岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

闇 40(巣鴨警察署留置課編)

2024年10月01日 11時44分24秒 | 闇シリーズ

2024/10/01 tue

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新宿リタルダント 1 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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新宿クレッシェンド第6弾新宿リタルダンド新宿歌舞伎町浄化作戦……。都知事が発動した馬鹿げたこの作戦は、歌舞伎町という街を本当にボロボロにしてしまった...

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十数名の警官たちが、奥の部屋にストックしてあるDVDやビデオをダンボールに入れている。

全部でダンボール十七箱。

結構な量だ。

何故かまだ俺に手錠を掛けない警察。

暇を持て余すので親玉の後ろへ近づく。

もしここでこいつの首を絞め、振り回せばうまく逃げられちゃうなあ。

まあそんな事したらあとが大変だからしないけど……。

「な、何だ、キサマ! 近づくんじゃない」

殺気を感じたのか、刑事は慌てて飛び退いた。

「何をそんなビビッてんですか。何もしやしませんよ」

「うるさい、そこから動くな」

「はいはい」

土木の格好をした男は壁に貼っているものを大袈裟に破き、嬉しそうに片っ端から剥がしている。

日頃よほどストレスでも溜まってんだな。

そう思うぐらい男の行動はみっともなく見えた。

店舗の中があらかた整理されると、今度は五名の警官が建築現場などで使うバールを手に持ち、壁に向かってフルスイングをしだす。

柔らかい壁紙など簡単に穴が開き、ボード板の下地が見える。

そう、こうやってこいつらは捕まえた店の中をメチャクチャにしていくのだ。

「おい、やめろよ。みっともねえぞ」

俺がそう言うと、「壊さなきゃお前らみたいな人種はまだ懲りずに始めるだろうが」とニヤニヤしている。

「あくまでも借りている物件で、そんな事をして何の意味があるんだよ? これから俺は捕まるんだぞ。誰がここを片付けるんだ?」

「上から徹底的にやれって命令受けてんだよ」

土木の男が嬉しそうに言う。

「格好悪いなあ、あんたら…。上から命令されれば、何でもやるんだ? それが警察って訳なんだな。チンピラ以下の集まりじゃん。まあいいや、それ以上するなら、俺も大人しくするのはやめるわ。徹底的に暴れて捕まろうじゃないか」

「何だとこのガキが!」

「始めに言っておく。暴力ってものならおまえらの専売特許じゃねえからな。俺は簡単に人間を素手で壊せる」

右手の拳をギュッと固め、親指を突き出す。

こんな腐った連中にただ屈服するのだけは嫌だ。

罪が重くなったっていい。

やってやる……。

「おいおい、落ち着けって。おまえらもやめろ。もういい。これ以上何もしないから落ち着け」

手帳を持った親玉が間に入ってくる。

俺は壁に開いた穴をジッと見つめていた。

「分かりました。それなら俺も大人しくいます」

二人一組になってダンボールを運ぶ警官。

押収物って訳か。

時計を見ると、もう三時になろうとしている。

人間一人しか通れないような狭い階段を警官二人に前後を挟まれ、ゆっくりと降りる。

外へ出ると、右手にパトカーが三台待機してあった。

「刑事さん、捕まる前に聞いていい?」

「何だ?」

「ここに踏み込む前、どこで待機してた訳?」

「うるさい、そんな事など言う訳ねえだろうが」

左手を見ると、すごい数の野次馬ができている。

先頭に山下の姿が見えた。

みんな、俺を心配しているのだろう。

俺はスーツの上着のボタンを外し、端を両手でつかむ。

そしてマントに見立て大きく広げた。

この行動には何の意味もない。

ただ山下を始めとする野次馬共を少しでも安心させようとした行為だった。

五十メートルぐらい先から、ドッと笑い声が聞こえる。

「おい、キサマ。何をしてんだ。早く乗れ!」

「はいはい」

パトカーに乗り込む際、土木の男が手錠を掛けようとする。

すると親玉はそれを手で制し、「いい。こいつは逃げやしない。署についてからでいい」と言った。

とうとうこの時が来たのか。

俺を乗せたパトカーはゆっくりと発進し、区役所通りに出た。

 

巣鴨警察へ連行された俺は、両手首に手錠をはめたまま署内へ入る。

新宿歌舞伎町浄化作戦…、俺は少し甘く見過ぎていたようだ。

最初にやられたうちの系列店『フィッシュ』。

そして次が『リング』。

すべて違う警察署だった。

俺の時は巣鴨警察署……。

つまり都内中にある各警察署の生活安全課の刑事たちが、たった一店舗の裏ビデオ屋に対し、パクる為だけに十名から十五名ほどの動員を動かしている。

さすがヤクザ者も驚く訳だ。

今まで月に三十万の情報料を払って得た警察の動きの情報。

浄化作戦の発動により、新宿警察署の情報を流していた刑事がビビったのだろう。

その情報がまったく入らなくなったヤクザは、俺らに流せる情報手段を失った。

それを知った時点でもっと慎重に動くべきだったのだ、俺は……。

もう仕方ないか。

腹を括るしかない。

今、こうして警察署の中にいるのだから。

「動くなよ」

身体検査をされ、財布の中にある金をすべて数えられた。

一万円札は何枚。

千円札は何枚。

五百円玉は何枚といった具合で細かく分けられる。

結構大きな機械の前に座らされ、指紋を取られた。

両手の十本の指紋を右から左へ転がすように丁重にデータで読み込んでいく。

その時指紋を取った警官は何故か弱気な奴で、妙にオドオドしていた。

犯罪者相手にコイツは何を恐縮しているのだろうかと不思議に思ったが、変に揉めたところでこっちが損をするだけである。

とりあえず大人しく指紋を取らせてやった。

取調べの前、始めはカツ丼を食べさせてくれると思っていたが現実は違う。

自分の持っている金で出前を取るだけなのだ。

「おい、岩上。おまえ、カツ丼食うか?」

最初にそう言われたが、すぐ「もちろん自分の金で出前取るだけだぞ」とつけ加えられた。

冗談じゃない。

定番のようにカツ丼など食って溜まるか。

もしグリンピースが三粒ほどカツ丼の上に乗っていたら、それだけで無性にムカつきそうだ。

どうせ自分の金で払うなら好きなものを食いたい。

これからしばらくは好きなものなど何も食べられないのだろうから……。

「刑事さん。俺、味噌ラーメンの大盛りと、生姜焼き定食を頼みます。あ、あと餃子も食べようかな」

「駄目だ。一品だけにしろ」

「えー、いいじゃないすか」

「駄目だ。どっちにするんだ?」

俺は散々迷った挙句、汁物のほうが中で出ないような気がして味噌ラーメンの大盛りを頼む事にした。

 

「さて調書を取るぞ。もう腹は膨れたか?」

「膨れる訳ないでしょ。だから生姜焼き定食と餃子も食べたいって言ったのに」

「うるさい! さっさと始めるぞ。あ、私の名前は出口だ。おまえは『いわかみ』って読むのか?」

「はい、そうっすよ」

「正直に答えてくれよ。私はこう見えてあのオーム真理教ってあるだろ? その幹部も尋問した事あるんだからな」

だから何だと言いたかった。

別に俺の件とオーム真理教なんて何一つ共通点などない。

今の俺は何をしなきゃいけないか?

答えは明白だ。

絶対に起訴されてはいけない。

オーナーの高山は俺が巣鴨警察署にいるのを知っているだろう。

松本も俺の身代わりで出頭するだろうし、明日、明後日辺りには弁護士だって来るはず。

その時までにある程度の供述は作っておきなきゃいけないのだ。

「何でも話しますよ~」

ワザと陽気に話す俺を出口刑事は胡散臭そうに見た。

まず家族構成から話し、全日本プロレスの事、浅草ビューホテル時代の事を大まかに伝える。

「それでおまえは体がデカいのか。絶対に暴れるなよな」

「そんな事する訳ないじゃないですか」

「もう少しプロレス時代の話をしてみろ。ひょっとしたら地検の検事さんも、プロレスファンかもしれん。優位に働くかもしれないぞ」

「そうですか。じゃあ話します」

サラリーマンを辞めて、いきなりレスラーになろうとした経緯から話した。

「ずいぶんと長い話だな……」

「だって刑事さんが聞いてきたんじゃないですか」

「まあ、そうだが…。ところでおまえ、お母さんは?」

「ああ、俺が小二の時に家を出て行きました。冬の寒い時期ですね」

「何でおまえ、そんな淡々と話しているんだ?」

「そのあと高校を卒業したあと、俺が親父とお袋を離婚させたからですよ」

「はあ? 何でおまえが?」

担当の刑事は驚いた表情で聞いてきた。

「話すと長くなりますよ?」

「どのぐらいだ?」

「う~ん、程度にもよりますけど」

コース別にしたら分かり易いかな?

例えばAコースは俺の家の前に映画館がある事から話そう。

Cコースだと加藤皐月も交えたこれまでの展開かな。

「程度?」

「ええ、Aコース、Bコース、Cコースならどれがいいですか?」

「何だ、そりゃ?」

「Aコースだと、多分…、おそらく…、う~ん、そうですね。丸一日話し続けるぐらいですね」

「ふざけんな。そんなに時間を掛けられる訳ないだろうが」

「そうですよね。だからどのコースにしますって言ったんですよ」

「じゃあ、Cだと?」

「そうですね…。まあ、八時間ほどあれば……」

「もう家族の事はいい! 次の事を話せ」

「了解しました」

歌舞伎町時代に入るまでは正直に話した。

問題は何故あそこで働いていたかという部分。

その一点で俺の今後は左右される。

「何故俺があの店で働くようになったかという事なんですけど……」

「おお、正直に言えよ」

「ええ、元々パチンコとかパチスロ大好きで、西武新宿駅前のパチンコ屋で『北斗の拳』をしていたんですね。近くに『ラーメン馬鹿一代』って本当に不味いラーメン屋があったんです。まあそのラーメン屋とはまったく関係ない話なんですけど、その時、常連客でもあった松本さんと知り合い、たまに食事をするような関係になったんですよ。で、俺、こう見えて小説を書いているんです。『新宿クレッシェンド』とか『でっぱり』って作品を完成させたら、近所の人や知り合いがとてもリアルだと。で、それを松本さんに話すと、『良かったら週一でいいからうちの店で働かないか?』と誘われたんですよ。俺もリアルさを追及するんなら、実際に入るのが一番だろうし、週に一回ぐらいなら問題ないだろうと。あのカウンターに座って来る客の相手をすればいいだけですからね」

「おまえが小説? 嘘こけ。そんな都合いい事を言ったって私は騙されんからな」

「そんなの嘘ついたってしょうがないじゃないですか。俺のパソコンを調べれば実際に小説のデータ入ってますよ。あ、でも、パソコンを変にいじって壊したら、弁償してもらいますからね。あと作品のデータもそのパソコンにしか入っていないので、変な事をしたらそれなりの責任は追及します」

「別におまえのパソコンなんてどうだっていい。じゃあ、その松本ってのが社長って訳だな?」

「そうじゃないすかね、多分……」

「多分って何だ。おまえは実際にあそこにいたんだろう」

「でも、働いて四回目の時でこうなっちゃいましたからね。一日一万二千円もくれるし、まあ割のいいバイトかなと思ってたんですけど、こんな目に遭うならもうちょい慎重にいればよかったって反省してます」

「当たり前だ、馬鹿野郎。どこの世界にリアルさを追求する為、裏稼業をする馬鹿がいる」

「ここにいるじゃないですか。目の前に。こんな俺だから将来はきっとうまくいきますよ」

「ふん、ほざいてろ。まあいい、だいたいの調書は済んだ。明日また続きをやるから留置所でゆっくり休め」

「ありがとうございます。そういえば刑事さん」

「何だ?」

「お名前を」

「ああ、出口って言うんだ」

「出口刑事ですね。実はあと一つ言いたかった事があるんですよね……」

「おう、言ってみろ」

自分が捕まった事を女に連絡したいと、無茶なお願いをしてみる。

彼女は裏稼業とはまったく関係のない普通のOLだから、いきなり連絡取れなくなったじゃ心配するだろうと説明した。

俺の目をジッと見て、「わかった。おまえの目は悪人ではない」……と言い、電話するのを許可してくれた出口刑事。

普通ならありえない話であった。

「あ、百合子か? へへ…、実は今巣鴨警察署にいるんだよ」

「はあ? 何冗談を言ってるの?」

「いや、冗談じゃなくてさ。捕まっちゃったんだな、これが」

まるで信じてくれない百合子。

当たり前だ。

途中、出口刑事が電話に変わる。

それで初めて現状を理解したようだ。

どこかユニークな出口刑事は、ここは冷暖房完備だから大乗とか意味不明な安心のさせ方をしていた。

「ほら、最後に声を聞かせてやれ」

「最後って何だか死刑になるみたいじゃないですか」

「うるせえ! 早く代われ!」

携帯電話を受け取る。

「まあ、ちょっとしたら出てくるから安心しろ。心配掛けてすまんな」

まだ百合子は何かを言いたそうだったが、あまり余裕でいるのもよろしくない。

適度に話し、会話を終える。

なかなか出だしは好調だな。

俺はしおらしく手錠を掛けられ留置所へと向かった。

百合子の奴、今頃心配しているだろうな……。

 

二日目の調書は、昨日と変わらない内容を押し通した。

最近になってワープロを覚えたという出口刑事はたどたどしくキーボードを打ちながら、俺の話をまとめていく。

昨日で調書はあらかた完成している。

ほとんど二回目は形式的にしているだけだった。

二回の尋問で分った事。

この目の前にいる出口刑事は人がかなりいいという事である。

そしてとても変わった男だった。

三国志の話や古代史の話が大好きな変わった刑事である。

「古代史によるとな、アメリカ大陸には日本人の先祖がいるんだ。昔は……」

「おまえ、パソコンやるだろ? いいか、それなら近くにサボテンを置いたほうがいいぞ。サボテンはパソコンから出る電磁波をうまく吸収する役割が……」

「テレビでよく報道されたオーム真理教あっただろ? あそこの指名手配されていた幹部の川俣、コイツは俺が取調べをしたんだぞ」

「君が代って国歌があるだろ? 『さ~ざ~れ~、い~し~の~』って。あれはだな。九州が発祥の地で、さざれやちよ神社って言うのがあるらしいんだ……」

……と常にこんな感じで刑事である。

要は、犯罪とは何の関係もないどうでもいい話が大好きなのである。

運がいい……。

俺は図に乗って願い事を言ってみた。

「刑事さん…。実は、今週の土曜日、学生時代の恩師のところへ、女を紹介しに行くところだったんですよ」

「で、何だ?」

「いや、あのですね……。このままだと恩師に対し、無礼な真似をする事になるじゃないですか?」

「しょうがないだろう。捕まったおまえが悪い」

「でも、婚約している女を紹介しますって言っているのに、バックレるのはまずいですよ」

「じゃあ、どうしたいんだ?」

「女に連絡を取りたいんですけど、今はOLなので仕事中です。だからメールを打っておきたいんですよ。駄目っすかね?」

俺は下をうつむきながら、悲しそうな表情になるよう懸命に演技をしてみた。

「しょ、しょうがないな……。手短に済ませろよ」

「あ、ありがとうございます、刑事さん!」

「ば、馬鹿、声がデカいっちゅうの! 早く打て!」

携帯電話の中身は調べられるとヤバいデータが多数あった。

なのでこれを機に、それらを消しておきたかったのである。

何が入っていたかって?

まずは浄化作戦時、歌舞伎町に来ていた覆面パトカーの車番である。

全部で三十台分以上のナンバーを俺は携帯に控えておいたのだ。

それに私服で歌舞伎町を歩き回っていた刑事の顔写真も、十名は入っている。

歌舞伎町にいる頃は、常に周りと情報のやり取りをしていた。

裏稼業の世界でこういった情報は非常に重要である。

パクられるのを回避できる可能性がグッと増えるからだ。

まさか自分が捕まるだなんて想像もしていなかったので、消しておかねばあとあと面倒になるのは目に見えていた。

まあこの出口刑事に対して俺は嘘をついていない。

学生時代の恩師のところへ週末、行く約束をしていたのは本当だし、女を連れて行く約束をしたのも事実だったからである。

まずは俺が、巣鴨警察に捕まったというメールを知り合いに送ろう……。

《巣鴨警察にパクられちゃった! 岩上智一郎より》

それだけの短い文を打つと、俺は仲のいい知り合いへ一斉に送信する。

その送信メールをすぐに削除してから、ヤバいデータを次々と消した。

今頃メールが届いた仲間連中は見て大笑いしているだろう。

最後にワザと長ったらしいメールを女宛てに打ち出した。

《迷惑掛けてすまない。一ヶ月弱は巣鴨の留置所から出られないだろう。で、今週末、俺の高校時代の恩師の家へ一緒に行く約束をしていただろ? このままじゃ何も連絡取れないので、おまえから先生にうまく伝えてほしい。心配掛けて本当にすまない。とりあえず俺は元気で毎日を過ごしているから、出たらうまいものでも食いに行こう。え、何を食うかって? そりゃあ肉しかねえだろ。焼肉…、いや、肉の塊をガバガバと食いたい。だとすればやっぱステーキになるかな。ここは肉なんて洒落たもん一切出ないからね。肉食の俺にとってそれだけは本当に辛い事だ。まあそんな訳で、先生の連絡先を載せておくから連絡頼むな。心配するだろうからパクられたなんて言うなよ? うまい具合に説明しておいてくれ。 岩上智一郎より》

「刑事さん、ありがとうございます。今、打ち終わりました。これを送っていいでしょうか?」

「どれ?」

俺の書いた長文メールをじっくり眺める出口刑事。しばらくしてからゆっくりと口を開く。

「駄目だ、これじゃ」

「え、何でですか?」

「ここを出たら一緒になろう…。その台詞が抜けてるぞ! 書いてやれ」

「真顔で何を言ってんですか、まったく……」

俺は刑事を無視して、メールを送信した。

取調べが終わると、留置所へ戻される。

しばらく暇を持て余していると、弁護士が面会に来たようだ。

俺はこれまでの調書の流れを説明し、オーナーとして出頭する松本にはいきなりじゃなく一週間後ぐらいがいいだろうとアドバイスをする。

通常の面会だと常に俺の横に警官がいるようだが、弁護士の場合だけ一対一で話せるのだ。

「オーナたちから何か預かってきました?」

「はい、着替え一式と、五万円の差し入れを入れてます。他に何か欲しいものありますか?」

「う~ん、そうだなあ…。雑誌…、雑誌を入れてもらえますか?」

「どんなのがいいですか?」

「俺、結構な量を読みますよ?」

「ええ、何でも差し入れます。言って下さい」

「えっと月曜日はヤンマガとビックコミックスピリッツ。火曜日がアクションで、水曜日は少年マガジン。木曜日が週刊プロレスとヤンジャンとヤングサンデー。金曜日は漫画ゴラク…。そのぐらいですかね」

「まとめて差し入れますから安心して下さい」

「ありがとうございます。で、どうでしょう? この状態ならうまく検事も騙せるでしょ?」

「そうですね。あとは松本さんが出頭して口裏を合わせれば問題ないかと思います」

「みんなにはよろしく言っといて下さい。中で元気にやってると」

「了解しました」

面会が終わると、俺は再び牢屋の中へ戻される。

 

鉄格子の間から見える水道の蛇口。

俺は水一杯すら自由に飲めやしない。

「担当さ~ん…。水ちょうだいよ、水」

巣鴨警察署の留置にいる警察官。

それを俺たちは担当さんと呼んでいる。

警察といっても色々な課に分類されている。

駐車違反のキップを切ったりする交通課や、この俺を捕まえに来た生活安全課。

だいたい刑事ってのはこういう課の連中を指す。

そして捕まっている間、色々と世話をしてくれる留置課。

刑事と留置の人間は基本的に仲が悪いらしい。

同室のヤクザ者がそう教えてくれた。

何故か聞いてみる。

「だってさ、岩上ちゃん。考えてみなよ。刑事って犯人を逮捕するだろ? 言い方を変えれば命をそれだけ張るって事じゃない。でも、留置の人間はほとんど安全。何せ警察署の中で捕まった連中の管理だけだしね。だから刑事連中は留置の人間を軽く見ているし、留置の人間は刑事に対し何だえばりやがってと思っているのが現状なんだよ」

このヤクザ者とは、初めて会った時から何故か馬が合った。

多分お互い歌舞伎町の中で仕事をしていたという共通点で、妙に親近感が沸いたのだろう。

お互いの情報を言い合い、俺たちはすぐ打ち解け仲良しになったのだ。

巣鴨署の留置所は造りが古いらしく、扇形の留置室になっていた。

上から見れば半円に見え、五つの部屋に区切られている。

まるでみかんを半分に切ったような形である。

これを作った人間はギャグでも狙ったのだろうか?

どういう区分で部屋に振り分けられるのか分からないが、俺たちは右側から二番目にある二室と呼ばれるにいた。

「おい、十五番」

担当が俺を呼んでいる。

ここではみんな、名前を番号で呼ばれた。

同室のヤクザは八番、痴漢で捕まった自衛官は十一番、俺は十五番といった具合である。

「何すか?」

「おまえ、元プロレスラーだったらしいじゃないか。聞いたぞ。だから身体がデカいんだな」

「何年前の話ですか。もう、当時の身体なんて、とっくに落ちてますよ。それに俺はリングに上がっちゃいないすからね。まあ、四年前に総合の試合なら上がりましたけど」

「頼むからおまえはここで暴れんなよ。そんなデカい身体、誰にも止めらんないからな」

鉄格子越しの会話。

担当もたった一人で俺たちを監視するのが仕事だから暇で仕方がないのだ。

常に誰かしらに話し掛け時間を潰している。

突然横の三室の奴が大声で口を挟んできた。

「担当さん、俺だってね昔は……」

この手の会話になると負けじと絡んでくる男。

将棋で言えば積み、チェスで言えばチェックメイトなのに、まだ自分の存在をアピールし粋がろうとしている。

「うるさい、おまえはただのチンピラだろ。十五番なんかと一緒にするな」

憐れにもその男はまったく相手にされないでいた。

警察も人間の子である。

人間の好き嫌いがあるみたいだ。

プロレスファンの担当がいると何かと便利なものである。

俺は特別扱いをされていた。

留置の中は朝六時起床。

眠い目を擦りながら布団をたたみ、部屋の掃除をして運動になる。

運動といってもラジオ体操をする訳ではない。

運動と形式上呼んでいるだけであり、別室で数名ごとタバコを吸ったり、髭をそったり、爪を切ったりするだけである。

この留置所で吸えるタバコの本数は二本だけ。

だからみんな、根元までちゃんと丁寧にキッチリと吸う。

毎朝俺たちはトイレで使う分の紙をもらい、みんなで仲良く半分に折りたたむ。

ヤクザ者だろうが、一般人だろうが全員で同じ作業をするのである。

トイレットペーパーのような洒落たものは一切ないので、この紙切れで俺たちはクソしたあとのケツを拭くのだ。

これについてもヤクザ者は語る。

「刑務所はもっと酷い。紙の枚数だって決まった枚数しかくれねぇんだぜ」

「え、じゃあ、クソする時、紙が足りなくなったらどうすんですか?」

「そんなのうまく使わない奴が悪い訳よ」

それだけで刑務所送りにはなりたくないなあと思う。

風呂は五日に一日だけある。

三人ずつ順番に入り、最初に体や髪の毛を洗う。

湯船はとても熱かったが、俺はいつも我慢しながら真っ赤な顔をして入った。

あとになればなるほど、風呂に入る奴は悲惨だ。

何故なら五日分の垢が溜まった連中が、次々と一斉に入るのである。

湯船にはその人数分の垢がたくさん浮いている状態になるのだ。

飯は七時、十二時、五時の三回。

この辺は病院とそんなに変わらないか……。

しかし、その三食の飯の内容は酷いものだった。

朝はご飯に、きゅうりのきゅうちゃん二つ。

あと海苔の佃煮のチューブとふりかけのみ。

あ、あとインスタント味噌を溶かしたような味噌汁。

昼は耳つきの食パンを二枚重ね、そこへマーガリンをボテッと乗せたものと、ジャムが乗せたもの。

それとチーズスティック一本。

それでも平日はまだいい。土日休日は甘い菓子パンが三つだけだった。

さつまいものあんこが入ったアンパンや、チョコにすべて覆われた真っ黒のパン。

甘いものが一切駄目な俺にとって嫌がらせにしか見えない。

夜は冷めきったどこかの仕出し弁当。

肉なんて洒落たものはほとんど入っていない。

しなびた衣に包まれた謎のフライが、いつもメインのおかずであった。

こんなものが毎日続く。

さすがにうんざりしてくる。

だから休日、祝日以外の平日の昼飯のみ、自弁というものが五百円で頼めた。

値段の割にはなかなか豪華で、大抵の人間はみんな自弁を頼む。

弁当業者が違うらしく交代で一日置きに作っているのか、日によって当たり外れも多い。

そんな状況でも、毎週火曜日はカレーライスと定番になっている。

しかし、そのカレーはとても不味かった。

味は何となくカレーの味がするような感じで、見た目はガラスのショーウィンドーの中で飾ってあるようなカレーライスである。

それでも食パンを毎日齧っているよりはマシだから注文をしてしまう。

 

闇 41(取り調べとカレーライス編) - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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