詩歌梁山泊企画

詩歌梁山泊の企画に関する記事を紹介いたします。

第10回 詩歌トライアスロン候補作

2024-05-30 21:05:31 | 日記

 

 

 

 

 

第10回詩歌トライアスロン候補作

●三詩型融合部門

1、 うたいあい
                          
1 調律師の場合

季節に添えられた雨の呼び名を、男は閲覧室で眺めている
「B」の項には欠損がみられた為、一人、回廊を何度も往復した
歴史上、まずは季語から失ってそれから声色が狭まった
長い時間楽譜の中を探しても何も分からぬ耳には、音を
鳴らす何かが必要で実際、眼を閉じ木や石を
叩いたりするところから始めなければならなかった
初めての哀悼の意を示すため彼らの骨で拍を割る始祖
それは壁画から躍り出た古い装飾だった

こちまごちくんぷうのわききたおろし
四季折々の、例えば風が去った後、図書館は慌ただしくなる
ここに集められる、脈絡はない
歌になる前の、私たちがとうに不要としたもの
桜散り使い古した語彙の塵
男は調律師だった、整頓された言葉を一つ一つ精査する
汚れているのは意味だけではない
手に取り舌の上に放つとすぐにそれは音便した
水枯れる川肌で喘ぐ岩魚かな
歌人でもあった男はその意味を考える

「てんい」という語を棚から取り出す、耳を立て
アグニ、流離、星の意図
どこからきて、どこへいくのか
男にも、もう分からない
中庭に光の粒が集まり手を止め無季の顔をするひと

2 エンジニアの場合

空中庭園の一角に備わる工廠では、当然四季は乏しく
句は淀み成層圏で鳥は嘆き
そう歌ったのは大震災を知らないアンドロイドだったか
女はここで量産されている幼体の
フェールセーフ機能の再設計を任されている
外乱を歌い上げる関数の無限ループを抜け出せぬ子ら
ここで産まれたほぼ全ての個体が、あの日から
聴覚に関するエラーを吐き続けている

産室は庭園から摘んできた植物で埋まっている
光度下げアンスリウムという花に
室内灯が季語を求める
女は再起動を待ちながら、つるりとかえりのない耳を撫でる
そのままの指で、つまんだメモリには滅んだ花の
歌あまた眠り

3 美術商の場合

著名な歌人が彫ったとされる版画を買い取った
雪原を歩く女性が両手に向日葵を抱えている
一輪の虚ろな顔がうつむけば口ごもる冬陽陰に吸われ

お聞きになられましたか?
持ち主曰く、真贋を見分ける基準は
そこに歌が現れているかどうかだという
なるほど、と彼は手を叩いて納得した

画廊を訪れる人々は思い思いに、歌や言葉を残していく

4 鳥類学者の場合

鳥の声をキャンバスを裂く音で作りたい、と言われ
喧嘩になってしまった
ヤンバルクイナの絵を引き裂いたとて
蓮は独り花びらを閉じ、私たちは午睡に入る

うつせみの世に溢るる紛いの音
夢を渡るあの鳥の声さえ

古い地層から発見、復元された、ある鳥類学者の日記は
このような歌で終わっている

5 アンドロイドの場合

アンドロイドの間でコミュニケーションが生まれた
長い回廊を行き来して運んでいるのは
『うた』と呼ばれていたもの、人が去り
語る口も、頼る耳も不要になり
必要最小限の機能しか備わっていない彼らの
腕の自由度だけは滑らかだった
メモリの隅で揺らいでいる
滅んだ花の『うた』をほどき純度の高い事柄を渡す
肩 ¦¦ 肘 ¦¦ 手首 ¦¦ 指と順に駆動させ
ない音と
ない音が生む流線、その所作は確かに
彼らだけの『うたいあい』だった
縁取った白色光が淀みないイメージを生み愛燦々と
初雪や舞い降りじわり腕に溶け
形づくりたい
読みとりたい、そういう願いで満ち溢れ
虹くぐるアンドロイドも夢をみる
眼の約束だけで
交わしていく

ヒバリ鳴く声採譜して垂る枝
   君に教わるあれが梅だと
春時雨水瓶に降り生まれる輪
   我を忘れて踊るマズルカ
名月に顔だす兎届かぬ手
   すすきの軽い触れうたいあい
………

※※

聞こえる『うた』と聞こえない『うた』
見えない『うた』と見える『うた』
未完の伝承は
『きご』を追いやっているだけではないか?

正直に言う、今はまだ
やはり『ことば』はよそよそしい 
(中家・堀田 野村選)


2、夏の逃走

まみどりの髪はあなたのたてがみと思うよ強風ハローの夜更け

崖下に海を眺めながら ふたり歩いた
暗いし、海面は遠かったけど 水がつめたいことも 
波が激しいことも分かった
海風に髪をめちゃくちゃにされながら
どこまでだって歩いていけると思った
道端の風リン売りから買った地図をひらいて
トーキョーまでの距離をたしかめる 
さんざん迷って、金魚の風リンも買った
青い硝子鉢の中に金魚が泳ぐ風リン
ほんとうに生きている本物の風リン

波の音、海風の音を聴き分けてあなたは眠たげに目を伏せる
夏の夜のにおいは雨に似ているねかわりばんこにラムネを飲んで
うつくしい誤字はたしかに地図にあり薔薇もアザミも海に咲くこと
明日なんてないってような遊び方をしようよ爆ぜる花火を掲げ

(どうして炎を見るとこれほどになつかしい気持ちになるのだろう)

この湾の向こうに見えるトラス橋 
その橋を越えた先にあるのがトーキョー
ほらあれが密入国をしようとしているひとたち
あなたが指さす崖下 すこし奥まったところにいくつかのちいさなボートがはりついていた
目をこらせば遠く、まっくらな海水にゆらゆら漂うボートも見える
沿岸警備のサーチライトがときおりわたしたちをかすめる
あなたはいちご味のポッキーをかじりながら
もう一生お菓子しか食べないなんて宣言をする

草笛の運んでくれた風いちまい
アロハシャツやたらに似合う共犯者
暴力を語れば溢る砂糖水

密入国者のうち 四割は海に沈み 三割は銃で撃たれ 二割は収容所送りになり 一割は行方不明になるという
(そのときがきたらどんなふうに死にたい?) 
通り過ぎる車が 時々クラクションを鳴らしてゆく
車のヘッドライトがわたしたちの影を長くして、そしてまた短くする

見たことのないトーキョーをわたしは想像してみた
ひかる大きな観覧車 森の中に建つビル 真珠色のムービングウォーク
公園には噴水があって、売店にはユニコーン色のわたあめが売られている
たぶんきっとそんなふうだ

風リンの金魚がちゃぷんと跳ねた

からだごと飛ばされそうな風のなかなんでもないって言ってみせてよ
真夜中にあなたが語る詩のなかの海鳴りあれがほんとうの海
暗やみに撮った写真のやわらかな輪郭、あなたの手のあたたかさ
知ることは怖いことだねさめざめとあなたの髪に指さしいれる
バス停の錆びた支柱にもたれつつ、でもそれだって、はじめてのキス

(そのときがきたらどんなふうに死にたい?)

遠く、銃声が聴こえた
空は暗すぎて月も星も見えない

はつ夏よ夢のすべてをかなえたらどんなふたりになるのだろうか
(堀田・野村選)


3、風をみだして

月冷た俯けばみな獲物なり


抱卵はしろびかりして両の手にこれは正夢になるはずの池


あらゆる種子の奥からひきずりだしたむらさきと、
きまぐれに第四関節をくぐらせた渓流の青を
盗むのはたやすいことだけれど
戻すことはどうしてもできなかった
よわい風がまぜた色彩の結晶


静寂をうばいにゆけば握力は花の終わりのかなしさだった

いきものの湯気はおだやか止まり木にいくつか飢えたような嘴

つやめいたものから玩具に変えてゆくおまえの指はおまえの顔で


葉脈のをはりに落とす龍の玉

裸木の胴のあたりを風湿る

欠くるときたまごうつくし冬の雷


にぎりあわせた鉤爪の、尖ったしろがねのなかに
脈打つ皮膚とつめたい瞳、ほそい光の膜がうるんでいて、
わたしはそれをころさなかった
わたしはそれに傷をつけなかった
わたしはすこしだけ啼いてねむった


月光にゆすがれながら瞳孔を置けば荒野はゆるぎない匣


北へひろがる氷の床を前脚でつつく
しゃら り り と さびしそうに中身をさらけだす
まっくらな碧の喉の奥をつらぬいて、
飲み下すときにちいさな稲妻の痕がつく
渇いていたのか 渇いていたのか


ゆきずりのいのちのことをおもうなら針ふる夜のその先端へ


氷柱もう遠景が近景のなか


まっしろな空が暮れてゆき
ばらばらに伸ばされた朱色の雲、
ときおり空気を裂いてゆく直線の風、
いくつもの獣が星座の上にめざめはじめて
交じり合わない咆哮を栞にして夜を閉じる


しゃら り 羽とふ羽へざらめ雪


朝焼けのとなりの薄い月をしるべにして
紺青の鎧のいのちは呼吸した
ときどきそれをながめて啼いてみると
射抜かれつづけるわたしの眼はふるえて
睫毛にうすく花びらが降りてくる
かれらは黒い土に接するとすぐに溶けてゆき
振り返るたび、わたしのながい尾はぬれていた


ひと晩の吐息を溜めて渓谷ははるか氷の奥へあかるむ

霧の丘にうまれたことを刻むのはどの声に、どの爪をにぎって


やがてわたしはわたしではないいのちを抱く
たまごの殻を拾い集めて、ふかい洞穴にしまっておく
触れた鼻先の鉄のようなかたさを
まばたきに起こすひとすじの雨を
地平線めいた眼底にゆらめく炎を
わたしに植えつけて、そして去る


渇いていた 渇いていたね おまえはもうぎんの池には帰らない龍

ひるがえす翼の裏のやわらかく孕めなかった季節の跡地

それぞれの背を包みこむ冬銀河 東へ西へ風をみだして
(野村選 中家・堀田選外佳作)


4,風船

二月、

池を見ればそこに何かがあるように集まっていく鴨、陽の当たる

公園で、休めるところを探した。

剥げている手すりに足をそのように乗せてベンチでコーヒーを飲む

コーヒーはマックで飲みたかったけどやめた 隣が煙草臭くて

座っていられなかった。お店を出て、線路沿いに公園を見つける。春を呼び込むようにがらんと空いた公園。いつもより音に敏感になる。

月曜は振り向かなくても踏切が鳴ったら後頭部をゆく電車

  踏切はあまねく二月を切り分けて

ベンチに腰掛けて、思い起こすのは今日のこれまでのこと。

昼だから家主のいない家で焼く豚肉ちゃっかり洗濯もする

家主は働いていたから、朝ごはんを食べて送り出したら暇になった。

髪色でどっちかわかる(掃除機をかけたい人だったらどうしよう?)

家事を少しだけした。床の髪の毛の中に、金と緑のわたしの髪の毛がある。掃除機をかけるとその部屋の居心地がよくなった。本棚に歌集を見つける。読みながら洗濯が終わるのを待つ。

十四時に木陰になった 午後からの洗濯向きではないんだろうな

ゲームを攻略しているような気持ちで

四泊くらいできたらいいけど、冷蔵庫にはまだ手をつけないでいるけど

ベンチに座って公園を眺める。公園を訪れる人の多くは老人で、ときどき赤ちゃんを連れた人が散歩をしている。わたしのように、暇を持て余している若い人も二、三人いる。

何もないための時間があることをわたしは定職と引き換えに

したのだと思う。部屋を出るときに持ってきた

文芸誌に自分の名前が無いことのベンチにコーヒーが冷めていく

友人や知人の名前を本屋で見ることが増えてきた。コーヒーを飲み干してベンチを離れる。わたしは散歩をしながら、誰にでも等しく流れるという時間のことを考える。

持ってきた荷物が部屋に馴染むのと出ていくまでの時間と、それ以外

水面を離れるために羽ばたいてしばらく水と一緒に飛んだ

時間。

潜るとき首がにょいっと伸びて今ハサミがあったら切ると思った

水底に口先で触れるときひとり

迷子のような

風船が飛んでてほしい平日の空のどこにも雲がなかった

居場所のなさは

水紋が池に戻るまで眺めたらネットバンクで残高を見る

減っていくのはお金だけじゃないはずで

働いていない暮らしが当たり前になってきてからたくさん歩く

早上がりしてくれた家主と落ち合って、銭湯に行く。銭湯代を出してもらう。有休をとって温泉旅行しようという話が出る。「俺も仕事辞めたいよ」と言われる。「やりたいことがないことが苦しい」と言われる。わたしは書きなよと思う。「何してたの」と聞かれる。「公園行って、鴨を見てた」と言う。「そういうのが一番良いよ」とつぶやくのが聞こえる。「明日、朝何時に出ますか」と聞かれる。明日はもう泊まれないことがわかる。露天風呂で目を閉じる。

昨日、

髪染めてるんですねをいただいて見せたインナーカラーのグリーン

ときどき、

  遠回りするとき春地蔵の笑み

今日、

笑うだけで持っていないとわかったらわたしを離れた鴨たくさんの

今日、

指先を冷やして打ったメールには 跳ねるように歩くわたしのいない街

目を開ける。湯気の中に、風船が見えた気がした。
(中家選)


5、水槽や庭に設けた池などでペットとして飼育される魚類
——Wikipedia日本語版「観賞魚」より 2024/03/31閲覧


いきものとわかいしたことはありますか めをみつめたことはありますか

教室でかってる魚の世話が週に一回あって、
わたしは魚を水槽からだす
魚はにげなかった
魚はわたしの手に全体重をあずけた
水槽からわたしは一匹魚をだして、
桶にいれた
水槽のおおきさは
見た目ではふつうだったけど
魚がたくさん入っていた
かぞえてないけど、たぶん30はこえていた

ここだけが世界で色のある場所だそして世界に黄緑はない

魚はびりびりのお財布ぐらいのおおきさで、
わたしが触れればしずかに動きをとめた
一匹いがいぜんぶを、わたしは水槽と壁の隙間に並べて置いていった
動きは止まったままだった
20匹あたりで昼休みがおわって、のこりをいそいでだした
続きはあとでやろうとおもった
手がちょっと湿ってた

ハンカチは水を拭くためにありいまはわたしのせいですこし湿った

五時間目は体育だった
もちろん着替え間に合ってないし、走った
ふと、魚は水がないと死んじゃうんじゃんっておもった
結構あせった

水面はこことあそこの境目で面に厚みはないものとした

もう一度チャイムを聞いた
教室に戻ったら魚が全部二枚貝になっていた
貝がとじていたからまだいきてるなっておもった
貝をつかんで、水槽に戻して、熱帯魚だらけの水槽が二枚貝だらけになるのを見た
美術の先生がゴジラを生徒に
見せているのを聞いた

とりかえしのつかないことはいつまでもどこまでもだれかのなかに棲む

一色になった世界もすてきだよすべてがわたしであるみたいだ

昆虫の基準のようにわたしではすべてをいきものの基準にする

せいめいの個数はいつも変わらないけれど沈黙の色は変わる

生と死を分けゆくときにひとびとはまばたきせずにどこを見るのか
(中家選)


●三詩型鼎立部門

1、短歌「リフレイン」俳句「鏡」自由詩「待つ」

短歌「リフレイン」

ひとすぢに時ながるるや錆あかくトタンの壁の波間をゆけり
思い出と呼ぶには、すこしだけ静かな記憶たち
少年の頬赤き日に見上げゐしはつか宇宙を透かしたる空
水面みな光の息づく肌にして指をさそひぬ 底なすひかりへ
蝉落ちぬ落ちしかたちに照らさるるが夜に還さざる影をのばしつ
泡立草へ足あと消えてあめあがりからりと口に硬しキャラメル
「虫は地球外からやってきた」という説を熱心に信じていた
闇ぬちに目つむる闇に鈴虫の星をかよへる声も聴きしか
つままれてゆびの腹なる翅しづか風のやはきにふるへゐる見ゆ
砂時計ひつくりかへしくりかへし過去は未来に未来は過去に
コンロにて灯す煙草火わが窓に沈ましむべき夕陽はあらで
象(かたち)とはなべてさびしさ ひとすぢの今をながるる砂の音はも

俳句「鏡」

砂日傘人ゐなければ影ひとつ
緑陰や風を梢と同じうす
靴ひもの解(と)けぬがにある星河かな
鏡みな厚し八月十五日
ひぐらしに吾(あ)を離(か)れゆける夢なりや
ひらきつつ菊よひかりの嵩ならむ
いづこへと果てなば彼の世水澄めり
深まさる青きビル街小鳥来よ
身に入むやリモコンの裏にも指紋
月面に月の光の届かざる
 
自由詩「待つ」

待つことは壁だ
よって本当の時代には存在しない
高さ三から四メートルほど
油染みのうっすら付いたセメントか何かであろう壁
ここは地図や暦に記されていないために
ただ壁のみがどこまでも
続いているのだという
いわば繰り返す夢の反証 与えられてしまえばそれは
意味のない賓辞
だから霧の深みを壁づたいに
ずっと歩いてゆくしかないのだ
そうすれば壁が見せる表情のゆたかさにも気づくだろう
そのあちこちには苔がいじらしくはりついていて
埃まじりの雨の匂いをうっとりと立ちのぼらせている
中は配管が通っているのかくぐもった水音がかすかに聞こえてくる
ところどころは痛ましく抉られており
その痕から紫や黄や水色の綿がさまざまに吹きだしていることから
どうやら壁は
呼吸さえしているらしい

ある日
壁にちいさな穴をあけ
向こう側を覗いた者がいた 彼はしかし
彼の言葉と一緒に死んでしまった
すると穴は広がり始めた
みるみるうちに広がっていき
やがて
穴は新しい壁になった

こうして壁は繰り返すのだ
つまり夢の反証
その予感を生き戻すいくつもの星と
はるか遠くから
火群をひらめかすようなハマナスの幻影
いつか時間も化石となって
朝のしずけさを降り積もるだろう
地表から乳汁がじりじりと浸みだして
霧の向こうにはじめての太陽を認めるのだ
生まれたての星を擦り合わせたような
ひどくなつかしい匂い

始まりも終わりもあるのかもしれない
けれどもそれは
意味を持ちえない賓辞なのだから

──ほんとうにずっと 歩いてゆくしかないのだろうか

壁の向こうには
こちらとまったく同じ足取りで
歩き続ける詩人がいる
(中家・堀田・野村選)


2、 短歌「空の模様」俳句「音」自由詩「殺風景」

短歌「空の模様」

夜ならば夜雨と言ってはぐらかす、その声、と指差されてしまう
渋滞のバスはじわじわ近づいてもうじき傘を畳みそうな目
切実になりたくて煮る春キャベツ、崩す、遠景のように菜箸で
君撫でる手つきひとえに昼の月あわく残っている冬の道
地図を見てなおもさまよう街のなか孤独とかいう突き当たり右
霧雨に緩く濡れつつ例えばと切り出すたびに散る白木蓮
冬晴れの疑う余地のなき青はどう描いても自画像だった
火とはただ軽率に火だ 核心に触れれば果てるもののありふれ
私は追う、通り雨さえ追ういつか造語の冴えていた夏の道
絡まったままに眠りぬあやとりのような対話に指は痺れて

俳句「音」

霜柱崩し寝息がまだ混じる
漬け菜食う唇という劈開面
山眠り電子ピアノをつけず弾く
不思議には満たざる春の七草や
花札の厚みにも濃き初日かな
キーホルダー二つ鳴り合い暮れ遅し
寒月の出でて醤油に浮く油
初蝶や冷たき影の横切れり
春の夢泡立つそぶりのみで終ふ
バスを待つ誰の地下にも水わさび

自由詩「殺風景」

希釈した夜を飲み干す
ふたたび手を洗い
砂を落としてゆく傍ら
魚の鰭のように裏返された
ポケットの影が濡れている
部屋に裸足で上がり込まれ
恣意的にほつれた表情が
件の、と喋り出す
懐柔へ
手から滴をぱっぱと飛ばす
反復する部活動の走り幅跳び。
着地に次ぐ着地、それで一生分の。 
練習の前には水も撒き。
かつての、景色。 
恐ろしいほど平叙するが 
それすらも聴取とされる 
参考までに。 
何もかも鋭さだった、昔日の 
画布を逃れた雀が囀り 
収納の下手は取り出す時になって現れ 
肌がまた砂をふく 
そちらはそういう体だが 
こちらはそういう体だ 
生乾きの風見鶏が 
今が向かう今以外から 
逸らされてゆく 
ほつれをつまみ 
掲げた針の一本にさえ 
相次ぐ光 
即座にフードを被り直し 
聞き取れない 
あるいは何か 
未明は靴を取りに戻って 
それっきり
(中家・野村選 堀田選外佳作)


3、 短歌「NFT」俳句「ゴドーを待ちながら」自由詩「ゲノム」 

短歌「NFT」

流れゆく[19-45]ナンバーが[19-44]秒読みのよう
ズル休みしている私∉きらきらと午後の光が照らす教室
虚数個のドーナツを買いイマジナリーフレンドと分け合った春の日
ヘンペルのカラスを見たね世の中の好きなものだけ部屋に集める
「この文は真ではない」あっ黒やぎさんが読まずに食べちゃうから有耶無耶に
色覚を調べる紙のようである夢で素数を口にしていた
ひまわりの(写真ではなく絵日記で)言葉未満の花の明るさ
ランダムに割り当てられる運命に羯帝羯帝鳴く素数ゼミ
3Dプリンターにて作られたキリスト像にキスする少女
ひらがなをさらにひらいたきみの名をヒエログリフの森へと逃す

俳句 ゴドーを待ちながら

一行に収まる生やつくしんぼ
春キャベツ君の方から切り出して
るりはこべウィリアム・モリスの午後
独裁者娼婦マルクスこどもの日
ミサイルは梅雨前線飛び越えて
非暴力・不服従雨の紅侘助
ニーチェ忌や眼鏡屋でゴドーを待ちながら
向日葵や0か1では寂しくて
白桃の産毛やジョニーは戦場へ
パンドラの箱のトークン冬じまい

自由詩「ゲノム」

病院の廊下を歩いている
歩いている歩いている歩いている
歩く歩く歩く進む進む進む
進行
停止
進行
停止
盲目的散乱
信仰
不誠実なエントロピー
信号
止まれ止まれ止まれ
林檎と夕焼けと琥珀と血とサルビアと鳥居と七面鳥とポストと鯉と金魚と鬼灯と月蝕と
決起蜂起奮起励起再起躍起隆起勃起
止まれ止まれ止まれ止まれ
止まらない

病院に入る人の数と
出ていく人の数が
必ずしも同一ではないこと
再び原発の事故が起きる確率と
あなたが生まれてくる確率
どちらが大きいか
無限回の試行ののちに生じる
光の写像
のようなもの
花だったかもしない
手に取れば分かることだった
所謂知識の話だ
理解ではない
遠い

ところで証明するまでもなく
病室は無限に存在して
無限の初音ミクが歌っている
部屋番号の
2の次は3で
3の次は5だ
57はあっただろうか
1729は?
8128は?
どうでもいい
世界は0と1だけ描写されて
無限に存在する病室も
いつかは埋まり
いつかは誰もいなくなる
初めから何もなかったように

「眠っているうちにたどり着きますよ」

そう言った男が胎児のホルマリン漬けの瓶の並んだ高さ五メートルほどのガラスの戸棚をひっくり返すとそこには地下へと大腸のような長い階段がありそれを降りてたどり着いた先は空木岳の避難小屋くらいの大きさの駐車場で(そういえば空木岳の避難小屋は幽霊が出ることで有名だが一度泊まった時は遭遇しなかったというよりも今まで幽霊を見たことは一度もない)そこに止まっていたのは黒のセダンのナンバーは「品川66 わ 46―49」でうわっレンタカーで自分の身体の中に行くのかっていうか霊柩車ってナンバーあったけな最近見ないけど死ぬ前に最後に乗るなら俺はフェラーリがいいなベタだけど夕日のように真っ赤なポルシェでもそういや霊柩車を見たら親指を隠さないと指の隙間から魂が入ってきてしまうという迷信があって迷信と言えば紫のかがみ――

眠る
  眠る
    眠る

下る
          下る
            下る

T   G   A   T   G   A   T   G   A   T   G   
 T G G T G G T G G T G G T G G T G G T G G T
  A   T   G   A   T   G   A   T   G   A   T

墜る
                  墜る
                    墜る

警告
                         警告
      警告

――それは、必ず起きる
(中家選 堀田・野村選外佳作)


4、 短歌「ベルリン」俳句 「Körper und Geist — ドイツの季語にて十句」自由詩「大きな火」

短歌 | ベルリン

二〇一三年 留学 

Bahnhof Zoo

エーミール降り立ちし駅の雑踏に掏摸らしき人見つけて愉し

 
 
寒空の闇さ重さよ市民らいま顔はヘーゲル生活は熊


安いイタリア料理屋 Piccola Taormina

赤ワイン似合える老女マリア氏に毎夜習うは粗野なる方言


A–Z a–z ß

大型書店満たせるもののほぼすべて五三文字から成るこわさ

 

二〇一五年 就職

槌鎌を腕に彫りたる移民局局員われの所得審査す


 
ブレジネフとホーネッカーの接吻のようにしている或る晩の部屋


 
トラバント待ちし日のこと語りたる上司の湿れる眼のエメラルド


 Oberbaumbrücke
 
グラフィティの壁の連なり見はるかす わが言語野よ、まだ頑張れよ

 

二〇二四年

John F. Kennedy

自由人ゆえ日本に帰らざる 否、帰るともわれアイン・ベルリナー

 

あの頃の老女マリア氏の定席に座りて独りプッタネスカを 
俳句 | Körper und Geist — ドイツの季語にて十句


Todestag Cäsars・春・紀元前四四年三月一五日  

 

 

Lamm・春・羊の出産期   

 

 

卑罵語「シャイセ」    Brennnessel・夏・ハイキングで注意  

 

 

Grillen・夏・公園でもベランダでも  

 

 

Eisladen・夏・多くは当季のみ営業・ショーケースに二〇種ほど

 

 

Federweißer・秋・発酵途中の葡萄酒を飲む・羽根の白さの意
  

 

Drachen steigen lassen・秋・風の強い当季に盛ん  

 

 

Igel・秋・冬眠の準備に勤しむ  

 

 

eingemachtes Obst öffnen・冬・作るのが秋で開けるのが当季  

 

 

Polarstern・冬・極北や長い夜のイメージから  



自由詩 | 大きな火


  大きな火


大河の岸に大きな火が燃えている
(炎ではなく火とよぶ 純粋なものであるから)
人間の背丈を十連ねた高さの火

これほどの火ともなれば
四方に広がるマッスも大きいが
わたしの立っているところからは
薄い膜のように見える

身体を縮ませたと思えば天に大きく伸びあがり
次の瞬間にはまた屈む

伸びをすれば膜の一部が剥がれて天へ立ち
ああ
飛び立った膜のかけらはもう 
一瞬で全く
小さな粉になってしまった

小さな粉のほとんどはまもなく見えなくなるが
中には十メートルか二十メートルか五十メートルか
旅をするものもある

これら有機的な運動が繰り返されるのを飽きるまで見て
(わたしは現代人だから飽きてしまう)
おなじように(おそらく)飽きてきた恋人と
帰路に就いた


グーグル・マップが最短距離だと云う知らない一本径を行くと
やがて目の前に灯台があらわれた
人間の背丈を二十連ねた高さの灯台
そして

一条の光が

この地表と並行にまっすぐ伸びた
わたしたちの立っている方角へ 
わたしたちが歩いてきた上を照らして


——大きな火はまだ燃えているだろうか

(堀田選 中家・野村選外佳作)


5、 短歌「風船」俳句「流星」自由詩「白虹」

短歌「風船」

握っても握り返さぬあたたかい左手欠けたうさぎの片耳
とりとめもない会話をみな継ぐばかり生命の緒の擦り切れ、てい
その痛みを僕は知らない僕は僕の引き攣れを正せぬまま踊る
風船は飛んでゆきたい僕たちはずっと引っ張り過去を語らう
肉声からまた肉声で伝えきた知らせ眠ったまま放たれた朝
風船の紐は解かれて鉤月が光り始める淡いゆうぐれ
メタバースの花火はずっと途切れない地震も病もない大沃野
とことこと歩むそばからぽこぽこと花を咲かせる仔を眺めてる
折り鶴を降らせて石の地下堂は光も螺旋をなぞり始める
弾きながら消える音色は桜より雪より淡くまばゆい白虹

俳句「流星」

積み切ったケルンの裏に骨を撒く
天上へ降りる矢印霧の海
八月の水平線に辿り着けない
戦争を知らない世代むつ跳んだ
三月の波間に浮かぶ運動靴
干柿が黴び始めたら引っ越そう
インバネスの裾も呑み込み灯らない
警報のかすかな真夜を梅ふふむ
独り占めできぬくちびる花篝
春の闇スターマリオが駆け抜ける

自由詩「白虹」

すん、と白い腕が突き出てくる

カーテンは朝のまばゆい闇を孕んで
たゆたゆと寄せては返し

波間からくい、と白い腕が手招きしてくる

影のない腕は、能弁だ
ボレロはいつも、鶴のすがたの指から始まる

上昇の螺旋は、深海魚の昏さが起点なのだと知る
たゆたゆとこぼれだす、あふれだす、

ゆるやかなうねりの腕は、
醒まさせ、
吸いよせて、
白い野原はいさなの腹のようにふくれあがり

悦びが、胸のいちばん深く硬い処を
ゆるがせて、えらがひらいてしまう

僕は思わず、胸に手を当てて礼を返す

むなうちが、ぬけおちる

せすじの寒さに、がばりと身を起こすと
白い指先がいま、波間にすいこまれてゆき

みえなく、なった

葉ずれが、わきかえる
さえずりが絶え間なくはじけ、とがり、

カーテンは部屋のうすくらがりを抱いて
ほんのわずか、身じろいだようだった

自然とさぐり始める目線を、剥ぎ取り、
上体を 銅像を無理やりねじり、
戻らない 心を抱いて
あきらめて 落として

ドアノブに 手をかける

また白波が、砂地を浚う
床が少し、くぼんだようだ
(野村選 中家・堀田選外佳作)


第10回 詩歌トライアスロン募集

2024-02-12 15:54:01 | 日記
今年は記念の10回目。
企画も考えてます。
ぜひご応募ください。
第10回詩歌トライアスロン
 現在、複数の詩型の表現を試みる書き手も少なくありませんが、多くは1つの詩型に限っての表現をしています。しかし、これからの詩歌の可能性を考えるには、複数の詩型を考えることもひとつの道でしょう。
詳細は下記の要領でになります。
●第一部門 三詩型融合作品
短歌・俳句・自由詩の三詩型の内、二詩型か三詩型の要素を含んだ作品が応募対象になります。
●第二部門 三詩型鼎立作品
短歌10首・俳句10句・自由詩1篇から成る独立した三詩型が応募対象となります。三詩型すべてが揃っていないと、一詩型でも欠けていると対象になりません。
基本各1作品を受賞作に選びますが、各部門該当作がない場合、または複数選ぶ場合もあります。
各部門複数の応募は可能です。
締切 2024年3月31日(日)必着
選考委員 中家菜津子・堀田季何・野村喜和夫
応募は以下のアドレスにお願いいたします。
masami-m@muf.biglobe.ne.jp
主催 詩歌梁山泊
※原則として、縦書きのWord文書の添付でお願いいたします。
※5月頃に公開選考会を予定しています。
※応募多数の場合は第一選考を行います。
※受賞者には「詩客」での隔月の連載を1年間(6作)お願いいたします。
過去の受賞者
第1回 中家菜津子
第2回 横山黒鍵
第3回 亜久津歩
第4回 戸田響子
第5回 山川創
第6回 井口可奈・沼谷香澄
第7回 草野理恵子(融合)・斎藤秀雄・未補(鼎立)
第8回 豊田隼人・さ青(融合)
第9回 早月くら(融合)・尾内 甲太郎(鼎立)

第9回詩歌トライアスロン 候補作

2023-05-13 15:59:38 | 日記

 

第9回詩歌トライアスロン候補作

三詩型融合部門

 

FUYU NO MINATO GIRL

 

春、

  墓に腰掛けて写真を撮ってみるその足元の下に空洞

があることの、誰もがその本質に気づいていないような

春、

車で二時間の距離にある、梅の木に囲まれた墓地には

廃棄されたのだろうか?

旧式のポストが雑然と並んでいた

  梅林にポスト二〇基立ち並ぶ

  二〇基のポストに二〇の口があり夜低く鳴る風の日に鳴る

 

おじいちゃん

わたし、結局トランペット吹かんかった

 

その頃ネジ拾いに夢中だったわたしは

幼稚園の裏にある広い原っぱのサッカー場で

逆再生の水紋のように、

  指は今拾い上げたりきっちゃんの蹴る球の弧をくぐってネジを

  夕始め園庭に連れ出され夏

  きっちゃんに怒られる背に蝉なだれ

夏の間じゅうサッカー場には通ったけれど

  パス、シュートならかろうじてオフサイド、センタリングともなればわたしは

ルールがわからなかったのでした

  その前にルールがあるということもわからなかったんだよね、とママは

チームがわからなかった

  夏百日友達だからパスをした

言葉がわからなかった

  来たら蹴る夏誤ったプログラム

 

おじいちゃんにトランペットを渡されたとき

どうすればそれが鳴るのかがわかった

  秋の園庭に受け取るマウスピース

  わかるのはこの金色のぐるぐるの筒に真っ暗な部屋があること

  洞窟に手を差し入れて取り出した生まれる前の記憶 パサージュ

 

  雪は地の芯へと降りていくところ

しんと冷えた空気を吸い込んだら

鼻腔のかたちがわかる気がした

  雪玉は大きくなって園庭の肌を剥がした 大きくなった

わたしは大きくなりました

それから肺のかたちになって

  飲みこめばホットミルクは胃のかたち

白い羽毛に覆われたような原っぱは

どこにも寄りつけない居心地の悪さを抱えて

  あるんだよ雪にかじかむ手の中に家系図みたいな血管が、今

  細い細い水路をけれども一枚の葉が流れゆくように、たしかに

  息を吸うわたしの肺にあるんだよ空洞みたいな原っぱ、白い

  画用紙を一面黒く塗りつぶす透明な時間があるんだよ

 

園長室に掛けてあるおじいちゃんの油絵は

冬の港を描いていて

わたしにはそれが冬の港だと

わかる

わかるんだ

(千種選)(堀田・野村選外佳作)

 

 

さいと恩寵

 

朧げな陽が差す都市で

さきほどすれ違った女は三回前のわたし

今捕まった男は七回後のわたし

三十面の賽が示している

どれもわたしだと

 

 

当事者でないことなど一つもないはずが

隔てられ遮られあらゆる報せは遠く

頭に響く糾弾によって

実存に覚える罪の意識

 

 

痛みから逃れるべく

張り巡らされ囲まれている

どこへ流れゆくかしれないパイプに

耳を押し当てれば歌は聞こえる

 

 

あきざーごー示、どざーけ望ごーざーれぬものがごー寵とあり

 

 

調べは絶え絶えで

再び耳を欹(そばだ)て聞き入る

 

 

ざーらめも啓ごー、どれだざーぞんごー得らざーものが恩ごーざー

 

 

通り過ぎるひとりびとりが奇矯なものを見る目を

瞬間、逸らす

意志も意図もなく出目の違いに過ぎないのに

 

 

ざーごーざーごーざーごーんでもざーれぬものがざーごーとあり

 

 

痛みは収まらず

酷くなるばかりの騒音にその場を離れ

頭の靄を払いながら家路につく

 

 

身に余る幸福を享けるもの

耐え難い不幸に打ち拉がれるもの

その差異が生まれたのはそれぞれのせいではない、はず

 

 

下水が濾過され川を経由しその名を海へと変えるころ

あなたの下でやわらぐ痛み

安らかに眠る幸福で

溢れるわたしに囁く声が

 

 

 諦めも啓示、どれだけ望んでも得られぬものが恩寵とあり

 

 

届いた

(千種選)

※一部原稿を再現できない部分あり、縦書きを参考ください。

 

 

冬至祭

 

北の国の冬は日の落ちるのが早い

一年でいちばん夜が長い日、学校も商店街も工場も役場もおやすみで

街中はランタンやひいらぎ、たくさんの花でかざられる

 

街外れにあるみずうみからのぼる霧はしずかに流れ、街全体を満たす

まだ正午を少し過ぎただけだけれど 陽が傾き、もう薄暗い広場に

出店が立ち 篝火は焚かれ 音楽家たちが冬至祭の音楽を奏ではじめる

広場には人々が集まってくる

(ほら見てごらんあの子だ)(冬を終わらせる)(春をひらく)

 

父と母に連れられて来たずっと幼いころの冬至祭は

外が暗すぎて 篝火やランタンが明るすぎて ただ怖いだけだった

篝火がおばけのように見えて いつも泣いて、家に帰るよう母にねだった

火の周りで踊る大人たちも 飾られた花も氷像も雪像も 悪夢のように怖かった

 

追いかけてくるのだ夢の底にまで白一色の冬のおばけたち

どこまでが記憶だろうか雪のなか炎は花を灰にするけど

 

わたしは恋人と手をつないで氷の彫刻を見てまわった

氷でできたドラゴンやユニコーン、ライオンや孔雀はつめたく立ち

ランタンや篝火のあかりを浴びてつやつやとまたたく

風はないけれど空気はきんと冷えていて 

こまかな雪がちらちらと舞い落ちている

 

深く吸えば鼻の内側凍りつく冷気だ、きみと手を触れあって

満天の星だと言えば降りかかるそれは花びらそれは歌声

 

(ほら見てごらんあの子だ)(冬を終わらせる)(春をひらく)

 

ここに死は終わり 生が始まる

 

恋人を見上げると 彼は泣きそうな顔をしている

悲しくはないのよ 怖くもないの

わたしは背伸びをして恋人の頬に口づけ 抱きしめた

悲しくないよ 怖くもない

恋人はわたしを抱きしめ返し、ささやく

ただ とてもさみしいんだ

 

オルゴール壊れてゆくよたまご抱くようにふわりときみをいだけば

 

踊ろう

友達がわたしと恋人を 篝火の周りの踊りの輪に誘った

踊ろう 踊ろう 

踊りの輪は軽やかに回る

 

わたしたち夜を踊るわ頬も髪もミルクのような霧にぬらして

極夜。でもきみの口調のしずけさと粉雪舌に捕らえるあそび  

 

雪と氷で足を滑らせないように

冷たい空気で肺を傷めないように

冬至祭の踊りはゆるやかだ

わたしたちはやわらかくステップを踏み 

手を打ち鳴らし くるりと回る

 

(ほら見てごらんあの子だ)(冬を終わらせる)(春をひらく)

 

ここに死は終わり 生が始まる

この夜は特別で一度しかないから

歌おう 踊ろう 祝おう 暗い星空の下

 

夜も更けたころ わたしたちはみずうみへ向かう

世界一しずかなパレードとして 

ひとりひとつ 冬薔薇の花束を抱き 

わたしたちはみずうみへ向かう

 

雪は凍っていて

わたしの足は雪に沈まず、ごく浅い足あとだけがつくだけ

まるで重さのない生きもののようだ

 

かわいそうに 恋人は泣きどおしだ

なぜ泣くの わたしは春になるだけ

泣かないで わたしは春を呼ぶだけ

(見てごらんあの子が)(冬を終わらせる)(春をひらく)

人々は花束を岸に停まった小舟に投げ入れるけど

恋人は雪の野にうずくまってしまった

 

火のように泣く、という比喩 泣きじゃくる背中に胸を重ねたかった

花束を抱く恋人がさめざめと花そのものになる夜の果て

それはもう祈りじゃないか果てしない雪と氷に喉をさらせば

 

最後は凍ったみずうみに舟を出す

舟のランタンに火が灯される

白く塗られ、花とリボンで飾られた小さな舟

みずうみの氷の上をすべって行ける舟

 

大人のひとりが クリスマスローズで編まれた花冠をわたしにかぶせた

別のひとりが、わたしが小舟に乗りこむのを助けてくれる

恋人を探すけれど たくさんの人に紛れ、もう分からない

何人もの友達がわたしの額に、頬に 順番にキスをしてくれた

(おめでとう)(おめでとう)(おめでとう)

(見てごらんあの子が)(冬を終わらせる)(春をひらく)

わたしはみずうみを、それから星空を見た

 

掛け声の後、大きな力に押され舟は岸を離れた

小舟は氷の上をすべる 薔薇の花束とわたしとを乗せて

 

わたしの白いドレスに 青いサッシュベルトに

羽のようなヴェールに

結晶のままの雪が降りかかる

 

冬至祭の歌をわたしは小さく歌う

(見てごらんあの子が)(冬を終わらせる)(春をひらく)

ここに死は終わり 生が始まる

 

わたしはセイレーン

わたしはローレライ

わたしは もう人でないもの

わたしは もう人でないもの

しばらく氷の上をすべると、舟は細かい氷まじりの水に達した

ふりかえると岸はもう遠く、ひかりだけがぼんやりと見える

 

ふいに笛のような澄んだ音が聞こえた そして水を打つ音 

鯨だ

――鯨?

それは鯨だった

舟のランタンのかすかな灯りに 黒い巨体がつやつやとひかった

舟が大きく傾く

鯨はわたしのすぐ横をゆっくりと横切り、ゆたかな体をうねらせた

跳ね上がった水がこまかいしぶきとなり

しぶきは氷の粒となって、わたしの頬を打った

ホォォォォォォとかピィィピィィピィィとかいう ふしぎな鳴き声

 

鯨はひとしきり舟のまわりを泳いだあと、また水にもぐっていった 

舟は大きく揺れ、そしてすこしずつ凪いでゆく

ぐるりと見まわしたけれど もうどちらが岸か分からない

 

ここに死は終わり 生が始まる

明日から街は、春に近づく

わたしは冬を終わらせる 春をひらく

わたしは冬を終わらせる 春をひらく

 

夜をくぐりぬけた額よ カストルとポルックスのようにつめたい

守られていたことだけがひとしきり水面にひかるような夜だった

行きなさい 雪には音のないことを次の生にも覚えているわ

花びらが氷霧にふれて凍るのも春への予兆だと思うから

 

ここに死は終わり 生が始まる

わたしはいつまでも鯨が戻ってくるのを待った

(野村選)

 

 

「水棲の石」は横書き不可能なため縦書きのみ。

 

 

三詩型鼎立部門

 

短歌「誤配」俳句「夏の果」自由詩「昼肉/夕骨」

 

短歌「誤配」

 

落ちたのはホイップクリーム 戦争はいつも糖度にまみれていたね

全身の皮膚を雨垂れの撃つようないたみがつつむ 快晴の日は

君いつもトルコ語を言っていたのか「背に背びれある」って魚みたいで

渋滞は海までもつづく 免疫はヒリヒリ疼く風を起こして

庭のすみの深くへ犬を埋めたあと果樹を植えたいできれば亜種の

おとなにはなりたくないと言ったあと凪の海面へタバコをほおる

怪談に出てくるような鏡にはぼくは映ってぼくはいなくて

届いたと思わせといて郵便は南洋あたりを浮かんでいたさ

銀河とかを測る単位で君とぼくはポッキーゲームをしているようだ

泳ぎたい鳥と飛びたい魚いて誰かと話したいヒトがいる

 

 

俳句「夏の果」

 

人類のはじめての語や風薫る

青梅や過去を消されし万歩計

さぼてんのはな腹筋を響かせて

世界線aからbへ平泳ぎ

ひまはりや数式はみな空を描く

さみだれの川へ刻みしパスワード

星座より一列に降る兵士蟻

ジキタリス麒麟の意味を知りかけて

音階を目玉の昇る雲の峰

ヒトの世の終はりの南風やラヴソング

 

 

自由詩「昼肉/夕骨」

 

肺を海があふれて

のどは星屑に詰まる

山にもうひとりぼくがいれば

ダイジョーブだよ

って言っただろう

羊歯の声音で

 

札束を紙切へ

書き換える仕事のコツは

未来を忘れる夜

過去を編みだす朝

準優勝は優勝じゃないのに

準社員は社員で

歩き鯨の汗は

砂へ置き換わる

浜辺の国が

波に崩れるのを

夢に見ていいのは

何世紀後の晩夏

人新世のさざ波

 

骨を肉が覆わず

肉が骨をかたちづくる惑星で

焚き火も

数式も

膜でしかなかった

太陽系軌道の

日々のずれを

目尻をつたう水がごまかす

海へ還るまでが遠足なら

玉葱はおやつにふくまれた

 

水溶性の管楽器

夕焼けは惑星の

    肋骨だ

(千種・野村選)(堀田選外佳作)

 

 

自由詩「初期衝動」 他

 

短歌

 

溌剌の球蹴る朝のグラウンドカルト常套手段と知って

名も知らぬコピーライターこそこそこそ暗躍したる国民詩人

地下鉄の可憐なあのこあの口で某J(こく)・(て)R(つ)と繋がっており

地下室の書架と初夏とに挟まれてしおりとなれば空も舞えたか

空間のある限り這い回るしかなく行きずりのケーブルと穴

アーケード、チェーンの店が少しずつ違って地方(こ)都市(こ)は平行世界

ユネスコの幹部口角泡飛ばす地球最後の電話ボックス

古書店の棚に逐一蹲踞して彼岸で森がひとつ生まれる

それぞれの人生なぞりあうだけの人生なぞりあって一日(にちぼつ)

発音の悪い私の英語とはZoomの途……途…………「声」

 

 

俳句

 

白靴やどこから砂はおいでませ

春の水糞りて石塗る画伯かな

学歴の割礼うけて水温む

爪切りをくすねて早し震災忌

耳敏し猫に揚げ芋せがまれり

膣と土持ちつ持たれつ蚯蚓鳴く

地震雷火事露西亜ノ殺シ屋

柿の種蒔いて注ぐる海光

自撮りし子ワレとつぶやき一葉落つ

刑務所のムショに椋鳥たちの黙

 

 

自由詩「初期衝動」

 

朝 蜘蛛膜下出血が終わったあとの、清々しいというほどではない静けさが心地よい

むかしの性行もどきが思い出されてきて(むくむくむく) 

脳汁予測変換でハートマークのスタンプが出てくる出てくる

朝 これでよかったっけ?

「それはそれとして」6ミリ罫のB5ノートはクラシカルだ

朝の鉛筆はこそばゆいしね 暮らしを軽くする ←企業のコピーみたいだ

文字は冷たいから、それまでにからだを冷ましておかなくちゃ

ひとの手から放たれることなく、あらかじめ離れていることば

 

WCのジャロジー窓に凝(ガン)視られる、歩く事実陳列(罪)──第一部 人間の生態について──が、パンプスで露どもを軽くいなしていく

そうか、米を頬張っていてもいいのか

計略めいた糾弾は断固反対だ

《初期衝動を思い出せ!(ナニの)

ホッキ貝をラの音に調律して開始する

ボワァ~とはならない ファンファンファンと鳴る

奇しくも潮間帯で黄金が涌くときと同じ、聖域の

ぬるっぬるいっ おかしくなっちゃうくらいぬるっぬるいっよ

それにぶつかる

ホッキ貝は小リスさながら薫愛される

だからおちゃらけて

しまった!(しめた!)

シの音(が鳴る)

ホットラインが貫通した決定的瞬間(死語)だった

 

全身が肉になりかけている

本当に文字通り、首の皮一枚のところで肌であることができている

あるいは、首ではなく陰茎の皮一枚

あるいは、定義上ズル剥けではないというだけで、もはやそこに肌はない

あるいは、肩代わりしている

これも文字通り、肩の代わりをしている

あのお肩、晩年の左翼手のお肩

傴僂のお肩

がめくれる、がめくれる

英語風に言えばディスカヴァー

サイエンスが、マスが、わたしの肌をめくっていく(彼らにとってそれは単なる果実の皮)

身長175センチ、体重53キロの歩く事実陳列罪

 

事実を陳列することが悪だとは限らない

ノン事実を陳列しないことが善だとは限らない

だが、

それにもかかわらず、

であれ、

とりもなおさず、

とりわけ、

くわえて、

また、

くわえて、

あるいは、

くわえて、

であるがゆえに、

くわえて、

いっぽう、

くわえて、

たほうで、

くわえて、

くわえて、

くわえて、

清掃者がすべてを攫っていく

それが仮象だったとして

ホッキ貝はどこまでも、裏表紙までも晴れやかだった

 

細工は流々、仕上げをご覧じろ。

念入りに鉛筆をトキントキンにして

初期衝動継続時間を清書する

ジャロジー窓はまだ、事実陳列(罪)──第恥部 鳥の歩行、あるいは奉仕について──を玩味している

博士もまた要点をまとめて飛び降りる

(野村選)(千種・堀田選外佳作)

 

 


第9回詩歌トライアスロン

2023-01-07 13:14:14 | 日記
今年も実施します。
 
第9回詩歌トライアスロン
●第一部門 詩歌融合作品
短歌・俳句・自由詩の三詩型の内、二詩型か三詩型の要素を含んだ作品が応募対象になります。
●第二部門 詩歌トライアスロン
 
短歌10首・俳句10句・自由詩1篇から成る独立した三詩型が応募対象となります。三詩型すべてが揃っていないと、一詩型でも欠けていると対象になりません。
基本各1作品を受賞作に選びますが、各部門該当作がない場合、または複数選ぶ場合もあります。
各部門複数の応募は可能です。
 
締切 2023年3月31日(月)必着
選考委員 千種創一・堀田季何・野村喜和夫
応募は以下のアドレスにお願いいたします。
masami-m@muf.biglobe.ne.jp
主催 詩歌梁山泊
 
※原則として、縦書きのWord文書の添付でお願いいたします。
※5か6月に公開選考会を予定しています。
※応募多数の場合は第一選考を行います。
※受賞者には「詩客」での隔月の連載を1年間(6作)お願いいたします。
 
過去の受賞者
第1回 中家菜津子
第2回 横山黒鍵
第3回 亜久津歩
第4回 戸田響子
第5回 山川創
第6回 井口可奈・沼谷香澄
第7回 草野理恵子(融合)・斎藤秀雄・未補(鼎立)
第8回 豊田隼人・さ青(鼎立)

第8回詩詩歌トライアスロン 候補作

2022-08-01 23:57:00 | 日記

第8回詩歌トライアスロン

 

三詩型融合作品

候補作

 

遺駅

 

 

さかむけの駅を保護する

港は遠くて、役立たず

霧の流れる

店は黒を売っている

入り乱れる、時

浅はかな 顔

よしたほうがいい

列車が直に出る

 

誘われる遠浅の霧芬々と 見て、いつも通りに列車は出ている

 

遺稿を抱いている

地面を掘り返して

大きくなれよと

霧片を敷く

駅前から

走ってくる

人々の額に

おかしな話が

添付されている

夜、

感情は原稿用紙一枚だった

 

遺志を走らせる列車のぼんやりにおでこのような駅舎のかたち

 

意識が霧のような音で

崩れていく、

山間を走る列車の

つまびらかに

叫ぶ

カーブに差し掛かれば

先頭車両の醜態が

音に隠れているのが見える

気おくれした人の名前

ハンドリテンの

文章は

紅かった

冒頭の名前だけで

価値が高い

そのうえ相関図をつくってもいい

色。

 

山間に狭霧を叫ぶ一号車

 

聞きそびれた

わ、

プラットホームで

誰かを見失う

他人を発表する

わな、

蝸牛の口角

似たような声が

ラジオから

聴こえた

わなな、

見世物になった

人を

助けたいと思った

強欲になれない男は

ひとりで

生きた

その名前を

わななく、

遺したものが

どこかに

埋められている

(千種・野村選)(堀田選外佳作)

 

 

 

戯れに

 

 

(千種・堀田選)(野村選外佳作)

 

 

 

おとうと

 

 

犬のように寒い

芯まで白化した月が浮かんでいる

おばけみたいだ

ずっとずっと昔に死んだ

星のおばけ

 

冬はきらいだ

嫌なことは、たいてい冬に起きた

じいさんが死んだのも 〈雪の日の祖父の決して食わぬビーツ〉

初めての恋人と別れたのも 〈神は居(お)らず山手線を見送った〉

バイセクシャルの女の子が自殺したのも 〈クリスマスツリーのひもに首くくり〉

犬が散歩中に逃げ出したのも 〈凍蝶や死ぬ自由喰われる自由〉

猫を車で轢いてしまったのも 〈冬銀河なにも殺したくなかった〉

 

みんないなくなってしまった

だけど、もう

寒さと白さでどうでも良いんだ

 

おとうとがいた

何をするのも一緒だった

どこに行くときも俺のあとをついてきたし

なんでも俺の真似をした

自転車の乗り方を教えてやった

二人で橋を渡って川向こうの町へ行った

つつじの蜜を吸った 〈躑躅(つつじ)吸ういずれ骸(むくろ)となる躰(からだ)〉

セミの抜け殻を集めた  〈空蝉やおとうとに来(こ)ぬ声変わり〉

排水口に磁石を垂らして、コインを拾おうとした 〈遺灰から銀木犀の梵字拾う〉

雪に小便で名前を書いた 〈リインカネーションに立ちションした罪で〉

俺が近所のぼろぼろの宿舎に石を投げた

窓ガラスが割れた

あとでバレて、めちゃくちゃに怒られた

親に連れられて謝りに行った

あいつには、悪いことをした

 

悪い癖ばかり真似する弟の書く字が綺麗で泣きそうになる

 

あいつが悪い人間と付き合い出したときは

何度も縁を切るよう忠告した

だけど、無駄だった

おとうとが問題を起こすたびに

両親はたっぷり一年分は老けた

あいつは高校も卒業せずに家を出た

俺は大学の卒業と同時に家を出た

両親はもう、死にかけの老人だった

実際、一年もしないうちに仲良く揃って死んでしまった

それも冬だった

 

それで

やっぱり冬の日のことだ

寒かった

雪も降っていた

一体どこで聞いてきたのか

あいつが俺の住んでいるアパートまで来て

金の無心をした

俺はあいつの

その野良犬のような卑屈な目が

どうしても許せなくて

何も渡さずに追い返した

それこそ、犬を追っ払うみたいに

あいつの目に

一瞬寂しそうな光がさしたが

あいつは何も言わずに

雪の積もる路地裏へと

消えていった

 

野良犬の尿(いばり)や雪に無の打刻

 

それが最後で

もうそれきりだ

そのあとすぐ

あいつがつまらない喧嘩をして

野良犬のように

野垂れ死んだと

役所の人間から連絡があったのは

まだ春になる前だった

雪は溶け切っていなくて

フキノトウが

ちらほらと顔を出していた

 

ハルモドキ 星の行方を追ったまま帰ってこない弟が居る

 

あいつの目に

俺の目は

どう映ったんだろう

あいつの月のような

悲しい目

それに映し出された

俺の、氷のような冷たい目

ああ、その日から

目が渇いて仕方ない

ずっとずっと

犬のように寒くて

骨の髄まで化石になってしまったようだ

 

どこへ行くどこへも行けぬ冬北斗

 

冬はきらいだ

嫌なことは、たいてい冬に起きる

次の嫌な知らせも

きっとこの冬にやってくる

(堀田選)(野村選外佳作)

 

 

 

うたう覚悟について

 

(堀田選)

 

 

 

 

 

 

選外佳作

 

「秒針」 遠音

 

 

わずかにうねる細道のまなかの指に舞い降りる白のざらつき

 

遠い陽をとじてとぽりとぽり歩き出していけば

公園の下の象は身じろぎ

平らな周回は果てしない坂道に傾いてゆく僕は

靴の減りのままに生きてきたから

鳴き出す前に死ねるだろう

安心して背骨の溝をひとつ

ひとつ越えていけば

左手首の外側がきしきしと縒れて

ゆく意識の周辺で腕時計をまさぐると

秒針が震えて

凍えて

いた

短い指の腹でさすってやる

時間がひっかか

ているうねる

冬のきびすが立ち去りかねて

こちらをふり返る

気づかわしげに見つめられて

いつかのぼたん雪のやわらかさが左手をかすめる払い落とす

象が

風が

起きてしまう前に

踏み出せば枯れ木が身震いをしている

こらえ切れなかった隣の木もその向こうの

木も震え上がり皆次々に花を吐き出してゆく

 

目を伏せて花の津波をくぐりゆく

 

象はまだ

また

鳴かない

なにも信じていないのに

祈りの拳を解くことができ

ない渡りきれるようにすり切れ

ないようになんども何度も踏む象のはらわたを太ももが

きしむわき腹がよじれる僕は

 

鯨の噂象の身じろぎわたつみの鎮まりきらず花はたわわに

(堀田選・野村選)

 

 

 

寄宿学校 さとうはな

 

 

こころよ。手放すときにたましいはつめたくなるね 永遠のあかり

 

わたしたちは鐘の音で目覚め 朝のお祈りをする

寄宿舎の寝室はうつくしい言葉で満たされていく

      

       天にいますわたしたちの父よ

       御名が聖なるものとされますように

 

わたしたちは連れ去られ、言葉をうばわれた

あたらしい言葉でわたしたちは、祈り 食事をし 勉強をして 神さまに感謝をする

 

あなたたちは文明化されなくてはなりません シスターは言う

 

シスター ポリッジをちょうだい

ここはとても寒いの

 

もとの言葉を使うと棒で打たれるの 石鹸を食べなくてはならないの

わたしは もとの言葉もほんとうの名前ももう思い出せないけれど

 

So called, Cultural Genocide.

 

ときどき、ママと暮らしていたティーピーを思い出す

水牛の皮でできたティーピーは、夜には風の音が聞こえた

部族の大人達の歌も聞こえた

ここで夜聞こえるのは、子ども達のすすり泣く声だけ

 

御国が来ますように

みこころが天で行われるように、

地でも行われますように

 

They believed that they were bringing civilization to us who could never civilize ourselves.

 

太陽のおどりを踊って メアリーは打たれた

大きなこわい人が来て メアリーを何度も棒で打った

 

罰と、悔い改めだけがたましいを救うのです シスターは言う

 

血を吐いてメアリーは死んだ

シスターはメアリーに水色の服を着せ ちいさな棺に入れた

わたしたちは棺を教会の裏庭に運んだ

 

       わたしたちの日ごとの糧を、今日もお与えください

      

メアリーはほんとうの名前を教えてくれたことがある

メアリーのほんとうの名前はアポニ

だけどお墓に名前は刻まれず 灰色の丸い石が置かれただけ

 

花びらになれない生の終としてあなたはたったひとつの棺

 

裏庭を歩き回ってはいけません そこは天国に通じる道

花かんむりを作ってはいけません それは死者のための王冠

 

もとの言葉を使うと棒で打たれるの 石鹸を食べなくてはならないの

 

うつくしい花をえらんでかんむりを作った遠い春の祝祭

 

       わたしたちの負い目をお赦しください

       わたしたちも、わたしたちに負い目のある人たちを赦します

 

死んだひとのたましいは天国にいくのです シスターは言う

棺のなかの子どもたちはみな 幸せな天使のように見えた

私達は天国で皆、神様の子どもとなるのです シスターは言う

 

鳥のように飛んで逃げたい 

病気で死んだサラは言った

鳥なら遠くまで行ける 柵をこえて 雪原をこえて 森をこえて

飛んでいける

ママや 部族のみんなが住むところまで

 

凍河とは果てのない闇 前のめりのたましいのまま飛ぶかわせみよ

 

シスター おくすりをちょうだい

ここはとても不幸なの

 

もとの言葉を使うと棒で打たれるの 石鹸を食べなくてはならないの

 

もとの言葉を忘れたわたしは

自分がなにものであるかもわからなくなって

舟なのか 鳥なのか 雪なのか 棺なのか 水なのか

もうどうだっていい

 

シスター おくすりをちょうだい

ここはとても不幸なの

      

       私たちを試みにあわせないで、

       悪からお救いください

 

ママ、ママ、どうかわたしたちを忘れないで

わたしたちがわたしたちの言葉を忘れてしまったとしても

わたしたちがわたしたちの名前を忘れてしまったとしても

 

記憶とはひかりの中の 常に火と地平線とを見つめ続ける

 

Thousand of unmarked graves of Indigenous Children are found in plain.

(堀田選)

 

 

 

銃器の丘にて あさとよしや

 

 

ずっしりとしたテクスチャー 柩の列なる幹線道路

ためいきが固形になって棚引き暗雲 もう百年

一世紀近くも戦い続けている

 

まさかとはおもうけれど、遠のいている? ツキが……

(そう、あるい太陽も)

奇跡も? (偶然も)

 

まちかまえ 銃器の丘で 先手打つ君の手にある 九十九式短小銃

 

すみません!

本日は、別件で読書会の参加が難しくなってしまいました

来月の参加とさせてください

よろしくお願いします

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必然のままに傷つけ合う腐れ朽ちた肉魂と罅割れた骨

まわりがどんなにビルディングの建設ラッシュでも

止まない戦闘、銃器の丘の攻防、いつまでもいつまでも

 

このままでは夜明けはやってこない

(ツキも顔を出さず)

奇跡も起きない

(偶然も)

必然のまま

(永遠)

(野村選)

 

 

 

「秒針」 遠音

 

 

わずかにうねる細道のまなかの指に舞い降りる白のざらつき

 

遠い陽をとじてとぽりとぽり歩き出していけば

公園の下の象は身じろぎ

平らな周回は果てしない坂道に傾いてゆく僕は

靴の減りのままに生きてきたから

鳴き出す前に死ねるだろう

安心して背骨の溝をひとつ

ひとつ越えていけば

左手首の外側がきしきしと縒れて

ゆく意識の周辺で腕時計をまさぐると

秒針が震えて

凍えて

いた

短い指の腹でさすってやる

時間がひっかか

ているうねる

冬のきびすが立ち去りかねて

こちらをふり返る

気づかわしげに見つめられて

いつかのぼたん雪のやわらかさが左手をかすめる払い落とす

象が

風が

起きてしまう前に

踏み出せば枯れ木が身震いをしている

こらえ切れなかった隣の木もその向こうの

木も震え上がり皆次々に花を吐き出してゆく

 

目を伏せて花の津波をくぐりゆく

 

象はまだ

また

鳴かない

なにも信じていないのに

祈りの拳を解くことができ

ない渡りきれるようにすり切れ

ないようになんども何度も踏む象のはらわたを太ももが

きしむわき腹がよじれる僕は

 

鯨の噂象の身じろぎわたつみの鎮まりきらず花はたわわに

(堀田選・野村選)

 

 

 

未知の水 ケイトウ夏子

 

 

飲み終えたばかりのエナジードリンクには

最後の一滴はあるのかないのか

確認するごとく傾ける仕草で

覗き込む

(縁取るペンを手に入れる)

さわさわと底の方から響く

風は目を潤したのでしょう、

 

コンタクトレンズ外した瞳へとうつほの息継ぎほつほつ届く

 

昨日も今も月が出ているという

「細い月だ」という伝聞を受けた

窓辺に立つ

ごつごつとした岩の雲が一つ前の景

疲労を宿した瞳の奥から日が暮れる

 

明るさを容れる器はありふれて最後に見つめる己の指紋

 

ねじれの位置にある人生訓を繋いでいく旅で

進化した、鈍麻した糸を見せてもいいですか

懐き始めた動物の毛並み

ここにあるものとして撫で続け

紡ぐ未知の水を溜め

暮れる、影として

 

もうじき両足の間に引かれた日付変更線が色付く

(野村選)

 

 

 

はたらくひと 星野珠青

 

 

打刻機は動作不良や多喜二の忌

 

わたしが雨に打たれるとき

体温はじわじわと奪われるのに

「耐えてくださいね」と言われる

何も感じてくれない 何も伝わらない

どうしてあなたには何も届かないの

 

江戸川をまたがなければ稼げない日々に見合った夢が足りない

 

僕が世界に苛つくとき

神様に歯向かってやりたいのに

「従ってくださいね」と言われる

何も見てくれない 何も信じようとしない

どうしてあなたには何も届かないの

 

あれは星、じゃない飛行機、僕はただ誘導棒を光らすだけの

 

俺が怒りを諦めるとき

激しい耳鳴りがしているのに

「ミュートになってますね」と言われる

何も聞いてくれない 何も響かない

どうしてあなたには何も届かないの

 

支給されたのり弁にメーデーの陽射し

 

使うひとには使うひとの正義があり

使われるひとには使われるひとの矜持がある

解り合えないことは悲しい

釣り合わないことは苦しい

それでも

今日も働いている

〈自分は価値のある人間なんだ〉と

自分を騙し

社会に騙されながら

今日も働いている

 

あなたが他人(ひと)の感情を削ぐとき

瞳は濁りを増してゆくのに

「任せましたからね」なんて言う

何も知らない だけど 知りすぎてもいけない

それにしても どうして

あなたには何も届かないんだろう

 

我々に通じることのない語彙を集めて作る就業規則

(千種選)

 

 

 

そこらの石 もちゅ

 

 

そこに石があった

佇むそれは動じない

(我は強くない、そう見せているだけ)

 

ここにも石がある

近すぎて見えなかった

(まるで空気のような扱い、失礼だ)

 

春光 石に照らすは 希望のみ

 

どこに石がある

わたしが飲み込んだ

(その石は、どこへゆく)

 

苦塩よ そこに石あり 飲み込んで 哀しみだけは 苦しみだけは

 

あそこにあるのは石かおまえか

(石にも心がある、わたしは知っている)

もうどうにでもなれと思ったが動けない

(千種選)

 

 

三詩型鼎立作品

候補作

 

俳句「舞台」短歌「楽器」自由詩「本当」

 

 

短歌十首「楽器」

 

ポケットをたたけばいつかのハンカチと付箋がふたつあらわれて春

もうずっと寒かったんだ 荒れた手が荒れたまんまで暦をめくる

女の子座りできないめくるめく夢を裏切りながら生きたい

サックスと呼べば呼ぶほどごきげんな楽器のように空色が来る

ベーシストみたいな髪の美容師が語ってくれるウクレレのよさ

カーステで聞いてた曲がスマホだと別物みたい それぞれに好き

昨日まで聞こえなかった歌詞がありそれが聞こえたときの夕焼け

葉桜のひかりのようによろこんでone of themのままここにいて

さかさまに開くポピーのスカートの、これ見よがしに幸福になる

忘れ物して折り返すその道を踊りに変えていく心意気

 

 

俳句十句「舞台」

 

留め金のすぐに外れて散る桜

鶯の谷渡りキャラ付けは死ね

青き踏む踏んだところを舞台と呼ぶ

風薫るわたしはカレー混ぜない派

ばらのばらオスカルを追い越していけ

いつ着ても若草色のカーディガン

TWICEの布を増やして山滴る

強くなる必要はない風は死んだ

フラペチーノは夏の季語 ○か×か

踊るのに許可のいらない国の夏

 

 

自由詩「本当」

 

どうやったら外国語が話せるようになりますか、

と聞かれて、

アイドルでも俳優でもいい、

好きな人にインタビューする場面を想像しましょう、

と答える。

もっと当たり障りのない答えをいくらも持っている、

でもわたしはそのようにして口を慣らした。

好きなことや本当にしたいことは

どんどん言葉にしなさいと聞いたのはいつだったかな。

銀色は銀河の色、

たぶん異国の銀行の色。

ぼら、

と唱えれば、

紫色の魚がわたしをのぞき込む。

黒はあなたのまなざしの色、

今この瞬間もっとはまっていく、

というのはよくある歌詞で聞き覚えた。

そのように口から心に住まわせた色いろと、

好きな人たちのまぼろしの中から、

ある日ひとりの女が目の前のテレビにあらわれたのだ。

短い髪にまるい顔、

紙吹雪を自分で引っつかんでばらまいて、

長いスカートをひるがえして踊る彼女を見ていたら、

あ、なんでだか涙が出そう。

たぶんわたしもこんなふうに踊りたかった、

この腕、この脚、この体、

ぐるぐると歩いてきた道を、

全部まとめてよろこぶように。

わたしの夢、夢にも見なかったような夢を、

わたしの代わりに本当にする人がいる。

つられて伸ばした手さえ踊りのように思えて、

つま先で床を押してみたら、

お、

(踊れる?)

(踊れる!)

短い髪が空気をつかまえる、

着慣れたスウェットの裾だって、

脚を振り上げれば衣装のよう。

ずっと心に住まわせて、

口を慣らしてきたまぼろしが、

今わたしを踊らせていく。

わたしはわたしの体をこうしてよろこぶことができるのだ。

飛び跳ねて飛び跳ねて、

まだ彼女のまなざしは黒く深く、

今この瞬間、

さらに色いろを湛えてわたしを見る。

(踊れる?)

わたしは答える、

覚えた言葉を全部使って、

踊れる!

(千種選)

 

 

 

自由詩「測量船に寄せて」他

 

 

短歌

透明なこころの描く十牛図ぐるりぐるりともどれよここに

「わたし」という一人称など消えてゆけただ一筋の架け橋となれ

境界線とらわれていた境界線崩れろはやく走れよはやく

「絆創膏 キズをやさしくガード」しかし傷に優しく触れろよ君よ

ローレライ調べと共に鎮めるか うらみくるしみしっとよくぼう

ひとつの現象その中で交錯せよおんがくことば火花をちらせ

シューマンの調べにつれてほろほろとこぼれていくよなひとつのおもい

旋律の輪舞の中におぼれゆくトランペットと響きと轟

五線譜の枠の中からあふれだすこの光芒の渦のまにまに

つよき聲たけだけしき聲鬨の聲そちらではないやさしき聲を

 

 

俳句

米を研ぐ爪をみつめて五月闇

路地裏の幻なれや罌粟坊主

ひとおもういたみひかりも梅雨の星

木耳食む仔猫の耳を憶いだす

父の日やスマホ見つめて三時間

なにもかも浄まるがよい夏祓

ぐるぐるり茅の輪のメビウスを描く

禊とは何に対して午前五時

心流す形代流すわれ流す

あと半分水無月祓空見上げ

 

 

自由詩「測量船に寄せて」

 

透明な階段などない

透明な階段などなかったのだ

 

外壁にもたれかかり

 雫は垂れるばかり

 雫は零れるばかり

力なく両手はだらり

 

ただこのままにこのままに

    嬰ヘ短調の憂鬱に

 

ただこのままにこのままに

   ゆらりゆらぐ輪郭に

 

  このままに

ただこのままに

(千種選)

 

 

選外佳作

 

短歌「あいうえお順」俳句「大人の話はつまらない」 自由詩「だいじょうぶ」  髙田祥聖

 

 

短歌「あいうえお順」

不登校なれども名前を呼ばれけり青木に席がまだある限り

ユニコーンの角を卑猥と言う伊勢の目に映るものみな卑猥かな

トイレットペーパーの芯積み上げる鵜飼に誰も何も言わない

江頭と名字で呼べばキレるからキレるまで呼ぶその様式美

及川が吹奏楽部を辞めたこと誰もがそれを尋ねないこと

似たような後ろ姿の神﨑と木崎の影が鏡に映る

空気抵抗ゼロの倉田が描き上げた素描に残る指紋いくつか

うつくしきものの一つに剱持のはらぺこあおむしみたいな眉毛

早弁後小宮は光合成をする瓶底眼鏡を頭に乗せて

乙女座が最下位の日の斎藤の虫の居所にありし乙女座

 

 

俳句「大人の話はつまらない」

楊梅や牛乳を初潮の日にも

無垢の歯の無垢に竜灯痛からう

抽象銀河ヒトにまだ眼はありますか

ルッキズム花野を行くために眼鏡を

露は露食うて太るや人の真似

秋は夕暮れポッケ片つぽ出したまま

男の子みな隙間風飼つてゐる

血を与へ冬蚊の姉となりにけり

リボンいな愛の日のリボンでありぬ

ヰタ・セクスアリス鶴去りてこれは誰の

 

 

自由詩「だいじょうぶ」

 

咳が止まらなくて

君がだいじょうぶって訊く

 

歩くのが遅くて

少し先で

君がだいじょうぶって訊く

 

だいじょうぶ

だいじょうぶ

 

だいじょうぶだよ

そのためのくしゃみでしょ

(千種・堀田選)

 

 

 

自由詩「青い珊瑚礁」他  平野光音座

 

 

選択の余地の無きことあざ笑う如くただ走っている矢印

失敗をかさね大人になってゆく大人になってしまった失敗

赤い星ジャズ取り締まる警官の電光石火どこまでも飛ぶ

薄氷池の中から誰か見る一枚千切って呑む椿酒

青空の下の電光掲示板「時間切れ時間切れ時間切

太陽が軌道を変えた電子舞う不可視に染まる空の紫

駄目になるその寸前に匂う水口論をする相手は自分

短夜のアルヴォ・ペルトとスクリャービン池田亮司に雨Petrichor

体言で短歌を止めて何になる油に焼けた歯車を見ろ

薔薇を嗅ぐ海底深く葬式の行列を見る遠雷を聞く

 

 

空域が今年へ滑らかに暗月

ボウイ忌に見るウミウシの図鑑かな

離陸後の不確かなもの春の海

ポケットに雲丹入れており吝嗇である

一二三四五六月病シャーベット

薔薇を喰む雨中の虎の前世かな

白虹や敗戦が追い掛けて来る

強姦由来のDNAなき柘榴かな

大寒やQRコードのような鬱

春兆し男も妊娠する未来

 

 

「青い珊瑚礁」

 

ああ私の恋は南48°49′48±″S,123°19′48″Wの風に乗って

走る179U+2267mphわああ青#4169e1い風切って走れ

あの島から戻るフライトに搭乗した某社会主義共和国の要人女性の医療チームは

都心の高名な大学病院の巨大茶封筒を乗務員に渡したものかどうか協議している

渡された乗務員は彼らに言われるまま封筒や中の資料に印刷された「脳外科」「手術」「50~90日」などの語を黒く塗る

塗ったところで当該の要人には読めない言語なのにと訝しみながら渡された油性マーカー極太で黒#000000く塗る

塗っても塗らなくても時給U+20AC23-35は変わらないので黒く塗る

ファーストクラスの一画を占領した要人はその医療チーム内に自国語を流暢に操る者がいない不便さに憤っている

要人の国では兵士へ4日に1度わずかな肉の入った汁麺がふるまわれる

人間と動物と植物と鉱物の境目があいまい

 

褪せた赤#ff6347い痩せた短髪のウェーブを気にしてしきりに手鏡で撫で付けるものの

後進国ファッションの悲しさゆえ眉毛の色にまで気が回らない

開頭手術にあたり剃髪を許さなかった要人の初老の女心と暴虐なふるまい

自国の貧困にそぐわない贅沢と手の施しようのない病状に失笑する特等個室の担当医師たち

誰かの痛苦のうえで成り立つ快楽こそが本質的な快楽ということを解っているその一点だけで

この要人と私は話が合うかもしれない

あの南の島でうやうやしく渡された指環の石が「人道的に」採掘されたものだと言った恋人に

その場で破局を宣言した私にはよく解る

儀式としての開頭手術は数多ある贅沢品の中ではかなり個性的でよろしい

揺れますよ、危ないからお座席に戻ってという乗務員を突き飛ばしなにか

 

わけのわからないことを怒鳴りながら客席後部までフラフラ歩く要人を誰も止めない

同乗の医療チームの白人たちは座席TV画面でゴルフゲームをしている

戻って来た要人の赤#ff6347かった髪は疲労と焦燥で珊瑚#ff7050色に変わっている

もう誰にも顧みられることのない珊瑚礁

泣きながら私の手を取り多言語で謝意を述べる要人は次の瞬間激しく何か喚きちらし唾を吐きかける

一般概念としてではなく極めて個人的にImminentな死と四六時中対峙するのってどんなかんじですか

周りに特別扱いされても本当は誰も自分への敬意など無いと知りながら不安と恐怖で過ごすのってどんな感じ

さてどのタイミングで誰に見られながらどう訊こうかと画策している

ここで29行

(野村選)

 

 

 

題なし 鳥井雪

 

 

短歌

 

はつなつの自己紹介の罰受けて”海から来ました”あだ名は人魚

この街は山すその街人びとは西というたび山なみをみて

空洞をもつ流木の手ざわりを誰も知らない教室にいる

下駄箱を西日まぶしい黒板を見慣れてゆけば遠のく岬

目の中に海があるの? とのぞきこむきみの鎖骨は白山嶺

きみのこときみと呼ぶとき我のことぼくと呼びたいわたしのままで

こわいのは午後の光の教室のプールのにおいに呼吸する繭

制服にゆっくりと皺ついてゆく抱きあうためにただ抱きあえば

わたしたち友だちだねって確かめて踊りつづけた 泡になりたい

指先に滲む血はすぐ乾くからナイフのことも忘れてしまう

 

 

俳句

 

木下闇抜けて階段降りて海

水着より海したたりて海青し

夏草や簡易トイレの濡れた砂

うずくまる膝に蟻這う夕焼雲

宿題や深くくらげの刺したるを

ザリガニでザリガニを釣るよく釣れる

母泣きてわたしは無力夏の天

遠雷や家出の計画のみ詳し

色ゼリーいいつけ守る子をわらう

無惨にも初潮の来たる夏野かな

 

 

自由詩

 

子どもたちが波へと駆けてゆく

わたしとは似てない速さで

潮騒

波が押しよせるより速く

子どもたちが後ずさって逃げる 笑い声

波がひいてゆく

潮騒

ようやく分かる

なにも再生されない

なにも繰り返されない わたしの日々 ほら 波がくる 逃げて

あのとき滴った血、それから海

海鳥のさけび

すべての

潮騒

すべてのことは

あった 起こった そしてもう 戻らない

太陽が照り返し 幾千の光のひだがふるえる ここで

子どもたちが駆け寄ってくる 膝にぶつかる 笑い声

洗われて転がる巻き貝の殻

白い砂に黒いつぶ

足ゆびの間を

通りぬける

いま

(野村選)

 

 

 

交差 遠音

 

 

短歌十首

 

浮きながら仰いだひかり広がってゆく破裂音ただようザイル

今日も明日も伸ばし続ける指先のガルボハットが孕む谷風

跳び箱を落としてしまい次々にそっくり返るあばら、かしぐ陽

地に顔をうずめてしまう風船の尾を放さないふり返らない

おなかの風が描くメビウス風船がひかり始める大枯野 

僕の子だと言う歳上の子の髪留めの緩みだす逆光のほむら

たまごぼうろこぼすはやさで泣きながらお父さんと呼ぶ子は透けはじめ

シェパードのひとみの黒に映らない君をすり抜けてゆくランドセル

西風も東風も束ねられファスナーが閉じられてもうほどけない繭

定命ハ四十二年逆縁ニシテ順縁ノ産道ガ今

 

 

俳句十句

 

陶器一片月円(まどか)なる愛憎の

一片をありし高さへ星走る

再現できぬ泉師の皿は揺れ

春があふれ慌てて置いた皿は黙る

憧れは太り筍ルドンの目

濁声のぬくい夜は明け彼岸花

滴りに濁る吐血の波紋止まず

師の眼澄み叩き割る皿は雪に

釉薬を刷く山里のサクラさくら

粘土こね潰す父を母を鷹を

 

 

自由詩一篇

 

もひゅ と僕にまつわりつく泥の虜になった

つかむと指の間から 逃げ出し ふくれ しんなりうなだれて まんまと逃げおちる

僕は蓮根を掘るのをやめて

歩き回り 足のくるぶしの影も 指のいびつも 全てうめ立てなで上げてゆく

その感触に ここが かの国 なのだと知った

父さんは眉をひきあげ 眉間をよせ 口の端は落ちていって ほ と息をついた

父さんは白い蓮根をみがいていた

 

僕のちいさな体で 全身がチョコレートに さびた鉄になるまで

かたい泥を のしてゆく のびない すべる手は 意志から飛び立ち

ずれた過去へ着地してゆく

 つちとなかよしになることだ

父さんはにこにこと仮面をつけていた

蓮根を掘らない僕は

父さんの仮面が厚くなる

 

かあさん

 

かなしい人を呼ぶ

父さんがいない隙に

 

かあさんは

父さんが

粘土に

して

まった

 

にんげんは

たおれると

ねんどに

なるんだ

まがらな

いうでが

あんなに

 

てのひらがびしゃりと抜ける

粘土が みずになる 戻る

あのころのなかよしがいた

肺が もえ始める ちりちりと痛む

倒すんじゃないまろばすんだ

もう もう 僕は掘らなくていいんだ

ひきのばす どこまでも窓までもあそこまでも

 

かあさんの歌声だけが残っている

顔はみえない すがたもとけてしまう

きっと こんなだ

粘土をひとつきつぎつづけて

歌うかあさんが 立ち上がる

 

かあさんをうっとりと見上げていると

影がかあさんをよぎった

 

かああさんんを

 

このかあさんも

粘土になる

父さんは

 

気がつくと

かあさんの

首とうでが

 

なんやらえらいひとがきた

腕がよその星のひとみたいにうごきつづける

さもとらけのにけですねなるほどすばらしいおまあじゅですおとうさまこれはけうなさい

ぼくは

ようやく

なみだが

ふるえはじめる

あさひが

かあさんが

なきながらみていた

 

粘土をひとつきつぎこんで

あさひをあびているかあさんが立ち上がる

ぼくは

そのてが

ぼくにのびてくるのを

なでてくれるのを

 

くらい声が

僕の首のうしろを

せなかを

おなかのなかを

 

気がつくと

かあさんは

うでが消えていて

なんやかんやのひとがまた腕をふりまわしている

おとうさまこれはほんとうにさいのうですみろのびいなすをこんなふうにさいこうちく

 

父さん

なんで

かあさんの

うでを

 

父さんはびくんとうさぎになって

月よりあおくなる

なきはじめる

 

ぼくのエプロンのおなかに

のこっている粘土で

うでがふたつ

つくれそうな気がする

でもこれは捨てたやつだから

なんでかしらないけど

だれかが教えてくれた

かおはみえない

かあさん

かおを

ねえ

 

そうか

こわれるんだ

どうしたってなにしても

かあさんはいなくなる

じゃあ

父さんを

作ればきっと

 

父さんはでかいので

まだまだ粘土がたらない

なのにえらいひとがもううろつきはじめる

おとうさまこんどはたいさくですねおもうにこれはべるべでえれのとるそにちがいな

作業服を裂く音がする

父さんの泣き声だった

わたしがわたしがあのときあのこをあそこにつれていかなければあのこは

父さんの声もえらいひとに似てきた何をいってるのかわからない

ばしん ねんどを足してゆく

ほしかった背中はみすぼらしかった

背中がおおきいのは筋肉としなやかな夜をまとっているかららしい

だれかが言ってた

えらいひとや父さんでないことはたしかだ

だれが?

 

ばしん ねんどを足してゆく

背中が 入道雲が

空のひろさに負けてしまう

肺がまた 焦げる 風がうたう

ふいに耳たぶにあたる

かあさんの声 歌

父さんの背中 おぶわれてた

おぶわれてたのはだれ?

 

だれでもいい

粘土を 蓮のむこうの泥を

弦がつぎつぎ はじけてく

(野村選)