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怪談 幽ヶ浜 21

2020年08月30日 | 怪談 幽ヶ浜(全29話完結)
 鉄と太吉が帰った後、長と坊様はゆっくりと浜へと歩いて行く。潮風が珍しいのか、坊様は大きく吸い込んで見せた。そして、満足そうな笑顔で頷く。
「……ふむ、潮風と言うのは、心が洗われるようだのう」
「お坊様、心が洗われるなどとおっしゃってはいけませんなあ」長が海の遠くを見つめながら言う。「お坊様がわしらの心を洗うてくださいませんと」 
「はっはっは、確かにそうじゃのう…… まだまだ修行が足りんわい」
 坊様は言いながら頭を掻いた。
「それで、お坊様は、どう思われる?」長が改まった口調で言う。「鉄や太吉の言っておったおせんってのは、死んだおてるの事じゃないかのう……」
「いや、からだを持たぬ者が、生身の藤吉や権二に直に何かできるとは思えんがな。ましてや此度は男と女じゃ。考えられぬのう」
「さいで……」
「長殿……」坊様は不意に険しい表情になった。「まだ何か隠しておるじゃろう?」
「……」長はじっと坊様を見上げた。諦めたように溜め息をつく。「やはり、お見通しでやすかい……」
「はっはっは、わしにはそんな霊力は無いぞ」坊様は笑う。「勘じゃよ、勘」
「叶わねぇなぁ……」長は苦笑する。「……実は、ちと気になる女がいる事はいるんだが……」
「やはりな。ご亭主を漁で亡くされたって所かね?」
「へえ、その通りで……」
「子は?」
「子はおりやせん……」
「そうかい」
「その女、お島って言うんでやすけどね。亭主の為三が死んでから、男出入りが始まりやして……」
「ほう……」
「わしも幾度となく諌めやしたが、その時たんびに『寂しかったんだよう』とか『もう二度としねぇよう』って泣いて詫びやすんで、それ以上何も言えねぇ。でもね、すぐまた男を連れ込むんでさぁ……」
「そうかい。通う男衆も男衆だのう」
「まったくで…… お島は子を産めねぇからだでやしてね。そこへ持って来て艶っぽいと来てやがる。男にとっちゃあ、何とも割のいい女で……」
「また、女房衆がやきもきしておるのかね?」
「その通りで…… 女房どもが計り合って亭主どもをお島ん所へ行かねぇように見張っておりやす。それでもちょくちょく出かける野郎はいやすがね…… お島の今の住みかも、女房どもによって村のずうっと外れの方になってしまいましてな」
「ほう、女房衆の力とは大したものじゃのう」
「……ところがそれが仇になりやして、今じゃ、近在の村からもこっそり通うのがいるようで。ほとほと村の厄介者じゃ」
「その話……」坊様は足を止める。「長殿の話してくれた、おてるに似てはおらんかね?」
「言われてみれば……」長も立ち止まる。「おてるとその母親との事がいっぺんにお島に起きたようで…… ……まさか、お坊様は、藤吉や権二にお島が絡んでいるとお考えで?」
「いやいや、お島は村の者だろう? 顔が割れとるよ」
「言われてみれば、そうでやすねぇ…… でも気になりやす。お島ん所に行ってみやしょうか?」
「そうじゃのう、何か分かるかもしれんな」坊様は言って一足出そうとして、動きを止めた。「……その前に、おてるとその母を埋めた所へ連れて行ってくれんかな? 念仏の一つでも唱えさせてもらおう」
「へい、ありがとう存じやす……」
 二人はそのまま浜を背にして歩いた。村はずれにやや小高い丘がある。そこが村の者たちが眠る地だった。そこから海が一望できた。陽光が波に揺れ、細かく散りばめられた螺鈿細工を思わせる。吹き抜ける風も潮の香りを運んでくる。
「ほう、なかなかの良い場所じゃ……」坊様は感心している。「海の者は死しても海を望むか」
「へい、その通りで……」長は言う。「……おてると母はあちらで……」
 長は申し訳なさそうな顔で坊様を案内する。丘を進むと坂となっている。そこは日陰となっている。おてると母はここに眠っているようだ。まさに日陰者扱いで、長が申し訳なさそうにしたのもそのせいだろう。
「むっ!」
 長は日陰の地を一望し、顔を強張らせて唸ると、駈け下りた。坊様もよたよたしながら後を追う。長が立ち止った足元に、縦長の石が二つ、横倒しになっており、更にその一つは真っ二つに割れていた。
「何とした事じゃ!」長が座り込んで呆然として石を見つめる。「何と言う……」
「長殿、これがおてると母の墓所か?」
「……へい」長は力なく頷く。「村の墓地に一緒に埋めるのを憚って、ここに埋めたんでやす…… 墓石代わりに石を並べて置いたんじゃが……」
「いきさつを知らぬ者が増えたと言っていただろう? きっとそんな者たちの子たちの仕業じゃろう。悪気があったわけでは無い」
「でやすが……」長は言って、はっと気づいた顔になる。「まさか、このせいで……」
「うん、そうじゃろうな。おてるの邪念が噴き出しおったのじゃ」
「それじゃ、坊様!」長は慌てながら言う。「早速、供養を、供養をお願ぇ致しやす!」
「……もう手遅れじゃよ」坊様は周囲を見回す。「墓石があった頃はまだ封じる事も出来たろうが、今はもう何も感じ取れん。おてるの邪念はもうここには無い……」
「じゃあ、どこへ?」
「急いでお島の所へ行こう。おてるの邪念が行く所と言えば、そこを置いてあるまい」


つづく

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