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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 185

2020年11月16日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
「ねえ! どうするのよう!」
 コーイチとテルキが光と共に消えたのを目の当たりにした逸子は悲鳴のような声を出す。
 逸子には誰も返事が出来なかった。
「助けに行かなくちゃ!」逸子はアツコを見て言う。「ねえ、アツコ! タイムマシンを出してよ! コーイチさんを助けに行くのよ!」
「ちょっと待って……」アツコは困惑の表情をしている。「逸子、落ち着いて。それに、タイムマシンを出しても無駄なのよ」
「どうしてよ?」逸子の全身からオーラが立ち昇る。「コーイチさんはテルキさんとタイムマシンで消えたんでしょ? だったら、つべこべ言わないで、後を追えば良いじゃないの!」
「だから!」アツコは強く言う。しかし、すぐに弱々しい態度になる。「……だから、テルキさんのタイムマシンが、どこの時代に行ったのか分からないのよ……」
「分からない……?」逸子は今一つ理解が出来ないと言う風に眉間に縦じわを寄せる。「それはアツコの時代の話じゃないの?」
「そうだけど……」
「ねえ、ナナさん?」逸子はナナを見る。「アツコの時代じゃ出来なかっただろうけど、ナナさんの、この時代なら、何か方法はあるんでしょ?」
「……逸子さん……」ナナは悲しそうに言うと、頭を左右に振った。「わたしの時代でも、まだそこまでは出来ていないのよ……」
「でも、何かを作る際には、考えられる事故に対処する方法って考えるものじゃないの?」
「そうなんだけど、タイムマシンの使用はあくまでも自己責任の範疇なのよ」
「じゃあ何? 何かあっても責任は取れないって言うの?」逸子が怒りで全身を震わせる。「そんな好い加減な物をみんなで使っているの? 何が未来よ! 何がタイムマシンよ! タイムマシンなんか大嫌いよう!」
 逸子は言うとわあわあと大声で泣き出した。タイムパトロールだと言っても、肝心な事は何も出来ない、単なるお役所仕事だと痛感させられたナナはため息をつく。
「……逸子さん……」タロウは泣きじゃくる逸子に声をかけた。「きっと、何か解決策があるはずだよ。人間の作ったものだ、必ず人間の手で何とか出来るはずさ」
「……」逸子は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げて、じっとタロウを見つめる。「……どうやるの? ねえ、どうやるのよう!」
「……それは……」逸子の迫力にタロウの腰が引ける。「……ボクにも分からない。分からないけど、必ずあるはずだよ」
 タロウの言葉に逸子は呆然とする。「分からない、分からない……」逸子はそう繰り返しつぶやく続けた。つぶやきがふと止まると、床に崩れ落ちて大声を上げて泣き出した。
「タロウ!」アツコがタロウを叱る。「根拠の無い確信は止めてよね! 逸子、また泣き出しちゃったじゃない!」
「……でもさ、なんて言うか、見るに見かねちゃって……」
「中途半端な同情心は、返って傷を深くするものなのよ! そんな事も分からないから、あなたはダメなのよ! コーイチさんとは雲泥の差だわ!」
 アツコはそう言いながら、目に涙を一杯に浮かべていた。それを見たタロウはうろたえる。
「わたしだって……」アツコの声が震える。「コーイチさんに思いを寄せた一人なのよ。……優しくって、話を聞いてくれて…… そうよ、わたしだって、わたしだって……」
 アツコは下を向いてすんすんと鼻を鳴らし始めた。そして、我慢出来なくなったのか、床に崩れ落ち、逸子の隣で、逸子に負けないくらいの大きな声で泣き出した。
 タロウはナナとタケルを見た。ナナはお手上げと言った表情で泣く二人を見ている。タケルはまだテルキが支持者だったと言うショックから抜け出せないでいるようで、ぼうっとしている。
「おい! 二人ともめそめそするな!」
 そう言って泣き崩れている逸子とアツコの前に立ったのはチトセだった。怒った顔で泣いている二人をにらんでいる。
「泣いて何とかなるのか? 何とかなると思ってんなら散々泣きゃあ良いんだ! でもな、泣いてもどうにもならないじゃないか! だったら泣くな! 泣かないで、どうにかしようって考えろ!」チトセの迫力に驚いて、逸子とアツコは泣き止んだ。驚いたような顔でチトセを見上げている。「オレだって、色々あったけど、何とかしなきゃっていつも考えていたから、泣く暇なんか無かったぞ! 泣くなんて、甘えん坊で赤ん坊だ! オレだって、婿にするって決めていたコーイチを失くしてんだぞ! でもな、泣きゃしない! 泣いたらそこでお終いだからな! オレは、泣かない!」
 チトセはそう言い切ると、顔を上に向けた。下唇を強く噛み、両手を強く握りしめている。それは涙が頬を伝うのを避け、大声で泣くのを必死で堪えている健気な姿だった。
「チトセちゃん……」逸子は立ち上がった。「ごめんなさい…… 泣いている場合じゃないわよね……」
「そうね……」アツコも立ち上がる。「取り乱しちゃったわ。気付かせてくれてありがとう……」
「ふん!」チトセが二人を見て鼻を鳴らす。そして、何度か目元を擦った。涙を拭ったのだろう。「子供に説教されるようなオバさんたちに、コーイチを任せられないな!」
 チトセの言葉に皆笑った。殺伐とした雰囲気が和んだ。
「……ナナさん、本当に、この時代でもタイムマシンの追跡って無理なのかい?」タロウがナナに聞く。「もしも、タイムマシンを所持している人が遭難したら、助けに行けないのかい?」
「……そうですね。そうなってしまった場合は、不幸な事故として処理されています」ナナは辛そうに答える。「もちろん、何とかしようとしているんだけど、難しい……」
「ほう……」そう言って割り込んで来たのはケーイチだった。「ほう、難しいのかね? そうなのかね? ……そうか? そうなのか? ……」
 ケーイチはぶつぶつ言いだし、腕組みをし、瞑目した。しばらくして、ぶつぶつ言うのが治まると、ぱっと目を開けて、あたりをきょろきょろ見回し始めた。
「大変だ! ケーイチ兄者が何かを思いついたんだ!」チトセが大あわてになる。「ノートとペン!」
 ケーイチの右手はペンを持って書こうと言う動きをしている。それに合わせてケーイチもうなり始める。チトセは実験用の長台に付いている引出しを開けた。引出しの中には数冊の「キャプテン・ビューティー」が表紙のノートと数本の黒色のボールペンとが入っていた。チトセはノート一冊とボールペン一本を取り出し、うなっているケーイチに渡した。ケーイチはノートの表紙を見てにやついている。
「兄者! そんな事していると、良い案がどっかへ行っちゃうぞ! 前にもそれをやっちゃっただろう!」
 チトセは言うと、ケーイチからノートを取り上げて表紙をめくってから渡し直した。ボールペンのキャップを外しケーイチの右手に待たせた。
 ケーイチの手が動き出した。黙々とボールペンを動かし、次々にノートのページをめくって行く。ノートには、ケーイチしか読めないよう小さくて丸っこい字で数式が書きつけられて行った。皆は呆気にとられ、ケーイチの様子を見ている。チトセだけは見慣れていると言った感じで、椅子に腰掛け、足をぶらぶらさせながらケーイチを見ているている。
「ようし!」ノートの最終ページまで書き終えたケーイチは満足そうにうなずき、チトセを見る。「チトセ! これが出来れば、コーイチの所に行けるぞ!」
「本当か?」
「ああ! そのために、いつものように手伝ってくれ!」
「合点承知だい!」
 チトセは椅子から飛び降りた。


つづく
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