カトリック教会の問題

公会議後の教会の路線は本当に正しいのでしょうか?第二バチカン公会議後の教会の諸問題について、資料を集めてみたいと思います

イエズス・キリストは王である

2017-05-30 16:08:20 | エキュメニズム
イエズス・キリストは王である。

 イエズス・キリストのみが王である。ミサの時に私たちは、こう歌う。Tu solus sanctus,Tu solus Dominus, Tu solus altissimus Jesu Christe!御身のみ聖なり、御身のみ主なり、御身のみいと高きものなり、イエズス・キリストよ、と。

 我々は真の天主・真の人なるイエズス・キリストにのみ光栄を帰すべきである。イエズス・キリストが『我ありEgo sum』として唯一保持するその光栄をイエズスから奪い、人を天主であるかのごとく、王であるかのごとく、全宇宙の支配者であるかのごとく、また自分自身の主であるかのごとく、人に栄光を帰すべきではない。聖書は天主のみ聖なるかな聖なるかな聖なるかな!と言う。

 聖書はまず天主こそが王であると言う。天主なる御父は常に聖なるお方であり、主であり、すべての師である。天主なる御父は王であり、父である。

 そして天主イエズス・キリストの御国であるカトリック教会は、終わることがない。CUJUS REGNI NON ERIT FINIS. 私たちの主は、世の終わりまでこの教会とともにいることを約束して下さった。たとえ奥村一郎神父様が「キリスト教は自然消滅でしょう」と考えて、疑問に思い、「これは今でも私にとって、禅で言う『大疑団』です」と言ったとしても、たとえ故松下幸之助さんががっかりしたとしても、(以上、カトリック新聞1999年12月19日の4面を参照)キリスト教は、真の天主のうち立てた宗教であるから、永遠である。これは正しいことであり、真理だ。

 この世は過ぎ去るが、私の言葉は過ぎ去らない、と主は言われた。

 そして、イエズス・キリストのこの普遍の王権を認めないとき、イエズス・キリストが天主であることを認めず、信じないとき、この人たちは「キリストを自分の持ち物のように、小さくしてしまっている…まるで1つのグループの長であるかのように」。もしそのことをイエズス・キリスト様に申し訳ないと思うのなら、主をまことの天主として、信じ礼拝しなければならない。

 旧約の予言者と聖書記者が語るのは来るべき天主の王国についてである。旧約時代の、天主自信が認めたサウルと、天主ご自身の選ばれたダヴィドを除けば天主の前に立つことのできる王はない。(新約において、イエズス・キリストの唯一の花嫁である教会が聖別した王を除けば、天主の前にたちうる王はない。)そして、このダヴィドの血筋から王の王、主の主、永遠不変の王国を約束されたメシア、ダヴィドの子、天主の子、イエズス・キリストが現れたもう。天主なる御子はこの2重の親子関係によって、諸国の支配を約束されたイスラエルの王である。

 イエズスの以前のすべての予言者と、イエズスが後継者と選ばれた使徒たちは僕である。しかし、彼らはイエズスの来るべき王国の光栄と権勢とを与かるものと約束された。

 イエズスが天主であることを信ずるものはその信仰によって洗礼を受け、イエズスの司祭職・その予言職・その王国に与かることができるようになる。そして養子により天主の子として呼ばれそうなるのである。こうして、信者はイエズスがその頭であるキリストの神秘体の肢体となる。

 そして、羊飼いは、天使のメッセージを聞いて信じた。イエズス・キリストをまことの救い主、天主として、王の王として礼拝した。

『諸宗教の市』と「諸宗教の議会」:5

2017-05-30 11:52:23 | エキュメニズム
『諸宗教の市』と「諸宗教の議会」:5

 既にこのアメリカ人大司教は、今世紀中のアメリカ政治を特徴付けることとなる汎民主主義的帝国主義を自分のものとするです。教会と、(カトリック教会から排斥されたはずの)フランス革命の考えを世界中に押し付ける使命があるとするこの帝国主義とを結び付けるという考えは、それ自体全く驚くべきことでした。しかし時代は人々の考えが少しずつ道を外れて行く時代でした。


 クライン神父は『ヘッカー(Haekker)神父の生涯』と言う本を訳します。この翻訳本にはアイルランド大司教の序言と、ギボンズ司教の手紙が付けられ、まさしく『政党宣言』でした。しかしこの訳本は排斥され書店から取り除かれました。後にシャルボネルはこう告白しています。「疑いも無く、これらの人々(ヘッカー神父、アイルランド大司教、コアン(Koane)司教、クライン神父)が代表する考えのために背教することになった。しかしわたしはそれをわたしの解放と呼びます。」(Revue chretienne, 1er octobre 1899)

 つまり、既に「新しい教会」そしてその「新しい司祭」が問題になっていたのです。この「新しい教会」は諸宗教の精神的一致という観念のうえになり立っています。つまりその土台は個別の誰にも属してはいなく全ての者として属する土台の上に、です。これはまさしくフリーメーソンの定義そのものです。

 「フリーメーソンは、全ての気候の住民に、全ての礼拝様式の人々に合う普遍的な道徳であり、その一つの不変の道徳は排他的な土着の諸宗教よりもより広く普遍的である。」(Tableau Historique, philosophique et moral de la Franc-Maconnerie, par le F∴ Ragot, secretaire du Grand-Orient, in l’Action francaise, 15 aout 1907)

 既に19世紀の中葉にはグラン・オリエントはこう信仰宣言しています。「この地球上の個別の宗教を全て含むある一つの世界的宗教がある。それこそ、我々が信奉するものである。」(Bulletin du G. 4. O∴ de France, juiller 1856, in l’Action francaise, 15 aout 1907)

 そして奇妙なことに、この考えは『世界的イスラエル契約(l’Alliance Isra lite Universelle)』と全く同じ考えです。

 既に19世紀中葉から、フリーメーソン的な考えを、世界統一宗教を支持する巨大なそして不気味な運動が起こっているのです。この運動は、ローマ・カトリック教会の基礎、すなわち天主からの啓示自体を否定するにも拘わらず、教会の懐の中にも幾人かの信奉者を持っていたのです。

 教皇レオ13世は1896年6月29日に『サティス・コニトゥム』(Satis cognitum)というすばらしい回勅を発表しています。(興味がある方は、デンツィンガー・シェーンメッツァー『カトリック教会文書資料集』エンデルレ書店3300~3310をご覧ください。)

 「イエズス・キリストは、大体の点では似てはいるが、使徒信経を唱えるとき我々が『我は唯一の教会を信じ奉る』と言う程に唯一の不可分の教会を形成するこれらの絆によって互いに結ばれていない別個の複数の共同体から成る一つの教会を考えもされず、創立もされなかった。」

 レオ13世の言うことを、今世紀初頭にピオ11世は、その回勅『モルタリウム・アニモス』の中で、全く同じことを繰り返されています。

『諸宗教の市』と「諸宗教の議会」:4

2017-05-30 11:48:36 | エキュメニズム
諸宗教対話は宗教的姦淫:4

 背教した司祭ヤサント(Hyacinthe)は1900年の万博で諸宗教の議会を開かせるために猛烈に弁護した独りでした。アルチュール・ロトはこう書いています。

 「ヤサント神父は、いろいろな聖職者、いろいろな信仰者の間にすべてを糸つに集める超宗教が将来できるであろうとあらゆる機会を使って断言している。更には自分は今からその超宗教の司祭である、と言っている。これこそ彼の背教である。ホラント(Holland)牧師やヤシント神父が、ユダヤのラビ、イスラムのムフティー(コーランの解釈をする僧侶)やデルヴィッシュ(イスラムの僧侶)、インドのファキール(托鉢僧)、またその他の淫祠邪教の偽りの神々の僧侶たちと一緒になって1900年の万博のアトラクションに宗教の議会と演劇を催そうと組織作りをするのは許される。しかしカトリック教会はこの種の如何なる展覧会にも加わってはならない。カトリック教会こそがイエズス・キリストの教会である。カトリック教会はその天主なる創立者によって今あるごとくあるのである。カトリック教会のみが宗教真理の唯一の保管場所である。カトリック教会は他の宗教から受けたり取ったりするものは全く無いのみならず、彼らに与えるべきものを全て持っているのである。教義に関することに対して教会は如何なる黙認も妥協も認めない。教会の道徳は福音の道徳それ自体である。

 カトリック教会は、他の如何なる宗教に対しても、教会が天主ご自身によって創立された所に由来する優越性を持ってしか姿を現すことができない。カトリック教会は無であるか、全てであるかのどちらかである。」(La Verite , 26 septembre 1895)

 パリ枢機卿大司教はこの『諸宗教の市』を禁止しました。しかしシャルボネル神父はこう不平を書きます。「多くのラムネーたち、ラコルデールたち、モンタランベールたちの声はもみ消された。しかし今日一人の『英国のマニング』、一人の『米国のアイルランド』、一人の『ローマのレオ』はいにしえの捨て去られたリベラルな福音を復活させようと望んだ。つまり多くの人々の福音を。」

 シャルボネルは一人残され、自説を曲げようとせず、終に司祭を辞めてしまいました。

 前世紀末の革新派たちのアイデアは、教会を「世俗・現代の中に」溶け込ませることでした。米国のアイルランド大司教猊下(Mgr Ireland)は、こう書いています。

 「教会と世俗!この二つを親密に結び合わせよ、そうすれば二つの心は一致して鼓動を打つだろう。人類の神は世俗において、超自然の啓示の神は教会においてはたらかれる。この二つ両方とも、はたらかれるのは一つの同じ神である。」アイルランド大司教猊下によると、この世俗は民主主義に行き着くので(注:勿論、カトリック教会に反する勢力や、フリーメーソンの闇の活躍による革命の結果として)教会は民主主義に加担参加しなければならないと言いました。

 革新派はついに教会は「理解した」と言いました。レオ13世はフランス・カトリック信者に『共和制参加運動Ralliement』を押し付け、アイルランド大司教は「フランス国民に対する(レオ13世の)栄えある回勅は長い間人々が望んでいた平和の口づけを教会から民主主義にもたらした!」しかし、このミネソタ州のセイント・ポールの大司教は少し懐疑主義で有名なエミール・ゾラと似ていました。アイルランド大司教はフランスの民主主義の召命を疑うのです。そして、2年後にはアメリカ合衆国こそその召命を持つとこのように宣言するのです。

 「わたしは合衆国共和国に天主からの使命が授けられたと信ずる。この使命は、その模範と道徳的影響力によって、人類の自由と人権の世界的君臨のために世界を準備することである。アメリカは自分だけのために生きない。人類の運命はアメリカの手にゆだねられた。如何なるモンロー・ドクトリンもアメリカの民主主義を太平洋・大西洋の海岸に押し止どめ得ない。」しかし彼の考えはレオ13世によって排斥されました。

 既にこのアメリカ人大司教は、今世紀中のアメリカ政治を特徴付けることとなる汎民主主義的帝国主義を自分のものとするです。教会と、(カトリック教会から排斥されたはずの)フランス革命の考えを世界中に押し付ける使命があるとするこの帝国主義とを結び付けるという考えは、それ自体全く驚くべきことでした。しかし時代は人々の考えが少しずつ道を外れて行く時代でした。