goo blog サービス終了のお知らせ 

岩波コラム

精神科医によるコラムです

「知的障害者」の犯罪報道

2014-02-16 16:04:19 | 日記

ーーまずは、「精神障害」「知的障害」とはなんなのか、おのおのの定義について大まかに解説してください。

岩波 精神障害の医学上の定義は、簡単にいえば、ある時点で発症して、よくなったり悪くなったりする「病気」であり、代表的なものとしては統合失調症、昔でいう「精神分裂病」があります。それに対して、知的障害は先天的なもので、「精神遅滞」や「精神発達遅滞」とほぼ同義です。
一方、刑法上の定義は、医学上のそれとは異なります。日本の犯罪情勢と犯罪者処遇の実情をまとめた『犯罪白書』(法務省、平成20年版)には、「『精神障害者』とは統合失調症・中毒性精神病・知的障害・精神病質及びその他の精神疾患を有する者」と書かれています。つまり、少々ややこしいですが、刑法犯に関する統計の上では、本来別のものである「知的障害」と「精神障害」が、ひとまとめに「精神障害」と呼ばれているのです。

ーーでは、日本の知的障害者と精神障害者の数について。政府が日本の障害者施策の動向などについてまとめた『障害者白書』(内閣府、平成20年版)によれば、精神障害者数は303万人、知的障害者数は55万人となっていますが(左ページの表1を参照)、この数字についてどう分析しますか?

岩波 これは厚生労働省の患者調査によるもので、あくまでも病院で治療を受けた人の数ですから、実際の精神障害者・知的障害者の総数よりかなり少なめと見るのが妥当です。統合失調症だけでも、総人口の約1%弱といわれています。海外では、ある区域の住民の一斉面接調査を行って、精神障害者・知的障害者数の疫学的な統計を出していますが、日本では、プライバシーの問題から、そうした研究自体がタブー視され、正確な調査がありません。

ーーそれでは、『犯罪白書』のデータに関しては?

岩波 『障害者白書』同様、正確性に疑問があります。検挙人員総数に占める「精神障害者等」の割合が0.8%なのに対し、例えば殺人に関していえば、9.7%と高い数値を示していますが、イギリスの同様の統計では、その3倍以上の34%となっています。イギリスの統計は非常に正確とされていますから、『犯罪白書』の数値はかなり低く見積もられていると見るべきです。ここからどういうことがいえるか。
つまり、日本では、被告に精神障害の可能性があっても、裁判を素通りしているケースが多々あるということです。きちんと精神鑑定をするには時間も金もかかるし、また日本では、かりに精神障害と診断されても、身元を引き受けてくれる身内や施設がない場合も多いため、暗黙の了解として裁判をスルーされて、病院や福祉施設ではなく刑務所に送られてしまうというわけです。その傾向は、注目されない目立たない事件で特に強い。精神障害者の裁判での扱いに関しては、日本は後進国でしょう。

ーーでは、精神障害者の事件報道についてどう見ていますか?

岩波 まず、メディアの報道が横一線に、容疑者を糾弾する方へ向かっている点が気になります。これは精神障害者の事件に限りませんが、日本では「逮捕されたら即、有罪」と見る風潮が強く、逮捕時点から実名報道します。しかし、実際には、起訴猶予になる場合もあれば、冤罪の場合もある。実名報道された人の社会的ダメージは計りしれないのですから、当事者の家族まで含めて、バッシングするだけの一斉報道は控えるべきでしょう。

ーー逆に、メディアが萎縮している面もありますね。

岩波 過剰なほど個人情報保護が叫ばれる時代ですからね。ですが、正確な情報が出てこないことは、精神科医にとっても、触法精神障害者の問題を考える上で障害になっています。例えば、精神鑑定について、精神医学というものの特性上、医師によって鑑定結果が異なるのはままあることです。奈良家族3人放火殺人事件(06年)の加害少年は、鑑定では「広汎性発達障害」と診断されましたが、診断には疑問が残りました。しかし、少年事件ということで、公式に情報が出てこず、鑑定医以外の医師には検証ができません。
この事件をめぐっては、ジャーナリストの草薙厚子氏が鑑定医から得た情報を本にしたことで、鑑定医が秘密漏示容疑で逮捕されましたが、事件や捜査の情報が公式に出されないため、裁判の内容を正しく検討することが困難です。事件関係者の個人情報の保護と、情報を公表し検証することのバランスは難しい問題ですが、司法、医学、報道の各分野で、しっかりと考えていかなければならないでしょう。

(雑誌「サイゾー」に掲載された内容です)

最新の画像もっと見る