人間の欲求は段階的になっていて、一つの低次の欲求が満たされると次の高度な欲求に移行する。欲求説として有名なのは、マズローの欲求段階説です。
欲求の段階は、
第1段階の 生存の欲求(食欲、睡眠、性欲)から、
安全の欲求(存在、生活上の安全、安定)、
帰属の欲求(集団への帰属)、
承認の欲求(周囲から認められる)を経て、
第5段階である 自己実現の欲求(自己表現、能力発揮、創造的活動)
に区分される。
欲求は、人間の存在にとってより根源0的な第1段階から始まり、それが満たされると、より高次元の段階の欲求に移行します。つまり、人間は、日々の生活において欲求の階段をいったりきたりしている。(いったりきたりする階段の長さは、辿り着いた欲求段階のレベルによって個人差がある)
ここで問題となるは、承認欲求というのは、本来の自分を周囲の人に受け入れられて、認められなければ満たされないということ。
自分の考えを捨て感情や欲求を殺して上司の言いなりになったり、時代遅れの規則を守ったりすることで認められて出世しても、それは本来の自分ではないので、承認の欲求は満たされず、次の自己実現欲求には移行できない。
なので、どんどん承認の欲求が肥大化していき、ひたすら周囲の人全てから受け入れようと突っ走る。しかし、感情や欲求を完全に殺して生きているので、相手からの拒絶の感情を感じることができず、承認に飢えた餓鬼のようになり、ストーカー的人格となる。
自己喪失に陥り、感情や欲求を完全に殺してしまって感じなくなってしまっている人(優等生)は、永遠に自己実現欲求には辿り着けず、一生、承認欲求のステージから脱することができない。
自分らしく生きれなかった人が、ストーカー的人格になるのである。
”自分の”自己実現欲求を満たすために生きている人にとって、”相手からの”承認を得ようと一心不乱になっている人間というのは、人生の障害物以外の何物でもない。