ガナン帝国三将軍の一人、ゲルニックは、文字通り梟のような目に酷薄な光を浮かべ、囚われの天使たちを見つめていた。
ここは、カデスの牢獄。人間の囚人たちに操作させて、天使の囚人たちから力を奪い取る装置が置かれている。
そして、天使たちから搾り取るのは、その力だけではない。・・・情報も。
知ること。それはすなわち力なのだ。それがゲルニックの主義だった。あらゆる知識を網羅することで、あらゆることは計算できる。計算通りに事が運ぶこと。それはすなわち、未来をも操れることに他ならない。
とはいえ、ゲルニックの嘴は、ごくわからない程度だが、僅かに不愉快そうに曲がっていた。精緻な筈の計算に、ほんの少し不明瞭な部分がある。それも複数。それが、彼を苛立ちとまでは行かなくても、小さな歯車が錆びたような不快感を与えていた。
その不明瞭の一つが、「裏切者」の天使、イザヤールだった。
彼の魂胆はわかっている。裏切りが、芝居であることも間違いない。それを百も承知で招き入れた。
元々、女神の果実集めに天使は必要だった。魔物では近付き難い浄化された地も、天使ならば悠々と潜り込める。大いに利用価値はある。
寝返り者は、二重スパイと考えてほぼ間違いない。想定の範疇だ。
とはいえ、天使イザヤールは、その尻尾をなかなか掴ませない。それも計算内だったが、老獪なゲルニックにさえ、ここまで感情や思考を読ませない男は珍しかった。それがごくかすかに苛立つ。
すなわち、弱味をつかめないのだ。
そしてもう一つ、こちらの不明瞭の方が大きかった。計算外と言ってもよかった。
イザヤールに命じた女神の果実集め。だが・・・彼以外にそれを集めている者がいる。それが、何者かわからないのだ。天使ではないらしい。手飼いの魔物たちの目撃情報報告によれば、そうだ。
報告された外見の特徴は、人間の少女だった。人間の小娘が何故そんなものを集めるのか。逆説的に考えれば、それを集めているということは、人間ではないということになる。
だからこそ・・・知ること。知ることが重要なのだ。
ゲルニックが囚われの天使たちの一人に近付くと、彼は憎々しげな視線を投げてきた。
ゲルニックの頭の中で、時計のように規則的に思考が刻まれた。・・・このようなタイプには、この形式で。
「また、新たな天使を捕らえましたよ」冷笑と共に、ゲルニックは囁く。「名は、イザヤールと言いましたっけか」
「イザヤールが・・・馬鹿なっ・・・」
「馬鹿な?何故そう思われるのです?」
「イザヤールは、天使界でも屈指の力を持っている!おまえらなどに捕まる筈がない!」
「信じる、信じないはアナタの自由ですがね・・・いくら力があるとはいえ、大切な仲間を人質に取られていては、ねえ・・・」
ゲルニックはわざとそこで言葉を切った。予測通り、天使は辛そうに顔を歪め、半ば独り言のように呟いた。
「まさか・・・イザヤールの奴・・・ミミの為に?それとも、あの方の為か・・・?」
なるほど。ゲルニックは、声を出さずに笑った。
次の天使は、ゲルニックの姿を見るだけで震えた。このようなタイプには。
「またお仲間が増えましたよ」ゲルニックはわざとらしいほど慇懃に囁いた。「ミミ、というお名前なのですが、お心当たりはございませんか?」
「ミミが!」この天使は、震えながら訴えた。「お願い、彼女はまだ一人前になったばかりの天使なのよ!酷いことしないで!」
「それを約束するとお思いで?おめでたいですねえ」
ゲルニックが嘲笑うと、天使はがっくりと頭を垂れたが、間もなく目をきっ、と上げて言った。
「ミミに何かしたら、イザヤールが黙っていないから・・・大切な弟子を、捕らえられたままにしておかないんだから・・・」
なるほどなるほど。ゲルニックは腹の中で笑う。
別の天使には、少々かまをかけてみた。女神の果実を集めている小娘の特徴を伝えて、反応を見た。
「天使をまた一人、捕まえましたよ。・・・印象的な濃い紫の瞳を持った、愛らしい天使です。ひょっとして、お知り合いではございませんか?」
「ミミも捕まったのか!くそ、よくも・・・」
そうか。やはり、女神の果実を集めているのは。
このようにして、情報を少しずつ集めた結果。ゲルニックの中に、一つ答えが出た。女神の果実を集めているのは、イザヤールの弟子に間違いないようだ。翼がないのは解せないが、三百年前に捕らえた天使も、光輪を失っていたのだから、あり得ない話ではない。
これは面白いことになりそうだ。
様々な情報を得、ゲルニックは満足そうにカデスの牢獄を後にしようとした。すると、帰り際に、ギュメイ将軍とすれ違った。彼は、すれ違い様に囁いた。
「何かつかんだのなら、せめてゴレオンに報せておいた方が良いのではないか」
「興味ありますかね、あの方に」ゲルニックは薄笑いと共に首を振った。「ゴレオン殿は、細かいことに煩わされるべきではないでしょう」
「・・・そうか」
「おやおや、気に入らない、そんな顔をなされて。ならば、一応お伝えしておきましょう。ミミという名の天使が、我々の邪魔をしていると。いずれここのお世話になるかもしれませんねえ」
くくく、とゲルニックは笑い、立ち去った。そんな彼の後ろ姿を、ギュメイは鋭い眼差しで見つめていた。
ゲルニックは、その視線を悟っていた。ギュメイは私を嫌っている。私の陛下への忠誠心も疑っている。だが、それが愉快だった。喉の奥から、低い笑い声が漏れる。
忠誠心。そんなものが、何になろう。先代王ガンベクセンを、自分の手を汚さずうまく葬り去ってから、否、遥か遠い先祖の代から、そんなものは捨てていた。
私とて。我ら一族とて、元々は、ベクセリア王家の血を引く者だったのだ。それがいつしか、臣下の身に落とされ、先祖代々、屈従の日々をなめてきた。賢者として崇められた血筋だと?王家の駒にすぎなかった。
だが、私は無能な先祖とも違った。簡単な事だった。従うふりをして、手の中で泳がせた。それこそが、権力への一番の近道だったのだ。
哀れなガナサダイよ。皇帝を名乗る、道化であるとも知らずに。哀れなガンベクセンよ。死してもなお、病魔と、そして我が先祖たる賢者たちの像によって二重に、永久に封印され、記憶も、名さえも奪われた。王としてこれほどの屈辱はあろうか。
もうすぐ、もうひと仕上げで、我が一族の雪辱は晴らされる。裏切者の天使が、ガナサダイを撃つとき、それは成就される。奴が失敗した際の手も、ちゃんと打ってある。・・・三百年前に捕らえた天使の力を、使うのだ。
全て全て、計算通りだ。事がこのまま運べば。そして、必ずこのまま運ぶ。
だが、彼は、心の中の歯車の僅かな軋みに耳を傾けることを、怠った。それがやがて、痛恨の計算ミスに繋がるとは夢にも思わずに、低い声で笑い続けた。
彼の笑い声は、そこから深く地下に離れた、三百年前からの囚われの天使の耳にだけ届いた。囚われの筈の天使の美しい唇は、異形の妖鳥将軍以上に酷薄な笑みを浮かべ、弧を描いた。〈了〉
ここは、カデスの牢獄。人間の囚人たちに操作させて、天使の囚人たちから力を奪い取る装置が置かれている。
そして、天使たちから搾り取るのは、その力だけではない。・・・情報も。
知ること。それはすなわち力なのだ。それがゲルニックの主義だった。あらゆる知識を網羅することで、あらゆることは計算できる。計算通りに事が運ぶこと。それはすなわち、未来をも操れることに他ならない。
とはいえ、ゲルニックの嘴は、ごくわからない程度だが、僅かに不愉快そうに曲がっていた。精緻な筈の計算に、ほんの少し不明瞭な部分がある。それも複数。それが、彼を苛立ちとまでは行かなくても、小さな歯車が錆びたような不快感を与えていた。
その不明瞭の一つが、「裏切者」の天使、イザヤールだった。
彼の魂胆はわかっている。裏切りが、芝居であることも間違いない。それを百も承知で招き入れた。
元々、女神の果実集めに天使は必要だった。魔物では近付き難い浄化された地も、天使ならば悠々と潜り込める。大いに利用価値はある。
寝返り者は、二重スパイと考えてほぼ間違いない。想定の範疇だ。
とはいえ、天使イザヤールは、その尻尾をなかなか掴ませない。それも計算内だったが、老獪なゲルニックにさえ、ここまで感情や思考を読ませない男は珍しかった。それがごくかすかに苛立つ。
すなわち、弱味をつかめないのだ。
そしてもう一つ、こちらの不明瞭の方が大きかった。計算外と言ってもよかった。
イザヤールに命じた女神の果実集め。だが・・・彼以外にそれを集めている者がいる。それが、何者かわからないのだ。天使ではないらしい。手飼いの魔物たちの目撃情報報告によれば、そうだ。
報告された外見の特徴は、人間の少女だった。人間の小娘が何故そんなものを集めるのか。逆説的に考えれば、それを集めているということは、人間ではないということになる。
だからこそ・・・知ること。知ることが重要なのだ。
ゲルニックが囚われの天使たちの一人に近付くと、彼は憎々しげな視線を投げてきた。
ゲルニックの頭の中で、時計のように規則的に思考が刻まれた。・・・このようなタイプには、この形式で。
「また、新たな天使を捕らえましたよ」冷笑と共に、ゲルニックは囁く。「名は、イザヤールと言いましたっけか」
「イザヤールが・・・馬鹿なっ・・・」
「馬鹿な?何故そう思われるのです?」
「イザヤールは、天使界でも屈指の力を持っている!おまえらなどに捕まる筈がない!」
「信じる、信じないはアナタの自由ですがね・・・いくら力があるとはいえ、大切な仲間を人質に取られていては、ねえ・・・」
ゲルニックはわざとそこで言葉を切った。予測通り、天使は辛そうに顔を歪め、半ば独り言のように呟いた。
「まさか・・・イザヤールの奴・・・ミミの為に?それとも、あの方の為か・・・?」
なるほど。ゲルニックは、声を出さずに笑った。
次の天使は、ゲルニックの姿を見るだけで震えた。このようなタイプには。
「またお仲間が増えましたよ」ゲルニックはわざとらしいほど慇懃に囁いた。「ミミ、というお名前なのですが、お心当たりはございませんか?」
「ミミが!」この天使は、震えながら訴えた。「お願い、彼女はまだ一人前になったばかりの天使なのよ!酷いことしないで!」
「それを約束するとお思いで?おめでたいですねえ」
ゲルニックが嘲笑うと、天使はがっくりと頭を垂れたが、間もなく目をきっ、と上げて言った。
「ミミに何かしたら、イザヤールが黙っていないから・・・大切な弟子を、捕らえられたままにしておかないんだから・・・」
なるほどなるほど。ゲルニックは腹の中で笑う。
別の天使には、少々かまをかけてみた。女神の果実を集めている小娘の特徴を伝えて、反応を見た。
「天使をまた一人、捕まえましたよ。・・・印象的な濃い紫の瞳を持った、愛らしい天使です。ひょっとして、お知り合いではございませんか?」
「ミミも捕まったのか!くそ、よくも・・・」
そうか。やはり、女神の果実を集めているのは。
このようにして、情報を少しずつ集めた結果。ゲルニックの中に、一つ答えが出た。女神の果実を集めているのは、イザヤールの弟子に間違いないようだ。翼がないのは解せないが、三百年前に捕らえた天使も、光輪を失っていたのだから、あり得ない話ではない。
これは面白いことになりそうだ。
様々な情報を得、ゲルニックは満足そうにカデスの牢獄を後にしようとした。すると、帰り際に、ギュメイ将軍とすれ違った。彼は、すれ違い様に囁いた。
「何かつかんだのなら、せめてゴレオンに報せておいた方が良いのではないか」
「興味ありますかね、あの方に」ゲルニックは薄笑いと共に首を振った。「ゴレオン殿は、細かいことに煩わされるべきではないでしょう」
「・・・そうか」
「おやおや、気に入らない、そんな顔をなされて。ならば、一応お伝えしておきましょう。ミミという名の天使が、我々の邪魔をしていると。いずれここのお世話になるかもしれませんねえ」
くくく、とゲルニックは笑い、立ち去った。そんな彼の後ろ姿を、ギュメイは鋭い眼差しで見つめていた。
ゲルニックは、その視線を悟っていた。ギュメイは私を嫌っている。私の陛下への忠誠心も疑っている。だが、それが愉快だった。喉の奥から、低い笑い声が漏れる。
忠誠心。そんなものが、何になろう。先代王ガンベクセンを、自分の手を汚さずうまく葬り去ってから、否、遥か遠い先祖の代から、そんなものは捨てていた。
私とて。我ら一族とて、元々は、ベクセリア王家の血を引く者だったのだ。それがいつしか、臣下の身に落とされ、先祖代々、屈従の日々をなめてきた。賢者として崇められた血筋だと?王家の駒にすぎなかった。
だが、私は無能な先祖とも違った。簡単な事だった。従うふりをして、手の中で泳がせた。それこそが、権力への一番の近道だったのだ。
哀れなガナサダイよ。皇帝を名乗る、道化であるとも知らずに。哀れなガンベクセンよ。死してもなお、病魔と、そして我が先祖たる賢者たちの像によって二重に、永久に封印され、記憶も、名さえも奪われた。王としてこれほどの屈辱はあろうか。
もうすぐ、もうひと仕上げで、我が一族の雪辱は晴らされる。裏切者の天使が、ガナサダイを撃つとき、それは成就される。奴が失敗した際の手も、ちゃんと打ってある。・・・三百年前に捕らえた天使の力を、使うのだ。
全て全て、計算通りだ。事がこのまま運べば。そして、必ずこのまま運ぶ。
だが、彼は、心の中の歯車の僅かな軋みに耳を傾けることを、怠った。それがやがて、痛恨の計算ミスに繋がるとは夢にも思わずに、低い声で笑い続けた。
彼の笑い声は、そこから深く地下に離れた、三百年前からの囚われの天使の耳にだけ届いた。囚われの筈の天使の美しい唇は、異形の妖鳥将軍以上に酷薄な笑みを浮かべ、弧を描いた。〈了〉
ちなみにゲーム内で初めてゲルニック将軍を見た時、
「何!?、このきしょいフクロウみたいな魔物!?」というのが私の第一印象でした
(;^∀^)
そういえば今、小説のネタでスケッチブックに、滅多にない女主が攻め(お酒絡み)のキスシーンを書いてるんですが、非常に難しい・・・
この1時間、そのシーンを書くだけでもう10枚ほど書き直してます
(;-_-)
わかります~。ゲルニックは典型的な「策士、策に
溺れる」タイプですよね。伊東甲子太郎みたいな。
あの三将軍はバランスが取れていて好きです。
日曜日の朝からおはようございます☆
ゲルニックはイザヤール様の思惑に気付いていた筈なのに、彼を一人でガナサダイの部屋に入れたのが気になっていたので、こんな過去を勝手に妄想してみました☆こいつは謀反気があるなと(笑)
ところで、スケッチブックにちゅちゅちゅチューシーンですか!ここでお知らせとはなんて大胆なっwきっと可愛らしいシーンなんでしょうね♪
描くの難しくて描き直したくさんの気持ち、わかる気が致します・・・照れますしね、描いてて(爆)
おはようございます☆昨夜はアップ後早々に寝オチしてしまい、歳を実感の津久井です(いらんてそんな情報)
わ~い、わかって頂いて嬉しいです♪策士策に溺れる・・・まさにそんなイメージです。
たとえが渋くてステキ☆津久井はあまり知識なくてお恥ずかしいのですが、新撰組だった人ですよね?(検索機能様々v)
三将軍、互いに仲悪そうなのに、確かに絶妙のバランスですよねw家臣の王道、って感じでいかしてます。