
「ふたりの人魚」(原題:蘇州河)
監督:婁
出演:周迅
2000年作品
<あらすじ>
上海に住んでいる「僕」の仕事はビデオの出張撮影。
ある日、撮影にでかけたバーで「僕」は水槽の中で泳ぐ美しい人魚にひとめぼれしてしまう。
彼女の名前は「美美(メイメイ)」。付き合い始めた「僕」と「美美」。
しかし彼女には不思議な行動が多く、しかもある日、彼女のことを自分の恋人、「牡丹(ムーダン)」だと言いはる男、馬達が現れた。
私の好きな張元監督と並び、中国映画界の「第六世代」の代表的な監督と言われる婁監督の作品です。
第五世代の陳凱歌や、張芸謀監督との違いは、映画にプライベートな視点を持ちこみ、家庭用ビデオカメラなどで手持ち撮影などを行い、インディペンデント的な要素が強いところなのですが、この世代の監督、私は張元監督以外はあまり好きじゃありません。
特に海外で評価の高い賈樟柯監督とか。
彼の作品では、社会の底辺の人たちを描いた作品が多いのですが、「中国の資本主義化やグローバリズムがもたらす社会の矛盾」とかにあんまり興味のない私は、美しいものがひとつも出てこない彼の映画を見続けるのが非常に苦痛です。
この映画の監督である婁監督の作品の特徴は、第六世代の監督の特徴のそれに加えて、物語の筋が「わかりにくい」という点。
仲村トオルとチャン・ツイイイー(笑)が出演した、「パープル・バタフライ」(紫蝴蝶)もわかりにくかったな。
それにしてもさすが日本!
中国ではこの作品、なんとなくだっさい映画という扱いなのに、「ふたりの人魚」なんてロマンチックなタイトルになっちゃって、メインで使われているのも、こんなにポップで可愛らしい写真なのも驚き。
さてそんなこんなで婁監督もあんまり好きじゃないし、今は気分的に恋愛モノの映画は観たくないんですが、現在アメリカ在住のSweet Heartがこの映画を観たいと言うので、彼女の代わりに観て見ることにしました。
蘇州河の流れる上海を舞台に、繰り広げられる恋愛ドラマ。
私はこの映画を観ながら、「ああ私はこっち側(中国)の人間なんだな」と改めて確信しました。
なんていうか外国人が「おっ」と喜びそうなシーンが嫌で嫌で仕方がない。
例えば、「なんでも撮影します」という広告を橋げたや壁や道路にスプレーで書いたり、荷物を運ぶことを仕事にしているバイク便、いかがわしいクラブ、こ汚い散髪屋、薄暗い倉庫、不衛生な川縁のアパートなどなど。
外国人から観たら、異国情緒(?)的なものかもしれないけど、私にとっては単なる日常。
中国に来たばかりのころは、こういったものにもカルチャーショックを受けつつ、社会背景や、市井の人々の生活に思いを馳せたりしていたのですが、旅行者気分のすっかり抜けた今、自分は何もできないくせに上から目線で彼らを観察するのが偽善的で嫌なんです、すごく。
あと、私は、映画に「美しさ」や「夢」や「希望」を求めているので、あんまりしみったれた感が漂う映画は好きじゃないですね。
男女の関係もそう。
「孤高」の孤独はいいけれど、なるべくしてなった孤独に甘んじているくせにどこか人恋しい…みたいな男女が、同病相哀れむ的な孤独の埋め合わせでくっつくのは、低レベルな結びつきの感じがしてすごく嫌です。
私がそうしたくないだけで、そうせざるを得ない人は勝手にやってればいいと思うけど。
ちなみに周迅は好きな女優ですが、この映画に出てくる彼女は若すぎてあまりかわいくない。
年齢的にそう若くはない、今の方がぜんぜんいいです。
私も周迅みたいに歳をとればとるほどいい女になるタイプだと信じたいです。
今日の毒舌度:☆☆