はしきやし

SWING21オフィシャルHPは移転しました。
当サイトは順次再構成していきます。

世中百首

2012-05-04 | 俳諧畸人録

俳諧畸人録◇荒木田守武《弐》

 荒木田守武は伊勢内宮の神職にして薗田長官中川平太夫といへり
 守武幼より頴悟衆に超えて和歌連歌を善くし一世に名あり
 嘗て或連歌の席にて己れを除く外は皆僧形の人のみなれば
  ○御座敷を見れば何れもかみな月
 といひたるに宗祇法師傍に在りて
  ○ひとりしくれのふり烏帽子着て
 と附けしとかやいとも興ある談柄なり

 大永年中に童子敎誡の爲めにとて一夜百首を作り
 毎首「世中」の二字を押せり
 時人これを世の中百首と稱し又伊勢論語ともいへり
 守武は誹諧の鼻祖にして天文九年の冬獨吟千句を爲せしが
 其自撰の跋文に俳諧とてみだりにし笑はせんとばかりはいかむ
 花實を備へ風流にしてしかも一句たゞしくさておかしくあらんやうにと
 世々の好士の敎なり云々とあり實に百世の規範なり
 守武は文明五年癸巳に生れ天文十八年己酉八月八日に歿す享年七十有七

  ○元日や神代の事も思ハるゝ
  ○青柳の眉かく岸の額かな
  ○ちる花を南無阿弥陀佛とゆふへ哉
  ○勢子のもの來へき宵なりとまる狩
  ○鶯の捨子ならなけほとゝぎす
  ○ちる音は花も及ハぬ木の葉哉
  ○飛梅やかろ/\しくも神の春
  ○落花枝にかへると見れハ胡蝶哉
  ○梅そめハこぬ春まねて袂かな
  ○錦かとあさめにほそき小萩哉
  ○撫子や夏野の原の落し種
  ○朝皃にけふハ見ゆらん浮世哉

 (俳諧名家列傳續篇)

 「頴悟」は「穎悟」に同じ。《俳家奇人談》とほぼ同じ内容を記すが、幼時より聡かったなど《俳諧名家列伝》独自の記述もある。守武は15歳で禰宜になっており、そのあたりが「幼より頴悟」の根拠となっているのだろう。
 発句は他書と異同あり。例えば鴬の句は「うぐひすの娘か鳴かぬほとゝぎす」と《千句》にある。誤伝かはたまた別句か。

----------:----------:----------:----------:----------:----------

 《世中百首》は当初文字のみで伝わったが、江戸時代に絵と注釈の入った《世中百首絵鈔》などが出版され、教科書としても用いられるようになった。以下に《日本俳諧史》等からいくつかを転記する。

 世の中の親に孝ある人はたゞ 何につけてもたのもしきかな
 兄弟うやまひをなしはぐゝむは 誰もかくこそあらめ世中
 世の中はものゝ稽古をするがなる 富士のたかねに名をあげよ人
 世の中はいずれの道もしならいて 時の人数になりぬるぞよし
 世の中に書くべきものは書かずして 事を欠くなり耻をかくなり
 虎にのりかたわれ舟にのれるとも 人の口にはのるな世の中
 天照す神の教へをそむかずば 人は世の中富貴繁昌

 「人数」は「にんじゅ」と読む。各々おのれの道に精進してこの道にこの人ありと数えられるほどになれと。「かたわれ舟」は「片割れ舟」で、沈みそうな危険な船。
 全百二首は《伊勢論語》の通称どおり、ほとんどが儒学的価値観にもとづく道歌で占められている。その最後に天照大神をもってきたのは伊勢の神官らしいというべきか。しかし天照大神に「教え」なるものは存在しない。

俳諧畸人録目次