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SWAN日記 ~杜の小径~

◆ if…もしも ◆《アンドレ Ver.》ベルばらSS


◆ if…もしも ◆《アンドレ Ver.》

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

今年のベルばら三が日SSは短編2話です。
三が日SS、読み切り1話目。
if…もしも、のお話。
アンドレ Ver.です。
アンドレとオスカルは既に両想いの設定で、原作とアニメの設定等々いろいろ混ざってマス。
if…もしも。1789年のお話。

明日UP予定のSSは、if…もしも。
〜のオスカルさまバージョンです。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

7月13日…アンドレが撃たれた。

「この戦闘が終わったら結婚式だ」
朝、アンドレに伝えた言葉だった。

咳こむオスカルを庇ったアンドレの左胸を貫いていた銃弾。
衛兵隊員はアンドレを移動させ、医師に診てもらったが…医師の言葉は残酷なものだった。
「銃弾は心臓を貫いていて、生きているのが不思議なくらいなのです」
医師の話を聞きながら、オスカルとアンドレは互いに愛を囁く。
その二人の姿に周囲の者達は見守ることしか出来なかった。

アンドレが天に召されようとしている。
…わたしを置いて。
…わたしを残して。
…なぜ、わたしはひとりで生きるのか?
オスカルの頬を涙が幾重にも伝う。

〜アンドレ愛している。
〜愛しているよオスカル。
〜教会で結婚式をあげよう。
〜うん。
〜アラスに行こうか。アンドレの故郷も良いな。
〜うん。そうだね…オスカル…

アンドレの言葉が途切れた。
「…アンドレ?アンドレ…ッ」
周囲に愛する男の名を呼ぶオスカルの叫びが響いていた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

教会の中で横たわるアンドレを見つめてオスカルは呟いた。
「…アンドレ…」
何度この名を呼び続けただろう。
『オスカル』と…何時もなら返ってくるはずの言葉が無い。
ただ、眠っているようなのに。
撃たれた胸は出血が酷かった。
上着に赤く染みが広がるのを見ていられなくて、もう助からないと言われていても止血を頼んだ。
教会には重傷者や命を落とした者たちが収容されていて、見舞いや別れを告げに来た者たちも帰り、深夜になるとオスカルだけがアンドレの前に座り込んでいた。
しばらくアンドレの元に居たオスカルだが、現実を受け入れきれなくて、ふらふらと教会の外に出た。
人の気配もない夜のパリを彷徨う。
想いが通じ、愛しあえたのは二週間程。
「愛は…裏切ることよりも、気付かぬほうがもっと罪深い。アンドレはあまりに近くわたしの側にいたから…気付くのが遅すぎた。もっと早く気付いていれば…」
アンドレとの記憶が走馬灯のように頭をよぎってゆく。
オスカルの頬に涙が伝う。
あてもなく街を彷徨いながら、オスカルはハッとして動きを止めた。
〜あれは何時の会話だっただろう?
幼い頃の記憶。
…そうだ、アンドレがジャルジェ家に来て間もない頃…『内緒だよ』と教えてくれた。
「…まさか…でも…」
オスカルは教会に向かった。
交代で教会前の見張りをしていたアランが戻ってきたオスカルに気付き、視線で追う。
夜中にオスカルが教会を出て、しばらく戻って来なかった。
現実を受け入れきれないのか、泣き腫らした瞳で教会を後にしたオスカルをみて、このまま朝まで戻って来なければ捜しに行かねばとも思っていたのだ。
戻ってきたオスカルは数刻前と違っていた。
急ぎ足のオスカルは入口前の階段に腰掛けるアランの前を通り過ぎた。
「…隊長…?」
アランの呟きは風に飲み込まれ、オスカルの耳には届いていなかった。
教会のドアに手をかけ、ギィ…ッと鈍い音を立てて開いたドアの奥にオスカルは中に入ってゆく。
様子のおかしいオスカルに、アランは静かに腰を上げた。

オスカルはアンドレの傍らに座り込み、囁いている。
「あの話が本当ならば…お前は眠っているだけなのか…?」
オスカルはアンドレの指先にそっと触れた。
その冷たい指先に現実に引き戻されて、再びオスカルの頬を涙が伝う。
「…アンドレ…」
もう本当に瞳を開けてはくれないのか。
あの会話は夢だったのであろうか。
オスカルは溢れる涙を拭うのも忘れ、アンドレの胸から首筋を撫でるように指先を滑らせる。
冷たい身体。
オスカルの指先がアンドレの首筋から耳を撫でる様に触れてゆく。
「…アンドレ…?」
オスカルは息を飲む。
「…アンドレ…ッ!」
声を上げたオスカルに、見兼ねたアランが声をかける。
「…隊長…っ!アンドレはもう…」
「…あっ…アラン…か。違うのだ…もしかしたらアンドレは…」
心臓を撃たれていないかもしれないというオスカルにアランは声を上げた。
現実逃避をしているかの様なオスカルを見ていられない…もうアンドレは天に召されているのだ。
「何言っているんですか?医師の診断を…」
オスカルの傍らに立って言いかけるアランの手をオスカルは引っ張った。
アランはアンドレの足元に倒れ込みそうになりながらもギリギリ倒れ込まずに膝をついた。
「…指先は冷たいのに…首筋は…指先ほど冷たくないんだ…」
「…え?そんな…まさか」
アランも指先をあてて確認しながら目を見開いた。
「うん。アンドレが子どもの頃、一度だけ秘密を話してくれたんだ。アンドレが普通に過ごしていたから今の今まで忘れていたが…心臓の位置が左右逆だと…まさかと思って…」
「ち…っ、ちょっと待ってくれ。医師を起こして連れてくる!」
アランは教会の奥の部屋で仮眠をとっている医師をそっと起こしに行き、簡単な説明を聞いた医師は神父と共に慌ててオスカルの元にやって来た。

「子どもの頃、アンドレが一度だけ話してくれた秘密があるのだが…右胸心なのだと言っていた。内蔵逆位症の一種だとか。
アンドレの指先は冷たいのに首のあたりは指先ほど冷たくないんだ」
「右胸心と本人が言っていたのですか?心臓だけでしょうか?」
「確か…心臓が右側にあると」
医師はアンドレの身体を触診した。
「あぁ…なるほど、これは…っ、微かな虫の息ですが彼は生きているようです」
その言葉にオスカルは目を見開いた。
溢れた涙が頬を伝う。
アンドレが…生きている。
わたしは一人では無い。
「…アンドレ…」
オスカルはアンドレの頬に触れて呟いた。
涙が幾重も頬を伝う。
「マジか?〜右胸心?内蔵逆位?…って、何がどう違うんだ?」
アランの言葉に医師は説明を始めた。
「右胸心…右心症とも言われますが、心臓だけ左右逆なのです。内蔵逆位症は臓器全てが左右逆に産まれてくることで、数千人に一人と言われています。部分的内蔵逆位症と全内蔵逆位症…彼は前者なのでしょう。
合併奇形のない単純な右胸心ならば、血行状態は正常なので問題ありません。彼は健康体のようですから、本人が言っていた通り右胸心のみの可能性大です。
内蔵逆位症は血管や臓器に合併奇形があることがあり成人できない者も多いと聞きます。
本人が自覚していれば良いですが、知らないままですと事故や病気の際に誤診されることが多く大変な事態になることもあるのです」
「…今回みたいな、って事か?」
「はい。わたしの誤診です。医学書での知識はあっても、初めて診た大変珍しい事例です。患者自身の自覚が無ければ解りませんゆえ…申し訳ございません。この者が隊長さまに話されて、それが記憶に残っていたことが不幸中の幸いと申しましょうか」
「…彼は…アンドレの寿命も短いのでしょうか?」
オスカルは心配していた言葉を口にした。
「いやいや。右胸心のみと思われるので問題ないでしょう。強運の持ち主ですが、元々健康体だったのではないのでしょうか?
確かに現段階では心拍も弱いですが、銃弾は心臓と肺を避けております。少々出血が多くて低体温になっているようです」
「軽い仮死状態みたいなモンか?」
「はい…解りやすくいえば、そうです。止血をしていたことも功をそうしております。微かな虫の息ですが、呼吸もしています。隊長さまが指先と首筋の体温差に気付かれたのも凄いですな」
「彼とは…主従の関係でしたが、幼馴染みでした。わたしには唯一の者です」
「流石に腐れ縁並の二人だからなぁ…隊長さんよ。貴族の称号も階級も捨てる覚悟で此処にいるんだろ。アンタ、アンドレの後を追おうなんて馬鹿げたことは考えて無えと思うが、バスティーユが落ちれば…この戦闘が終わったら結婚式だとか何とかアンドレに言ってたよな。アンタが無事なら願いは叶うだろ。アンタが死んだらコイツが目ぇ覚ました時に大変だ」
オレ達じゃあ手に負えねぇしな…とアランはアンドレを指差して笑った。
隊長絡みになるとアンドレは荒れる。兵舎で銃をブッ放すような男なのだから。
アランの言葉にオスカルは驚いて言い返した。
「な…何故お前が知っている?」
「オレ地獄耳なんすよ。内緒話が風に運ばれてオレの耳に届いちまった」
「………っ」
聞かれているとは思わなかったオスカルはアランを見るが言葉が出ない。

アンドレが撃たれた後のオスカルの取り乱し様をみて神父と医師の二人は言葉を失っていたが、実はオスカルは大貴族の末娘で近衛連隊長からフランス衛生隊長に移り、民衆側についたことも二人はアランから聞いていた。
オスカルとアランの会話を聞いていた神父が口を開いた。
「隊長様。この者が意識を取り戻し、動けるようになりましたら…この教会で結婚の誓いをなさってください。ご協力しましょう」
「彼の意識が戻ったら、先ずは胸の銃弾を摘出しなければならないですがね」
「へっ。幸せの絶頂の前に痛みに悶絶するアンドレも可哀想だが、アンタがいればコイツは幸せなんだから治療の痛みなんか問題ないんだろうさ」
神父と医師とアランの言葉にオスカルの口元も和んだ。
「…ありがとう…」
オスカルの言葉に三人も頷いたのだった。
神父は奥の小部屋にベッドを用意しに行き、医師とアランでアンドレを小部屋に移動させてくれた。

翌朝の早朝。
まだ意識を戻さないアンドレの元にオスカルは居た。
体温を下げないようにとアンドレには厚手の毛布が掛けてある。
オスカルの肩にも薄手の毛布が掛けられたが、神父達が退室して二人きりになったところでオスカルは自分の毛布もアンドレに掛けた。
ベッドと一緒に用意してもらった椅子に座り、オスカルはアンドレの名を呼び続けていた。
アンドレの右手を包み込むように両手で握り、話しかける。
昨夜よりもアンドレの体温は少しずつ戻ってきているが、まだ低いように感じられた。
「…アンドレ。もうすぐ陽が昇る。
お前が生きているから…わたしは死なない」
オスカルはアンドレの右手を握る両手に力を入れ、そっとアンドレの指に口付けた。
一瞬…指先が小さく動いた。
「…アンドレ…?」
オスカルはアンドレの顔を見つめる。
アンドレの眉間に小さく皺が寄るのを確認したオスカルは声を上げた。
「…アンドレ?アンドレ!」
呼び掛けに応えるように、アンドレは手を微かに握り返した。
「…オ…スカル…?」
オスカルは身体を起こした。
「アンドレ…ッ!」
溢れた涙がアンドレの頬にポタポタと落ちる。
「…オスカル…」

小部屋のドアの外側で仮眠していたアランもオスカルの声で目を覚まし、ドアをそっとノックして部屋に入って来た。
「お〜お。やっとお目覚めか。命拾いしたなアンドレ。隊長が気付かなきゃ数日で墓の中だったんたぞ」
「…もしかして、右胸心のこと…?」
「…うん。銃弾は心臓を貫いていると言われて…子どもの頃の秘密の話を思い出した」
オスカルはアンドレの手を握り、そっと唇を当てながら告げた。
「有難う…オスカル」
右胸心を伝えてあるのは…祖母とオスカルとラソンヌ医師だけだった。
今回ばかりは不幸中の幸いなのだろう。
オスカルに助けてもらった命。
アンドレはオスカルの手を握り返した。

アンドレの意識が戻り、会話も問題ないとみたアランはオスカルの背後から声をかけた。
「まぁ…よかったな、お二人さん。あ〜…アンドレよぅ。心臓と肺は避けてるが、銃弾は身体にあるんで摘出するとさ」
「…そりゃ…痛そうだな」
顔を顰めたアンドレは苦笑いしながら言葉を続けた。
「オスカルと一緒にいられるなら…痛みも苦にならないよ」
アンドレの言葉にアランも「ヘッ」と呆れ顔をする。
「…アンドレ…」
オスカルはアンドレを見つめた。
笑みをつくろうとしたのに、また涙が溢れて泣き笑いになってしまった。
「…オスカル…。おれは大丈夫だから、少し休んだ方がいい…」
「…でも…」
心配そうなオスカルの瞳が揺らぐ。
「オスカルが迎えに来てくれたからもう大丈夫だ」
「……?…」
首を傾げるオスカルにアンドレの口元が綻ぶ。
「…夢をみていたんだ。薄暗い森の中だったのかな…ずっとオスカルがおれを呼んでいるんだけど、姿が見えなくて探してた。小川の向こうに両親がいて…小川を渡ろう片脚を入れたら父さんが首を横に振るんだ。母さんが森の奥を見て指差した。母さんの指先した方をみると、森の中で一ヶ所だけ陽の光が差しているところがあって…オスカルが立ってた。オスカルがおれを呼んでる…と走り出そうとしたところで目が覚めたんだ」
目が覚めた途端、身体中が痛いけどね…と苦笑いをするアンドレの唇にそっと口付ける。
「アンドレのご両親がわたしの元に導いてくれたのだな」
「…うん…」
「…今日もオスカルがやるべきことはある」
オスカルは小さく頷く。
兵士達はオスカルの指揮でなければ動かないだろう。
「…おれが付いていたいけれど…ちょっと無理そうだから…」
アンドレはアランに視線を送る。
傍らで二人の会話を黙って聞いていたアランは鼻で笑った。
「アンドレみてえに阿吽の呼吸ごとく動くのは無理だろうが、隊長は守るから安心しな」
「…有難う、アラン。だからオスカル。夜明けまで少し休んだほうがいい」
「隊長さんよ。アンタ、一睡もしてねぇだろ。指揮官に居眠りされても困るんでね。アンドレの言うこと聞いて少し眠れよ。コイツの側にいたいなら此処で仮眠すりゃあいい。また時間になったらオレが呼びに来る」
アランはアンドレに重ねて掛けられていた薄手の毛布を掴み上げ、オスカルの肩に投げるように掛けた。
低体温であったアンドレには厚手の毛布が掛けられていたのに、オスカルに用意された薄手の毛布も重ねて掛けられていた。
掛けたのは隊長だろうが、アンドレの奴は目ぇ覚ましたし、寝てねぇ隊長はとりあえず仮眠だ。
「もうアンドレは目ぇ覚ましてるんだから、少しアンタも温まれ」
アランは部屋の外で仮眠すると言って退室した。
オスカルは椅子を退かし、アンドレのベッドの脇に座り込む。
「オスカル…少しでも休んで。おれは何処にもいかない。此処にいるから…」
「…うん…」
「動けないから何処にも行けないけどね」
戯けるアンドレにオスカルもクスリと笑う。
「ほら。少しでも休んで」
「…ん…」
オスカルはベッドを枕代わりに腕を組み、アンドレの手を包み込むように頭を預けた。
「おやすみ…オスカル」
アンドレの声に導かれるように、そのままオスカルは眠りに落ちた。

14日。朝。
「…オスカル。必ず此処に戻ってきてくれ」
「…わかった…」
「愛しているよ」
「…愛してる」
オスカルはアンドレの唇にそっと口づけ、教会を出た。

バスティーユ攻撃の際も将校の軍服姿で容姿も目立つオスカルは標的となる。
オスカルは先頭で動き回っている為、一斉に狙われれば危険だ。
現に何発か隊長を狙ったらしい銃弾が地面に当たっている。
「おい隊長っ!アンタ目立つんだから、先頭に立って自ら標的になるんじゃ無え!後方で指揮しろや!」
見兼ねたアランがオスカルの腕を引き、頭から外套を被せる。
「おいアラン!」
その時、オスカルを狙ったらしい銃弾が地面に跳ね返った。
咄嗟にアランはオスカルを囲い抱いたが、銃弾の一発はオスカルの左肩に当たった。
「…うっ…」
跳ねるオスカルの身体を抱きしめながら叫ぶ。
「隊長!?」
オスカルを庇い、バスティーユに背中を向けたアランの左肩にも銃弾が当たった。
二人共に石畳みに膝をつく。
「隊長!」「アラン!」と口々に兵士達が叫ぶ。
オスカルとアランが目の前で撃たれたことで、衛兵隊と民衆達もバスティーユを落とすことへの気持ちが高まった。
「アラン!隊長と後ろへ!」
ユラン伍長が叫び、アランはオスカルを抱えて走り戻った。
跳ね橋が落ちれば此方の有利になる。
「隊長、大丈夫か?」
「あぁ大丈夫だ。すまない。お前も撃たれただろう」
二人は隊の中程にいたユラン伍長の元で膝をついた。
左肩を押さえるオスカルの手が軍服越しに赤く染まっている。
アランはオスカルの状態を確認をしながら、自分の銃槍と出血は問題なさそうだと判断した。
「このくらい大丈夫だ。隊長のほうが出血が多い。アンタの代わりにオレが指揮を取るから此処でオレに指示してくれ」
「…バスティーユの跳ね橋を落とせば下から攻め込める。市民側の有利になる。上から攻撃され続ければ此方の負傷者が増えるだけだ」
「あぁ、確かにな」
オスカルもアランも同じ意見だった。
頷きながら聞いていたユラン伍長が言う。
「隊長。わたしが跳ね橋の鎖を断ち切って来ます」
オスカルはユランに頷いた。
「ユラン伍長、頼む。兵士を何人か連れて行ってくれ。アランは兵士達にユラン伍長援護の指示を。
バスティーユへの攻撃も再開だ。跳ね橋が落ちればバスティーユを一気に攻め落とせるはずだ」
ユランとアランは直ぐに動き出す。
ユランは兵士数人を連れて跳ね橋に走り出し、アランは援護射撃とバスティーユの司令塔がいるであろう上部を狙って大砲で攻撃するよう指示を出した。
そこからの展開は早く、ユラン伍長は跳ね橋を落とし、民衆の歓声が上がる。
「バスティーユへ!」
立ち上がったオスカルが叫んだ。
「おい隊長!」
危ねえんだよ!と、アランはオスカルを屈ませる。
武器を持った市民達は口々にオスカルの言葉を連呼しながら跳ね橋に向かった。
ユラン達に続いて市民達は跳ね橋を渡ってゆく。
焦るバスティーユ側の隙を突くように、アランの指示で大砲は建物の上部を狙って的確な砲撃を再開した。

そして。
バスティーユに白旗が上がったのは直ぐだった。
バスティーユ側と市民側の銃声が止み、シン…となった直後。
地響きのような市民の歓声が上がる。
その光景を見たオスカルは立ち上がり…微笑んだと思うと前方に倒れ込んだ。
アランはオスカルを支えながら文句を言う。
「…ったく、出血が多いんだから叫ぶんじゃ無えって言ってんのに!貧血起こしてるじゃねえかよ」

歓喜する兵士と市民達の中を抜けて二人は教会に向かう。
アランに支えられて歩くオスカルを見つけたロザリーは大声を上げた。
「きゃ〜っ!オスカルさま!!」
悲鳴を上げながら駆け寄ってオスカルを支える。
「あぁ…ロザリー。大丈夫だよ。ちょっと出血が多いようで貧血を起こしかけただけだ」
血の気の無い顔ではあるが、オスカルはロザリーに笑いかけた。
「出血が多いのに立ち上がって大声で叫ぶし…そりゃ貧血も起こすだろうさ」
「うるさい」
つかさずオスカルは言い返しながら、アランとロザリーに連れられ、アンドレの元に急いだ。
「オスカル!?撃たれたのか?」
身体を起こそうとするアンドレをロザリーが止める。
「左肩だけだ…心配ない」
口元で笑みをつくるオスカルの顔色は悪く、つらそうだ。
心配するアンドレを見てアランは再び文句を言う。
「…ったく、戦闘でも先頭に立つもんだから目立つのなんの!左肩撃たれて後方から指示出してたんだよ。出血が多いのに立ち上がって大声で叫ぶし、そりゃ貧血も起こすだろうさ!」
「うるさい!」
「だから叫ぶなよ!」
またブッ倒れたいのかとアランは文句を続けている。
「アンドレ、さっきからこの調子なのよ」
呆れるロザリーを見てアンドレも微笑んむ。
血の気が多い二人の何時もの会話だ。
二人の無事を確認してアンドレも安堵した。

「アラン?お前も撃たれているのか?」
軍服の肩が赤く染まっているのを見たアンドレは目を見開いて言う。
明るい教会の中ではアンドレの弱視でも軍服の肩に染まった赤色は識別できた。
「このくらい平気だ」
「わたしを庇って…アランは撃たれたんだ」
「…アラン…」
オスカルを護ってくれて有難う…と言うアンドレにアランも笑う。
「オレもまだ死にたくないんでね」
オスカルにもしもの事があったら、自分がアンドレに呪い殺されそうだし、生き残ったところで自分自身をも恨みながら一生後悔の念が残るだろう。

「オスカルさま!肩の止血をして少しお休みください!」
「弾は肩を貫通したようだな」
左肩の前後が血に染まる軍服を押さえてオスカルは言う。
「ロザリーさん。隊長の止血手当てを頼みます。オレは救護の集まりんトコで手当てを頼んできます。医師に弾も抜いてもらわなきゃならないんでね」
アランは右手を振りながら部屋を出て行った。
ロザリーはオスカルを椅子に座らせ、軍服を脱がせる。
上半身コルセット姿になったオスカルの肩の傷を消毒した後、ガーゼと包帯で左肩を固定した。
「アンドレ…お前の具合は?」
「医師に銃弾は抜いてもらった」
オスカルの不安な顔を見たくはないと、彼女の居ない間に弾を抜いてほしいと医師に頼んだのはアンドレ自身だ。
かなり痛かったと顔を歪めるアンドレにオスカルも小さく頷く。
「…そうか」
オスカルは椅子に座ったまま右手でアンドレの指に触れた。
「バスティーユが落ちた」
「うん。此処にも歓声が聞こえてきたよ。流石オスカルだ。やったな」
「皆んなの力だ」
オスカルの言葉にアンドレは微笑む。
先導する勝利の女神がいたから兵士と市民達の結束も強くなったのだろう。
オスカルもアランも軍事のことなら的確な判断が出せる筈だ。
「オスカル。狭いけど、隣で横になる?」
「大丈夫…座っているだけでもずいぶん楽なんだ」
オスカルは静かに目を閉じる。
緊張から解放された安心感とアンドレと共にある安堵感とで、身体は一気に疲れを感じていた。
アンドレの手を持ちながらベッドを枕代わりに寝息をたて始めるオスカルの肩にロザリーは薄手の毛布を掛けた。
「オスカルさま…眠ってしまったわ。お疲れなのね」
アンドレも無事に助かり、バスティーユも落ちた。
安心しているような寝顔…。
「あなたが無事でオスカルさまも安心したのね。…アンドレ。少し身体も落ち着いたら、私たちの家でオスカルさまと二人で療養してちょうだい」
「迷惑では無いかい?」
「ベルナールもそう言っているのよ。奥の空き部屋があるから大丈夫。ベッドは一つしかないけど」
「…オスカルが了解すれば、その方が安全だと思うけれど…ね」
教会の中では直ぐに発見されてしまうだろう。
戦死としても、生死不明としても、立場上で危険なのは自分よりもオスカルだ。
彼女は護らねばならない。
「オスカルさまを説得するのは貴方の役目でしょう?」

アンドレの元で仮眠をとっていたオスカルは薄っすらと覚醒し始めた。
懐かしく暖かい手が髪を梳いている。
あぁ…この手はアンドレだ。
そっと瞳を開けたオスカルは首を軽く動かすとアンドレの声がする。
「オスカル…起きたのかい?」
「…ん…」
「少しは眠れた?」
「うん。頭はスッキリしてる」
オスカルとアンドレの声に気付いたロザリーがドアをノックし、顔をのぞかせた。
「オスカルさま、起きられたのですね。何かお召しあがりになってください。いま、スープをお持ちしますわ」
「…あ…食欲は無いんだ。先にアンドレに何か…」
「オスカル。おれはスープをいただいたんだよ。少しでも良いから何か口にいれてくれ」
「…うん…」
仮眠している間にアンドレは軽くスープを飲んだと聞き、オスカルは小さく頷いた。
「ゆっくりでよいので召し上がってください」
ロザリーはベッド脇にスープ皿が乗ったトレイを置き、二人のほうが落ち着けるであろうと部屋を出て行った。
用意してくれたスープをオスカルは半分ほど摂った。
二人だけになり、オスカルは口を開いた。
「…いつまでも教会にいては迷惑がかかる。アンドレが動けるようになったら考えなくてはな」
アランが教会の奥にあるこの小部屋に頻繁に足を運んでパリ市内の様子を教えてくれてはいるが、いつまでも教会に居候するわけにもいかないとオスカルは言う。
自分の生存が判れば王室側からも市民側からも利用されかねないし、教会に負担もかけたくない。
今は身を隠すのが優先されるのだろう。

「オスカル。実は…ロザリーがシャトレ家にしばらく身を寄せないかと言っている。ベルナールの案らしい」
「ロザリーが…?」
「うん。新聞記者のベルナールの家なら、記者仲間や市民の出入りもあるからアラン達も出入りしやすいだろうって。ベルナールとアランの見たパリの状況も聞きたいのだろう?連絡も取りやすいし、奥の空部屋にいれば随時パリ市内の状況報告も聞けるだろうから」
「確かに…アランが頻繁に教会に足を運べば周囲の目にもついてしまう。シャトレ家ならば情報も集めやすいな」
オスカルは納得するように頷いた。
アンドレは安堵して微笑む。
オスカルのことだ。
教会に負傷者や死亡者が集まる度に心を痛めるだろうし、隠れていろと言っても、オスカルはパリの様子をみるため教会を抜け出すだろうから危険だ。
シャトレ家ならば、おれの動きが鈍くて制止できなくてもロザリーはオスカル優先に考え危険なことはさせない。
「ベッドは一つって言ってたけどね」
意味有りげに笑うアンドレの口元をオスカルは頬をそめて軽く叩いた。

オスカルと想いが通じた六月後半、アンドレは銀行の貯蓄などの書類の整理をしていた。
次期執事の教育も受けていたため、家政や金銭の管理も学んでいた。
フランスの情勢を考えても…何かあった時にはオスカルを護り通す覚悟だった。
南フランスの故郷の家…古くなっているが、管理は頼んでいた。
オスカルは身分を捨てて此処にいる。
彼女はジャルジェ家から何も持ってきていない。
オスカルを護らねばならない。
しばらくはシャトレ家に世話になることになるが、落ち着いたらオスカルを連れてパリを出た方が良いだろう。
旦那さまや奥さまもオスカルの身を案じているはず。
オスカルの意見を尊重して、いずれはジャルジェ家とも連絡を取らなくては…とアンドレは思いを巡らせる。
春頃から時折咳き込むオスカルの体調も気になっていた。
パリのラソンヌ医師にオスカルの容態も診てもらいたかった。…もちろん内密に。現段階ではオスカルの生死は不明のままだ。
ベルナールとアランは新聞記事や口頭でフランス衛兵隊長と従者は共に死亡と広めておくと話していた。


「お前の目は…?」
オスカルはアンドレを見つめた。
アンドレが撃たれた後にオスカルが知った真実。
ラソンヌ医師の言葉が蘇る。
最近アンドレが点眼薬を取りに来ていないと言っていたのに。
稀に手探りで物を探していたアンドレ。
本人に聞いても「大丈夫」と言っていた。
片目の為、視力が低下しているのは遠近感が掴めないのだろうと思っていた。
いや、思い込んでいた。
もしかしたら…という最悪の事態を認めたく無かった自分の思い込みだ。
「…オスカル。隠していてすまなかった。全然見えない訳では無いが…視力は低下してるが、ボンヤリとは見えるんだ」
「…アンドレ…つ」
オスカルの頬を涙が伝った。
アンドレの指が優しくオスカルの涙を拭う。
「…オスカル、自分を責めないでくれ」
黒い騎士事件の時に包帯を取ったのは己の意思。
視力低下を知れば自身を責めるであろうオスカルの悲しむ姿を見たくなかったのに…。
オスカルの前では見える言動をしていたが、いつかは発覚すると思っていた。
「…オスカル…」
お前と離れることが出来なくて言えなかったとアンドレは詫びた。
オスカルは小さく頷き、アンドレを見つめて言った。

「アンドレ。シャトレ家に移って落ち着いたらパリのラソンヌ医師にお前の目を診てもらおう」

◆おわり◆

☆あとがき&ひとりごと☆
遥か昔、原作を初めて読んだ時も、アニばらを初めて観た時も、オスカルさまとアンドレが天に召された時は号泣でした。
オスカルとアンドレは結ばれて幸せだったと解っているのに…号泣T_T
もしもアンドレが右胸心であれば、銃弾は心臓を避けているかも…という、希望的な願いで思いついたお話です。
もしも革命を生き延びたとしても、二人には辛いフランスの現状だったかもしれないけれど、原作もアニメも両想いの幸せな期間が短いので、少しでも長く二人の幸せな時間が続けば良いのに…という心からの願い。
白鳥が革命後も生き延びる二人のお話を書くことが多いのも、そんな想いからなのだろうと思います。

〜さて。
三が日ラストの明日は、if…もしも《オスカルさま Ver.》です(笑)
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