駿河の国てくてく紀行

のんびり歴史散歩と歌舞伎

ここにもあった将門首塚伝説

2008年02月10日 | 歴史
三代目尾上菊五郎の墓にお参り

 三代目尾上菊五郎の墓が、遠州掛川広楽寺にあるというのでお参りする。
何故この地にあるのかというと、上方での舞台出演の後、この掛川の地で急死、初代菊五郎の菩提寺と同名のお寺があるというので、葬ってもらったらしい。
後で調べてみると、実は、三代目は既に一度引退し、この時は大川橋蔵を名乗っていたはずなので、この墓の主は初代大川橋蔵でもある。神田明神の銭形平次の碑で大川橋蔵の名が刻まれているのを先日見たばかりであり、橋蔵・錦之介の東映チャンバラ映画に夢中だった子供頃を思い出し懐かしく感じた。

 さらに、この広楽寺から北へ1キロばかりの所に平将門と18人の家来の首塚があるのを初めて知り、神田明神をお詣りしたばかりなのになあ。と不思議な気がした。将門首塚伝説を調べてみよう。


歩いた距離            約 3,800㍍
歩きながらIPODで聴いた曲     綾戸智絵 LIVE!Ⅱ(I Love Being Here                     With You、Summer Time他)
         

司馬遼太郎“街道をゆく”神田界隈を歩く

2008年01月27日 | 歴史
1月23日(水)雪の中神田界隈を歩く

ニコライ堂~湯島聖堂~神田明神~須田町のお蕎麦屋~湯島天神

まずは、日本最大のビザンチン式建築物であるロシア正教ニコライさんのニコライ堂に向かい、ハリストス(キリスト様)から聖橋を渡り、もう一人の聖人孔子様祀られている湯島聖堂へ。(ここに付属する江戸時代の最高学府であった昌平黌が東京大学の基となり、ひいては、この神田の地に多くの大学が存在する理由でもあったといえる。)
仰高門から入り、孔子廟は改修中であったため、孔子像に拝み、道路を隔てた神田明神へ雪の中向かう。
朱塗りのあざやかな門が正面に見え、一気に江戸の匂いがしてきた。本堂に参詣し、右脇にある大川橋蔵、長谷川一夫の名が刻まれている銭形平次の碑を眺め、男坂を明神下へ下る。鰻料理で有名な神田川の前を通り、須田町のお蕎麦屋へ。ところが、老舗松屋さんが休みそれではと神田薮蕎麦さんと思い向ってたが、これまた休み(奉公人の薮入り)。坂を上りながら湯島天神へ、
(いっきに、キリスト、孔子、恵比寿、大黒、平将門、天神さんを詣でたということ。)

歩いた距離         約 4,500㍍
歩きながらIPODで聴いた曲  河東節 助六由縁江戸桜
清元 神田祭 など