岩波コラム

精神科医によるコラムです

「十八歳の犯罪」

2010-03-17 17:57:06 | 日記
このコラムは2008年5月19日に東京新聞「放射線」に掲載されました。

 光市の母子殺人事件の差し戻し審において、死刑判決が宣告された。被告は犯行当時十八歳であった。極刑を求めた世論にとっては、当然の結果かもしれない。
 昭和四十三年に起きた永山事件も、この裁判と同様の経過をたどった。犯行時十九歳であったにもかかわらず実名報道がされたこの事件において、無期懲役だった判決が後に死刑に変わっている。
『枯木灘』や『千年の愉楽』などで知られる作家の中上 健次氏はエッセイの中で、自らの出自を振り返り、自分はもう一人の永山であり、少しのきっかけで永山と同様の事件を犯したかもしれないと述懐した。彼の『十九歳の地図』の主人公吉岡は、永山事件の犯人を髣髴とさせる。吉岡は新聞配達をしながら大学受験を目指しているが、鬱屈した暴力衝動を持て余し、脅迫電話を繰り返した。
 未成年に対して死刑判決が下った例として、他に市川市における一家殺人事件がある。こうした凶悪な事件に対して、重罪を求める主張は、当然のものだろう。しかしここで考えるべき点がある。それは日本の極刑が死刑である点だ。
 かつて刑罰は人々の娯楽であり、ヨーロッパにおいても公開処刑に群集が熱狂した時代もあった。最近の事件報道を巡る報道の過熱には、これと共通するものを感じる。現在先進国において死刑を存続させているのは、日本とアメリカだけである。まもなく裁判員制度が開始されることもあり、刑罰のあり方について十分な論議をすべき時期を迎えていると思える。