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「劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン」感想

【ネタバレ】

◎「劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン」

「愛する人へ送る、最後の手紙。」

2020年9月18日(金)公開、監督・石立太一、脚本・吉田玲子、原作・暁佳奈、制作・京都アニメーション、140分。

上中下で中の上くらい。
死を描いたものを見て感涙するのは不思議でも何でもないので、それが多かったこと、それが少しあざとかったことがマイナスです。

また、ただでさえ上映時間が140分と長いのに、シーンとシーンの間が長いところがあるとか、本筋に関係の薄い物語(エンディングからして、本作がヴァイオレットのシリーズとしては最後なのでしょう。それで主なキャラのその後を描いたりしているのでしょうか、それが物語を少し長くしています。)を入れているので、冗長に感じました。

とはいえ、気持ちの変化の描き方が丁寧なのは良いですし、全体として涙が出るシーンが多く感動的ではありました(作品は作品として楽しみたいので、なるべく意識はしないようにしましたが、京アニ放火殺人事件のことが念頭にあったから余計にというのはあります。それがなくてもだとは思いますが、それは検証のしようがありません。)。

ヴァイオレット・エヴァーガーデン(cv石川由依)、
ギルベルト・ブーゲンビリア(元軍人でヴァイオレットの上官だった。戦場で行方不明になり死んだと思われているが。)(cv浪川大輔)、
クラウディア・ホッジンズ(C.H郵便社の社長でヴァイオレットの上司)(cv子安武人)、
ディートフリート・ブーゲンビリア(ギルベルトの兄で元軍人)(cv木内秀信)など。

○冒頭、TV版10話「愛する人はずっと見守っている」のその後の話しと10話のシーンが少しあって、本作のタイトルが出て、ここまでが最初の感涙ポイントです。
10話はとても感動的で感涙の物語で、私も見るたびに感涙しますが、以下のように大きな疑問があります。

死期が近い母が、ヴァイオレットに手紙を代筆することを依頼します。娘は死期が近いことに気づいているのでしょう、手紙を書いていないで母に一緒に遊んでほしいと泣きます。
手紙は、50年分の、娘の誕生日に贈るもの。未来も描かれ、手紙を読む娘は嬉しそうです。
感動的です。

しかし、手紙を書き終わってからどのくらいで死んだのか、その間にどれだけ抱き締めてあげたのかにもよりますが、つまりヴァイオレットと手紙を書いていた時間にかまってもらえなかった精神的ショックが十二分に癒されたのかにもよりますが、手紙よりも、少なくとも手紙は10年分か成人の年までに止め、もっと抱き締めてあげるべきだったです。

母が生きている間に十二分に娘が癒されなかったのに、後に手紙を受け取ったことにより娘が十二分に癒されたというのなら、それは結果論であって、偶然でしかありません。

○さて、TV版が2018年冬、京アニ放火殺人事件が2019年7月18日、事件前の最後に完成していたという劇場版の「ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 - 永遠と自動手記人形 -」が2019年9月6日公開、事件後初である本作(当初は2020年1月10日公開予定でしたが事件で制作が遅れて4月24日公開予定に、さらにCOVID-19により9月18日に延期。)。

外伝を見なかったのは、TV版も外伝も世評は高いことは分かっていましたが、TV版はそれほどとは思えないのに世評が高かったことから、世評が高い外伝もそれほどではないだろうと思ったからです。
(ではなぜ本作を見たのかと言うと、外伝が高評価なのでさすがに気になったからです。)

・TV版ですが、ヴァイオレットがドール(自動手記人形。手紙の代筆者。)になる勉強をしていて、ギルべルトが戦場で別れ際に言った「愛してる」が分からないままなのに(その別れ以来、ギルベルトは行方不明で死んだとされていた。)、あの程度でドールに合格してしまうのかという点、「愛してる」が分からなくてもある程度年齢を重ねれば様々な経験もするでしょうし本などで疑似体験もできるでしょうけれど、合格の時点ではそれも少ない10代である点の2点からヴァイオレットのドールとしての能力に疑問がある点が一つ、

TV版では最も世評が高いと思われる10話に上記の疑問がある点が一つ、

以上からTV版の世評と外伝の世評が信用できなかったので外伝は見ませんでしたし、私のTV版の評価も上中下で言えば中くらいです。

・また、画はとても綺麗ですが、物語としてはそこまで綺麗な画は必要ないのではとは今でも思っています。
それは、画が綺麗なこと自体は良いことですし、画が綺麗なことで物語に説得力が生まれてプラスには作用していますが、そこまで綺麗にしてもそれに比例してそこまで評価は高くはならないということです。

画はアニメの欠かせない要素ですが、画を見るためにアニメを見ているわけではなく、画は物語や制作者の思いを見るための手段です。

○本作に戻り。終盤、ギルベルトの声があの距離(少なくとも数百メートルはあるはず。)で海上の船のヴァイオレットに聞こえるわけがないですし、同じ船の同じデッキにいても端と端ならエンジン音などで聞こえないかもしれないのも置くとして、駆け出したヴァイオレットは海に飛び込むのか、クラウディアが止めるのかと思っていたら飛び込んで、ちょっと笑ってしまいました。
この後、ギルベルトと感動の対面と抱擁という感涙ポイントがあるのは見え見えなのに。
ドレス状の服で波のある海を泳げるのは、身体能力が異常に高いヴァイオレットだから問題ないとしても。

ヴァイオレットの身体能力がとても高いということは既に描かれていました。
ディートフリートが訪ねてきたとき、ヴァイオレットが墓地で落としたリボンを出すためにディートフリートがポケットに手を入れた瞬間に、ヴァイオレットが素早い動作で手をつかんだりして制圧しました。

この少し前に墓地で会っていますし、ディートフリートの表情に敵対的なところはなかったですし、もう戦争は終わっているのですから、ヴァイオレットが何故ここまでの戦場でするような反応をしたのかが意味不明でしたが、船から飛び降りて泳いで、という人間離れしたところに説得力を持たせるためだったのでしょう。

・また、義手が不調な様子が描かれていました。タイプを打つ手がうまくいかないので自分で修理するシーン、それでもその後、ドアにカギを入れるときに穴を外してうまく入らないシーン。

・ヴァイオレットが海に飛び込んだ時に私が思い出したのは、身体能力の高さのシーンと義手の不調のシーンでした。
ドレス状の服ということもあって義手の不調から溺れてギルベルト(片目と片腕がない。)が助けに来る可能性もあるなとも思ったのですが、泳ぎ切りました。

さすがに、ギルベルトが片腕でヴァイオレットもかかえて泳ぐのは無理がありますけれど、浮き輪の代わりになるもの(海岸に都合よく落ちていることが多い「木」とか。)を持っていけば問題ないので、海中や海面で口づけするとか、そういう選択肢もありました。

○電話と手紙について。
・電話が普及し始めて手紙が廃れ始めていて、ドールの必要性が減っている状況。それによりドールが手紙を書くための時間と気力がない病床の子が死ぬ間際に親友と電話で会話できたことは、電話の利点でした。

・冒頭はTV版10話の娘が老人になって死んで葬式、その孫がヴァイオレットの代筆した手紙(祖母(=10話の娘)が大事にしていたと両親から聞いた。)を読んで感涙、ヴァイオレットの足跡を探して旅に出ます。

C.H郵便社は無くなっていて、博物館になっていたり、ヴァイオレットとギルベルトが再会した島ではヴァイオレットが代筆したから1人当たりの手紙が最多というのは特別な事情とはいえ、ロマンチックです。

その島でしか発行されていない切手は、ヴァイオレットが颯爽と歩く横からの全身の姿というのも、島民の思いがあふれていてロマンチックです。

○さて、エンディングに事件の犠牲者のうち本作に関与した人の氏名があって、数人の氏名しか覚えていませんが、それはそれで込み上げてくるものがあります。

私は犠牲者の氏名を警察は公表すべきと思っているので(ましてや、この事件の場合は、氏名を表に出して仕事をしている人たちですから。)、当時公表され報道された氏名一覧を見ましたが、公表に反対していた人は氏名を見ていないし偶然見ても忘れる努力をしたのでしょうから、そういう観点ではエンディングで込み上げてくるものはなかったことでしょう。

そこだけを取れば、そういう人は、その分は純粋に本作を見ることができたと言えます。

○新宿ピカデリーにて。
2020年3月






2020年6月


2020年7月




2020年9月。ようやく公開です。











【shin】


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