岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

闇 39(恐れおののく歌舞伎町の住人たち編)

2024年10月01日 10時42分09秒 | 闇シリーズ

2024/10/01 tue

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新宿リタルダント 1 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

新宿リタルダント 1 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

新宿クレッシェンド第6弾新宿リタルダンド新宿歌舞伎町浄化作戦……。都知事が発動した馬鹿げたこの作戦は、歌舞伎町という街を本当にボロボロにしてしまった...

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俺専用の自転車に乗りながら、歌舞伎町の街を徘徊する日々。

そこいらで制服の警官が職質する姿を見掛ける。

まあこっちは別件だからそう気にする事もない。

パクられる可能性のある危険な時間帯は、朝から昼の三時頃までだった。

警察側からすれば、店をパクって終わりではない。

今度は名義人を署で尋問し、調書を取らねばならないのだ。

五時頃が定時だろうからおまわりも時間内で済ませたいというのが本音の部分だ。

暑い日差しを浴びながら巡回するので、こんな時自転車はありがたい。

心地よい風を感じながらいられるからだ。

西武新宿駅前の通りを走っていると、新宿署の交通課が駐車禁止の取締りをしていた。

車のサイドミラーに駐車禁止の札を括りつけるのではなく、新宿では移動できないようタイヤをロックする。

こうなると運転手は逃げようもない。

本当に暇な連中だな。

俺は軽蔑した眼差しで見ながら通り過ぎる。

憎々しい警官の後頭部に向かって唾を吐き掛けたいぐらいだ。

そんな事したら捕まってしまうから、あくまでも想像だけに留めておく。

待てよ…、こっちは自転車だし、後頭部に蹴りを入れてすぐに逃げれば大丈夫か?

いや、無理だ。

馬鹿な石原都知事が大金を使って歌舞伎町にはあらゆる監視カメラが設置された。

全部七十以上あるって誰かが言ってたっけ。

監視カメラの年間に掛かる維持費は七千万円ほど。

このご時勢に無駄遣いをするもんである。

犯罪防止というが、本当に酷い犯罪なんて歌舞伎町の連中はしない。

切羽詰った奴が、余裕ない状態で突発的にするから大きな事件になるのである。

事件が起きたあとなら証拠等になる場合もあるだろうが、抑制にはほとんどならない。

歌舞伎町を一周して、歌舞伎町交番のある花道通りに入る。

虚ろな視点でボーっとしている歌舞伎町交番の警官。

自然と警官を睨みながら通ると、交番の奥から怒鳴り声が聞こえてきた。

興味を覚え、中の様子を伺うと、うなぎ屋のオヤジの姿が見えた。

「この野郎は食い逃げしやがったんだ!」

「ねえもんはねえんだよ。払いようがねえだろ」

横で五十代後半のくたびれたオヤジが開き直っている。

「キサマ!」

つかみ掛かろうとするうなぎ屋のオヤジを数人の警官が必死に取り押さえていた。

この辺だけだと平和なもんだ。

俺は笑いながらあとにした。

隣には大久保病院とハイジアという大きな建物がある。

ハイジアは上にスポーツクラブ、下にマクドナルドや漫画喫茶、釣りの上州屋などが入った集合体の建物である。

以前そば屋かど平の出前オヤジが言っていた台詞を思い出す。

「ハイジアの二階にはよう。警察らの集合場所になってんだ。あそこで待機して裏稼業の店を取り締まるんだよな」

出前の際に缶ジュースを二本せしめようとするセコいオヤジの話だ。

信憑性などまるでない。

そうはいっても得体の知れない浄化作戦を考えると、ついハイジアの二階を見てしまう自分がいた。

他のビデオ屋の店員から電話が入る。

何でも西武新宿駅方面の店舗に警察が入ったらしい。

近くだったのですぐに駆けつけると、駅前通りの裏手にあるビデオ屋がやられていた。

もう箱車も到着し、店内からダンボールに入れたDVDをせっせと運んでいる。

どこの警察署か興味あったので、俺は遠くからその様子を伺った。

私服姿の刑事たちが数名駅前通りに向かう。

あとをつけると、交通課の警官たちと話し合っている。

どうやら覆面パトカーだと知らず、新宿署の交通課が駐車禁止で取り締まってしまったようだ。

非常に面白い展開である。

俺は携帯電話を使い、その様子をカメラに収めた。

覆面パトカーのタイヤについたワッパ。

交通課は気まずそうに外していた。

いつかこの写真が役に立つ時が来るかもしれない。

それにしても警察って本当に汚い組織だなと再認識した。

覆面とはいえ、警察が駐車禁止というルール違反をしているのである。

店を捕まる為という代名義分はあるにせよ、交通の妨げやその近辺の営業店に対して妨害したという事実には変わらない。

それが警察だと駐車禁止を取り消してしまうという事実。

「汚ねえ連中だ」

ボソッと呟くと俺はまた自転車を漕ぎ出した。

 

もうじき三十三歳になる。

彼女の百合子から記念に旅行へ行かないかと言われた。

二人で旅行なんてした事がない俺は、想像しただけで楽しくなってくる。

しかし歌舞伎町浄化作戦が始まった今、連休などとてもじゃないが取れる状態ではない。

行くとしても休みの日に近場へ行き、朝そのまま新宿へという感じになってしまうだろう。

「それでもいいから行きたい。だってあなたの誕生日なのよ」

百合子はとても優しい性格の持ち主で、気遣いもできるいい女だった。

俺ら三兄弟の子供の頃を話を聞くと泣いてくれ、育ての親であるおばさんのピーちゃんにはケーキをプレゼントした事もある。

よく俺の部屋に来ていたが、玄関で親父と会った時挨拶すると、あの親父も笑顔になったぐらいだ。

そんな百合子の希望は叶えてあげたかった。

ここまで荒んだ街の現状を考えると、たまにはこういった休息も必要かもしれない。

捕まった浜松の現状を思うと、あまり浮かれていられないという思いもある。

だけど俺が何をしたらかといって、彼の現状は変わる訳でもない。

「分かった。行こうか」

旅行中、組織に何かある可能性もある。

すぐ駆けつけられる距離でないといけないだろう。

そう思った俺は、昔旅行へ行った事のある秩父の温泉を提案した。

久しぶりに酢の大好きだった女を思い出すが、未だに身震いする。

川越から秩父なんて西武線で一時間半ぐらいで着く場所だ。

所沢駅で一度乗り換える必要があるが、そんな近場でも百合子は大喜びした。

もちろん酢女と過去この場所へ行った事は内緒にしておく。

百合子はとてもヤキモチ焼きなのだ。

前沢牛を始めとする様々な料理。

舌鼓を打ちながら、俺たちはつかの間の休息を楽しんだ。

たまにはこういった旅行なども人生の中で必要な事なのかもしれない。

浄化作戦という慌しい日々。

いつも集中し、長時間あの街の外にいるという行為はストレスが溜まる。

今まで裏稼業というものに対し、楽をできる仕事と思っていた。

仲間が捕まっていくのを目の当たりにし、初めてその大変さに気付く。

情報を謳ってしまったという浜松。

彼は出てきたらどうなってしまうのだろう……。

酒を飲みながら歌舞伎町の事を考えていると、百合子が俺にのしかかってくる。

「今ぐらい仕事忘れようよ、ね?」

俺は無言で百合子を抱き、性欲に溺れた。

そして北中のメロン時代に出会った姓名鑑定士の言葉を思い出していた。

「三十三になったら一つの事に集中し、一気に突き抜けると感じます。そして何かしらの結果が生まれるでしょう」

今日で三十三歳になった俺。

しかし何がどう変わったのか分からない。

一つの事に集中する?

今は統括する店を束ね、犠牲者を出さぬよう動くしかないのだ。

そして夜になれば百合子を求める。

それだけの毎日。

何がこれから変わると言うのだ……。

 

一晩ゆっくり過ごし、朝食を取る。

あと数時間後には新宿へ向かわないといけない。

西武秩父駅にあるおみやげ屋へ行き、色々なものを物色する。

駅前にあるそば屋へ入り、少し早い昼食を取った。

たまたま入ったそば屋だが、とても美味かった。

おみやげを買い、百合子とは所沢駅で別れ、そのまま新宿へと向かう。

歌舞伎町へ到着すると、オーナーの高山に連絡を入れた。

もちろん金子や村川にもおみやげを買ってあるが、心情的に一番世話になっている高山へ初めに渡したかったのだ。

「気を遣わせてすまんのう。まだ店も開いてないし、いつもの喫茶店行こか」

喫茶店ラーセンで高山に刺身こんにゃくと菓子折りを渡し、アイスコーヒーを注文する。

「ところでなあ、伊田君いるやろ」

「ええ、伊田さんがどうかしましたか?」

「奴のやっている『リング』も、ようやく売り上げが上がってきたんや。ちょっとは仕事に対しやる気が出てきたんやなとね……」

「良かったじゃないですか」

「それがのう……。昨日やられてしまったんや……」

「え?」

「ワシな…、伊田君が頑張ってるから、ちょいと小遣いもやったんや。とても喜んどったわ。もっと頑張りますねって」

「ちょっと待って下さい。やられたって…、もしかして警察に……」

「ああ、あいつもやられてしまったんや……」

あの伊田がパクられた?

自然と頭の中に伊田の顔が思い浮かぶ。

「いつですか!」

「昨日や。岩上君にも知らせようと思った。でもな、彼女と楽しんでいるところじゃ、こんな事言ってどうすんのやって」

高山の気遣いに感謝を覚えつつ、ショックを隠せない自分がいた。

昨日俺が百合子と旅行を楽しんでいる間、捕まった伊田。

「……」

またうちの系列で犠牲者が一人……。

伊田との他愛ないやり取りを思い出していた。

「伊田さん、俺、彼女できたんですよ」

「え、羨ましいですね。自分なんて昨日、『エンジェルキッス』が半額デーだからワンタイムだけ行ったぐらいですよ」

醜く太った体。

焼きそばのようにモジャモジャのだらしない髪の毛。

牛乳ビンの底のようなメガネを掛け、『巨人の星』に出てくる左門豊作のようなニキビだらけの頬。

あそこのお触りで働く女も、いくら仕事とはいえ溜まらないだろうな。

「彼女の写真とかってないんですか?」

「ありますよ、ほら」

俺は携帯電話で撮った百合子を見せた。

「すごい美人じゃないですか」

「いやあ、照れますね」

「じゃあ、今度岩上さんに紹介してもらって、私も一緒に3Pとか……」

本人は冗談で言っているつもりなのだろうが、俺にはまるで笑えない。

素っ気なくその場を離れたが、この後も同じ事を繰り返しニヤニヤしながら話し掛けてきた。

生理的に嫌いな男だった。

仕事じゃなければ話す事すらなかっただろう。

でも、あんな伊田でさえ捕まると、こうも悲しいものなのか……。

「高山さん、今『リング』は?」

「昨日やられたばかりやし、さすがに近づけんよ」

「上の『らせん』はどうするんですか?」

「まあ、他の店舗に関しては今日も状況を見て、営業はする。これ以上売り上げ落ちたらかなわんからのう。もうちょいしたら金子さんと村川さんもここに来る。残り三店舗になってしもうたけど、岩上君、頼むで」

「ええ!」

残り『らせん』『ビビット』『らっきょ』の三つ。

もうこんな思いをするのは嫌だ。力強く俺は頷いた。

 

午前中から昼に掛けて今日は五軒のビデオ屋がやられた。

手当たり次第といった表現がピッタリの新宿歌舞伎町浄化作戦。

俺たちは指をくわえて見ている事しかできない。

世界一の繁華街と謳われた歌舞伎町も、国家権力の前では無力に等しい。

それでもビデオ屋のほとんどは、昼の十二時ぐらいに店を開けだした。

高い家賃、そして人件費などがあるから、警察にパクられるのは怖いが仕方ないと言った感じなのだろう。

他の店が徐々に開きだしたから、少し様子を見てうちもやるか……。

高山ら三人のオーナーと相談し、今日の営業は昼の二時から始める事に決める。

うちの系列店もあと三店舗。

『フィッシュ』の浜松や『リング』の伊田のような真似は、もう俺がさせない。

ふざけんなよな、警察の連中……。

西武新宿駅前の『らっきょ』の名義人、山崎に電話をする。

彼は俺より五歳年上の三十八歳。

オーナーの金子の話によると、昔は大金持ちだったらしい。

親の財産の受け継ぎマンションの管理人をしていたそうだ。

賭博好きの山崎は競馬にほとんどの金をつぎ込み、あっという間に破産した。

俺も以前競馬に狂っていた時代もあるのでよく分かる。

パチンコやスロットと違い、競馬は天井というものが存在しない。

パチンコで十万円負けるのはとても大変だ。

しかし競馬なら百円も一千万も一瞬でなくなる。

マンションを手放した山崎は二億円という金を手にしたらしい。

それでも懲りる事なく土日になれば競馬、平日はパチンコに入り浸り、現在『らっきょ』の名義人として働いている。

「山崎さん? 二時からやりますから」

「えー、てっきり今日は四時ぐらいからかと思ったのにー」

後ろでパチンコ屋のやかましい騒音が聞こえる中、山崎は面倒臭そうに言う。

この男、財産を使い果たしても懲りていないのか、四六時中パチンコをやっている。

「早く店を開ける準備をして下さいね」

それだけ言うと、次は東通りにある地下の店『ビビット』へ連絡を入れる。

ここの名義人の柏は六十歳を過ぎた老人だった。

仕事がないようでこうして裏ビデオ屋の名義人をしているようだ。

彼は今のビデオ業界についてこれず、五店舗ある系列の中で一番売り上げが悪い。

それでも月に五十万円の給料を手にしている訳だから、本人的には満足なのだろう。

ただ柏の人柄はとても良く、一緒に食事へ行くと必ずといっていいぐらいご馳走してくれた。

『ビビット』も村川の店である。

最後に高山の店『らせん』の名義人、松本へ連絡を入れておしまいだ。

彼は非常に真面目で何故こんな裏稼業で働くのかと疑問に思うほどだ。

細かい気配りもできるし、客が店に来てもすぐ分かり易いようなレイアウトを考え、人当たりも柔らかい。

年は俺より四つ上の三十七歳。

五店舗の名義人の中で唯一結婚している人間でもある。

相手は中国人の奥さん。

人間的にできている松本であるが、一つ問題があり、タイ人の女性に入れ込んでいる。

いつも携帯電話に収めているタイ人の彼女の写真を見せては、「岩上さん、どうです。綺麗でしょう?」と自慢をしてきた。

「でも松本さん、奥さんいるでしょう? マズくないですか?」

「私的には別れたいんですよ。このタイ人の子を愛していますからね。でもあいつ、絶対に別れないって頑固なんですよ」

どう考えても松本のほうが悪いと思うが、他人事なので放っておく。

時間は昼の一時四十五分。

松本に電話をすると、電気屋に来て、空のビデオテープを買っているところらしい。

生真面目な彼はDVDを見れない客の為に、暇を見ては自分でビデオテープにダビングして作り、売り上げに貢献していた。

「岩上さん、すみません。今ビデオテープ買っているんですけど、戻るのに三十分ぐらい掛かってしまうんですよ。『らせん』の合鍵持ってますよね?」

松本は遠い場所にあっても経費削減の為、安ければ平気で買い物に行く。

俺の立場からすれば、松本のような名義人ばかりだと何の苦労もないのだ。

「ええ、ありますけど」

「申し訳ないんですが、お店開けてもらえませんか?」

浄化作戦により、全体的な売り上げは当然の如く落ちている。

金がいつもより少ない状態だから、オーナーたちも変にピリピリしていた。

松本にしてみたら、あとあと文句を言われるような事は避けたかったのだろう。

「構いませんよ。戻ってきてもすぐできるよう準備しておきますから」

「ありがとうございます」

こうして俺は『らせん』のオープン準備をする。

万が一の事を考え、高山に『ビビット』と『らっきょ』の鍵を預けておいた。

『らせん』へ向かう途中、ワールドワン時代の部下山下が道端に立っている。

「あれ、岩上さんどうしたんすか?」

「今、松本さんが買い出しに行っちゃってから、代わりに店だけ開けに来た」

「あとでジュース飲みに行ってもいいすか?」

「構わないけど、すぐに俺はいなくなるぞ。あ、一応警察とかの見張り、ヤバい事あったらすぐに連絡くれよな」

「分かりました」

入口の鍵を外し、階段を上っていく。

外に看板を出し、店内の明かりをつけた。

いつも綺麗に片付いている店内。

松本が戻るまでまだ二十分以上ある。

たまには小説でも書くとするか。

俺は常にノートパソコンを持ち歩いていたので、こういう時は非常に便利である。

彼女の百合子も俺の書く小説を読むのを楽しみにしているので、早速書き始めようと電源を入れた。

 

昼の二時過ぎ。

階段を上ってくる足音が聞こえる。

松本か?

その方向を見ていると、サラリーマン風の三十代半ばの客だった。

軽く会釈をして俺は小説の続きを書く。

客がメモ用紙に商品を書いてカウンターまで来たら、奥にあるDVDの中から商品を探し渡すだけ。

非常に簡単な仕事である。

また階段を上がる足音が聞こえる。

オープンして間もないのに客足がいいもんだ。

入口を見ると、土木の格好をした状況の男が見える。

首に汚れたタオルを巻いたままなので、大方近くの現場から抜け出して来たのだろう。

しばらく執筆に没頭していると、『らせん』を開け十五分もしないのに気付けば十名以上の客が店内にいた。

「……」

客層はバラバラであるが、何かヤバいものを感じた。

これが駅前の『らっきょ』なら分かる。

しかしこの店のエリアはそこまで人通りなどない。

開けてすぐこんなに客が入るはずなどないのだ。

客はそれぞれ壁に張られたビデオのジャケットを見ているが、おそらく演技だろう。

今、俺は警察に囲まれている……。

直感的に思った。

すべてが警官ではないにしろ、ほとんどはそうに違いない。

もし土木の格好した奴が警官だとしたら、思い切り殴りつけてやりたい気分だ。

凝った格好しやがってと。

さて、どうする?

どうやってこの場から逃げ出すか……。

パソコンを開いていたのは失敗だった。

何もない状態なら、電話をするふりをして外へ行き、そのまま全力で逃げてしまえばいい。

しかしパソコンを調べられたら、すぐに岩上智一郎だと分かってしまう。

将棋でいう王手。

変にオドオドするな。

さり気なくパソコンの電源を落とす。

こんな時すぐに落ちないのが恨めしい。

逃げ道を探せ。

いや、待てよ……。

もし捕まったと考えたら、このパソコンを見られたらかなりヤバいぞ。

俺はオーナーたちに頼まれ、裏ビデオの商品のジャケットなどをデザインして作る事もあった。

そして商品の管理なども夜になるとパソコンを使って計算し、不正がないようチェックもしている。

そんなデータを見られてみろ。

名義人よりも罪は重くなるかもしれない。

再度パソコンをつけ、怪しいと思うデータを片っ端から削除しだした。

もはや王手などではない。

逃げ場などどこにもない詰みなのだ。

腹を括れ。

もう俺はこの状況だと逃げられない……。

携帯電話が鳴る。

着信はオーナーの高山からだった。

分かってる。

分かってるよ、高山さん……。

電話に出る事で高山まで被害が及ぶ可能性がある。

俺はそのまま携帯電話の電源を落とした。

少しばかり浄化作戦を舐めていたようだ。

俺はパソコンの画面を眺めるふりをしつつ、店内の客の動向を見た。

どのぐらい時間が過ぎただろうか……。

時計を見ると二時二十分。

まだ十分ぐらいしか経っていないのか……。

できれば俺の杞憂であってほしい。

一人の客がメモ用紙に作品名を書き終わり、カウンターまで歩いてくる。

こいつは客か。

「はい、いらっしゃいませ」

しょうがない。

普通に仕事をするしかないだろう。

その時、そばにいた中年オヤジが声を掛けてきた。

「すみません~。ちょっと、う~ん、作品名何だっけかな~。ちょっと待って下さいね」

そのオヤジはカバンの中をゴソゴソと探している。

「あ、あったあった」

そう言いながら俺の目の前に出てきたのは警察手帳だった。

「動くなよ、警察だ!」

客のふりをした中年オヤジは、勝ち誇ったかのようにいやらしい笑みを浮かべた。

 

シーンとなる店内。

誰一人口を開こうとしない。

俺は目の前に出された警察手帳をジッと見ていた。

とうとうこの時が来たのか。

メロンの時と決定的に違うのは、警察官の数。

とてもじゃないが今度ばかりは見逃してくれないだろう。

メロンの時に会った姓名鑑定士の言葉。

俺が三十三歳になると凄い何かが起きる。

密かにずっと期待していた。

それが三十三歳の誕生日の翌日に、こんな目に遭うなんて……。

せめて百合子に捕まったと連絡を入れないと。

いや、さっき高山からの着信で電源を消したままだ。

今さら何もできない。

手帳を出した警官の周りでニヤニヤ笑う数名の客。

中には先ほどの土木の作業着の奴もいた。

呆然と立ち尽くし震えているのは一人だけ。

この人以外すべて警官なのだろう。

「まだ買った訳じゃないんだから、客は関係ないっすよね?」

俺は手帳を持つオヤジに言うと、つまらなそうな顔で「ああ、行け」と手を払う。

唯一の本物の客は慌てて逃げ出した。

「ずいぶんと落ち着いているんだな」

「いえいえ、初めての事なんでメチャクチャ驚いてはいますよ」

「とてもそうは見えん」

「じゃあ、肝が据わってるだけでしょう」

「おい、キサマ! 何を偉そうにほざいてんだ、オラッ!」

土木の警官が怒鳴りつけてくる。

以前ヤクザ者数名がメロンに来た時いたチンピラ。

こいつもそれと変わらないな。

大人数でいるから、そして国家権力がバックにいるから粋がっているだけに過ぎない。

「キサマ? おい、若造。おまえこそ口の利き方気をつけろよ。くだらねえ格好なんぞしやがって」

俺が立ち上がると、十名以上いる警官たちは臨戦態勢で身構える。

「たった一人相手にずいぶんビビッてんだな。安心しろよ。暴れはしねえって」

静かに両腕をつき出した。

パニックになるな。

考えてみろ。

『新宿クレッシェンド』を書いた時、みんな何て言ってくれた?

リアルでとても面白い。

そう言ってくれたじゃねえか。

この状況、よく覚えておけ。

そして俺の行動一つ一つがとても面白い物語を作る原動力になるんだ。

自分の行動に対し、あとで後悔するのだけはやめよう。

何の為にこの街へ来た?

何故この街にこだわってきた?

岩上家の力などまるで関係ない土地。

俺が俺でいられるからこうしているのだ。

そういえばなかなか手錠を掛けないな。

覚悟を決めたんだから、早くしろって。

「まだ何もしない。大人しくその場にいろ」

手帳を出したオヤジが口を開く。

手を挙げると他の警官らは一斉に奥の部屋へ向かう。

「おい、ちょっと来い」

「何でしょう?」

奥の部屋にあるテレビの電源をつけ、中にDVDをセットする警官。

再生ボタンを押すと、裏ビデオの映像が流れる。

「これは何をしている?」

「え、何をしているって?」

「だからこれは何をしているんだ?」

警官の一人が画面を指差しながらもう一度言った。

「くわえてますね」

「そういうのを何て言うんだ?」

なるほど、捕まえる前に自供させないといけない訳か。

「フェラチオに決まってんじゃないすか」

「そうか、フェラチオだな?」

「しつこいなあ。それ以外にどう見えるんです?」

逮捕状を取り出し両手で広げる警官。

逮捕状には裏ビデオの作品名が一つだけ書いてある。

以前聞いた通りだ。

警察は数日前にビデオ屋で一枚以上のDVDをあえて買う。

もちろん国の金を遣って。

帰って逮捕状に作品のタイトルを記入し、ようやく逮捕へ踏み込めるという訳だ。

「二時三十分、猥褻図画『テーチャーNAO 及川奈央』の販売目的でおまえを現行犯逮捕する」

手錠がとんどん近づいてくる。

全日本プロレスの合宿の前日以来だな。

「はいはい。あまキツくしないで下さいよ」

できるだけ正々堂々といよう。あとで自分の行動を誇れるぐらい……。

 

 

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