醸楽庵だより

芭蕉の紀行文・俳句、その他文学、社会問題についての評論

醸楽庵だより  666号  おもしろうてやがてかなしき鵜舟かな(芭蕉)  白井一道

2018-03-09 11:46:28 | 日記

  おもしろうてやがてかなしき鵜舟かな  芭蕉


句郎 岩波文庫『芭蕉俳句集』から「おもしろうてやがてかなしき鵜舟かな」。芭蕉45歳の時の句。『曠野』にある。「岐阜の庄長柄川の鵜飼とて、世にことごとしう言ひののしる。まことや、その興の人の語り伝ふるにたがはず、淺智短才の筆にも言葉にも尽すべきにあらず。「こころ知れらん人に見せばや」など言ひて、闇路に帰る、この身の名残惜しさをいかにせむ。」と前詞がある。
華女 長良川の鵜飼いは三百年も前から有名な観光産業になっていたのね。「岐阜の庄長柄川の鵜飼とて、世にことごとしう言ひののしる。」とは、そういうことなのよね。その面白さは言葉では言い表せられない。実際に見物しないと分からない。そんな思いをもって帰る名残惜しさと哀しみは尽きないと、いうことなのよね。
句郎 1970年代、ビジネスで東京に来たアメリカ人が日曜日の東京は何もないと退屈に辟易していたとき、長良川の鵜飼いを知り、見に行ったら、病みつきになったという話を読んだことがあるよ。
華女 蒸し蒸しする日本の夏の夜の鵜飼いは涼しい思い出になるショウのようなものでしよう。
句郎 私はヘミングウェーの『日はまた昇る』を思い出した。スペインの闘牛見物に出かけるところかな。
華女 闘牛も「おもしろうとやがてかなしき鵜舟かな」なんじゃないかしら。
句郎 そうだと思うな。殺された牛の肉に群がる貧しい民衆がいることは、あまり知られていないようだからね。
華女 スキーのジャンプ競技なんかもそうなんじゃないのかしら。だって、大空に飛びあがり100メートル近く飛ぶんでしょ。見ている者は軽業のような芸当に歓声を上げるけれども、もし突風にあおられたらどうなるのかしら。
句郎 プロの将棋指しも同じようなものなんじゃないのかな。15歳の少年に国民栄誉賞を受賞した永世名人の資格を持つ40代後半の棋士が頭を下げて敗北を認める。羽生竜王もまた30年前、まだ少年の面影を残し、40代のタイトル保持者を次々と破り、NHK杯選手権者なったことがあったからね。「おもしろうとやがてかなしき鵜舟かな」だよ。
華女 人の人生って、ごく平凡な人にとっても「おもしろうとやがてかなしき鵜舟かな」という面があるのじゃないかしらね。私だって若かった頃は毎日が楽しかったことがあったような気がするわ。それが歳をとって来るに従って腰が痛い。肩が痛い。足が痛い。出かけるのも大変になって来るなんて思いもしなかったことが起きて来るのよね。
句郎 人生の一面を的確な言葉で表現した句だということができると思っているんだけれどね。
華女 この句は名句よ。人生とは「おもしろうてやがてかなしき鵜舟」なのよね。そう思うわ。
句郎 僕もそんなふうに感じているんだ。しかし、人それぞれ山本健吉はこの句を失敗句だということを述べている。その理由が何なのか、さっぱり分からないが山本健吉はこの句を評価していない。
華女 いろいろな解釈があっていいんじゃないのかしらね。