お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

怪談 幽ヶ浜 29 FINAL

2020年09月25日 | 怪談 幽ヶ浜(全29話完結)
 すっきりと晴れた翌朝、長と太吉は浜へと向かった。手分けをして見回ったが、浜には誰もいなかった。
「長、坊様が見当たらねぇ……」太吉が不安そうに言う。「どこ行っちまったんだ……」
「わしの方でも見当たらなんだな……」長は言いながら、頷いた。「……と言う事は、首尾良く行ったと言う事じゃろう」
「そうなのか?」
「ほら、おっしゃっておったろう? お坊様の死骸が浜に転がっておったら、おてるを供養するようにとな」
「あんなでかい図体だもんな、見落とすはずはねぇ」太吉はほっとした顔になる。「じゃあ、坊様は死ななかったって事だな」
「そうじゃ、そして、おてるを無事に成仏させてくださったのじゃ……」
 長はそう言うと、両手を合わせた。太吉もそれに倣う。太吉は潮風がいつもより清々しいものに感じた。
「……坊様、どこへ行ったんだろうな……」太吉は言う。「何かお礼をしたかったよ」
「干し魚の礼とは言っとったがの」
「ならよ、干し魚をもっと食ってもらえば良かったな」
 長は笑う。太吉も笑った。
「太吉よ……」長はふと真顔になる。「わしはこの度の事の顛末を、村の衆に話そうと思っておる…… そしてな、村全体でおてるとその母を末永く供養して行こうと考えておるのじゃ」
「へい……」太吉も神妙な面持ちになる。「それが良いと思いやす……」
「お島は尼寺へ届けねばな。次のおてるとなってはかわいそうじゃ」
「へい……」
 打ち寄せる波が穏やかだ。
「それとな、わしは長を鉄に譲ろうと思っておる」
「そんな! まだ長には頑張ってもらわねぇと!」
「いや、鉄は充分に長をやれる力がある。わしは残りの日々をおてるたちの供養に当ててぇんだよ。償いとしてな……」
 長は笑う。太吉は、長の顔に刻まれた皺に、長の生きた永い年月を見た気がした。
「長がそう言うんなら、それで構いやせん……」
「太吉も次の長を担う身じゃからの、鉄としっかりやってもらいてぇ」
「へい、足手纏いになんねぇよう、精進致しやす」
 太吉は長に頭を下げた。長は満足そうに何度も頷いた。
「ところでよ、太吉……」
「何でやしょう?」
「あのお坊様、名は何とおっしゃられたかの?」
「……」太吉は思い出そうと出会ってからの事を思い返す。しかし、名を聞いた覚えが無かった。「名前は聞いていなかったでやすね……」
「そうかい…… なかなかのお坊様だと思うがのう」長は坊様を探しているかのように、浜の先を見透かすように眺めている。「ま、あの風体じゃ。どこで会っても見間違えると言う事は無いじゃろう」
「その通りで」
 長は振り返って海を見た。長は潮風を大きく吸い込む。
「……こりゃあ、当分は大漁続きじゃな」
 長は言った。


おしまい


コメントを投稿