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ジェシル 危機一発! ⑥

2019年10月31日 | ジェシル 危機一発!(全54話完結)
 ジェシルは宇宙パトロール本部を出て、ロボ・タクシー乗り場へと向かう。すっと目の前に一台停まった。ジェシルは眉をひそめた。……こいつ、潜りのロボ・タクシーね。
 ロボ・タクシーはそれぞれが国の決めたタクシー会社に所属している。それらのロボ・タクシーは定期的なメンテナンスを受けており、安全性が高い。また、幼い子供一人で乗っても安心と言う健全さも併せ持っている。しかし、たまにそれらに属さず、個人や不正規のタクシー会社で走らせているものがある。明らかに違法行為なのだが、低料金だったり、いかがわしい場所へ直接乗り付けたりでき、何かと重宝がられている。取り締まっても後を絶たず、ほぼ野放し状態だった。
 ジェシルの前に来たロボ・タクシーは、派手な塗装と言い、タクシー会社名がどこにも付いていない事と言い、自分は正規のものではないと宣伝しているようだった。しかし、ジェシルは知らん顔をして乗り込んだ。こう言う違法車の方がこれから向かう所にはふさわしいだろうと考えたからだ。
「パール街のクラブ『アンシャント』まで」ジェシルは言った。スーツの右ポケットに小型のメルカトリーム熱線銃が入っているのを、ポケットの上から軽く叩いて確認する。「急いでね」
「あそこは超高級クラブですぜ」ロボ・タクシーが答える。「言っちゃ悪いが、お客さんのような若い娘が、それもそんな平服で行ける場所じゃねえですよ。それに、まだオープンの時間でもねえですし……」
「うるさいわねぇ……」ジェシルは不機嫌になる。「あなた、テトに関係でもあるの? ごちゃごちゃ言わないで、さっさと向かいなさいよ!」
「あっ、そうか! お姐さん、テトの愛人か! そうかそうか、テトって面食いだって話だから、姐さんならぴったりだ」
「ふざけた事言ってないで、早く出してよ! 違うのに乗り換えちゃうわよ!」
「ちぇっ、姐さんが美人だって誉めてんですぜ」ロボ・タクシーは不服そうだ。「そうか! 一刻も早く愛しいテトに会いたいって事ですかい!」
「あのねぇ……」
 ジェシルが文句を言いかけた途端、ロボ・タクシーのドアがロックされ、急発進をした。すぐに法定速度を超えたが、ジェシルは車窓から見える、流れ去る景色を楽しそうに眺め始めた。
「あなた、なかなか良い運転をするじゃない」ジェシルはロボ・タクシーに話しかける。「わたし、こういうスピード感にあふれているのって好きだわ」
「じゃ、もっと出しましょうかい?」
「ダメよ、宇宙パトロールに捕まっちゃうわ」
「ははは、大丈夫でやすよ。おいらのマスターが裏から手を回してますからねぇ」
「あら、あなたの所有者が賄賂でも渡しているって事なの?」
「まあ、ね……」ロボ・タクシーは言葉を濁した。「これ以上は企業秘密でやすからね。うっかり話しちまったら自爆装置が働いちまいますぜ。おいらと心中はしたかないでしょう?」
「当然ね」ジェシルは即答した。ジェシルは交通課の面々を思い浮かべていた。……きっと、あいつとあいつに賄賂が渡っているのね。ジェシルはうんざりした表情になる。「まあ良いわ」
「最近じゃ、宇宙パトロールも手抜きなんですかねえ、おいらみたいなのが増えてきてるんですぜ」ロボ・タクシーは得意げに話しだす。「政府もね、もう諦めて認めりゃいいんでさあね」
「あなたの高説を承っていられないわ」ジェシルは言う。「渋滞を避けて裏道をちゃちゃっと走ってちょうだい。無駄に料金を吊り上げるような道ばかり行かないで」
「へいへい…… 姐さん、若いのに色々と詳しいねえ」
 ロボ・タクシーは諦めたように裏道を走った。しばらくすると、ロボ・タクシーは停まった。
「着きやしたぜ。裏道は危険でやすからね、そこを走ったんですからね、割増料金を貰わなきゃあなりやせん。払ってもらうまでドアは開きやせんぜ」ロボ・タクシーは脅してきた。「いくら姐さんがテトの愛人だったとしても、これは譲れねえよ。……おっと、おいらを覚えて後でなんとしてやろうって思ったって無駄さ。おいらはすぐに塗装も形も変えてつらっとして走るんだからね」
「あらそう?」ジェシルはスーツの内ポケットから宇宙パトロールの身分章を取り出して、カメラ・アイに向けた。「じゃあ、宇宙パトロールに付けておいてくれる? それともこの場で破壊されたい?」
「ははは、何だ、パトロールの捜査官の方でしたか…… お若くて美人だから、てっきり……」
「女捜査官はごつくって男勝りだと思ってたのかしら?」
「いやその……」ロボ・タクシーのドアが開いた。「どうも失礼をしました。いやあ、宇宙パトロールのお役に立ててうれしい限りですよ。もちろん料金は頂きませんぜ」
「どうしたのよ、改まっちゃって」ジェシルはからかう。「それと、スピードがかなり出てたわね。交通課は目こぼしするかもしれないけど、わたしはどうしようかなあ……」
「それはあれですよ。追い風が強かったもんですから、ついつい……」
「あなた、面白いわね」ジェシルは言うとタクシーから降り、顔だけ戻して付け加えた。「あなたを気に入ったわ。わたしの要件が済むまで、ここで待機していてちょうだい」
 ジェシルはクラブの出入り扉の前に立つ大男の用心棒二人に話しかけた。一人が慌てて中に入って行った。しばらくして戻って来ると、平身低頭な様子でジェシルを中へと案内した。
 その一部始終を見ていたロボ・タクシーは、ドアを閉め、「空車」の表示を「貸切」へと変更した。


つづく

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