コラム・スノーマン~これじゃ悟りは臨めますまい

忘れたくない、或いは一刻も早く忘れたい日々について

2011-07-29 | コラム・エッセー

自宅の向かいには大層な屋敷があり、日々幾人かの庭師がやってきては、ぱちりぱちりと音を立てて枝葉を切ったり、かと思えば小さな銀色の粒を辺り一面放つように水をやっている。

午後の光が鬱陶しいと言わんばかりにうなだれる紫陽花。
可憐に雨をまとっていたライラックは気づかぬ内に去っていたようで、代わりに咲き誇る薄黄色のその花の名を、私は知らない。

楽しみなのは芝刈りで、庭師らがそれは重そうな機械を右や左やと振り回すと、一斉に刈られた緑の僅かに湿り気を帯びた香りが、こちらの窓に向かってひたすら折り重なってなだれ込んでくる。

そうすると何故だか数珠繋ぎになっているはずの「今」が、ふとぱらぱらと解けたかのような感覚に陥って、私は一人部屋の中で遠い過去を思い出してみたりするのだ。

目を開ければ、夏。


日々是四苦八苦

2011-07-14 | コラム・エッセー

以前勤務していた店が止む無く閉店してしまい、代わりに現在、週に数回自宅から程近い場所にある小さな本屋でアルバイトを始めた。

接客には慣れているつもりでいたが、想像以上に濃いキャラクターの客が多く、勤務の度に四苦八苦している。

先日訪れた客、小指の爪だけを伸ばしたその爺は職場の先輩によれば月間誌「アエラ・イングリッシュ」を欠かさず購入するのだそうだ。

爺はアエラ・イングリッシュを読んで身についてきた気でいる英語力を、きっとどこかで披露したくて堪らないのだろう、ジリジリとレジに近づいてきたと思ったら突如私達販売員に向かって大声で
「ハッ・・ハウッッッ・・ハウメニーハブユーッ、コンピュートゥアーーーーッ!?」と尋ねてきた。

彼は恐らく「あなたは何台のコンピューターを持っていますか?」と聞きたかったのだろうがまず第一に文法が間違っているし、幾ら英語を話してみたいといっても、何故今その質問を私達に向けて投げかけなければならないのかもさっぱり解せず、爺の得意満面の様子を前に心密かに「アエラ・イングリッシュもさほど役に立たぬものだ」・・・と呆然としていたところ、そのまま立て続けに「いかに自分がアエラ・イングリッシュ6月号を読みまくり、いかに自分がその6月号をぼろぼろにしてしまったか」という心底どうでも良い事をべらべらと喋りだしたのには本当に弱った。

この爺も常連客の一人というのだから、来月アエラ・イングリッシュが発売された日は心しておかねばならない。

夕方近くになると注文によって取り寄せた本を購入せんとする客が増えてくるのだが、会社帰りのいかにも真面目そうなスーツ姿の男性はレジの前に立つや否や「義母との秘密の・・・うんたらかんたら!」と、本来であれば予約者の名だけ教えてもらえば済むところを、ご丁寧にわざわざエロ本のタイトルを言い切ってしまった。

せめてレジ前に立った時に一度「予約した本の事なのですが」等と告げてくれたならまだしも、いきなり「義母との」と来たものだからこちらは非常に焦ったのだが、その後男性が恥ずかしそうに俯いているのを見て、なおさら気まずい心持ちになってしまった。

或いは中級者向けのクロスワードパズル雑誌をレジに持ってきて、「ねえ~~~~え??これ、私にも解けるぅ~?」と、「ンな事知るかッッ!!」としか言いようのない質問を投げかけてきた中年女性。頼むからレジの混雑時は避けて欲しかった。

こういった風に新しい環境であくせくしている私だ。