デフォルトとは、本来は、「何もしないこと」、あるいは「成すべきことが行われないこと」を意味しているが、他にもさまざまな文脈で用いられている。
たとえば金融の世界でのデフォルトは「債務不履行」を意味し、履行されるべき債務が支払われないことで、深刻な事態である。これに対して、パソコン用語のデフォルトは、単にソフトウェアやハードウェアの初期設定を表わす「中立的」な用語となる。
この原稿における「デフォルト戦略」は、社会心理学者である山岸俊夫氏の著書『リスクに背を向ける日本人』(講談社現代新書)に述べられているものである。山岸氏は日本人の行動上の特徴として「デフォルト戦略」をあげ、アメリカ人と日本人を対象とした心理学的な実験を紹介している。
実験において、参加した人は、まずアンケートに答えて、謝礼としてボールペンを提供される。実験者は5本のペンを差し出し、「その中から好きなペンを1本持ち帰り下さい」と被験者に指示するが、5本のペンのうち4本は外側の色が同じで、残りの1本だけは色が異なっている。
この結果、アメリカ人は少ないほうの色のペンを取る傾向が強いのに対し、日本人は同じ色のペンを取る頻度が高かった。これが日本人にみられる「デフォルト戦略」である。
ここでの「デフォルト」は、前述したパソコン用語のデフォルトと類似している。たとえばワープロソフトでは、どのフォントを使用するかは自由に選べるようになっているが、多くのユーザーはとりあえず最初から設定されているデフォルトのフォントを使うことが多い。このように「できるだけ、何も選ばない」という行動が山岸氏の言う「デフォルト戦略」である。彼らのペンの実験からわかるように、日本人は当たり障りのないデフォルトを選択する傾向が大きい。
この特徴は、他の研究でも確認されている。日本人を対象としたアンケートなどの調査研究においては、「どちらでもない」「わからない」という回答が、他国の結果と比べて際立って多い。
山岸氏の指摘によれば、どうしたらいいのかはっきりしていないとき、できるだけ無難なやり方を取るのが日本社会の賢い生き方だという。
日本人にとって「無難」な行動のパターンとは、周囲の人から非難されたり嫌われたりしない行動を意味しているが、このようなデフォルト戦略をとっていると、本当に欲しいものを手に入れられない可能性が大きくなるけれども、周りの人からは非難されるリスクは低くなる。
デフォルト戦略は日本社会の基本的なル―ルであり、安定的な社会関係を築くための主要な要因であったことは明らかである。だが一方で、社会の活力を削ぐだけでなく、ひきこもりやアノミ―化などの精神医学的な病理現象を生み出す背景にもなっている。現在の日本社会は、新しい「方略」を見い出すべき変革期なのかもしれない。
(この原稿は、精神科同窓会誌に掲載予定です)
たとえば金融の世界でのデフォルトは「債務不履行」を意味し、履行されるべき債務が支払われないことで、深刻な事態である。これに対して、パソコン用語のデフォルトは、単にソフトウェアやハードウェアの初期設定を表わす「中立的」な用語となる。
この原稿における「デフォルト戦略」は、社会心理学者である山岸俊夫氏の著書『リスクに背を向ける日本人』(講談社現代新書)に述べられているものである。山岸氏は日本人の行動上の特徴として「デフォルト戦略」をあげ、アメリカ人と日本人を対象とした心理学的な実験を紹介している。
実験において、参加した人は、まずアンケートに答えて、謝礼としてボールペンを提供される。実験者は5本のペンを差し出し、「その中から好きなペンを1本持ち帰り下さい」と被験者に指示するが、5本のペンのうち4本は外側の色が同じで、残りの1本だけは色が異なっている。
この結果、アメリカ人は少ないほうの色のペンを取る傾向が強いのに対し、日本人は同じ色のペンを取る頻度が高かった。これが日本人にみられる「デフォルト戦略」である。
ここでの「デフォルト」は、前述したパソコン用語のデフォルトと類似している。たとえばワープロソフトでは、どのフォントを使用するかは自由に選べるようになっているが、多くのユーザーはとりあえず最初から設定されているデフォルトのフォントを使うことが多い。このように「できるだけ、何も選ばない」という行動が山岸氏の言う「デフォルト戦略」である。彼らのペンの実験からわかるように、日本人は当たり障りのないデフォルトを選択する傾向が大きい。
この特徴は、他の研究でも確認されている。日本人を対象としたアンケートなどの調査研究においては、「どちらでもない」「わからない」という回答が、他国の結果と比べて際立って多い。
山岸氏の指摘によれば、どうしたらいいのかはっきりしていないとき、できるだけ無難なやり方を取るのが日本社会の賢い生き方だという。
日本人にとって「無難」な行動のパターンとは、周囲の人から非難されたり嫌われたりしない行動を意味しているが、このようなデフォルト戦略をとっていると、本当に欲しいものを手に入れられない可能性が大きくなるけれども、周りの人からは非難されるリスクは低くなる。
デフォルト戦略は日本社会の基本的なル―ルであり、安定的な社会関係を築くための主要な要因であったことは明らかである。だが一方で、社会の活力を削ぐだけでなく、ひきこもりやアノミ―化などの精神医学的な病理現象を生み出す背景にもなっている。現在の日本社会は、新しい「方略」を見い出すべき変革期なのかもしれない。
(この原稿は、精神科同窓会誌に掲載予定です)