肩や太ももなどはむき出しで、同じ女性でもじろじろ見るのは気が引けた。だが、身体のところどころに走る黒いラインも気になり、つい見てしまうのだった。

「この先に集落がある。そんなに遠くない」

 そう言うと、女性はショコラに背を向け、その場に膝をついた。

「あの……私ちょっとまだ動けないので、ここで休んでいきます」

「うん、だから乗って」

「はい?」

「おぶって行くから」

「いえ! そんな……そこまでご迷惑はかけられません!」

「いいから早く。その毒は早く治療しないといけない」

 女性はショコラの手を掴むと自分の肩にかけ、有無を言わさず、いや、ショコラが何も言えないほどあっという間に背負い、歩き出した。

「何から何まで、本当にすみません……ありがとうございます」

「気にしないで」

「あの……お強いんですね。凄い剣さばきでした」

「そうでもない」

 女性はショコラの問いかけに短く答えるだけで、会話が続かなかったが、声の調子から怒っていたり、不機嫌というわけではなさそうだ。おそらく元々寡黙なのだろう。

 オーガってこんなに大きいんだな、と次々と過ぎていく景色を見ながら思う。人間の時も背が高いほうではなかったショコラにとって、遠い地面、高い視点は新鮮だった。小さい頃、エテーネで一番背の高いおじさんに肩車をしてもらった時くらいの高さだ。

「あの……せめてお名前を教えていただけますか? 私は、ショコラと言います」

「私はアイ。よろしく」

 やはり短い答えだったが、後に続いた「よろしく」がなんとなく嬉しい。「よろしくお願いします」と返した声が少しはずんだ。

「話すとつらくなるよ」

「え?」

「麻痺の毒が」

 言われてみれば、先ほどから少し息苦しさを感じ始めていた。傷を受けた右腕はほとんど動かない。深呼吸しようとしても、うまくできない。呼吸に必要な筋肉まで麻痺してきているようだった。背中に深く、荒い呼吸を感じ、アイは速度を速めた。

 無言のまま、ただ景色が流れていくのを見ていた。不思議と冷静な自分がいる。なぜだろう、このままこの背中の上にいれば、きっと大丈夫、そんなことを感じていた。そしてある一つのことを考え、決めた頃、アイの歩調が緩むのを感じた。

「着いたよ」

 ショコラは宿に運ばれ、ベッドに寝かされた。アイと誰かが話すのが聞こえて、それからエルフの女性が来て、何か苦い汁と水を飲まされた。女性は布団をかけて去って行った。またアイが誰かと話しているのが聞こえて……そこで眠りに落ちた。

 目が覚めたのは夜中だった。

 周囲はよく見えなかったが、外の風が入ってくるのを感じた。呼吸は楽になっていた。右腕もすっかり動くようになっている。ゆっくりと上体を起こしてみる。見回してみると、どうやら布を張っただけのテント式の宿のようだ。ショコラのベッドの左側はその布壁で行き止まりになっているが、右手の先はもうそのまま外に出ることができる。隣のベッドにアイが寝ているのが、少しだけ差し込んでくる月の光で確認でき、安心した。

 夜の風はまだ少し冷たい。暖かい布団にもぐりこみ、ショコラは再び眠りについた。







 つづく  【3】を読む