こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

惑星シェイクスピア-第二部【25】-

2024年08月29日 | 惑星シェイクスピア。

(※映画「ミスト」のラストに関して致命的なネタばれ☆があります。これから見る予定のある方は閲覧しないようご注意くださいm(_ _)m)

 

「The Mist(ミスト)」という映画を見ました♪

 

 ちなみに、視聴に関しては個人的に特段誰にも薦めませんww

 

 わたしも、天ぷら☆にて「無料で見られる期間が迫ってるよん」みたいに表示されてたから見てしまったというか……いえ、たぶんわたし以外にもこのミスト、「割と前から気になってた。でもどうしようかな」くらいに長く思ってたという方、多いのではないでしょうか。

 

 何故といって、原作スティーブン・キングだし、一見面白くなさそうに見えるけど、見たら本当は面白いのかしら……それに、評価のほうも高いし、レビューの数も多いみたい――といったような理由から、何かをきっかけについうっかり見てしまう。となると、この映画は最後まで見た場合、おそらく多くの方が「何かアクションを起こしたくなる映画」のような気がするわけです(^^;)

 

 わたし、ここに加えて、ミストを見ようと思わなかった理由に、映画の一場面を雑誌の映画紹介ページでちらと見たということがありました。それがですね、ある女性が巨大昆虫と向かいあって恐怖している……みたいな写真で、「あ~、ようするに霧の中からこーゆー怪物が襲ってくるっていうパニック・ムービーかあ。べつにわたし、そゆの好みじゃないのよん」とか思い、「あなたにおススメの映画☆」的なのにのっかって来ても、「いやいや、あたいは興味なし子よ、興味なし子……」とか思いながらずっと見てこなかったわけです。と、ところが――それが見た!!今回見ちまっただよ~そして見たら、感想書かずにいられなくなっただよ~……というわけで、例によってこのように駄文を綴っておる次第なのであります。。。

 

 >>その夜、激しい風雨と共に雷鳴が轟き、町を嵐が襲った。湖のほとりに住むデヴィッドは、妻のステファニー、八歳の息子ビリーと地下室に避難していた。翌日は晴天。しかし、デヴィッドは湖の向こう岸に発生した霧の壁を見て不安になる。それは不自然にこちらに流れてくるのだ。息子と共に買出しに出掛けたデヴィッドは妻に連絡を取ろうとするが、携帯電話も公衆電話も不通になっている。スーパーマーケットの中へと入ると店内は大混雑。すると突如大きな地震に襲われ、外は霧に囲まれて身動きが取れないまま、彼らは店内に閉じ込められてしまう……。

 

 まあ、お話の筋自体はとても単純なものです。激しい大嵐の翌日、家屋の被害の修理道具その他を調達のため(たぶん)、デヴィッドさんは息子のビリーと隣人のノートンと三人でスーパーマーケットへ出かける。ところがこの時、「ちょっと買い物をして用事を足し」すぐ帰ろうと思っていたにも関わらず――あたりを不気味な霧が包み込みはじめ、身動きが取れなくなる。

 

 ええとですね、こういう種類の霧と遭遇した時……これはわたし個人の考えですが、まず「安全な場所に避難して、その場から動かないこと」が鉄則です。霧というのは、それが一メートル先が見えないくらい濃いものであれ、自然現象ですので、暫く待てば必ず晴れてきます。にも関わらず交通事故等が起きるのが何故かといえば、やっぱり人は「仕事で急いでいる」その他の理由があって、ちょっとずつゆっくり車で進めばきっと大丈夫……とか、ついそう思ってしまうからではないでしょうか。また、特に何も急ぐ理由もなかったとしても、「たかが霧程度」のことで足止めを食らうとイライラするし、何かただ時間を無駄にしているような気がして、どうしてもじっとしていられなくなるといった人間心理が強く働くように思われます。

 

 おそらく、この時田舎町のスーパーマーケットに閉じ込められた人々もまた(映画で見た感じでは「5~60人くらいかな?」といった印象)、最初は「たかが霧じゃねえかよ」くらいに思っており、田舎のおっさんAが霧の中から走ってきて、「たあ~すけてくれえ~!!」とばかり、スーパーに飛び込んで来た時初めて……「何かがおかしい」と感じはじめます。このおっさんAは血を流しており、彼の話によると一緒にいたおっさんBが何かよくわからないものに襲われた――といったようなことらしい。

 

 とはいえ、これだけでは「???」という感じで、霧の中に何がいるのか、その脅威についてよくわかりません。ところが、ですね。この次に自家発電機(だったかなあ。とにかくそんなのです・笑)の調子がおかしいというので、デヴィッドとおっさんC、おっさんD、そしてスーパーの若き店員ノーム、副店長のおっさんオリーとが、様子を見にいきます。排気口がどうたらということで、「誰か外に見にいけ」的話運びになりますが、デヴィッドは「霧の中に何かいる」と強く感じる出来事があり、「やめたほうがいい」と主張します。ところが、おっさんC&Dが「たかが霧じゃねえかよォ」、「大卒だからって威張ってんのか、ワレェ」という、こんな言い方でなかったのは間違いないですが、とにかく「臆病にビビッてんじゃねえよォ」、「都会で暮らしてたからってなんだってんだよォ」といったようなことで(?)、シャッターを開いて外へ出ていくことを決めます。

 

 排気口を見にいくのはノームひとり。彼自身もまた「だかが霧じゃないっスか」といった感じで、事態をまるきり深刻に受け止めてはいない様子。ところが……巨大ダコか巨大イカの触手のようなものが霧の中から現れ――「ぼくたん、霧なんか全然怖くないじょ!!」といった様子だったノームくん、触手の餌食となって死亡します。

 

 いえ、長くなるので省略しますが、デヴィッドもオリーさんもおっさんC&Dも、ノームをどうにかして助けようと奮闘しますが、力及ばずノームくんはシャッターの向こうに血まみれのまま消えていってしまいました……呆然とする一同。彼らは「霧の中の脅威」について、他のスーパーに閉じ込められた客たちに説明しようとします。店長のバドも、最初は「コイツら、気が狂ったのか?」とまでは思わなかったにせよ、そんなような態度だったのですが――斧で切り取った触手の残骸を見ると、店長バドも「霧の中のモンスター説」について初めて実感した模様。。。

 

 とはいえ、バド店長がそのように説明しても、特にノートンは弁護士をしていることもあり、「オレをバカにしてんのか?アァ!?」といったように思ったらしく、他にも彼と同じようにモンスターの存在を信じない人はいました。まあ、確かにそうですよねえ。わたし自身「普通だったら『あー、そーゆーパニック映画ね。くだらね』と思ってここで消すよ、うん」とか思って見てました(笑)。

 

 その後、とにもかくにも「あのモンスターが表のガラスあたりを破って侵入してきたら大変どわあっ!!」ということで、肥料やドッグフードの大きい袋などを高く積み、緊急事態に備えるようにしたようです。そして夜――巨大昆虫が(5~80センチくらいあるんですかね、アレは^^;)入口の透明な広い窓あたりに次から次へと張り付きはじめ……最初は「なんだ、これは!?」と、驚きと脅威に満ちた眼差しで見つめていた客&店員。と、ところが……この昆虫を捕食するのに、小型の翼竜のようなものがガラスにぶつかってくるようになると――とうとうここに穴が開いてしまい、昆虫もそれを襲う小型恐竜のようなものも一緒に侵入してきてしまいました!!

 

 視聴者が「この子には生き延びて欲しいな♪」と感じるようなきゃわゆい女性店員も死んでしまったし、火炎攻撃その他によってどうにかこうにか撃退はしたものの……こうして、「霧の中のモンスター」と戦わざるを得なくなった人々は、この前後にも「すぐそばの駐車場まで銃を取りにいく」とか、「子供を家に残してきたの」といった理由により――ある人々はモンスターに食い殺されたり、行方不明になるなどして、いなくなってしまいました

 

 ノートンは「霧の中になど何もいない」として、同じように考える仲間数人とこの前に外へ出ていましたが、巨大昆虫&小型恐竜に襲われ、「死ぬほどつらい」と訴える傷だらけの犠牲者がいることもあり……デヴィッドたちは隣の薬局へ薬などを取りに行くことにします。と、ところが(またかよ!笑)、ノートンたちはその後、この薬屋を自分たちの棲家と決めたらしい巨大蜘蛛たちに襲われ、網でぐるぐる&卵を産みつけられていたのでした……小蜘蛛たちがその皮膚を食い破り、次から次へとワサワサ☆出てきます。「ママ、どこぉ~?」とは言ってないでしょうが、とにかく不気味です

 

 まあ、といったような理由により、苦手な方はほんと見ないほうがいいと思うのですが……おそらく、この映画のキモ☆は次の二点ではないかと思われるのです。「巨大タコっぽいモンスターの触手キモッ!!」とか、「巨大昆虫&小型恐竜キモ&コワッ!!」というほうのキモッ☆ではなく――カーモディという、「これは神罰だ」といったようなことを言う中年のおばちゃんがいるのですが、聖書の言葉をいくつも引用して、「だから悔い改めるべき」とか、色々人々に言って不安を煽ったり、自分のことを預言者として認めさせようとします。見てるこっちとしては「いるよなー、こーゆー人」といった感じで、とにかくこの人がコワい。

 

 黙示録の言葉をいくつも引用したりして、「聖書にはこう書いてある」とか、「ほら、わたしの言ったとおりになったでしょ」といったようなわけで、ああいったパニック☆ナイトを過ごしたあととなっては、カーモディさんはこのスーパーのちょっとした宗教権威者のようになっていました。とはいえ、デヴィッドや副店長のオリーさん他、彼女のことを「勘弁してくれ……」といったように冷静に眺めている人もいたものの、その数はすでにかなり少なくなっていたという。

 

 こうして、「神の罰&そこから救われよう」派と、「アホなこと言いなさんな」派が、数として前者のほうが圧倒的に多くなり――ある悲劇が起きます。カーモディおばちゃんの狂信者のようになっている人が、彼女の意見に反対する人物を刺してしまい……この部分の、外のモンスターと同等か、それより怖いかもしれない人間の集団心理。わたし的に特に印象的だったのが、最初はカーモディに対して「ケッ!!」という態度だったおっさんCが、薬局から命からがらの帰還後は、すっかりカーモディに味方するようになったということでした。いえ、巨大蜘蛛たちに襲われるという極度の恐怖を体験したことで、「もう何も考えたくない。そうだ、神さま……こんなものから救えるとしたら、それは神さまだけだ!!」と、ある種の思考停止状態に陥ってしまったのではないでしょうか。このあたりの、「自分の頭ではもう何も考えたくない、判断できない。そんなことのすべては他の人に任せたい」と強く思う気持ち、心が強いとか弱いといったことでなく、なんかわかる気がするというか。。。

 

 で、物語のキモ☆その2。キモ☆その1が、極度のパニック事態における異常な人間心理がうまく描かれている――ということであったとすれば、キモ☆その2が、この下手をすれば「二流のパニック映画?」、「いや、B級映画かな。ププっ、くすくす!」といったようになりかねない流れでここまでやって来たわけですが、とにかくこのミストという映画を見たすべての人が、おそらく次の一言を最後で叫ぶのではないかと思われます。「おまっ……ちょっ、ラストーーーッ!!」という、そんな終わり方ですから

 

 しかも、「なんでこんなことになったか?」という謎についても解かれているのですが、これがまたひどい理由スーパーマーケットの客の中には軍人さんが三人いて、どうも近くに基地があるらしいんですよね。で、そこで「アローヘッド計画」というのをやっていたという……その計画の内容というのが、「異次元の扉を開く」とかなんとかいうもので、それが成功した結果、なんか化け物がそっちの世界からやって来てしまったらしい。このことがわかると、若い、ちょっと格好いい感じの軍人さんは、腹を刺されて外の霧の世界へ放り出されることになってしまいました。そして、みんなの恨みがましい冷たい視線の中、モンスターたちの餌食に……彼はこの計画を噂でしか聞いたことがなかったというのに、こんな形で責任を取らされたわけです。他の軍人ふたりは関わりがあったらしく、その前に首を吊って自殺していました。

 

 あ、話が色々前後して申し訳ないのですが、この時点でみんな、こう思い込んでるんですよね。「霧は今後も晴れることはなく、怪物がいつ襲ってくるかと怯え続けなくてならない生活が今後もずっと続くのだ」と……デヴィッドは奥さんを家に残してきていますし、ずっとこのままスーパーマーケットにいるのも危険だと感じはじめ(今後は「生贄」として誰かが外に放り出されるようになるのではないかという空気感があった)、逃亡計画を立てますが、今ではバド店長を押しのけ、このスーパーマーケットの支配者のようになっていたカーモディがそのことを阻止しようとします。

 

 けれど、強引に逃げようとする過程で、見るからに人の好さそうなオリーおじさんがカーモディおばさんのことを撃ち殺してしまい……こうしてデヴィッド、息子のビリー、彼らと仲良くなったアマンダ、ダン、アイリーン、バドたちは、外へ出て八人乗りの車へ走っていこうとしますが――怪物たちにオリーもバドも襲われ、結局車に無事乗車出来たのは五人だけでした。

 

 デヴィッドは家に帰り、妻の無事を確認しようとしますが、彼女はすでに死んだあとであり……五人はそのまま、車に乗ってガソリンが尽きるまで、霧がなくなる地点まで走る決意をしますが――どこまで行っても霧は晴れない。そして、最後にはガソリン切れとなってしまいます。ダンは「出来るだけのはことはやった」、眠っていた息子のビリーは別として、みんな「仕方がない」と諦めムード一色。

 

 少なくとも、あんな怪物に襲われ、苦痛にまみれて死ぬよりはと、拳銃に残っていた四発の銃弾によって、デヴィッドは自分以外の四人を殺します。これは、ビリーはともかくとして、他の三人は同意してのことでした。こうして一人生き残ったデヴィッドは外へ出ると、「カモーン!!」と叫び、モンスターたちを挑発します。実際、あたりには例の不気味な鳴き声が霧の中から聞こえていますから、近くに彼らがいるのは間違いないでしょう。と、ところが……。。。

 

 次の瞬間、霧が少し薄れたかと思うと、そこからは軍隊の戦車と、トラックの荷台に乗せられた、助けられた住人たちが何人もやって来たのでした。嗚呼、あとほんのちょっとこの救助を待ってさえいれば……こうしてデヴィッドが、「うおおおーッ!!」と泣き叫ぶところで映画のほうは終わるのです

 

「なんじゃそりゃ、ヒデェっ!!」と、誰もがそう思うに違いありません。でもわたし的に、このラストだからこそ、評価が高いのだろうと思いました。わたしにしても、もし「霧の中から現れたモンスターは、現れた時と同じように、突如として霧の中へ消えていった。おそらく、軍が異次元のゲートをなんらかの形で閉じたのだろう。だが、そのような世界との扉が二度と開かれることはないなどと……一体誰に言えるというのだろうか?」的終わり方だったとしたら――それはそれで、「このクソがぁ!!オレの貴重な二時間返せや、コラァっ!!」と思ってた可能性というのはありえます。

 

 でも、あの酷い、救いようのない終わり方であればこそ……頭の記憶を最初に巻き戻して、「一体どの時点で何をするのがもっとも正しいことだったのか?」と、見終わったあとで考えるようになるわけです。最後の軍のトラックの後部には、スーパーマーケットにいて「子供をふたり残してきたから」と、止めるのも聞かず外へ出ていってしまった女性と、そのふたりの子供も乗っていました。ということは、この事態の起きたもっとも早い時点で、デヴィッドたちも外へ出ていれば、彼の奥さんのステファニーも死なずに済んだのかどうか……それとも、どちらにせよ死ぬのなら、家族三人で身を寄せ合い、その最後の瞬間まで耐え忍ぶべきだったのか……すべては仮定の話であって、何をどうするのが正しかったのかなど、結局誰にもわかりません。

 

 何より、どうも時間の経過としては、三日ほどしか経ってないらしい、ということなんですよね。つまり、皮肉なことには一番の安全策は「ただ黙ってじっとしていて、互いに互いを励ましあい、じっと耐え忍ぶこと」だったらしいのです。そうしたら、三日後以降にはどうやら軍の助けがやって来たらしい。何より、スーパーマーケットには食べるものであればたくさんあったのですから……でも、それが出来ないのが人間の性(さが)というもの。「この霧は今後も絶対晴れない」、「そこに潜むモンスターどももいなくならない」、「今後はこの地獄を生き抜かねばならない」――また、軍が異次元と繋がる扉を開いたとかいう、にわかには信じがたい事実を「アローヘッド計画」に関わっていた軍人ふたりの自殺とともに知ったことから……「軍部からの救援もやって来ない」、「自分たちのことは自分で救うしかない」――といったように、みんなすっかり思い込んでしまっていたのです。

 

 ある意味、外に濃霧がかかっているのと同時、人々の頭の中にも靄のようなものがかかって、心は不安と恐怖でモヤモヤ、心配ごとでモヤモヤ、まともな判断能力もモヤモヤして、きちんと冷静に下すことが出来ない……といったような集団心理によって人々はおかしくなっていった節がある。まあ、なんともいや~な終わり方をする映画ですので、とりあえず誰にもお薦めしないものの――もしあの衝撃的なラストでなかったとすれば、「ただのクズ映画」で終わってたかもしれないということ、それが一番制作サイドさまには映画評価として怖いことだったのかもしれませんねえ、なんて思ったりもします(^^;)

 

 それではまた~!!

 

 

 

 

       惑星シェイクスピア-第二部【25】-

 

「では……」

 

 ハムレットはハッとして、住民台帳より顔を上げる。

 

「そうです。すでに、そのように方々から兵を募っております。ハムレット王子よ、私がこの書斎にあなたさまのことを案内したのは……私のその覚悟を知っていただくためでした。実はこの住民台帳は十何年も昔のものでして、父がある戒めのために私に寄越したものだったのです。つまり、ロットバルト州の伯爵になるのはそういうことなのだと……ここに登録のある人間全員の暮らしの幸福が、私の肩ひとつにかかっているということでもあるのだから、この重みを忘れぬようにと、父は私に爵位を譲る時、そのように申しておりました。県ひとつの住民台帳でさえ、こんなにも重い。私は日頃から鍛えているせいもあって、筋肉と体力には自信がありますがね、それでもこのテーブルの上の三冊の本を同時に持ったら間違いなく床に落としますよ。つまり、これはひとりの人間には到底担い切れない重責だということです。その上、<東王朝>から軍がやって来て一度戦争ということにでもなれば、この中に登録のある成人の男たちを徴兵する権利が私にはある……ほら、ここに赤い線が引いてあるでしょう?名前に赤線が引かれているのは、戦争で死んだという意味なのです。私には五人も息子がいて、そのうちのひとりが病気で死にそうだというだけで、こんなにも悲しい。その悲しみを、この家のひとつひとつに負わせるかもしれない――そう思いながら兵を徴募したわけですが、各県の意気は相当上がっているようです。それというのもハムレット王子、あなたさまが重税からこの市民らを解放してくださる希望の星であり、メレアガンスの聖ウルスラ闘技場で聖女ウルスラが予言したことを今ではみなすっかり知っていて、あなたさまの背後には神が座しておられると、信じて疑ってもみないそのせいなのです」

 

「…………………」

 

 咄嗟に何を言うべきか、ハムレットは言葉を失った。ローゼンクランツ公爵やギルデンスターン侯爵のロットバルト伯爵宛ての親書のほうは、ロットバルト騎士団のヴィヴィアン・ブランカ兄妹がすでに届けてくれているはずである。その内容についてハムレットは聞いたりしなかったが、自分が先王エリオディアスの息子であること、殺される運命であったところを忠臣ユリウスが救い、その後ヴィンゲン寺院にて育てられたこと、その血筋についてはローゼンクランツとギルデンスターンが公爵と侯爵の名にかけて保証するといったことが書いてあるはずであった。また他に、星母神からの神託や導きがあるということについても……。

 

「ここ、ロットバルト州ではどのような神――あるいは神々が信じられているのですか?」

 

 メレアガンス州では、聖女ウルスラに対する信仰が篤い。とはいえ、それはキリスト教信仰でいうところのマリア信仰や聖人信仰に似たところがあり、それよりも当然上位に父なる神や、子なる神イエス・キリストが存在するように……最高神として星神ゴドゥノフや星母ゴドゥノワ、娘の神々らが存在する。つまり、言ってみればハムレットはここロットバルト州においても聖女ウルスラに相当するような海にまつわる聖人などが存在するのではないかと、そう想像していたわけである。

 

「そうですねえ」

 

 意外な質問だったのかどうか、ロドリゴは不思議そうに小首を傾げてのち、こう答えていた。

 

「我が州では、おそらくもっとも強いと思われるのが精霊信仰なのですよ。といっても、それとても最終的には創造神ゴドゥノフや星母神ゴドゥノワに繋がるものです。というのも、星神と星母が我々の住むこの惑星に目を留め、岩と砂だらけだったというこの地上を人が住めるよう、山や海を整え、森林地帯を形成してくださったわけですからね。我々はゴドゥノフやゴドゥノワの形作ってくださったこの地上に宿る自然の神、あるいは神々を信仰しています。海竜リヴァイアサンも星神・星母の創造の御手の業なのですし、森林や山川にも彼らの産み落とした森や川や野山に宿る精霊によって満ち満ちているのです。ハムレット王子、あなたがここロドリアーナへ至るまで下ってきたイルムル川、その両岸にはそうした神々を祀った大小の祠などがいくつも並んでいたはずです。まあ、両岸に生える樹木や草の背が丈高く、船に乗ってスッと通り過ぎただけでは、よく注意して見ないとわからなかったと思いますが……」

 

「なるほど。それならば、オレにしてもよく理解できます」

 

 砂漠のオアシスなどに点在する村々にも、星神・星母信仰の他に、彼らの創造物としての似たような精霊信仰というのは存在したから、そうした意味でハムレットは「わかる」と答えたのであるが、ロドリゴは今の自分の言葉だけでは不十分と思ったのだろう、さらに補足して説明した。

 

「そうですね。ここロドリアーナは海に面していますから、海岸線に沿った町や漁村などには、色々な信仰対象としている精霊が存在します。中には、翼の生えた人魚を祀った祠などもありますし……けれども船乗りたちが暗礁に乗り上げるとか、船底に穴が開くといった窮地に立たされた際には、星神や星母に助けを求める場合が一番多いそうですよ。ただ、このふたりが天空で創造して海に投げ入れたという護り神リヴァイアサンにも救いを求めてみたり、その他海に纏わる民間伝承に出てくる不思議な精霊神の名をひたすら唱えて助けを求めたりと……ここ、ロドリアーナの海岸線にあるいくつもの洞窟の中には、そうした神々を祀った祠も多いですしね。私は先ほど、我がロットバルト家は海竜リヴァイアサンに呪われていると言いました。となるとどうなります?我々は海竜に怒りを解いてもらうために、ひたすらそうした祠で祈りを唱え続けるべきと思いますか?だが、私にはわからない……代々男児のみに受け継がれるあの病いがリヴァイアサンの呪いであるというのならば、ローリーは海竜に対する生贄ということですか?私は――私はね、そんな残酷な神のことを信じることなど到底出来ません!ええ、断じてね!!そして、私が怒るべきはリヴァイアサンに対してですか?ご先祖さまが犯したとかいう罪を子々孫々に至るまで伝えようとするこの忌々しいまでにしつこい海竜に対して怒るべきなのですか?それとも、こんな呪われた竜を創造したという星神や星母のことを?いや、それでは我がロットバルト家は神々から捨てられた呪われた家だということになってしまう……私は――私とローリエはね、そのことで悩んでいるのですよ。今、私たちには男の子の孫が三人いる。一番下の子は、まだ生まれたばかりの赤ん坊です。だが、ローリーのことを思うと素直に赤子の誕生を喜べない!!いずれこの子たちの誰かが、やはりあの呪いとしての病いを背負うことになるのだと思うとね!!」

 

 ロドリゴが突然激昂したため、ハムレットは驚いた。だが、同時に彼の青い瞳の奥に揺れる苦悩の色を見てとって――ハムレットなりにその懊悩の深さを読み取ったのであった。

 

「オレには生まれた時から身近に血の繋がりのある家族というのがなく、むしろ理解できるのは、そうした天涯孤独な人の孤独のほうなのですが……」ハムレットがポツリと呟くように言うと、ロドリゴはハッとしたようだった。「ですから、僧院で育った者として、長老たちの話を聞いていて思うに――この場合、誰にも罪はないということです。一度、ヴィンゲン寺院を訪ねて、生後間もない赤ん坊を抱えた母親がやって来たことがありました。おくるみに包まれた赤ん坊はすでにミイラのような状態でしたが、遠く旅をして母親はヴィンゲンまでやって来て、ここの高僧たちの祈りがあれば自分の赤ん坊が生き返ると信じて遠く旅して来たというのです。長老は、そのまだ若い母親にこう言いました。というのも、その女性が語るのをオレも聞いていましたが、赤ん坊が死んだのは彼女の日頃の行いが悪かったからだのと、何かと周囲に責められたということだったので……『赤ん坊が死んだのは、あなたのせいでも、当然赤ん坊自身に罪があったせいでもなんでもありません』と長老は諭すようにして言いました。それでもやはり母親のほうでは、『では何故この子は死んだのですか』と泣き叫びながら言い――『わかりません。神の御心です』とでも長老は言うのかなとオレは思ったのですが、長老の答えは違いました。『この世界に人間というものが誕生して以降、赤ん坊を亡くした女というのはあなたが初めてというわけではありません。その中に誰か、特別に赤ん坊を甦らせてもらった女が、今まで誰かあったでしょうか』と、その若い女性に長老は聞いたのです。女性が答えられずにいると、長老は続けて言いました。『我々は長く神に仕えているが、我々のうち、生前に神にそれと頼んで祈り続け、死後に甦ったというような者はひとりもおりません。というより、僧院に生涯籍を置くと決めたような者には、何か自分のために祈るということはほとんどなくなっていくものなのです。我々はこの地上のすべての人々の罪が贖われるよう、そして星の導きにより、死後に天上の世界においてひとつになれるよう祈っています。我々にその罪のない赤ん坊を生き返らせることは出来ないが、せめても洗礼を受けさせ、あなたに対しては罪の贖いが与えられるよう祈ることは出来ます』と……女性には、長老のその言葉に納得した様子は見られませんでしたが、『何故、何故!!』と喚き散らすことはもうせず、翌日には赤ん坊の洗礼式が行なわれ、その子は僧院の墓に特別に葬られることになったわけです。長老は、その女性に罪の贖いを与えましたが、まだ彼女にはそのような運命を自分に与えた神に逆らう気持ちが残っていると見てとったのでしょう。最後に、こう注意してから彼女のことを送りだしました。『夫や姑、その他まわりの人たちに恨みの気持ちが起こったら、今与えられた罪の贖いの恵みを思いだしなさい』と。『それは、あなたが今これから死ぬ瞬間に至るまで、あの赤ん坊の罪なきゆえに、あなた自身は他人を恨むという罪が許されているということなのだから』と、長老はそのように言って女性のことを送りだしました」

 

「…………………」

 

 今度は、ロドリゴのほうが押し黙り、(これは、自分に対する何かの教訓話なのか?)と考える番だった。彼には、よくわからなかった。だが、神への信仰といったことでは自分よりも賢い妻に相談しようと、ロドリゴはそのように心に決めたわけだった。また、ハムレットの語ったことを、自分に対する何かの神の嫌味や当てこすりである――といったようには感じておらず、彼はただ(これは確かに賢い若者だ)と妙に感心したのだった。

 

「それは、素晴らしいお話ですな」と、考え深げにロドリゴは言った。彼はものを考える時、無意識のうちにも顎に手をやり、首を傾げるという癖があり、そのことを家族や側近の者たちはみな知っていたものである。「もしかしたら私やローリエも、息子や娘たちを僧院にでも預けて僧たちから教えを受けるようにしたら良かったのかもしれません。私はね、王子……やはりその女性のように神や海竜を恨む気持ちを捨てられないかもしれない。ハムレットさまも、きっとローリーに一度でもお会いになればわかってくださる思います。親馬鹿と思われるかもしれませんが、あんな可愛らしい天使のような子は、私は見たことがないと我が息子ながら思うくらいでしてね。無論、だからといって他の子供たちが何かの病気で死ぬのは構わないが、うちの天使のようなローリーだけはどうか神さまお助けください、ご容赦くださいと願っているというわけでもないのです……」

 

「いえ、違うのです、伯爵」

 

(やはり誤解させてしまっだろうか?)そう思い、ハムレットは少し困ったような顔をした。

 

「オレは……ここから遥か遠い砂漠の僧院で育ったもので、ヴィンゲン寺院にある地図を見て、<海>なるものをずっと不思議に思っていたのですよ。ようするに、人から『海とはこのようなものだ』と説明されたり、『そこにはリヴァイアサンという名の海竜が住んでいる』と聞かされても――いつか自分が実際にこの目で海を見、その海竜に纏わる伝説について色々聞くことになるなどとは、その頃のオレには想像してもみないことでした。つまり、オレにも無責任なことは決して言えませんが、未来のことは誰にもわからないということです。いつか……それが<いつ>ということはわからなくても、オレ自身はいつまでも永遠にロットバルト家に海竜の呪いが表われ続けるとは思えない。何か――きっとあるのではないでしょうか。海竜の呪いを贖うための、何かしらの方法というのが。もちろん、そのような方法についてであれば、ロドリゴ伯爵、あなただけでなく、あなた以前の祖先の人々にしてからが、ありとあらゆる方策を探して来られたことでしょう。ですが、まずはローリー君の加減のいい時に、是非お見舞いさせてください。それに、ギベルネ先生なら……何か、調合してくださるかもしれません。咳が止まったりですとか、そうした薬か何かを……」

 

 変に期待させてはいけないと思いつつ、ハムレットはなるべく慎重な物言いをするよう心掛けた。だが、ロドリゴは彼の言葉に希望を見出したりはしなかったようである。何かの善意の社交辞令としてそれを受け止めたように見えた。そして、それであればこそロットバルト伯爵の苦悩と絶望は尚のこと深いのだということが、ハムレットにはよくわかった。おそらく州中の名医と呼ばれる医者にであれば、すでに診せるか、あるいは何かの薬を調合してもらったにせよ、それらは根本的に病いを治癒するようなものでなかったに違いない。

 

「そのお言葉だけでも、十分嬉しく感じますよ」

 

 ロドリゴは書斎を出ようという時、ハムレットに握手を求めた。また、彼の優しい気持ち、その心遣いが十分自分に伝わったことを示すのに、ロドリゴは右手で握ったハムレットの手の上に、さらに左手を重ねたのだった。

 

「ローリーは、ここから二階上の、同じ角の部屋にいます。そこからは、海がよく見えますのでな……海の近くというのは、塩害で建物が傷みやすいというのがなんですが、やはりそれ以上に素晴らしく心を慰めてくれるものですから。何より、海というやつはね……永遠ということを我々有限なる生き物である人間に教えてくれるのですよ。私から遥か遡った時代のご先祖さまたちも、海岸線などに多少の違いがありこそすれ、同じ海の景色をずっと見続けてきたのですし、それはこの州の民だってみな同じです。海にとっては、人間の身分の高さや低さなどはまったく関係がなく、いつまでも永遠に同じなのでしょうな……ただ人間のほうでだけ、荒れ狂った波を見ては『海神リヴァイアサンの怒りだ』なんだと騒いでいるという、それだけのことに過ぎぬのかもしれません、まったくのところ」

 

 書斎のドアを開けると、その脇には灰色のグレイハウンドがいた。ハムレットの記憶する限り、一階の例の犬部屋では見かけなかった犬だった。

 

「おや、バーナビー。ローリーのところからやって来たのかい?」

 

 ドミンゴのようにやんちゃなところはなく、バーナビーは『心得まして候』とばかり、静かに先に立って歩きだすようにして、廊下の途中、一度だけ振り返っていた。

 

「バーナビーは、ローリーが特別に可愛がっている犬なのですよ。彼がここに来たということはもしかしたら、ローリーは寝ているのかもしれませんな」

 

 そう言いながらも、ロドリゴはどこか嬉しそうに犬のあとへついていき、ハムレットのことを末の息子のいる部屋のほうまで案内しようとした。バーナビーは賢い犬で、鍵のかかっていないドアであれば、ドアノブをその前脚で回して開けることも出来た。そしてこの時も、そのような自分の特技を披露して、ハムレットのことを室内のほうへ導き入れたのだった。

 

「だれなの?パパ、それともママ?」

 

 十二歳、と聞いた気がするが、その声は年齢以上にずっと幼く、七歳か八歳くらいの子供の姿を連想させるものだった。もしかしたら、病気の深刻な症状が表われる前から病弱で、床に就いていることのほうが多かったのかもしれない……と、ハムレットは直感的にそう感じた。

 

 寝室のほうは、子煩悩な貴族の息子の贅沢なそれといった雰囲気であり、壁にはカケスや駒鳥、ボボリンクといった鳥が森林の中に描かれ、奥の湖の場面には白雁が何羽も描かれている。また、その傍らにはバンビが立っており、のちにローリーは『あの子、ぼくの友達なの。名前はキースっていうんだよ』と、ハムレットに教えてくれたものだった。ベッドの傍らの机には、何冊かの本と、途中まで描いた絵がそのままになっていたが、その絵をちらと見て、ハムレットはハッとした。おそらく、姉妹のうちの誰かをモデルにしたのだろう。ローリーは絵を描くのが特別上手なようだった。

 

「海からの風はおまえの喉にあまり良くないと、先生もおっしゃっていたろう」

 

 ロドリゴは潮の香りで満ちた室内に気づくなり、すぐに窓際まで大股に歩いていき、窓のほうをぴたりと閉めた。おそらくローリーは今までにも何度となく似たような言葉を周囲の誰かしらから聞かされてきたに違いない。ひとつ口笛を吹いたかと思うと、甘えるように鼻面を差しだしてきたバーナビーの頭をよしよしと撫でている。

 

「パパ、ぼくそう思わないんだよ。潮の香りはぼくの体にも、他の誰にとってもいいものだよ。海はね、波を通して毎日ぼくに語りかけるんだ……『病気が良くなかったらここまでおいで!でも、病気が良くならなくっても、やっぱり君はわたしたちのものだよ』ってね」

 

「ローリー、またおまえはそんなことを言って……」

 

「だってぼく、よくそういう夢を見るんだもの。それに、ここロドリアーナの人たちはみんな、海を渡って天国へ行くのでしょ?少なくとも船乗りたちはみんなそう言ってるよ。だから、海で死んでも悲しくないし、海で死んだ人間の魂こそがもっとも天の御国に近いんだって……きのうもね、ぼく、海辺で貝殻を拾う夢を見たの。それでね、その貝殻を耳に当てると、とっても素敵な音楽が聴こえてきて――ぼく、そのこと一生懸命覚えておこうとしたの。そしたら、ロザリンド姉さんかロマンド兄さんに楽譜に記してもらって演奏してもらえるでしょう?でも、ダメだったの……海の妖精たちがね、せっかくあんなに美しいアリアをぼくのために歌ってくれたのに、魂が揺すぶられるような素晴らしい旋律だったのに、やっぱり目が覚めたら忘れちゃったんだ!でもね、きっと天国ではそんなふうに海の妖精や天使たちが一緒になって歌を歌ってるんだと思うの。そしたらね、毎日当たり前みたいにそんな素晴らしい音楽会にぼくは招待されることになると思うんだ。ねえパパ、パパもそう思うでしょ?」

 

「う、うん。そうだな……確かにパパもそう思うよ」

 

 ロドリゴは明らかにうろたえているようだった。おそらく父親であるロドリゴにしてみれば、『人は死んだあと、きっとそんな素晴らしい世界へ行くのだろうね』などとは、なるべくなら口にしたくないことなのだろう。ましてや、そのように息子の魂が死に近いところにあるからこそ、そういった夢を見るのだろうなどとは――認めるのが絶対嫌だったに違いない。

 

「こんにちは。初めまして」

 

 父と犬以外にも人の気配がするのを感じ、ローリーが枕元から首を巡らすのを見て、ハムレットは自分から挨拶した。ローリーは見知らぬ人の姿を見て、一瞬恥かしそうにパッと顔を赤らめた。だが、しきりと犬の頭や体を撫でることで自分を落ち着かせることにしたようだった。

 

「こ、こんちは……もしかして、新しい家庭教師の人ですか?」

 

 ハハハッ、とロドリゴが、(こりゃ参ったな)とでもいうように笑い、ハムレット王子のほうを振り返る。

 

「いや、この方はね、新しい家庭教師の人なんかじゃないよ。ハムレット王子とおっしゃって、いずれこの国の王になられる方さ」

 

「ええっ!?」

 

 ローリーはすっかり驚くのと同時、どうしていいかわからずまごついた。もう愛犬バーナビーのことをいくら撫でても、なんの効果もないようにしか思われない。

 

「いや、お父さまは冗談をおっしゃっているのですよ」ローリーがおどおどしなくてもいいように、ハムレットは隣に座るロドリゴ伯に向かい、ウィンクして見せる。「オレが……まあ、芝居小屋のほうで、そういう役を演じたことがあるというそれだけなんですよ。そしたら、お父さんが息子のローリー君と仲良くしてくれないかとおっしゃったので、それでオレは友達になるために今日こちらへ伺ったのです」

 

「そ、そうだったんですか……ぼく、なんだか恥かしいな。パパも前もって言ってくれてたら、ぼく、ちゃんと着替えて髪も梳かしておいたのに……」

 

 ローリーは突然、ブロンドの巻き毛を両手で撫でつけたり、寝巻きの肩の埃を払ったり、あるいはベッドの上の皺を伸ばしたりしだした。バーナビーには恥という概念がないらしく、部屋の隅のおしっこ専用の場所へ行くと、そこで片足を上げていた。それから、勢いをつけたようにベッドの上へ上がってくるなり、ローリーの洗顔を手伝うようにその顔をなめはじめる。

 

「ハハハッ。ハムレットさまは気立てのお優しい方なのでな、そんな小さなことを気になさったりしないから大丈夫だよ。それより、気分のほうはどうだね?」

 

「ぼく、実はさっき起きたばかりなんだ。一生懸命起きていて、絵の続きに取り掛かったり、ご本の続きを読んだり、調子が良かったらバーナビーや他の犬たちとも散歩に行きたいのに、大きな発作のあとはどうしてもすぐ眠くなっちゃうの。どうしてかな……」

 

「眠たい時には寝るのが一番さ。ローリー、特におまえの場合はな……」

 

 ――このあと、ハムレットはローリーと色々な話をし、ロドリゴはその途中で席を外した。ハムレットは王子であることは冗談の設定であるとして隠し、砂漠を長く旅してここまで来たことなどを話して聞かせ、その間にその土地で聞いた民話について、ローリーが好みそうな物語を語ってみせたわけである。ハムレットのそうした物語に想像力を刺激されたローリーは、時折画用紙に何かの挿絵のようないたずら描きをした。そうしておけばハムレットがいなくなったあとでも、彼の話してくれたことを思い出し、きちんと絵として描き直せるに違いないと思っていたのである。

 

 この翌日の午前中から、マリーン・シャンテュイエ城のもっとも奥まった場所にある広間にて、軍事会議が開かれることになっていた。そこでハムレットは昼食をとってのち、さらに午後いっぱいも続いた会議のあと、今度はギベルネスを伴い、ローリーの部屋を訪ねることにしていたのである。例によって、会議の席には参加しつつも、何か意見を求められるか、そうした雰囲気を感じでもしない限り、ギベルネスは彼らの会議に口を挟むことはなかったが……(この国の大きな時代の転換点に自分は異星人として立ち会おうとしているのだ)と、彼にしても自覚はしていたわけである。だが、ハムレットからローリー少年の病気の症状について聞き、この天使のようにあどけない子供を診察すると、ギベルネスの頭の中は近づいている重要な会戦のことよりも、この<喀血病>と呼ばれる病いのことで一杯になってしまったのである。

 

『一度症状がはじまるとね、喉がぜいぜい言って、お胸が苦しくなるの。それから咳が止まらなくなって……それに血が混じっているものだから、パパもママもね、とっても心配するの。今まで、たくさんお医者さんがやって来てぼくのこと診ていったけど、時々ね、お薬を飲んだお陰で良くなったように感じることがあるけれど、結局ダメなのね。べつに、そのお医者さんがパパが言うみたいにヤブってことでもなく、きっとぼく、そういう運命だってことなんだと思うの。兄さまも姉さまも、ぼくのことを可愛そうがって時々泣いてくださるけど――ぼく、自分のことを不幸だなんて思わないよ。だって、パパもママもみんなぼくのことを愛してくださって、なんでもしてくれようとするんだものね。近いうちに天使さまが迎えにきたって、それだって幸福なことで、きっと不幸なことなんかじゃないと思うんだ……』

 

 脈を取ったり肺や胸の音を聞いたり、全身の状態を見たりといったギベルネスなりの診察が済むと、彼は同席していた父ロドリゴに別室にて話を聞くことにしていた。これまでに処方された薬のことや、彼がヤブと呼んでいたという医者の見立てのことなど……それから、家系図とその中で喀血病の出た男兄弟のこと、またロドリゴの兄ロレンゾの病気の過程とその死に様のこと、彼が父や祖父などから伝え聞くなどして知る限りの喀血病の症状のことなどを。

 

 正直なところを言って、ロドリゴはその中でも特にギベルネスが家系図に拘るのを見て、少々苛立ったものである。(すでに死んだ人間を霊媒よろしく呼びだして、病気の対処法について聞こうとでもいうのか)――そうとすら思ったくらいだったが、この時ロドリゴがギベルネスに対し(この医師であればもしかしたら……)と、なきがごとしの期待を抱くでもなく、(こいつも今までいた藪医者のひとりに相違あるまい)と確信に近い気持ちを持ったのは、もしかしたら彼にとって良いことだったかもしれない。特に、随分あとになってからギベルネスが実は<神の人>と呼ばれているとロドリゴにもはっきりわかる、その瞬間が遅れてやってきたということは……。

 

 

 >>続く。

 

 

 

 

 


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