汗ばむような春の日差しが照りつけるランチタイムのオフィス街。
イタリアンレストランの入り口で嬉しそうにメニューを覗き込む若いOLのグループを横目に見ながら、私はひとりその薄暗いビルに入った。
店のドアを開けると、すぐに「いらっしゃい」とあの男が現れた。
「先日はいかがでしたか。」
「ふん。特に報告することは無い。」
私はわざと不機嫌そうに答えた。
男は心得た様子ですぐに話題を変え、ここ数日間に入ってきた情報を私に伝えた。
「南地区Aエリアで、奴らの接近が確認されています。既にコンタクトしたという報告もあがってきています。」
「Aエリアの防御体制は?」
「各堤防、地磯に隙間なくエギンガーが張り付いています。イカの子一匹通しません。」
「そうか。それなら私のようなロートルの出番は無いな。」
私はつとめて平静を装い、そう言った。
しかし、勘のいいその男はすぐに気づいた様子だった。
「旦那、Bエリアは危険ですよ。」
「なぜそう思う。」
「現在Aエリアに接近しているのは、奴らの本隊ではありません。囮の部隊が我々をAエリアに引きつけている隙に、一気に本隊がBエリアに奇襲をかける作戦でしょう。本隊の戦闘力はAエリアにいる奴らとは桁違いですが、いつどこに現れるか全く予想がつきません。」
若造だとばかり思っていたが、随分と成長したものだ。
それとも、私が歳を取っただけなのか。
「そこまで分かっているなら仕方がないな。」
「やはり行くつもりですね。」
「われながら馬鹿だとは思うがね。そういうわけだから、今日はこれをもらっていくよ。」
「旦那、そ、それは・・・・・」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/49/35/97b602bcc6612c3aaf5d38fdde3fd15f.jpg)
「6m砲の弾頭をこいつに交換する。60cm枠のネットでは小さ過ぎて心許ないからな。」
「でも、誰かに協力してもらえば・・・・・」
「なに。玉砕するのは私一人で充分だ。誰も道連れになる必要は無い。」
「そんな。旦那一人で行かせるわけにはいきません!」
「こういうことは年寄りに任せておけばいいんだ。君たち若い人は、確実に戦果をあげて帰還することだけ考えなさい。家族を悲しませてはいかん。」
「・・・分かりました。くれぐれもお気をつけて。」
気のせいか、男の目が少し潤んでいるように見えた。
まったく、いつもは生意気なくせに、そんなしおらしい顔をするんじゃない。
男は私から品物と代金を受け取り、レジを打った。
そして、品物の入った袋を私に渡しながら、唐突にこう切り出した。
「ところで旦那、『ATフィールド』ってご存知ですか。」
私は驚いて男の顔を見た。
「いったい、どこでその言葉を。」
「先日、ふらりと入ってきたお客さんが言ってたんです。今「ATフィールド」が熱いんだって。ちなみに「AT」というのは・・・」
「『あんなところで』の略。」
「旦那、ご存知だったんですか。」
「ああ。もちろん。」
「ねえ旦那、もしかして、旦那が狙ってるャCントも『ATフィールド』なんですか?『あんなところで』っていうぐらいですから、普通はあまり狙わないャCントなんですよね。どんな場所なんですか?」
男の目が急にキラキラと輝きだした。
しまった、と私は思った。
「そこまでだ。悪いがそれ以上は訊くな。まだその時期じゃない。」
「ええ?でも・・・・」
「黙れ!」
私は男を一喝した。
うっと言葉を飲み込んだまま、まだ何か言いたげな男を残して、私は店を出た。
ビル街の歩道を足早に歩きながら、私は目に見えない何か大きなうねりのようなものが背後に迫ってくる感覚にとらわれ、戦慄を覚えた。
~つづく・・・のか?~