SWORD中央ラボ分室

『アストロミゼット』HPブログ出張版
自企画の紹介が主ですが「小サイズ可動フィギュア」の可能性も広く研究しています。

【ノベル】『覚醒する夜』・2

2008-08-04 00:23:06 | Novel
…テツヤがその話を持ち込んできたのは夏休みを目前に控えた金曜日の放課後のことだった。
その日の掃除当番はテツヤの班。珍しくエスケープせずに教室の掃除に勤しむテツヤの様子をアイコは不審に思っていた。大概こういう場合はよからぬ事を企んでいる時に決まっているからだ。
果たしてその予感は的中していた。ギイチが児童会の定例会議を終えて戻ってくると、テツヤは二人を呼んで計画を語り始めた。
 「幽霊屋敷ぃ!?」
 「そ、お前らも聞いたことあるだろ?シロヤマの幽霊屋敷の噂。あそこに辿り着く道を俺、教えてもらったんだ!」
『迷いの森の幽霊屋敷』は、この辺りでは有名な話だった。
かつての城跡が残る山の中腹に建つ古びた洋館、遠目で見ると容易に確認することが出来るこの屋敷は、噂ではいざ行こうとすると迷路のような山道に阻まれて辿り着くことが出来ないのだという。
中には行方不明になって帰ってこなかった「神隠し」の噂も流れる、いわく付きの心霊スポットなのだ。
それはテツヤ達がまだ生まれる前のこと、運良く辿り着いた者がそこで幽霊を見たという体験談が雑誌で紹介されたことから噂が広まったのだそうだが、件の屋敷はそれ以前からあったにもかかわらず地元ではさして注目されていなかったという実に不可解な建物だった。
一時期はTVの夏のオカルト番組で取り沙汰されるまで話題に上ったものだが、そこはゴシップの定石、年明けを待たずにそうした噂はすっかり風化し、TVで新しい流行歌が席巻するともう誰もその話題を持ち出すことは無くなっていた。
だがその後一旦は沈静化したその幽霊屋敷騒ぎは、それでも毎年夏になると必ずどこからと無く話題に上るのであった。
 「どうだ?幽霊の正体、俺達で確かめねぇか?」
一通りプランを披露したテツヤは箒を担いで身を乗り出し、二人の顔を覗き込む。
その視線が思ったよりも近くに感じたアイコははたとしてそっぽを向いた。いけない、いつの間にか興味しんしんで聞き入っていたらしい…。
 「バっ…バカじゃないの?あんた幽霊なんてこの世にいるって本気で信じているわけ?」
 「バカはお前だろぉ?俺はその『正体』を確かめねぇか?って言ったんだぜぇ!」
 「ん…なっ…?!」
決して口先では負けることは無いテツヤ相手に、思わぬ不覚を取る。表向きアイコは興味の無いフリを決め込むつもりだったのだが、迂闊にも自分の好奇心がこの話に食らいついてしまったらしい。
これまでもこんな調子で三人は校内で様々な騒ぎを引き起こしてきた。
どちらかと言えばテツヤの持ち込むトラブルにアイコとギイチが一方的に巻き込まれている、というのが正確なところなのだが、日々の行いが良いため、さしてお咎めを受けないギイチはともかくとして、そのとばっちりを始終受けているアイコにとってそれは迷惑以外の何ものでもない。
だからアイコとしてはなるべくテツヤに巻き込まれるのは御免被りたいところであるのだが…。
一方、ギイチもまた…こちらは本心から気が乗らないでいた。もちろんギイチにとっても興味引かれる話題ではあるが、基本モラル人間のギイチとしてはわざわざしなくても良い冒険をするのは気が進まない。
それにいくら納涼に恰好のイベントとはいえ幽霊というのは…頭でその存在を否定し得ることが出来ても、正直怖い。
ギイチは助けを請うようにアイコに目を向けた。当然、アイコもここは立場上自分が阻止しないと…と決めている。
 「そーゆーの、肝試しで充分でしょ?クラス行事か何かでやんなさいよ」
 「あのなぁ…、こいつは探検なんだぜ?俺は別に肝試しがしたいわけじゃあ無ぇんだよっ」
わかってねぇ、とテツヤは顔をしかめる。
 「それに、探検!なんだからさぁ…やたらに大勢で行ったって足手まといになるだけなんだよな」
それってつまり…自分たちは足手まといではない、ということか。そうアイコは言葉の裏を読む。
テツヤの交友は決してアイコとギイチだけではない。実際、単なる遊び相手であるならばテツヤはテツヤでそれに見合ったグループに加わっている。
それはまたアイコやギイチも同様で、特に校内ではむしろ三人は別行動を取っている時間の方が多い。
にもかかわらず、何か重大な行動に移る際には、テツヤはまず真っ先にこの二人に話を持ちかける。とりもなおさずそれはこの二人を評価しているからに他ならない。
そう考えるのであれば憎ったらしいテツヤの言でも、まぁ決して悪い気はしない…が。
そこまで考えて、アイコはぎくりとしてギイチを振り返る。
 「うん…、まぁ僕で何か役に立てることがあるんなら…」
さっきまで気乗りしていなかったギイチの瞳がテツヤの一撃できろきろと輝いていた。何だかやや頬を赤くして照れ隠しに頭なぞもかいている始末。
…しまった、唯一の味方がオトされた…。
ギイチは単純にお人よしと言う言葉では説明がつかないほど人に必要とされることを喜び、そしてその期待を決して裏切ろうとはしない。ましてそれが一目置いている相手からであればなおのこと、テツヤはギイチに唯一欠けている行動力とバイタリティーの持ち主として、まさにその「一目置く存在」であるのだ。
これで2対1…形勢は俄然不利となったとアイコは感じた。
 「ちょ…っ!ギイチ君まで」
いとも簡単に最後の防衛線となってしまったアイコとしては、こうなったら何としても半ば義務感のような説得を成功させなければならない。
 「いい?そこって要は人のいない山の中の廃墟なわけでしょ?危険じゃないの…!」
 「危険?当たり前じゃないか。だからこその探検だろーが」
 「あんたには聞いてないのっ!」
アイコはさも当然とばかりにしれっと構えるテツヤに牙をむく。ここはまずなんとしてもギイチを味方に引き戻さないとならない。
 「ねぇギイチ君、解ってる?廃墟ってね、もちろんあちこち壊れているから危険なんだけど、それだけじゃあないのよ。あーゆーとこにはボーソー族とか、変質者とかも居たりするんだから!」
後半はイメージ先行の偏見であるが、全くのでたらめでもない。アイコの目論みはこれでギイチの良識に訴え、翻意を促すことにある。
 「うん、そうだねアイコさん。でもちゃんと準備を整えて行けば危険は回避することが出来ると思うんだ。それにもしもそんな危ない人たちがいたなら『迷いの森』の都市伝説が否定できるわけだから、その事実を確認するだけでも意味あるんじゃないかな?だとしたら目ざといアイコさんが一緒に来てくれるといち早く危険を察知できると思うんだけど…」

…完全にギイチが敵の軍門に下っていることをアイコは思い知らされた。理詰めでくる分ギイチを口でねじ伏せるのは困難だ。
 「けどね…」
もはや孤立無援の窮地に立たされ、それでも懸命に説得を試みるアイコに追い討ちをかけるように、テツヤからの横槍が飛んだ。
 「…何だよ?あれこれ理屈つけて、結局怖いのか?」
 「だから!そうじゃなくってぇ!!」
 「やっぱ、女は怪談とか怖いんだなぁ、アイコはそーゆー迷信信じないと思ったんだけどなぁ」
演技なのか本気なのか、テツヤはがっかりだ、とばかりに肩をすくめた。その物言いに、とうとうアイコの頭の中で何かがブチッと切れ飛んだ。
 「冗~談じゃあ、ないってのっっっ!!!」
突如豹変したアイコにギイチが「ひっ」と小さな悲鳴を上げる。
フン!と鼻息も荒く二人を交互に見据えたアイコは、まるで歌舞伎の大見得よろしくあごをつき上げて啖呵を切る。
 「上等よ!だったら見てやろうじゃないの、幽霊の正体ってやつをさ!」


…言い切って、ようやく機能を回復させた冷静な頭が猛烈な自己嫌悪に襲われる。
あぁ…結局またテツヤに乗せられてしまった…。
自分の軽率さを心の中で憾みつつ、それでもアイコはどこか心の隅っこでこうなる展開を期待していた自分がいる事にも一方で気付いていた…。

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