短歌散文企画 砕氷船

短歌にまつわる散文を掲載いたします。短歌の週は毎週第1土曜日です。

第6回 雪にはしゃぐ牧水 齋藤芳生 

2018-03-02 00:20:46 | 短歌についての散文

 みなさんこんにちは、齋藤芳生です。
この「詩客」に文章を書かせていただくのは、「河口」という連作を掲載していただいて以来、約一年ぶり、でしょうか。お久しぶりです。そして初めて齋藤の文章を読んでいただくみなさま、はじめまして。どうぞよろしく。

さて、普段の私は学習塾の講師をしておりまして、主に小・中学生の国語を担当しているのですが、毎年使う受験用のテキストでだいたいこの季節に学習する単元が「詩歌の鑑賞」なんですね。
テキストには現代詩や俳句といっしょに様々な作品が――まあ「教材」なので、普段詩歌にあまり触れていない先生でも作品の意味や背景、使われている表現技法などの解説がしやすく、子どもたちに安心して読ませることのできる内容で、なおかつ既にしっかり解釈や評価が定まっているものが選ばれているわけですが、そういった所謂「縛り」が様々にあるなかで、こちらも思わずにやり、とさせられるチョイスがなかなか多いのです。例えば、若山牧水のこんな歌。

鈴鳴らす橇にか乗らなむいないな先づこの白雪を踏みてか行かなむ

はしゃいでますよね、牧水。

 うっわー、雪!雪だあ、雪!すっげー!!めっちゃきれい!やばい!どうするどうする?あの鈴がシャンシャンなる橇に乗っちゃう?いやここはまず、やっぱり自分の足で雪を踏んで歩こうよ!ひゃっほーう!!

……こんなふうに思いっきり現代の小・中学生っぽい?言葉で意訳(意訳だからね、意訳ですよ)して解説すると、大体の子が笑ってくれます。授業の導入にもってこいです。ちなみに、この歌が収められている歌集『朝の歌』発刊当時、牧水32歳。詞書には「宿望かなひて雪中の青森市を見る」とあります。「宿望」だもんね。そりゃはしゃぐよね。
テキストには「この歌の解釈としてふさわしいものはどれか選べ」という問題があって、答えとなる選択肢にはやはり「南国(宮崎県)出身の作者が旅先で雪を見てはしゃいでいる云々」と書いてありました。特に小学生であれば「ああ、それわかるわ!」と思うでしょうし、あるいは「雪?やだよ、寒いじゃん」という子もいます。それも含めて「みんなだったらどう?」と聞くと、授業前には「詩歌ねえ。興味ないし……」と少々テンションが低かった教室がまた盛り上がるのです。

牧水といえば学校で使われる教科書でもおなじみの、

幾山川越えさり行かば寂しさの果てなむ国ぞ今日も旅ゆく

とか、当然

 白鳥はかなしからずや空の青海のあをにも染まずただよふ

とか、あるいは酒好きの歌人なら絶対に大好きであろう

 白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり

とかではなく、あえてこの「子どものように雪にはしゃぐ大歌人」の姿が鮮やかに目に浮かぶ一首が選ばれているところ。カリキュラムからこの単元の学習が冬の一番寒い時期になることも当然のように計算されていて、初めてこのテキストを見た時、さすが、と感心すると同時に嬉しくなりました。ああこの単元のテキスト執筆を担当した人たち、歌のことも子どものこともしっかりわかってるな、と思うのです。きっと、旅もお酒も好きに違いありません(妄想)。
よく子どもの個性を殺す悪の権化のように言われ続けている学習塾やそのテキストですが、こんなふうに時々にやり、とさせてもらえるので、私は結構好きなのです。



略歴
齋藤芳生 さいとう よしき
歌人。1977年福島県福島市生まれ。「かりん」会員。歌集『桃花水を待つ』(角川書店2010年)『湖水の南』(本阿弥書店2014年)