セントシュタイン三丁目

DQ9の二次創作(主にイザ女主小説)の、全くの個人的趣味なブログです。攻略の役には立ちません。悪しからずご了承ください。

とあるヘルヴィーナスの涙

2011年11月03日 22時55分17秒 | 本編前
 わたしの四方にある壁は、ガラスのよう。壁だけじゃない、床も天井も柱もなにもかも、蒼いほど冷たい、溶けない氷。永久凍土の地下深く、洞窟内の全ての氷を鏡代わりにして、わたしは己れの美貌にみとれる。
 美貌だけは、これだけは未だに失われない。全てを失った今も。わたしは、人であったときから、綺麗とだけは褒められてきた。美しかったから、卑しい出でも、お城勤めができた。始めは、台所の下働きだったけど、やがて姫様付きの侍女の地位に就けた。美しかったから、貴族で王様の護衛兵であるあの人に、愛された。でも・・・それで結局、命を・・・。
 魔神は教えてくれた。生け贄の絶望の声は、わたしの美貌をどんどん増してくれると。血で肌を洗い、苦痛の涙をすすり、屍の山を積めば積むほど、わたしの美は永遠になると。
 生け贄の温かい血は、一瞬で凍りつく。その刹那的なぬくもりが、わたしに人だった頃の記憶を、ほんの僅かだけ呼び覚ます。そうすると、忘れかけていた憎悪が蘇って、わたしの体も心も、ほんの少しだけ怒りで熱くなる。
 わたしは、命果てた屍に、何度も刃を突き立てる。こうやってわたしは、数えきれないくらい殺してきた、あの人を。そう、毎回刃を突き立てる体は違うけれど、いつもわたしが殺しているのは、同じ人。わたしが誰よりも愛した人。でも・・・誰よりも憎い人。
 あの人は、わたしを裏切った。あの人だけは、信じてくれてよかった筈なのに。君の全てが好きだ、君のことなら何でもわかる、そう言ったあの人が。わたしを捕らえて・・・牢に入れた。
 わたしは・・・姫様の宝石なんか、盗んでいない。それなのに。宝石は、わたしの持ち物の中に隠されていた。誰かが入れたの、信じて。本当にわたしじゃないの。けれど。
 わたしが盗ったのを見た、と密告した姫様付きの別の侍女、すなわち私の同僚がいた。・・・友達だと思っていたのに。そして、わたしの父親が卑しい生まれで、けちな窃盗をしては、繰り返し牢に放り込まれていたことも、不利になった。もう関係ないと捨ててきた故郷、家族の呪縛。その呪縛は、結局わたしの身を滅ぼした。
 あの人は、牢に入っているわたしに会いに来て、どうしてこんなことを、と、悲しそうに言った。違うの、わたしじゃないの、信じて。そう言うわたしに、まだそんなことを、素直に認めて悔いれば、姫も許してくれるかもしれないのに、故郷へ送り返すだけで罪人扱いは免れるのに。あの人は言って、今からでも遅くないと告げた。
 いやよ、してもいない罪を認めるなんて。いやよ、最低の父親と同じ烙印を捺されて、故郷へ送り返されるなんて。そんなこと、絶対にいや。
 すると・・・あの人は言った。わかった、俺は君を信じるよ。君の無実を証明して、必ず君をここから出す。待っていてくれ。
 そして、あの人は出て行って・・・二度と、戻らなかった。何故なら。

 あの人が戻る前に、わたしは殺されてしまったから。

 わたしが宝石を盗むのを見たと密告した女が、こっそりと面会に来た。彼女は言った。ごめんなさい、あたしの見間違いだったわ。すぐに姫様にそう言って、アナタをここから出してあげる。これを食べて、待っていて。
 彼女は差し入れに、わたしの大好きなリンゴをくれた。台所の下働きだった頃、よく食べてた。懐かしかった。
 彼女はやっぱり友達だった。そう喜んでわたしは、リンゴを食べた。
 食べて少ししてから。・・・何?胸が、お腹が・・・焼ける!息が・・・できない・・・
 すると、女は。
 アナタが悪いのよ、おとなしく故郷に帰っていれば。そうすれば、こんなことしなくて済んだのに。そう言って笑った。
 どうして・・・。やっとのことでわたしが呟くと、女は言った。
 あたしも、あの人が好きなの。アナタが泥棒扱いされればあたしのことを振り向いてくれる。そう思ったのに。あの人、アナタの為に、真犯人を探すって。諦めないって。それなら、こうするしかないじゃない。
 じゃあ、宝石を盗んでわたしの持ち物に隠したのは・・・
 そう、あたしよ。
 彼女のその言葉が、わたしが生前聞いた最後の言葉だった。

 体を失った魂は、寒くも暑くもない筈なのに。寒い、限りなく寒い。そして、暑い、ううん、熱い。怒りと憎しみで、変になりそう。
 そんなわたしを、この国の守護天使が迎えに来た。天国に行くことを拒み続けるわたしを、辛抱強く諭した。悪人には必ず神の罰が下る。そんなつまらない人間の為に、そなたまで魂を荒ませるのは不毛だと。天から優しく愛する人を見守ることこそが、今そなたにできる最良のことだと。
 そうかもしれない。わたしはそう思い、地上から去ろうと決意しかけたその矢先に。
 あの人は、わたしの愛するあの人は、わたしを殺した女と、何も知らずに結婚した。わたしの思い出を共に語れる、そう思って。
 それだけだったら、わたしは苦しんでも、耐えたかもしれない。あの人は、悪くない。わたしは、天国に行くのを延ばし延ばしして、こんな悪い女と結婚してしまった可哀想なあの人を、せいいっぱい守ろうと思った。
 なのに、どうして・・・。
 女は、数年後、あの人に何もかも告白した。罪の意識からか、別の意図かは知らない。知りたくもない。なのに、あの人は。
 そのまま、何事もなかったかのように、女と、女の産んだ子供たちと、暮らし続けた・・・。
 どうして、どうして、どうして・・・。あの人は、わたしのことを、愛していなかったの?
 天使の声も、わたしの為の祈りも、もはやわたしに届かなかった。許せない。あの人が許せない。わたしを殺した女よりも、許せない。どうしたら。どうしたらいい。
 そんなわたしに答えをくれたのは。邪悪な魔神だった。悪魔の声の方が、わたしには近しかった。
 魂だけでは復讐もできまい。貴様に、肉体を与えてやろう。それも、生前以上に美しい肉体を。ただし、条件がある。生け贄で返すのだ。その対価を。
 その条件をわたしは承諾して、魔神と契約し、魔物となった。そして、生け贄を無数に葬って、今日に至る。
 あの人とあの女はどうしたか、って?あの人は、洞窟に魔物討伐に来た時に、氷の中に閉じ込めた。天国にも地獄にも行けないよう、魂もろとも。あの女は、わざと放っておいた。そして、遺された子供たちと共に嘆き悲しみ、苦しみながら生き長らえるのをたっぷりと見物した。
 けれど、あの人を冷たい硬すぎる氷に閉じ込めてしまったから。わたしの憎しみも、刃も、あの人には届かない。・・・愛も。
 わたしは今日も、生け贄に刃を突き立てる。でも。でも。でも。わかっている。・・・本当は、もう嫌よ、こんなこと。なのに、止めることができない。わたしと契約した魔神も、どこかへ行ってしまったくらい長い年月が過ぎたのに、わたしの苦しみは終わらない・・・。
 わたしの涸れた筈の涙は、いつの間にか零れ落ちて、凍って氷の床に転がった。

 天使様・・・今度はあなたの言うことを、聞くわ・・・。だから、もう一度、助けに来て。わたしとあの人を・・・助けに来て・・・。〈了〉

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2 コメント

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一人の女の嫉妬によって生まれてしまった悲しみや怒り、憎しみ・・・ (ちいはゲーマー)
2011-11-03 23:27:06
魔物とはいえ、心に深い傷を負ってしまった数多くのヘルヴィーナスの魂が少しでも癒えれる日が来ることを祈りたいです
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心優しいご感想にv (津久井大海)
2011-11-04 01:13:45
ちいはゲーマー様

こんばんは☆心優しいご感想に、心洗われました。ありがとうございますv
彼女たちの一人が安らぎを得られるかどうかは、本日アップ予定の話でどうぞご確認くださいませ☆
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