勝手に思うままに 榊原秀光のブログ

日頃 思っていることや感じたことを思うままに書きます。

勝手に思うままに 106

2019-02-09 11:28:47 | 掃除
我が師 鍵山秀三郎氏から毎年、良書を4回ほど拝受いたします。
いずれも素晴らしい本ばかりで、その都度感動致しております。
その鍵山相談役は、以前から前回紹介しました月刊『致知』の巻頭の言葉であったり
対談等たくさん載っています。

すべてすごい言葉なのですが、その中でも印象深い巻頭の言葉があり、その文章を
紹介したいと思います。

勝手に思うままに 106 未来からいまを観る

現代、未来のことを見極めることは不可能
情報化の進展によって、私たちは過去の事柄について詳しく知ることができるように
なりました。その時代に秘密とされ、闇に葬られたことでさえも、真相が白日の下に
さらされてしまいます。そしてそのことを評価したり批判することもできるのです。
国家機密でさえその例外ではありません。
しかし、いま起きている事柄のすべてを、過去のことを知るのと同じように正しく知
り、誤りのない判断が下せる人は皆無でありましょう。いまのことさえ難しいのです
から、遠い未来のことについて見極めることは、至難の業です。いくら学問が進み、
科学が発達してもです。むしろ学問や化学が進むほど難しくなると思います。
人に対する評価も同じで、過去の人を正しく評価することはできても、現代の人を正
しく評価することは不可能です。
昔、奇人とけなされた人で、後世になって先覚者、偉人と称される人がいる一方で、
その時代に英雄ともてはやされた人物が、後世になって悪人のレッテルを張られる例
は少なくありません。
ヒトラーやスターリンは、当時、国内だけでなく海外からも熱烈な支持を得ていたは
ずですが、いまは自国民からも忌まわしい人間として嫌われる存在となりました。

どのような未来でありたいか
このように、いまと未来の出来事を正しく予測したり、現代の人物を正しく評価する
ことは不可能であっても、どのような未来でありたいかを明確にし、姿をはっきりと
描くことは可能です。また、期待する理想的な人物像を描くことも許されます。
百年後の二一〇六年(二〇〇六年に執筆)に、どのような国家でありたいのかを明確に
思い描くことはできるのです。そして、理想の国である二一〇六年からすれば過去で
ある二〇〇六年を分析すれば、いま考えていることや行っていることが正しいかどう
か、はっきり見えてきます。いま正しいと信じてやっていることをこのまま続けてい
って、二一〇六年にいまよりもよい国家になれるかどうかを真剣に考える必要があり
そうです。
人々は皆、豊かな暮らしを求めています。豊かな暮らしに豊富な物質は欠かせません
が、安心・安全は物質以上に大切なものであるはずです。
日本からはいま、豊かな暮らしを支える安心・安全が失われてしまいました。
安心と安全を保つために、国も巨額の費用をかけていますが、個人の負担も増すばか
りとなりました。個人が多くの費用をかけながら、それでもなお、安全と安心を確保
することがかなわなくなりました。日本人が物質的な豊かさを手にする方法・手段に
誤りがあったため、代償として安全と安心を失ったといえるでしょう。
古く縄文時代から、祖先が血と汗を注ぎ込んで培ってきた崇高な精神を、わずか半世
紀のうちに崩壊させてしまったことへの警鐘が鳴らされています。
児童虐待、家庭崩壊、知識の悪用、凶暴な犯罪など、一つひとつの因果関係を明らか
にすることはできませんが、二一〇六年の位置から俯瞰(ふかん)した時に明らかにな
るのでありましょう。
               月刊「致知」二〇〇六年五月号 巻頭のことばより

今もなお、より深い教えは変わることなく心に浸みわたります。
先日、拝受した書籍は「最高の人生のつくり方」高橋佳子著
同封の手紙に「私もかねてより大変尊敬申し上げる高橋佳子先生です。私の座右の銘
の一つであります「もらう幸せ」「できる幸せ」更には「あげる幸せ」と幸せにも3
つの段階があるということを教わった方です」とありました。心して拝読したいと思
います。

勝手に思うままに 105

2019-02-08 10:50:33 | 
久しぶりの投稿です。
この時期は、寒さが堪えますが今年は少し暖かいのでしょうか、例年より早くチューリップが
きれいに咲くニュースを目にしました。

月刊『致知』を毎月購読しています。
人間学を学ぶ月刊誌として昭和51年から現在まで月に1度発行されています。
2019年3月号は、特集が 志ある者、事竟に成る
感動する内容をご紹介します。

勝手に思うままに 105 志ある者、事竟に成る

 志ある者、事竟に成る ―― 歴史書『後(ご)漢書(かんじょ)』にある言葉である。
堅い志を持つ者は、いかなる困難に遭っても必ずその志を成し遂げる、という意味である
 古来、この言葉に感動し、心を鼓舞された人は数知れない。このほどノーベル賞を受賞
された本庶佑さんもそのお一人だろう。ノーベル賞の賞金をもとに後進を育てるべく設立
された財団を「有志竟成」と名づけられたところに、それは明らかである。
 本誌もまた、創刊時、部数が伸び悩んでいた時期に渡部昇一先生からこの言葉を教わり、
大きな励みをいただいた。渡部先生ご自身も若かりし頃、この言葉を銘とし、自身を鼓舞
してきたと伺った。

 世に志を抱いて生きた人は多い。小社刊『子どもたちが目を輝かせて聞く偉人の話』
に紹介されている人は皆、志に生きた人である。
それぞれが魅力的だが、ここでは伊能忠敬を取り上げたい。
 忠敬は一七四五年、上総国(千葉県)に生まれた。幼名は三治郎。一七歳の時、地元の
大商家である稲生家に婿入りし、名を忠孝と改めた。伊能家の跡取り娘ミチ(二十一歳)が
最初に取った婿が急死し、その後婿に忠敬が選ばれたのだ。
 忠敬は一男一女をもうけ、家業に精を出して家産を増やし、四十九歳で家督を息子の
景敬に譲った。
そして隠居後は江戸に出て幕府天文方の高橋至時に弟子入りし、天文観測の道に没頭する。
それは、忠敬の生来の夢、志だったのだ。
 詳細は省くが、忠敬は最初から地図を作りたかったわけではない。地球の広さを知りた
い、そのためにも子午線一度の長さを算出したい、という思いを募らせた、それが契機に
なって五十六歳の時に蝦夷地の測量に赴くことになる。
 これが手始めで、忠敬は七十二歳まで十七年間にわたり、北海道から九州まて、全行程
三万四千9百十三キロを測量。その測量だが、最初の蝦夷地では「歩測」の方法を採り、
一歩を六十九センチと決め、何十キロものペースで歩いたというから恐れ入る。
 この測量による地図の完成を見ることなく、忠敬は七十三歳で他界した。
「大日本沿海與地全図」が完成したのはその三年後である。
 忠敬が導き出した地球の外周と現在のGPSとスーパーコンピューターで計算した外周の
誤差は、僅か0.1%というから驚く他ない。志を長い年月温め続け、自らの役割を果た
した五十代になってそれを実行、完遂した伊能忠敬の生き方に、学ぶものは多い。  

 現代にも志に生きた人はいる。折しも『JALの奇跡』(大田嘉仁著)が出版されたが、
JALの再建に七十八歳で無給を条件に取り組んだ稲森和夫氏がその人である。
二兆三千億円の負債を抱え倒産したJALを会長就任一年で千八百億円の黒字に転化させ、
二年で二千億円の黒字を計上、二年八か月で再上場に導いた。
まさに奇跡だが、その軌跡を起こしたのは稲森氏の高い志にあったことが本書を読めばよ
く分かる。仕事に携わる人、必読の書である。
 その稲森氏は、「宇宙は知恵の蔵、真理の蔵であり、真摯に努力する者に、天はその蔵
の扉を開いてくれる」と言っている。
 真の志には天も味方するということだろう。そういう志に燃えたいものである。 以上

五十六歳から高い志を抱き、大業を成し遂げた伊能忠敬、七十八歳から僅か二年でJALを
立直した稲森和夫氏、正に志ある者、事竟に成るということを学びました。 

勝手に思うままに 104

2018-10-20 10:14:51 | 
初雪の便りも届きだしました

小さな同窓会のつづきです

冒頭、発起人 前田さんの挨拶 「私が前田です」これだけ?
本当はすごい人なんです。もっと、いつもの文章やお会いした時の
教えなど、話していただけるのかと思いきや・・・・

平成7年に山口市で発祥した養心の会が幾多の歴史を刻み、偉大な
る足跡を遺して幕を閉じ、そこに関わっていた皆様の熱き想いが
集結して、同窓会となった。
今回3回目、2回目に参加した竹中さんが酔った勢いで、「次は私
が幹事を引き受けます」と、その後 とてつもない時間をかけてこ
の日を迎えたのでした

勝手に思うままに 104 心清らかに 小さな同窓会2

 今回のテーマ「生きてきてよかった」
当日の資料に前田さんの挨拶から

多くのお世話になった方々のお礼から始まり、「我々が「養心の会」
を20年、何とか続けてこられたのも、多くの方々への感謝の心を
多少なりとも意識し続けた結果なのかもしれません。
そういう点から、「会費さえ払えばいいんだろう」という方々は自
然と遠ざかっていかれましたと同時に、本日お集まりになられたご
出席者の皆様方は、我々の求めたエキスのような方々であります。

75億人もいる地球上で、ふと知り合えるなんて、これはもう「天
の恵み」の何物でもないではありませんか。」

参加者の皆様から(みなさんすごい人ですから)も、たくさんお話を
聞かせていただき、自分の未熟さに気づかされる貴重な時間と、涙
溢れる企画演出に感謝、感動でした。

中でも、挨拶の後に見せていただいたイエローハット 鍵山秀三郎
相談役のビデオレターでは、病床の中をビデオとはいえこの日のた
めに貴重なお話が聞けたことであります。

竹中さんの偉大さに感服いたしました。          拝

勝手に思うままに 103

2018-10-19 09:44:11 | 
台風25号が日本海を通過するさなか日間賀島に行ってまいりました
強風で海は荒れていました。

全国各地から64名の素晴らしい人々が集結いたしました。

呼びかけをしたのは、私の掃除の師 竹中さんです。

この会の内容をよく理解しないままの参加でした。
山口養心の会 発起人は山口県在住の前田さん。
その前田さんからも手紙でお誘いを受けましたので、楽しみに参加い
たしました。

勝手に思うままに 103 心清らかに 小さな同窓会

 兎に角、集まったメンバーがすごい人ばかりで、少し戸惑いもあり
ました。
何がすごいって、日々の行い、心がけ等すべてにおいて励んでいる人
であっり、雑誌とかの心の在り方等の取材で載っている人とか、秀で
た才能とか、すごいんです。

これまで、いろいろな会合に参加した中で1番すごいかも!

私の日々の心がけのメッキは、簡単に剥がれ堕ちました。

この日講師を務められた まるや八丁味噌の浅井社長と隣の席になり
いろんなお話をすることが出来ました。講演の中で、大手のみそメー
カーの方式が本物の八丁味噌になるということで、伝統ある岡崎の
八丁味噌は偽物になるといった話でした。 HP参考↓

http://www.hatcho.jp/news02/detail.php?no=1528088863

なんと理不尽な話でしょう。

農水省は、今のままでは不衛生だから駄目だという
今の伝統ある味噌作りは今後できなくなる。私たちは、あの八丁味噌
が食べられなくなってしまうのです。

なんか違う、いや絶対に違う
                          つづく

勝手に思うままに 102

2018-09-13 09:41:27 | 
自然の摂理

私たち日本人は、古くから自然を崇拝してきました。
古の賢者たちは、自然の大切さを説いてきた。
今は、自然を大切にする想いが少し希薄になってきたのでしょうか?

自然の猛威は、時として想像を絶するものがあります。
世界のマグニチュード6以上の地震の約2割が日本で発生しているそ
うです。
下水道による1時間の対応能力が50mm、各地で降り続く豪雨、台風
など水や風による災害も驚異的であります。

被害に遭われた皆様に、心よりお見舞い申し上げます。

先日の上甲氏の講演会の影響を受けて、マザーテレサのことをもっと
くわしく知りたくなって、映画を観たり図書館に行って本を探したり
しました。
図書館には、読みたい本がなかったためネットで調べたら中古で1冊
だけ売っていました。

勝手に思うままに 102  神対応

マザーテレサ 最後の愛のことば 明石書店 定価1600円がなんと
258円送料無料、その上ポイントで購入なので実質0円

お店は、長野県上田市にあるバリューブックスさん

お店から、メールと書簡が届きました。

内容は、本にシミと小口に傷みがあるので代金送料は返金しますといっ
た文章でした。

 私は、中古の本なので全く気にもしていませんでしたが、このお店の
ポリシーなのだとそのまま受け入れました。

書簡の中に、会社案内がありそこに「ぽくたちが本を届けながら考えて
いること」その書簡の文面からも自分たちの思いと違うものをお客様に
届けることは、許せない。そんな思いが伝わってきました。

後日、私はこのバリューブックスさんで鍵山秀三郎氏の書籍等を1万円
分購入いたしました。

やはりすべて中古品であります。だからむちゃくちゃ安い。

https://www.valuebooks.jp

何度かお詫びのメールをいただきました。

久しぶりに、「そこまでやるか?」に出会いました。

バリューブックスさんに258円で魂を揺さぶられました。

                              拝






勝手に思うままに 101

2018-08-25 09:02:31 | 
忘己利他 (もうこりた)
自分を忘れて他人のためにつくすことをいう。「己を忘れて他を利するは、
慈悲の究極なり」と禅の教えです

冷暖自知(れいだんじち)
水の冷暖は自分で飲んでみて知るように、真の悟りは修行を積み重ね、自分
で会得するものであり、体験を通じて会得をするという禅の教えです

この2つの言葉は「教員応援団」を立ち上げた森さんそのものだと思い書い
てみました。

勝手に思うままに 101 情熱 4

 この研修会の最後に、今後の本会の目指す方向を語る と題して武田邦彦
氏から持論である人生50年、人は50年生きればいい、しかしこれからは
100才まで生きることができるであろう。そのあと50年をどのように生
きていくのか、という問題提起をされました。

宗派を超えた仏教者の集い「南無の会」元会長 臨済宗の重鎮 松原泰道師
2009年 101歳で天寿を全うされました。

たくさんの教え、著書の中から

「一日一生 五十歳からの人生百歳プラン」著 
50歳、60歳の折り返し地点からが真実の自分の人生で、自分を創造するもっ
とも生き甲斐のある時代である、と著書にある。 

敗戦後の教育を受けた人が大半になった昨今
松原師の教えは、これからも受け継がれていくことを願います。

研修会終了後、慰労会が開かれました。 張会長、山本先生、武田先生、
愛知県副知事、上甲先生が参加しての会、すごいメンバーですよね。

上甲氏の隣へ座った時のこと、「これは、だれかと思えば身内ですか」と
とてもうれしい気持ちでした。その時に、この会の費用について聞かれた
ので慰労会は会費制ですが、研修会に伴う一切の費用は、森さんの自己負
担ですと伝えると、その反対隣に座っていた森さんに、「今日の私の費用
は一切いらない」と上甲氏。とても感動するシーンに出会えたし、この日
この会のキックオフに参加できたことがとてもよかったと興奮しっぱなし

次の朝早く、上甲氏からショートメールが届きました。
「昨日はありがとうございました。見知った友人がそばにいていただいた
だけで心強かったです」と、返信に、もったいないお言葉、身に余ります
と、更なる感動をいただきました。

最後に、私の思う教育論を

人と比べない教育

今の教育の在り方が横並びだ、と言われたのが慰労会でお隣に座った某市
の教育長です。私もそのように感じ合点がいきます。
テストも受験も勝ち負けにこだわり過ぎる。外からの評価に自分を委ねて
いるから本来の自分を見失う。
目先の損得やその場の空気に流され、本来の自分を見失ってはいないだろ
うか?

そういった自分自身に問いかける「自問自答」する姿勢を持ち続けたいも
のです。

冒頭の忘己利他 (もうこりた)の教えを、しかしこれが一番難しい

                 教員応援団に想う   おわり 拝

勝手に思うままに 100

2018-08-24 09:43:06 | 
100回記念

 夏季休暇、日光につづき会津若松へ足をのばしました。

会津若松も初めての地であります。 

このブログで以前に「什の掟」、ならぬものはならぬのです、を紹介
しました。會津藩校 日新館の決め事で、この掟は子供にとって仲間た
ちから受ける審問は辛いものではありますが、「お話」も「制裁」も
すべて大人たちに言われてつくったものではなく、子供たちが制約や
強制を受けずに自分たち自身でつくり、「会津武士の子はこうあるべ
きだ。」ということを互いに約束し、励み合ったのです。

そして、その高い志が、後の白虎隊となり優秀な人材を失ったこの悲
劇は、時を越え今の世に戦争の空しさと教育のあり方を伝えています。

その教育のあり方「教員応援団」のつづきです

我が師、上甲晃氏のこの日の講演は、今までの集大成のような感じを
受けたことを上甲氏に伝えると、「そうかもしれない」との答え

勝手に思うままに 100 情熱 3

 それは、どのように感じたのですか?、と質問してみた。
落語と同じや、と、関西弁で返す。???
その私の頭の上の見えない?を見つけ、付け加える。
 話をしていると聞いている人の反応がわかる。その駆け引きみたい
な会場の雰囲気は落語と同じや、と、聞き手の反応が良ければ、どん
どんのってきて、話も弾む。最後方から会場を見ていた私は、合点の
いく大盛況で、まさに情熱に火のついた人は多いのでは

 マザーテレサとの出会いを最後に話されました。
出会ったとき、1つだけマザーテレサに質問を投げかけた。
「なぜあなたは、この活動ができるのですか?」出会いの場所はインド
コルカタ、路上生活者が当時200万人多くの人が瀕死の状況の中で、
今、死にゆく人を教会に連れて行くその場所は「死を待つ人々の家」
体を洗い、きれいな服に着替えさせスープを与える。

 マザーテレサは、「彼らは、イエスキリストです」と答えた。

ノーベル平和賞のスピーチに「主よ、あなたの平和をもたらす道具とし
て私をお使いください。憎しみのあるところには愛を、不当な扱いのあ
るとこるにはゆるしを、分裂のあるところには一致を」最も貧しい人た
ちに寄り添い、手を握り、語り続けたマザーテレサの上甲氏への答えは
世界平和の道筋となることを問いかけた。


http://waratte.nosmilenolife.jp/edn/edn081220.html
↑一人、そしてまた一人
マザーテレサ 平和に捧げた生涯 

                          つづく



勝手に思うままに 99

2018-08-23 10:00:34 | 
夏季休暇を利用して初めて日光に行ってきました。
定期観光バスを利用して名勝めぐりをしてまいりました。

日光東照宮の陽明門が寛永時代の装飾技法により昨年3月に修理を終え
一番いい時期(ガイドさん曰く)に来たとのこと、日光も記録的な猛暑と
いうことでした、が、赤とんぼが季節を忘れず飛ぶ姿は、少し涼しげな
気持ちにさせてくれます。

 さて、教員応援団のつづきです

この研修会のメインでもあります。我が師、上甲晃氏の講演会です。

勝手に思うままに 99 情熱 2

 過去に上甲氏の講演は幾度となく拝聴しています。
その都度、情熱に火を燈され「よし、やるぞ」とやる気満々で持ち帰る
のですが、年と共に情熱の熱は冷める時間が日ごとに早くなるばかりで、
あの時の情熱は何処へ

 講演の内容は、松下幸之助翁(松翁)から得た教えをわかりやすく、ま
た、涙あり、笑いありで会場は大いに盛り上がっています。

 松翁の生い立ち、松翁との出会い、教え、そしてその教えを今に伝える
松翁が経営の神様と言われる経営の成功の理由は3つあると言う

一つは、学歴がなかった。松翁は、父親の米相場の失敗で小学校4年生で
中退し、丁稚奉公に出されます。わからないことは、とにかく聞いた。
周知を集めると表現していますが、聞く耳を持つということが要因であった。

一つは、貧乏であった。丁稚奉公で最初にいただいた小遣い(給与)は、
5銭、普通の家庭に育っていればたった5銭かとなるのですが、お金のな
い家庭に育った松翁はその5銭がすごくありがたく、「よし、明日からも
っとがんばろう」と思った。その時の思いをずっと後の経営に生かしていった

一つは、体が弱かった。7人兄弟の6人の兄弟は若くして重い病に亡くなり、
松翁も若くして結核を患いますが、働かなくてはお金がないそんな中、会社
を創業、しかし体はうまく動かず人の力を借りての経営が後の会社の発展に
大きく寄与した

と、熱く語る。

                              つづく







勝手に思うままに 98

2018-08-21 13:16:18 | 
最高気温40度ってインフルエンザの時の体温でしょ?
異常気象は、日本だけではなさそうで世界のいたるところで大きな変化が
表れているようです。

 さて、久しぶりの投稿は写真の内容の報告です。
私の師、上甲晃氏が主催します志ネットワークの同志(大先輩であります)が
 年配者が後世の日本の為、微力を尽くすのは責務だと思います。
子々孫々の為に豊かで平和な日本を残すには先ずは教育から。その礎を担
う先生方に学校経営や生徒指導に志を持ち元気に教育にあたって頂く先生
方を応援していきたいといった思いから『愛知県学校・教員応援団』と名
うってトヨタ元社長、相談役の張 富士夫氏を会長に発足をいたしました

勝手に思うままに 98 情熱 1

 先生方を応援したいと発案した方は、志ネットワーク同志の森さんです

今から2年半前からその思いが強くなり、今日に至るわけですが、もとも
と学校の先生をしてみえました。
先生の当時から、そうした思いが強く、何とか変える方法を考えるうちに
思い立ったのが、議員になることでした。

そんな大きな志を、今まさに実現しようとこの日まで一心不乱に活動して
きた結果が、この講演会に繋がってきました。

教員応援団 会長     張 富士夫氏
        代表理事  山本 尚氏
        代表発起人 武田 邦彦氏

錚々たる方々であります。

張氏は、トヨタの第一線で活躍された方、冒頭の会長挨拶では、実に謙虚
なお話の内容でした。
ご来場いただいた先生方はもちろんのこと、学校へのメッセージに、私
たちが共に教育の現場でお手伝いできることをこれから一緒に探し、また
出来ることをご提案いただきたい、応援したい。と、述べられました。

山本氏は、今年度のノーベル化学賞の最有力候補といわれている方で、日
本人で二人目のロジャーアダムス賞を受けられた方です。
主催者代表の挨拶の中に、過去の教育現場がアメリカと日本を行き来する
中で、アメリカの教育、日本の教育のそれぞれに長所・短所があり、それ
をうまく見つけ出し、今後のこどもたちのために何かをしたいと常々考え
ていた、そんな時期にこの話を頂き、先生たちを共に応援したい。と、述
べられました。

この日本でも超一流で活躍されているお二人のメッセージはやはり深く、
想い、重いものであったと感じました。

                           つづく



勝手に思うままに 97

2018-02-08 09:52:05 | 
松下資料館のつづきです

映像ブースの中でも一際大きな映像施設 庭園シアター 松下哲学の神髄
があります
そこは、過去のブログでも紹介しました京都の疎水会館近くにあります
PHP発祥の地、真々庵をイメージして作られています

16年前に我が師 上甲晃氏に連れて行っていただいた 現パナソニック
の迎賓館とでもいいましょうか、中には立派なお庭と、茶室、その下には
人間国宝ばかりの作品が展示されている美術館があります

弊社の名刺には、その16年前から真々庵のお庭の写真を使用しています
(勝手に)それは、名刺を交換した時の話題作りにも一役買っています

庭園シアターで上映される映像は、「素直な心になるために」でした

勝手に思うままに 97 素直に生きる

逆境ーそれはその人に与えられた尊い試練であり、この境涯にきたえられ
てきた人はまことに強靭である。古来、偉大なる人は、逆境にもまれなが
らも、不屈の精神で生き抜いた経験を数多く持っている。
 まことに逆境は尊い。だが、これを尊ぶあまりに、これにとらわれ、
逆境でなければ人間がかんせいしないと思いこむことは、一種の偏見では
なかろうか。

 逆境は尊い。しかしまた順境も尊い。要は逆境であれ、順境であれ、
その与えられた境涯に素直に生きることである。
 謙虚の心を忘れぬことである。

 素直さを失ったとき、逆境は卑屈を生み、順境はうぬぼれを生む。
逆境、順境そのいずれも問わぬ。それはそのときのその人に与えられた
一つの運命である。ただその境涯に素直に生きるがよい。

 素直さは人を強く正しく聡明にする。逆境に素直に生き抜いてきた人
順境に素直に伸びてきた人、その道程は異なっても、同じ強さと正しさ
を持つ。

 おたがいに、とらわれることなく、甘えることなく、素直にその境涯
に生きてゆきたいものである。

                松下幸之助 著 「道をひらく」より

何事にも素直な心で“なぜ”と問いたい、“なぜ”と懸命に考えるとこ
ろから進歩も生まれる。といった映像の内容でした約16分間
この資料館で一番伝えたいことであったような気がする。
                            拝