短歌散文企画 砕氷船

短歌にまつわる散文を掲載いたします。短歌の週は毎週第1土曜日です。

第18回 ストレッチのこと 冨樫 由美子

2020-05-08 13:56:28 | 短歌
 ここのところ毎日一時間近くストレッチをしている。
 ツイッターでフォローしている踊り手のKaori ASAHIROさん(ツイッターでのお名前はアマヤドリ@amayadoriさん)が、外出禁止令が出ているパリのお部屋から動画を配信してくださるので、それを観ながらからだを動かす。動かす前にからだを叩いたりさすったりして、「いまから動くよー、伸びるよー」と言いきかせる時間もたっぷりある。足の指や耳を揉んだり舌や眼球を意識して緩めたりもする。心地よく疲れる。何よりもKaoriさんの優しいガイダンスとお喋りが楽しい。からだがほぐれると、短歌を書けそうな気分になる。

 さて、とノートをひらく。あるいはパソコンを立ち上げる。書けない。
 おそらく、別のストレッチが必要なのだ。短歌を書くためのこころのストレッチが。
 誰か動画を配信してくれまいかと思うが、まあちょっと無理だろう。自分で編み出すしかない。どうしたらいいだろう。こころに「いまから動くよー、書くよー」と言いきかせるには……。

 まずは外側からこころに触れてみる。音楽で、絵画で、物語で。それらの刺激でマッサージしたら、次はこころの内側を緩める。遠い記憶や今の関心事、心配ごとや嬉しかったことなどが、からまりあって固まっているのをほぐして、一つ一つ手に取れるようにしてみる。そのうち一つを選んで、テーマにしようときめる。ストレッチ終了。書ける!

 いつもいつもこんなことを意識しているわけではないが、Kaoriさんのストレッチ動画をきっかけに、ちょっと考えてみた。

 それにしても昨今、他にもヨガやエクササイズ系の動画がたくさん配信されているし、テレビでも体操や運動の解説がよく放映されている。こころのストレッチ&マッサージになる芸術全般に関しても、家に居ながらにして享受できる形態のものが多くある。オンラインでの歌会や読書会のような催しも、以前より盛んに行われているような気がする。

 人々がなかなか外に出かけられず、アウトドアスポーツを楽しんだり、本物の芸術作品に触れたりすることが困難なための代替策であり、もちろん喜ばしいことではない。
 ただ、もともと地方に住むインドア人間である私にとっては、からだのケアをしたり、芸術に触れたり、歌会等に参加する機会がかえって増えていることも事実である。

 幸福な時代ではないし、生き延びられるのかどうかもわからないけれども、このみえない洪水が引いて振り返ることができたなら、ちいさな明かりのように思い出すだろう。毎日の、からだとこころのストレッチを。 

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