
******
なぜトランプ大統領は「ハーバード大学」を攻撃するのか 「慰安婦論文」ラムザイヤー教授が明かす「ハーバードの不都合な真実」

■ハマスによるイスラエル攻撃を称賛
2020年末に従軍慰安婦に関する論文を発表し、世界的な注目を集めたハーバード大学ロースクールのJ・マーク・ラムザイヤー教授。「慰安婦=性奴隷」説を否定したことで、韓国だけでなくアメリカでも激しく糾弾されたが、自説を曲げることはなかった。そんなラムザイヤー教授が教鞭を執るハーバード大学は、目下、ドナルド・トランプ大統領から目の敵にされている。日本でも「学問の自由」を揺るがす暴挙と報じられるが、その背景にはハーバード大学が抱える“問題”があった。ラムザイヤー教授が明かす真相とは――。
【取材・構成:吉田賢司/ジャーナリスト】
***
2024年のアメリカ大統領選挙ではさまざまな争点が取りざたされたが、その中心にあったのは、左派と右派の分断であり、エリート層と非エリート層の対立だった。トランプは、オバマ政権下の8年にわたるエリート主導政治に対する庶民の怒りを巧みに利用した。そして当選後に左派色の強い大学への資金援助を打ち切るに至ったが、当然、エリートを象徴する存在として、ハーバード大学ほど格好の標的はなかった。
もっともハーバード大が他の一流あるいは二流の大学に比べて特に左寄りというわけではない。リベラル色の強さも学部によって大きく異なる。私が教えているロースクールやビジネススクールは、全体として民主党寄りだが、学生の政治的傾向は比較的多様だ。一方で、医学部や理工系の学部は、アメリカ全体の平均に近い傾向を示す。
最大の問題は人文系の学部である。ここでは民主党支持が圧倒的で、しかも極端(fringe)な主張を持つ学生が少なくない。例えばハマスがイスラエルに対して武力攻撃を行った際、それを「素晴らしいことだ」と称賛し、「すべての責任はイスラエルにある」とする声明を、30を超える学生団体が連名で発表したのは、彼ら人文系急進派の学生たちだった。
だが彼らは、理系学部のように連邦政府の研究資金に依存しているわけではない。だからドナルド・トランプがハーバードへの資金援助を打ち切ったとき、実際に影響を受けたのは、人文系の過激派ではなく、理系や医学部に所属し、むしろ共和党を支持する人々だった。
■アファーマティブ・アクションへの違憲判決
トランプがハーバードを標的にした理由はいくつもある。
ハーバードやコロンビアのような大学は、学生を処分することに消極的で、学生たちはデモの中で平然と規則を破る。コロンビア大学では、建物に不法侵入しても処罰されないことすらある。そうした状況を見て、トランプ政権は「行儀の悪い学生たちにはきちんと罰を与えるべきだ」と主張している。
さらにトランプは、アファーマティブ・アクションのように、人種を理由とした差別が法律によって正当化されるべきではない、と主張している。2年前、連邦最高裁がアファーマティブ・アクションに違憲判決を下した以上、教育機関はその判断に従わなければならないということだ。
ハーバード大の多くの教授たちは、過去20年間にわたって、自身は人種による差別の存在を否定しながらも、入試制度では大規模な差別を行ってきたと言える。そして判決後も「自分たちは人種差別をしていない」という体裁を保ったまま、従来の入試方針を続けたいと考えているのだ。
差別問題は学生の入学にとどまらない。教授の採用や昇進の過程でも、意図的な人種的バイアスが存在している。たとえば、終身在職権(テニュア)への昇格や、名誉職への登用などである。
象徴的な例が、2023年に黒人として初めてハーバード大学の学長となった政治学者のクローディン・ゲイである。彼女は本来、テニュアにふさわしい実績を持たない人物だった。それにもかかわらず、終身在職権を与えられ、さらにその後、明らかな能力不足であるにもかかわらず昇進を果たした。
■“共和党支持”の教員
もっとも人種に関しては、論文の引用数やテストの成績など、客観的で標準化された指標を用いることで、ある程度の評価が可能である。しかし、政治的傾向については事情が異なる。言論の自由に抵触するおそれがあるため、評価や判断がはるかに難しく、野放し状態になっている。
このために厄介な問題が生じた。
仮にハーバード大学が、人文学部に共和党支持の教員を採用することにしたとしよう。だがそれは事実上不可能なのである。そのような人材が大学院にほとんどいないからだ。
考えてみてほしい。人類学の博士課程を修了するということは、大学の教員になるための訓練を受けたということだ。しかし人文系の世界は極めて左傾化しており、どの大学も保守的な候補者を採用しようとはしない。もしあなたが学部生で保守的な価値観を持っていたら、人類学の大学院に進もうとは思わないだろう。その先がないのだから。つまり、構造的に保守的な人材が育たない仕組みになってしまっているのだ。
私の知るあるハーバード大の学生は、文学の必修科目で「父親から虐待をうけるレズビアンが主人公の漫画」を課題として与えられ、それについてタームペーパー(期末レポート)を書くよう求められたという。常識ある学生なら、こうした課題に強い違和感を覚え、学問への信頼さえ揺らぐのではないだろうか。
これはハーバード大だけの話ではない。各地の人文系学部では、民主党を支持するリベラル派の教授が圧倒的多数を占めている。最新のある研究によれば、カリフォルニア大学バークレー校の歴史学科では、民主党支持者が31人に対し、共和党支持者はわずか1人。スタンフォード大学では22対0。この数字が示すように、完全なイデオロギーの偏りが存在する。
このような状況下で、保守的な価値観を持つ学生は人文学を敬遠する傾向が強まり、今や米国で歴史学を専攻する学生は全体の1%にも満たないというのが現実なのである。
■アメリカにおける人文学の衰退
アメリカの人文系学部が常に衰えていたわけではない。かつてはみな、ドストエフスキーやジェーン・エアといった文学を読み耽ったものだ。いまや、それらはほとんど読まれていない。少なくとも、そうした古典文学や名著だけを読む学生は、もはや見当たらない。実のところ、ハーバード大学にシェイクスピアの講義がまだ存在するのかどうかもわからない。
4年前、私が慰安婦問題に関する論文を発表し、激しい攻撃を受けた背景にも、このアメリカにおける人文学の衰退という構造的問題があった。
わずか8ページの論文が、想像を超える激しい反発を引き起こすとは、私自身予想もしていなかった。欧米大学のいわゆる日本専門家らは、私の論文の撤回を要求し、大学による私への処罰まで主張した。慰安婦問題における「性奴隷説」や「強制連行説」は、彼らのイデオロギーにとって不可欠な要素であるらしい。自らの立場を守るため、異なる視点を封殺しようとする姿勢は、「学問の自由」そのものに対する暴力である。
とりわけ、日本語の一次資料や膨大な二次研究に目を通せば、慰安婦問題をめぐる歴史の全体像は明確に見えてくる。しかし、それらの多くは英語に訳されておらず、英語圏の研究者にはアクセスできないのが現状だ。その結果、アメリカの日本研究者たちは、この問題について驚くほど無知だ。吉田清治の名前すら知らない者までいる。
■日本語で会話をしない日本研究者
多くの米研究者や学者は大学で日本語を学ぶが、最初の数年間は辞書を片手に新聞記事を読むのが精一杯で、記事の内容を正確に理解できるようになるまでに相当な時間を要する。仮に小学校4年生程度の日本語読解力に到達できたとしても、それに4年はかかる。そして多くの場合、彼らが到達できるのはそのレベル止まりである。
日本語は、使わなければすぐに衰える言語だ。継続的に日本語に触れていなければ、40歳になる頃には、ほとんど読み書きができなくなる。もちろん彼らはそのことを認めようとはしない。実際、アメリカの日本研究者の間では、互いに恥をかかないよう、日本語で会話をしないという暗黙のルールすら存在しているほどだ。
これは、海外で慰安婦像が次々と設置されている問題にもつながっている。たとえば、最近の英国帝国戦争博物館における「慰安婦の歴史」に関する展示がその一例だ。おそらく、韓国の慰安婦支援団体や関連する活動家が展示内容に関与したのだろう。
こうした博物館は「調査を行った」と主張するが、実際のところ、それは「英語で読める範囲の文献に目を通した」という程度にすぎない。おそらく、英語で書かれた記事を3つか4つほど読み、「まあ、これで十分だろう」と判断して展示を構成してしまったのだ。
では、我々はこの現実にどう向き合うべきか。
まず、私のような立場にある学者は、米国内において積極的に英語での論文・著作を発信していかねばならない。それが責務である。そして何よりも人間として貫くべき姿勢がある。それは、真実しか語らない、真実しか書かないことだ。そしてそれを行っている限り、「いかなる攻撃を受けようとも、絶対に謝らない」ということである。
J・マーク・ラムザイヤー
ハーバード大学ロースクール教授。
1954年シカゴ生まれ、日本で育つ。76年、ゴーシェン大卒。ミシガン大で修士(日本学)、ハーバード大ロースクールで法務博士取得。カリフォルニア大ロサンゼルス校、シカゴ大教授を経て現職。専門は日本法。日本語著作に『法と経済学―日本法の経済分析』など。
デイリー新潮編集部
*****