こういう事を大きなお世話というのだろうか、人というのは身勝手な生き物で全くの赤の他人であるにも関わらず何故だかその者の今後の人生を案じてしまう、そういう性質があるようだ。
その者・・・私にとってはまさにI田がそれにあたる。
I田は私が頻繁に足を運ぶ本屋の店員であって(名は胸元の札を見て覚えてしまった)、飽くまで私達は「客と店員」という関係に過ぎず、よって彼とはこれまでにも本の購入に関連したごく当たり前のやりとりしかしたことがない。
I田の特徴は断然「特徴が無いこと」だろう。
何と言おうか、兎に角存在感が無いのだ。
色白の皮膚にほろほろと散りばめられたそばかす、簡素な銀淵眼鏡、年は25、6といったところか。
決して感じは悪くなく、常に辺りを気遣って不器用そうな笑顔を浮かべており、加えてひょろりとした長身がますます彼を貧弱に見せている。
その本屋は大手であるので店員といえば皆揃ってきびきび、こざっぱりとした対応をしており、そんな中で間延びしたI田の口調は激しく冴えない。
だが私は毎回必ずI田が担当するレジを選んで並ぶ。
なぜならば彼は私とのやりとりの中で常に同じ失敗を繰り返しており、私は一体いつになればそれが改善されるかを心底気にかけているからだ。
もう幾度繰り返したか解らない、以下がいつもの光景だ。
私「これお願いします。袋に入れなくてもそのまま下されば結構ですので。」
I田「かしこまりました!どうもありがとうございます!ではテープだけ貼らせていただきますね。お会計、○○円でございます。」
私、財布からお金を取り出し会計を済ます。
I田は「どうもありがとうございます。こちらお品物でございます。」と言いながら、袋に入れた商品を差し出す。
袋に入れた商品を・・・袋にいれた・・・・・・袋に・・・・・・・・・・・・
「だーーーーーーーーからいっつも袋はいらないっつってんだろーーーーーーが、石田ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」(私の心の声)
そう、会計というごく僅かな時間の間ですら話したことを綺麗さっぱり忘れてしまう石・・・いや、I田!
オー、テリブル!!
オーケィ、分かった。
もういいにしよう。
貰った袋は犬の糞袋に使うからこの件はもう良しとして、だ。
それでも私は間の抜けたI田の今後が気に掛かってどうしようも無い。
本屋を出て一人歩く帰り道、私はいつも思う。
いいかI田、彼女の家に初めて上がる時は穴の開いた靴下を履いていったら駄目だぞ。
そうだI田、焼そば弁当に付いてくるスープの元もうっかり本体に入れるんじゃないぞ。
それからI田、ホワイトデーに義理チョコくれた女の子に「おっとっと」とか気の利かないものを渡すなよ。
ええと、それから、それから・・・・・・・。
いや、違う。
やっぱりこの先一度だけでいいから、きちんと袋に入れずに商品を渡して、そうして私を安心させてくれ。
頼む、I田。