セントシュタイン三丁目

DQ9の二次創作(主にイザ女主小説)の、全くの個人的趣味なブログです。攻略の役には立ちません。悪しからずご了承ください。

無数の滅びの物語

2011年02月17日 19時19分42秒 | 本編前
 これは、約三百年前の、無数の滅びの物語。全ての始まりは何処からだったのか。今は誰も、それを知る術はない。

 遥か昔からの存在、人間にはもはや名も忘れ去られ、ただ「いにしえの魔神」と呼ばれる存在は、事が思ったようにはかどらないことに、苛立っていた。
 魔神は、ガナン帝国の侵攻を如何なる手段を使ってでも防がんとするセントシュタイン王と契約した。
 その願い、叶えてやろう。代わりに何を捧げるのだ。
 ルディアノ王国の民の命を捧げる・・・セントシュタイン王は、そう答えた。
 こうして魔神は、生け贄たちの苦しみを糧とすべく、配下の「妖女イシュダル」に、ルディアノを滅亡させることを命じた。・・・しかし、役立たずの部下は、よりによって彼女を討伐に来たルディアノの騎士に恋をしてしまい、役目を疎かにしていた。
 ガナン帝国は着々と侵攻を進めている。先だって手中に納めたナザムの地を拠点とし、セントシュタインに到達するのも時間の問題だった。魔神と言えども、契約した以上必ずその願いを果たさねばならない。それができない時、魔神はその力全てを失ってしまう。・・・焦っていた。
 ガナン帝国は、ナザムの地で天使の力まで得たという。天使を捕らえ、その力を利用していると。・・・天使・・・。
 魔神は、声を張り上げて笑いだした。
「・・・簡単なことだったではないか」
 つまり、ガナン帝国がもはや侵攻できないようにしてしまえばいいだけの話だ。思いがけない生け贄も更に増えることを考え、魔神は愉快そうに笑い続けた。

 閉ざされた牢獄の最深部。囚われの天使、ナザム村の守護天使だったエルギオスは、手足に着けられた封印の鎖を引きちぎろうと、未だ空しい抗いをしていた。
 それに疲れはてると、彼はぐったりと冷たい床に座り込み、必死に己に言い聞かせる。私は、天使だ。私は、天使だ。私は、守護天使だ。人間を守るのが、私の役目。その為に、どんな目に遭おうとも・・・。
 脳裡によぎるのは、愛した少女ラテーナの、悲し気な、しかし強い決意を秘めた瞳。・・・ラテーナが裏切る筈がない。・・・いや、たとえ裏切られても構わない・・・。それで彼女が無事ならば。私の村、ナザムが無事ならば・・・。私は天使。守護天使だ・・・。
 そのときだった。地の底から響くような、おぞましい声が囁いた。
『・・・本当に、そう思っているのか?』
「誰だ!」
 囚われの美しき天使は叫び、鎖を引きずって立ち上がった。だが、辺りを見回しても、誰の姿もない。
『本当は怒っているのだろう?愛する娘に裏切られ、守護した村の者たちに背かれ、怒っているのだろう?』
「馬鹿なっ・・・」
『怒るのは当然だ。人間など。所詮己の事しか眼中にない、卑しい、哀れな生き物よ。そんな者たちに欺かれ、鎖の辱しめを受け、それでも守護天使など、お笑い種だ』
「何とでも言うがいい。・・・帝国の手の者か、魔物といったところだろう。私を挑発したところで、何があるというのだ」
 すると、声は笑った。その震動が、エルギオスの全身を揺さぶった。
『帝国の手の者?魔物?・・・そうでないことは、おまえが一番よく知っているだろう・・・』
 私は、おまえだ。おぞましい声は、楽しそうに囚われの天使に告げた。

 それからは、寸断の休みもなく。いにしえの魔神は、囚われの天使に繰り返し囁き続けた。おまえは裏切られたのだ。おまえは見捨てられたのだ。そして、疲れはてた天使が眠りに落ちると、この上無い悪夢を送った。
 おまえは天使たる価値などないのだ。人間を愛し、人間を雷で撃った時点で、おまえは天使たる価値を失くしたのだ。
 耳を傾けまいとしても、休みなく続く囁き。帝国の者に搾り取られていく天使の力。悪夢は、その天使の力によって繰り広げられた殺戮光景をも見せた。おまえだ。おまえのせいで、こんなことになったのだ。
 やがて、囚われの天使の瞳の奥に、絶望の兆しが現れ始めた。寸断なく続くおぞましい囁きは、澱のように積もり、憎悪へと姿を変え。
 後は、解き放ってやるだけでいい。いにしえの魔神は、ほくそ笑んだ。しかも。解き放つにも、己の力を使う必要すらない。
 人間の娘ごときが。神の魔獣、心優しきアルマトラの力を借りて、囚われの天使を救おうと、帝国へ、この牢獄へと乗り込んで来たのだ。もう遅い。人間の娘よ、おまえが囚われの天使を解放しても、奴はもう・・・天使ではないのだ。
 しかし、その人間の娘、ラテーナは、牢獄の最深部にたどり着く前に、帝国兵の手によって、力尽きた。・・・エルギオス、必ずあなたを探しだす。そう言い残して。
「役立たずが・・・」
 いにしえの魔神は、舌打ちをした。だが、その直後、面白いことが起こった。
 その人間の娘を哀れみ、深い悲しみを覚えた魔獣アルマトラが、その力全てを込めた涙を落としたのだ。魔獣は娘の遺体を運び去り、涙だけが残された。その聖なる涙の力は、邪なる力による、封印の鎖を断ち切って。

 囚われの天使エルギオスは解放され、そして、彼は・・・全ての絶望と憎悪を、解き放った。

 暴走した上級天使の力は、癒しではなく破壊へと姿を変え、帝国全土を、一瞬で滅ぼした。・・・帝国の者全てが、そのとき自分たちが死んだのも気付く間もない程の、本当に一瞬だった。
 いにしえの魔神は、その無数の生け贄の死をたっぷりと満喫した。この思いがけない副産物に満足した。
「愚かな天使よ・・・自由の身になることも選べたものを」
 魔神は呟き、解放された筈の天使を、鎖が再び捕らえるのを楽しそうに見つめた。今度の鎖は、帝国のものではない。この天使自ら造り出した、闇の鎖だ。この世の終わりまで、そこでそうしているといい。

 ガナン帝国の滅亡により、セントシュタイン王国は侵攻を免れ、救われた。魔神は、ルディアノ王国に自ら手を下し、契約はここに完成した。・・・その筈だった。
「そなたの願い、叶えた」
 望むなら、相応の生け贄を捧げれば、これからも力になってやろう。そう告げる魔神に、セントシュタイン王はうっすらと微笑み、答えた。
「強大な力を誇る魔神に相応しい神殿を用意させて頂いた・・・。そこが偉大なる魔神の新たなる住み処とならんことを」
 だが、セントシュタイン王が用意した神殿とは。魔神を、封印するための柩だった。破壊と策を労して人間を翻弄するのが得意だった筈の魔神は、一人の人間の策に陥れられ、セントシュタイン城の地下深くに、厳重に封印されてしまった。

 ルディアノ王国に妖女イシュダルが現れ、危機に陥り始めた頃から、美しき王女メリアは、同盟国のセントシュタインに身を寄せていた。やがて、ルディアノ王国は滅亡してしまい、彼女は帰る処を失った。
 こんなことなら、何としてもルディアノに留まるべきだった。愛する人、そして民たちと、運命を共にすべきだった。抜け殻のような身をルディアノ王国の方に向け、彼女が思うのは、そのことばかりだった。
 罪悪感。贖罪。否・・・渇望。セントシュタイン王は、傷心のメリア姫に、限りなく優しく接した。彼の献身的な優しさが、姫の空虚を、長い時間をかけて少しずつ埋めた。
 それでも・・・もう私の心は死んでいる。メリア姫は思った。本当に死んでしまいたかった。私を引き留めているのは、数少ないルディアノの生き残りの言葉。「あなたにもしものことがあったら、誰がルディアノ王家の血を伝えるのです」そして・・・限りなく優しいセントシュタイン王への恩義。それだけ。
 メリア姫は、己の運命にもはや無頓着だった。愛しいあの方も、懐かしい故郷も二度と帰ってこない。どうなっても構わない・・・。それで彼女は、セントシュタイン王の求婚を受け入れた。
 婚礼の日、王はメリア姫に、指輪を送った。
「これは、特別な指輪なのです。姫、あなたの故郷・・・ルディアノを滅ぼした魔神を封印するのに使った、指輪です。どうぞあなたが持っていてください・・・。あなたの故郷のような悲しい国が、もう二度と現れないように」
 涙と哀しい微笑み以外感情を見せなくなっていたメリア姫の瞳が、このときばかりは、まさに激しい色で燃えた。彼女は頷き、しっかりと指輪を握り締めた。
 セントシュタイン王は、一人になってから、書斎の机の前に座り込み、顔を覆った。・・・悪魔だ。悪魔は私だ。いにしえの魔神などよりも。
 外からは、城下町の楽しそうな子供たちの声が聞こえてくる。彼は立ち上がって、窓から外を見下ろした。・・・平和な、光景。美しい。この国は、とても美しい。私は・・・自分のしたことを後悔していない。だが・・・。
 彼は机に戻ると、誰にも見せることのない手記を、したため始めた。懺悔もできない程の罪を犯した私の声を聞けるのは。この白いページの本だけだから。
『見下ろした城下町から子供たちの声が今日も城内に響き渡る・・・
このセントシュタインは美しい国だ。私はこの国の王であることを誇りに思う・・・
何としてもこの国を守らなければならない・・・私は手段を選ばぬと決めた・・・
そうだ。私だけが知っているのだ・・・私がルディアノの民の命を魔神に差し出したことを・・・
私がなんと呼ばれようとも我が国民の命が救われればそれでよい・・・
魔神の強大なチカラがもしこの国にも向けられたとしたら・・・私はそれを恐れた・・・
私は手を打つことにした。封印の柩に・・・』
 ここまで書き記して、彼は再び顔を覆った。私は・・・ここでも己の気持ちを偽った。国の、民の命の為だけに悪魔になったのではないのだ・・・。

 私はメリアが欲しかった。どんな手段を使っても。愛する人、愛する国が存在する間は、決して私の胸に飛び込んでこなかったであろうメリア。

「メリア・・・」
 顔を覆う指の隙間から、低い、だがこの上無く悲痛な嗚咽が漏れた。私は・・・悪魔となることで、神の、愛する姫の、そしていつかこの事実を知る者全ての・・・許しを乞う資格を、永久に失ったのだ・・・。そして私には、永遠に安らぎは訪れないのだ。
 彼は震える手で、手記の残りをしたためた。

 セントシュタインの守護天使は二人居る。彼らは、どのようにしてこの国をガナン帝国の脅威から守ろうか頭を悩ませていたので、帝国が滅んだことによってその心配がなくなったことに安堵した。平和なのも守護天使様のおかげ、と、星のオーラも相変わらず順調に集まっている。
「ルディアノ王国は気の毒だったが・・・」
 ナザム村の守護天使エルギオスが行方不明となり、この緊急事態に、全ての守護天使が一時天使界に召集され、対策会議が開かれた。その、天使にとっては僅かの時の間に、何故かルディアノ王国やガナン帝国が滅び、人間界は混乱し、収拾が着いたのはようやく最近のことだ。
 彼らも含め、誰も知らなかった。その僅かの隙に、後まで尾を引いてしまう不幸が様々重なったことに。

 どれかひとつの要素が欠けても、誰かが少し違った行動をしただけでも、本来は起こり得ない筈だった無数の滅び。
 それが神の意思なのか、それとも運命の残酷な偶然なのか、今は誰も、それを知る術はない・・・。〈了〉

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