詩歌梁山泊企画

詩歌梁山泊の企画に関する記事を紹介いたします。

第8回詩詩歌トライアスロン 候補作

2022-08-01 23:57:00 | 日記

第8回詩歌トライアスロン

 

三詩型融合作品

候補作

 

遺駅

 

 

さかむけの駅を保護する

港は遠くて、役立たず

霧の流れる

店は黒を売っている

入り乱れる、時

浅はかな 顔

よしたほうがいい

列車が直に出る

 

誘われる遠浅の霧芬々と 見て、いつも通りに列車は出ている

 

遺稿を抱いている

地面を掘り返して

大きくなれよと

霧片を敷く

駅前から

走ってくる

人々の額に

おかしな話が

添付されている

夜、

感情は原稿用紙一枚だった

 

遺志を走らせる列車のぼんやりにおでこのような駅舎のかたち

 

意識が霧のような音で

崩れていく、

山間を走る列車の

つまびらかに

叫ぶ

カーブに差し掛かれば

先頭車両の醜態が

音に隠れているのが見える

気おくれした人の名前

ハンドリテンの

文章は

紅かった

冒頭の名前だけで

価値が高い

そのうえ相関図をつくってもいい

色。

 

山間に狭霧を叫ぶ一号車

 

聞きそびれた

わ、

プラットホームで

誰かを見失う

他人を発表する

わな、

蝸牛の口角

似たような声が

ラジオから

聴こえた

わなな、

見世物になった

人を

助けたいと思った

強欲になれない男は

ひとりで

生きた

その名前を

わななく、

遺したものが

どこかに

埋められている

(千種・野村選)(堀田選外佳作)

 

 

 

戯れに

 

 

(千種・堀田選)(野村選外佳作)

 

 

 

おとうと

 

 

犬のように寒い

芯まで白化した月が浮かんでいる

おばけみたいだ

ずっとずっと昔に死んだ

星のおばけ

 

冬はきらいだ

嫌なことは、たいてい冬に起きた

じいさんが死んだのも 〈雪の日の祖父の決して食わぬビーツ〉

初めての恋人と別れたのも 〈神は居(お)らず山手線を見送った〉

バイセクシャルの女の子が自殺したのも 〈クリスマスツリーのひもに首くくり〉

犬が散歩中に逃げ出したのも 〈凍蝶や死ぬ自由喰われる自由〉

猫を車で轢いてしまったのも 〈冬銀河なにも殺したくなかった〉

 

みんないなくなってしまった

だけど、もう

寒さと白さでどうでも良いんだ

 

おとうとがいた

何をするのも一緒だった

どこに行くときも俺のあとをついてきたし

なんでも俺の真似をした

自転車の乗り方を教えてやった

二人で橋を渡って川向こうの町へ行った

つつじの蜜を吸った 〈躑躅(つつじ)吸ういずれ骸(むくろ)となる躰(からだ)〉

セミの抜け殻を集めた  〈空蝉やおとうとに来(こ)ぬ声変わり〉

排水口に磁石を垂らして、コインを拾おうとした 〈遺灰から銀木犀の梵字拾う〉

雪に小便で名前を書いた 〈リインカネーションに立ちションした罪で〉

俺が近所のぼろぼろの宿舎に石を投げた

窓ガラスが割れた

あとでバレて、めちゃくちゃに怒られた

親に連れられて謝りに行った

あいつには、悪いことをした

 

悪い癖ばかり真似する弟の書く字が綺麗で泣きそうになる

 

あいつが悪い人間と付き合い出したときは

何度も縁を切るよう忠告した

だけど、無駄だった

おとうとが問題を起こすたびに

両親はたっぷり一年分は老けた

あいつは高校も卒業せずに家を出た

俺は大学の卒業と同時に家を出た

両親はもう、死にかけの老人だった

実際、一年もしないうちに仲良く揃って死んでしまった

それも冬だった

 

それで

やっぱり冬の日のことだ

寒かった

雪も降っていた

一体どこで聞いてきたのか

あいつが俺の住んでいるアパートまで来て

金の無心をした

俺はあいつの

その野良犬のような卑屈な目が

どうしても許せなくて

何も渡さずに追い返した

それこそ、犬を追っ払うみたいに

あいつの目に

一瞬寂しそうな光がさしたが

あいつは何も言わずに

雪の積もる路地裏へと

消えていった

 

野良犬の尿(いばり)や雪に無の打刻

 

それが最後で

もうそれきりだ

そのあとすぐ

あいつがつまらない喧嘩をして

野良犬のように

野垂れ死んだと

役所の人間から連絡があったのは

まだ春になる前だった

雪は溶け切っていなくて

フキノトウが

ちらほらと顔を出していた

 

ハルモドキ 星の行方を追ったまま帰ってこない弟が居る

 

あいつの目に

俺の目は

どう映ったんだろう

あいつの月のような

悲しい目

それに映し出された

俺の、氷のような冷たい目

ああ、その日から

目が渇いて仕方ない

ずっとずっと

犬のように寒くて

骨の髄まで化石になってしまったようだ

 

どこへ行くどこへも行けぬ冬北斗

 

冬はきらいだ

嫌なことは、たいてい冬に起きる

次の嫌な知らせも

きっとこの冬にやってくる

(堀田選)(野村選外佳作)

 

 

 

うたう覚悟について

 

(堀田選)

 

 

 

 

 

 

選外佳作

 

「秒針」 遠音

 

 

わずかにうねる細道のまなかの指に舞い降りる白のざらつき

 

遠い陽をとじてとぽりとぽり歩き出していけば

公園の下の象は身じろぎ

平らな周回は果てしない坂道に傾いてゆく僕は

靴の減りのままに生きてきたから

鳴き出す前に死ねるだろう

安心して背骨の溝をひとつ

ひとつ越えていけば

左手首の外側がきしきしと縒れて

ゆく意識の周辺で腕時計をまさぐると

秒針が震えて

凍えて

いた

短い指の腹でさすってやる

時間がひっかか

ているうねる

冬のきびすが立ち去りかねて

こちらをふり返る

気づかわしげに見つめられて

いつかのぼたん雪のやわらかさが左手をかすめる払い落とす

象が

風が

起きてしまう前に

踏み出せば枯れ木が身震いをしている

こらえ切れなかった隣の木もその向こうの

木も震え上がり皆次々に花を吐き出してゆく

 

目を伏せて花の津波をくぐりゆく

 

象はまだ

また

鳴かない

なにも信じていないのに

祈りの拳を解くことができ

ない渡りきれるようにすり切れ

ないようになんども何度も踏む象のはらわたを太ももが

きしむわき腹がよじれる僕は

 

鯨の噂象の身じろぎわたつみの鎮まりきらず花はたわわに

(堀田選・野村選)

 

 

 

寄宿学校 さとうはな

 

 

こころよ。手放すときにたましいはつめたくなるね 永遠のあかり

 

わたしたちは鐘の音で目覚め 朝のお祈りをする

寄宿舎の寝室はうつくしい言葉で満たされていく

      

       天にいますわたしたちの父よ

       御名が聖なるものとされますように

 

わたしたちは連れ去られ、言葉をうばわれた

あたらしい言葉でわたしたちは、祈り 食事をし 勉強をして 神さまに感謝をする

 

あなたたちは文明化されなくてはなりません シスターは言う

 

シスター ポリッジをちょうだい

ここはとても寒いの

 

もとの言葉を使うと棒で打たれるの 石鹸を食べなくてはならないの

わたしは もとの言葉もほんとうの名前ももう思い出せないけれど

 

So called, Cultural Genocide.

 

ときどき、ママと暮らしていたティーピーを思い出す

水牛の皮でできたティーピーは、夜には風の音が聞こえた

部族の大人達の歌も聞こえた

ここで夜聞こえるのは、子ども達のすすり泣く声だけ

 

御国が来ますように

みこころが天で行われるように、

地でも行われますように

 

They believed that they were bringing civilization to us who could never civilize ourselves.

 

太陽のおどりを踊って メアリーは打たれた

大きなこわい人が来て メアリーを何度も棒で打った

 

罰と、悔い改めだけがたましいを救うのです シスターは言う

 

血を吐いてメアリーは死んだ

シスターはメアリーに水色の服を着せ ちいさな棺に入れた

わたしたちは棺を教会の裏庭に運んだ

 

       わたしたちの日ごとの糧を、今日もお与えください

      

メアリーはほんとうの名前を教えてくれたことがある

メアリーのほんとうの名前はアポニ

だけどお墓に名前は刻まれず 灰色の丸い石が置かれただけ

 

花びらになれない生の終としてあなたはたったひとつの棺

 

裏庭を歩き回ってはいけません そこは天国に通じる道

花かんむりを作ってはいけません それは死者のための王冠

 

もとの言葉を使うと棒で打たれるの 石鹸を食べなくてはならないの

 

うつくしい花をえらんでかんむりを作った遠い春の祝祭

 

       わたしたちの負い目をお赦しください

       わたしたちも、わたしたちに負い目のある人たちを赦します

 

死んだひとのたましいは天国にいくのです シスターは言う

棺のなかの子どもたちはみな 幸せな天使のように見えた

私達は天国で皆、神様の子どもとなるのです シスターは言う

 

鳥のように飛んで逃げたい 

病気で死んだサラは言った

鳥なら遠くまで行ける 柵をこえて 雪原をこえて 森をこえて

飛んでいける

ママや 部族のみんなが住むところまで

 

凍河とは果てのない闇 前のめりのたましいのまま飛ぶかわせみよ

 

シスター おくすりをちょうだい

ここはとても不幸なの

 

もとの言葉を使うと棒で打たれるの 石鹸を食べなくてはならないの

 

もとの言葉を忘れたわたしは

自分がなにものであるかもわからなくなって

舟なのか 鳥なのか 雪なのか 棺なのか 水なのか

もうどうだっていい

 

シスター おくすりをちょうだい

ここはとても不幸なの

      

       私たちを試みにあわせないで、

       悪からお救いください

 

ママ、ママ、どうかわたしたちを忘れないで

わたしたちがわたしたちの言葉を忘れてしまったとしても

わたしたちがわたしたちの名前を忘れてしまったとしても

 

記憶とはひかりの中の 常に火と地平線とを見つめ続ける

 

Thousand of unmarked graves of Indigenous Children are found in plain.

(堀田選)

 

 

 

銃器の丘にて あさとよしや

 

 

ずっしりとしたテクスチャー 柩の列なる幹線道路

ためいきが固形になって棚引き暗雲 もう百年

一世紀近くも戦い続けている

 

まさかとはおもうけれど、遠のいている? ツキが……

(そう、あるい太陽も)

奇跡も? (偶然も)

 

まちかまえ 銃器の丘で 先手打つ君の手にある 九十九式短小銃

 

すみません!

本日は、別件で読書会の参加が難しくなってしまいました

来月の参加とさせてください

よろしくお願いします

このメッセージは削除されました

 

 

必然のままに傷つけ合う腐れ朽ちた肉魂と罅割れた骨

まわりがどんなにビルディングの建設ラッシュでも

止まない戦闘、銃器の丘の攻防、いつまでもいつまでも

 

このままでは夜明けはやってこない

(ツキも顔を出さず)

奇跡も起きない

(偶然も)

必然のまま

(永遠)

(野村選)

 

 

 

「秒針」 遠音

 

 

わずかにうねる細道のまなかの指に舞い降りる白のざらつき

 

遠い陽をとじてとぽりとぽり歩き出していけば

公園の下の象は身じろぎ

平らな周回は果てしない坂道に傾いてゆく僕は

靴の減りのままに生きてきたから

鳴き出す前に死ねるだろう

安心して背骨の溝をひとつ

ひとつ越えていけば

左手首の外側がきしきしと縒れて

ゆく意識の周辺で腕時計をまさぐると

秒針が震えて

凍えて

いた

短い指の腹でさすってやる

時間がひっかか

ているうねる

冬のきびすが立ち去りかねて

こちらをふり返る

気づかわしげに見つめられて

いつかのぼたん雪のやわらかさが左手をかすめる払い落とす

象が

風が

起きてしまう前に

踏み出せば枯れ木が身震いをしている

こらえ切れなかった隣の木もその向こうの

木も震え上がり皆次々に花を吐き出してゆく

 

目を伏せて花の津波をくぐりゆく

 

象はまだ

また

鳴かない

なにも信じていないのに

祈りの拳を解くことができ

ない渡りきれるようにすり切れ

ないようになんども何度も踏む象のはらわたを太ももが

きしむわき腹がよじれる僕は

 

鯨の噂象の身じろぎわたつみの鎮まりきらず花はたわわに

(堀田選・野村選)

 

 

 

未知の水 ケイトウ夏子

 

 

飲み終えたばかりのエナジードリンクには

最後の一滴はあるのかないのか

確認するごとく傾ける仕草で

覗き込む

(縁取るペンを手に入れる)

さわさわと底の方から響く

風は目を潤したのでしょう、

 

コンタクトレンズ外した瞳へとうつほの息継ぎほつほつ届く

 

昨日も今も月が出ているという

「細い月だ」という伝聞を受けた

窓辺に立つ

ごつごつとした岩の雲が一つ前の景

疲労を宿した瞳の奥から日が暮れる

 

明るさを容れる器はありふれて最後に見つめる己の指紋

 

ねじれの位置にある人生訓を繋いでいく旅で

進化した、鈍麻した糸を見せてもいいですか

懐き始めた動物の毛並み

ここにあるものとして撫で続け

紡ぐ未知の水を溜め

暮れる、影として

 

もうじき両足の間に引かれた日付変更線が色付く

(野村選)

 

 

 

はたらくひと 星野珠青

 

 

打刻機は動作不良や多喜二の忌

 

わたしが雨に打たれるとき

体温はじわじわと奪われるのに

「耐えてくださいね」と言われる

何も感じてくれない 何も伝わらない

どうしてあなたには何も届かないの

 

江戸川をまたがなければ稼げない日々に見合った夢が足りない

 

僕が世界に苛つくとき

神様に歯向かってやりたいのに

「従ってくださいね」と言われる

何も見てくれない 何も信じようとしない

どうしてあなたには何も届かないの

 

あれは星、じゃない飛行機、僕はただ誘導棒を光らすだけの

 

俺が怒りを諦めるとき

激しい耳鳴りがしているのに

「ミュートになってますね」と言われる

何も聞いてくれない 何も響かない

どうしてあなたには何も届かないの

 

支給されたのり弁にメーデーの陽射し

 

使うひとには使うひとの正義があり

使われるひとには使われるひとの矜持がある

解り合えないことは悲しい

釣り合わないことは苦しい

それでも

今日も働いている

〈自分は価値のある人間なんだ〉と

自分を騙し

社会に騙されながら

今日も働いている

 

あなたが他人(ひと)の感情を削ぐとき

瞳は濁りを増してゆくのに

「任せましたからね」なんて言う

何も知らない だけど 知りすぎてもいけない

それにしても どうして

あなたには何も届かないんだろう

 

我々に通じることのない語彙を集めて作る就業規則

(千種選)

 

 

 

そこらの石 もちゅ

 

 

そこに石があった

佇むそれは動じない

(我は強くない、そう見せているだけ)

 

ここにも石がある

近すぎて見えなかった

(まるで空気のような扱い、失礼だ)

 

春光 石に照らすは 希望のみ

 

どこに石がある

わたしが飲み込んだ

(その石は、どこへゆく)

 

苦塩よ そこに石あり 飲み込んで 哀しみだけは 苦しみだけは

 

あそこにあるのは石かおまえか

(石にも心がある、わたしは知っている)

もうどうにでもなれと思ったが動けない

(千種選)

 

 

三詩型鼎立作品

候補作

 

俳句「舞台」短歌「楽器」自由詩「本当」

 

 

短歌十首「楽器」

 

ポケットをたたけばいつかのハンカチと付箋がふたつあらわれて春

もうずっと寒かったんだ 荒れた手が荒れたまんまで暦をめくる

女の子座りできないめくるめく夢を裏切りながら生きたい

サックスと呼べば呼ぶほどごきげんな楽器のように空色が来る

ベーシストみたいな髪の美容師が語ってくれるウクレレのよさ

カーステで聞いてた曲がスマホだと別物みたい それぞれに好き

昨日まで聞こえなかった歌詞がありそれが聞こえたときの夕焼け

葉桜のひかりのようによろこんでone of themのままここにいて

さかさまに開くポピーのスカートの、これ見よがしに幸福になる

忘れ物して折り返すその道を踊りに変えていく心意気

 

 

俳句十句「舞台」

 

留め金のすぐに外れて散る桜

鶯の谷渡りキャラ付けは死ね

青き踏む踏んだところを舞台と呼ぶ

風薫るわたしはカレー混ぜない派

ばらのばらオスカルを追い越していけ

いつ着ても若草色のカーディガン

TWICEの布を増やして山滴る

強くなる必要はない風は死んだ

フラペチーノは夏の季語 ○か×か

踊るのに許可のいらない国の夏

 

 

自由詩「本当」

 

どうやったら外国語が話せるようになりますか、

と聞かれて、

アイドルでも俳優でもいい、

好きな人にインタビューする場面を想像しましょう、

と答える。

もっと当たり障りのない答えをいくらも持っている、

でもわたしはそのようにして口を慣らした。

好きなことや本当にしたいことは

どんどん言葉にしなさいと聞いたのはいつだったかな。

銀色は銀河の色、

たぶん異国の銀行の色。

ぼら、

と唱えれば、

紫色の魚がわたしをのぞき込む。

黒はあなたのまなざしの色、

今この瞬間もっとはまっていく、

というのはよくある歌詞で聞き覚えた。

そのように口から心に住まわせた色いろと、

好きな人たちのまぼろしの中から、

ある日ひとりの女が目の前のテレビにあらわれたのだ。

短い髪にまるい顔、

紙吹雪を自分で引っつかんでばらまいて、

長いスカートをひるがえして踊る彼女を見ていたら、

あ、なんでだか涙が出そう。

たぶんわたしもこんなふうに踊りたかった、

この腕、この脚、この体、

ぐるぐると歩いてきた道を、

全部まとめてよろこぶように。

わたしの夢、夢にも見なかったような夢を、

わたしの代わりに本当にする人がいる。

つられて伸ばした手さえ踊りのように思えて、

つま先で床を押してみたら、

お、

(踊れる?)

(踊れる!)

短い髪が空気をつかまえる、

着慣れたスウェットの裾だって、

脚を振り上げれば衣装のよう。

ずっと心に住まわせて、

口を慣らしてきたまぼろしが、

今わたしを踊らせていく。

わたしはわたしの体をこうしてよろこぶことができるのだ。

飛び跳ねて飛び跳ねて、

まだ彼女のまなざしは黒く深く、

今この瞬間、

さらに色いろを湛えてわたしを見る。

(踊れる?)

わたしは答える、

覚えた言葉を全部使って、

踊れる!

(千種選)

 

 

 

自由詩「測量船に寄せて」他

 

 

短歌

透明なこころの描く十牛図ぐるりぐるりともどれよここに

「わたし」という一人称など消えてゆけただ一筋の架け橋となれ

境界線とらわれていた境界線崩れろはやく走れよはやく

「絆創膏 キズをやさしくガード」しかし傷に優しく触れろよ君よ

ローレライ調べと共に鎮めるか うらみくるしみしっとよくぼう

ひとつの現象その中で交錯せよおんがくことば火花をちらせ

シューマンの調べにつれてほろほろとこぼれていくよなひとつのおもい

旋律の輪舞の中におぼれゆくトランペットと響きと轟

五線譜の枠の中からあふれだすこの光芒の渦のまにまに

つよき聲たけだけしき聲鬨の聲そちらではないやさしき聲を

 

 

俳句

米を研ぐ爪をみつめて五月闇

路地裏の幻なれや罌粟坊主

ひとおもういたみひかりも梅雨の星

木耳食む仔猫の耳を憶いだす

父の日やスマホ見つめて三時間

なにもかも浄まるがよい夏祓

ぐるぐるり茅の輪のメビウスを描く

禊とは何に対して午前五時

心流す形代流すわれ流す

あと半分水無月祓空見上げ

 

 

自由詩「測量船に寄せて」

 

透明な階段などない

透明な階段などなかったのだ

 

外壁にもたれかかり

 雫は垂れるばかり

 雫は零れるばかり

力なく両手はだらり

 

ただこのままにこのままに

    嬰ヘ短調の憂鬱に

 

ただこのままにこのままに

   ゆらりゆらぐ輪郭に

 

  このままに

ただこのままに

(千種選)

 

 

選外佳作

 

短歌「あいうえお順」俳句「大人の話はつまらない」 自由詩「だいじょうぶ」  髙田祥聖

 

 

短歌「あいうえお順」

不登校なれども名前を呼ばれけり青木に席がまだある限り

ユニコーンの角を卑猥と言う伊勢の目に映るものみな卑猥かな

トイレットペーパーの芯積み上げる鵜飼に誰も何も言わない

江頭と名字で呼べばキレるからキレるまで呼ぶその様式美

及川が吹奏楽部を辞めたこと誰もがそれを尋ねないこと

似たような後ろ姿の神﨑と木崎の影が鏡に映る

空気抵抗ゼロの倉田が描き上げた素描に残る指紋いくつか

うつくしきものの一つに剱持のはらぺこあおむしみたいな眉毛

早弁後小宮は光合成をする瓶底眼鏡を頭に乗せて

乙女座が最下位の日の斎藤の虫の居所にありし乙女座

 

 

俳句「大人の話はつまらない」

楊梅や牛乳を初潮の日にも

無垢の歯の無垢に竜灯痛からう

抽象銀河ヒトにまだ眼はありますか

ルッキズム花野を行くために眼鏡を

露は露食うて太るや人の真似

秋は夕暮れポッケ片つぽ出したまま

男の子みな隙間風飼つてゐる

血を与へ冬蚊の姉となりにけり

リボンいな愛の日のリボンでありぬ

ヰタ・セクスアリス鶴去りてこれは誰の

 

 

自由詩「だいじょうぶ」

 

咳が止まらなくて

君がだいじょうぶって訊く

 

歩くのが遅くて

少し先で

君がだいじょうぶって訊く

 

だいじょうぶ

だいじょうぶ

 

だいじょうぶだよ

そのためのくしゃみでしょ

(千種・堀田選)

 

 

 

自由詩「青い珊瑚礁」他  平野光音座

 

 

選択の余地の無きことあざ笑う如くただ走っている矢印

失敗をかさね大人になってゆく大人になってしまった失敗

赤い星ジャズ取り締まる警官の電光石火どこまでも飛ぶ

薄氷池の中から誰か見る一枚千切って呑む椿酒

青空の下の電光掲示板「時間切れ時間切れ時間切

太陽が軌道を変えた電子舞う不可視に染まる空の紫

駄目になるその寸前に匂う水口論をする相手は自分

短夜のアルヴォ・ペルトとスクリャービン池田亮司に雨Petrichor

体言で短歌を止めて何になる油に焼けた歯車を見ろ

薔薇を嗅ぐ海底深く葬式の行列を見る遠雷を聞く

 

 

空域が今年へ滑らかに暗月

ボウイ忌に見るウミウシの図鑑かな

離陸後の不確かなもの春の海

ポケットに雲丹入れており吝嗇である

一二三四五六月病シャーベット

薔薇を喰む雨中の虎の前世かな

白虹や敗戦が追い掛けて来る

強姦由来のDNAなき柘榴かな

大寒やQRコードのような鬱

春兆し男も妊娠する未来

 

 

「青い珊瑚礁」

 

ああ私の恋は南48°49′48±″S,123°19′48″Wの風に乗って

走る179U+2267mphわああ青#4169e1い風切って走れ

あの島から戻るフライトに搭乗した某社会主義共和国の要人女性の医療チームは

都心の高名な大学病院の巨大茶封筒を乗務員に渡したものかどうか協議している

渡された乗務員は彼らに言われるまま封筒や中の資料に印刷された「脳外科」「手術」「50~90日」などの語を黒く塗る

塗ったところで当該の要人には読めない言語なのにと訝しみながら渡された油性マーカー極太で黒#000000く塗る

塗っても塗らなくても時給U+20AC23-35は変わらないので黒く塗る

ファーストクラスの一画を占領した要人はその医療チーム内に自国語を流暢に操る者がいない不便さに憤っている

要人の国では兵士へ4日に1度わずかな肉の入った汁麺がふるまわれる

人間と動物と植物と鉱物の境目があいまい

 

褪せた赤#ff6347い痩せた短髪のウェーブを気にしてしきりに手鏡で撫で付けるものの

後進国ファッションの悲しさゆえ眉毛の色にまで気が回らない

開頭手術にあたり剃髪を許さなかった要人の初老の女心と暴虐なふるまい

自国の貧困にそぐわない贅沢と手の施しようのない病状に失笑する特等個室の担当医師たち

誰かの痛苦のうえで成り立つ快楽こそが本質的な快楽ということを解っているその一点だけで

この要人と私は話が合うかもしれない

あの南の島でうやうやしく渡された指環の石が「人道的に」採掘されたものだと言った恋人に

その場で破局を宣言した私にはよく解る

儀式としての開頭手術は数多ある贅沢品の中ではかなり個性的でよろしい

揺れますよ、危ないからお座席に戻ってという乗務員を突き飛ばしなにか

 

わけのわからないことを怒鳴りながら客席後部までフラフラ歩く要人を誰も止めない

同乗の医療チームの白人たちは座席TV画面でゴルフゲームをしている

戻って来た要人の赤#ff6347かった髪は疲労と焦燥で珊瑚#ff7050色に変わっている

もう誰にも顧みられることのない珊瑚礁

泣きながら私の手を取り多言語で謝意を述べる要人は次の瞬間激しく何か喚きちらし唾を吐きかける

一般概念としてではなく極めて個人的にImminentな死と四六時中対峙するのってどんなかんじですか

周りに特別扱いされても本当は誰も自分への敬意など無いと知りながら不安と恐怖で過ごすのってどんな感じ

さてどのタイミングで誰に見られながらどう訊こうかと画策している

ここで29行

(野村選)

 

 

 

題なし 鳥井雪

 

 

短歌

 

はつなつの自己紹介の罰受けて”海から来ました”あだ名は人魚

この街は山すその街人びとは西というたび山なみをみて

空洞をもつ流木の手ざわりを誰も知らない教室にいる

下駄箱を西日まぶしい黒板を見慣れてゆけば遠のく岬

目の中に海があるの? とのぞきこむきみの鎖骨は白山嶺

きみのこときみと呼ぶとき我のことぼくと呼びたいわたしのままで

こわいのは午後の光の教室のプールのにおいに呼吸する繭

制服にゆっくりと皺ついてゆく抱きあうためにただ抱きあえば

わたしたち友だちだねって確かめて踊りつづけた 泡になりたい

指先に滲む血はすぐ乾くからナイフのことも忘れてしまう

 

 

俳句

 

木下闇抜けて階段降りて海

水着より海したたりて海青し

夏草や簡易トイレの濡れた砂

うずくまる膝に蟻這う夕焼雲

宿題や深くくらげの刺したるを

ザリガニでザリガニを釣るよく釣れる

母泣きてわたしは無力夏の天

遠雷や家出の計画のみ詳し

色ゼリーいいつけ守る子をわらう

無惨にも初潮の来たる夏野かな

 

 

自由詩

 

子どもたちが波へと駆けてゆく

わたしとは似てない速さで

潮騒

波が押しよせるより速く

子どもたちが後ずさって逃げる 笑い声

波がひいてゆく

潮騒

ようやく分かる

なにも再生されない

なにも繰り返されない わたしの日々 ほら 波がくる 逃げて

あのとき滴った血、それから海

海鳥のさけび

すべての

潮騒

すべてのことは

あった 起こった そしてもう 戻らない

太陽が照り返し 幾千の光のひだがふるえる ここで

子どもたちが駆け寄ってくる 膝にぶつかる 笑い声

洗われて転がる巻き貝の殻

白い砂に黒いつぶ

足ゆびの間を

通りぬける

いま

(野村選)

 

 

 

交差 遠音

 

 

短歌十首

 

浮きながら仰いだひかり広がってゆく破裂音ただようザイル

今日も明日も伸ばし続ける指先のガルボハットが孕む谷風

跳び箱を落としてしまい次々にそっくり返るあばら、かしぐ陽

地に顔をうずめてしまう風船の尾を放さないふり返らない

おなかの風が描くメビウス風船がひかり始める大枯野 

僕の子だと言う歳上の子の髪留めの緩みだす逆光のほむら

たまごぼうろこぼすはやさで泣きながらお父さんと呼ぶ子は透けはじめ

シェパードのひとみの黒に映らない君をすり抜けてゆくランドセル

西風も東風も束ねられファスナーが閉じられてもうほどけない繭

定命ハ四十二年逆縁ニシテ順縁ノ産道ガ今

 

 

俳句十句

 

陶器一片月円(まどか)なる愛憎の

一片をありし高さへ星走る

再現できぬ泉師の皿は揺れ

春があふれ慌てて置いた皿は黙る

憧れは太り筍ルドンの目

濁声のぬくい夜は明け彼岸花

滴りに濁る吐血の波紋止まず

師の眼澄み叩き割る皿は雪に

釉薬を刷く山里のサクラさくら

粘土こね潰す父を母を鷹を

 

 

自由詩一篇

 

もひゅ と僕にまつわりつく泥の虜になった

つかむと指の間から 逃げ出し ふくれ しんなりうなだれて まんまと逃げおちる

僕は蓮根を掘るのをやめて

歩き回り 足のくるぶしの影も 指のいびつも 全てうめ立てなで上げてゆく

その感触に ここが かの国 なのだと知った

父さんは眉をひきあげ 眉間をよせ 口の端は落ちていって ほ と息をついた

父さんは白い蓮根をみがいていた

 

僕のちいさな体で 全身がチョコレートに さびた鉄になるまで

かたい泥を のしてゆく のびない すべる手は 意志から飛び立ち

ずれた過去へ着地してゆく

 つちとなかよしになることだ

父さんはにこにこと仮面をつけていた

蓮根を掘らない僕は

父さんの仮面が厚くなる

 

かあさん

 

かなしい人を呼ぶ

父さんがいない隙に

 

かあさんは

父さんが

粘土に

して

まった

 

にんげんは

たおれると

ねんどに

なるんだ

まがらな

いうでが

あんなに

 

てのひらがびしゃりと抜ける

粘土が みずになる 戻る

あのころのなかよしがいた

肺が もえ始める ちりちりと痛む

倒すんじゃないまろばすんだ

もう もう 僕は掘らなくていいんだ

ひきのばす どこまでも窓までもあそこまでも

 

かあさんの歌声だけが残っている

顔はみえない すがたもとけてしまう

きっと こんなだ

粘土をひとつきつぎつづけて

歌うかあさんが 立ち上がる

 

かあさんをうっとりと見上げていると

影がかあさんをよぎった

 

かああさんんを

 

このかあさんも

粘土になる

父さんは

 

気がつくと

かあさんの

首とうでが

 

なんやらえらいひとがきた

腕がよその星のひとみたいにうごきつづける

さもとらけのにけですねなるほどすばらしいおまあじゅですおとうさまこれはけうなさい

ぼくは

ようやく

なみだが

ふるえはじめる

あさひが

かあさんが

なきながらみていた

 

粘土をひとつきつぎこんで

あさひをあびているかあさんが立ち上がる

ぼくは

そのてが

ぼくにのびてくるのを

なでてくれるのを

 

くらい声が

僕の首のうしろを

せなかを

おなかのなかを

 

気がつくと

かあさんは

うでが消えていて

なんやかんやのひとがまた腕をふりまわしている

おとうさまこれはほんとうにさいのうですみろのびいなすをこんなふうにさいこうちく

 

父さん

なんで

かあさんの

うでを

 

父さんはびくんとうさぎになって

月よりあおくなる

なきはじめる

 

ぼくのエプロンのおなかに

のこっている粘土で

うでがふたつ

つくれそうな気がする

でもこれは捨てたやつだから

なんでかしらないけど

だれかが教えてくれた

かおはみえない

かあさん

かおを

ねえ

 

そうか

こわれるんだ

どうしたってなにしても

かあさんはいなくなる

じゃあ

父さんを

作ればきっと

 

父さんはでかいので

まだまだ粘土がたらない

なのにえらいひとがもううろつきはじめる

おとうさまこんどはたいさくですねおもうにこれはべるべでえれのとるそにちがいな

作業服を裂く音がする

父さんの泣き声だった

わたしがわたしがあのときあのこをあそこにつれていかなければあのこは

父さんの声もえらいひとに似てきた何をいってるのかわからない

ばしん ねんどを足してゆく

ほしかった背中はみすぼらしかった

背中がおおきいのは筋肉としなやかな夜をまとっているかららしい

だれかが言ってた

えらいひとや父さんでないことはたしかだ

だれが?

 

ばしん ねんどを足してゆく

背中が 入道雲が

空のひろさに負けてしまう

肺がまた 焦げる 風がうたう

ふいに耳たぶにあたる

かあさんの声 歌

父さんの背中 おぶわれてた

おぶわれてたのはだれ?

 

だれでもいい

粘土を 蓮のむこうの泥を

弦がつぎつぎ はじけてく

(野村選)