お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

ジェシルと赤いゲート 24

2023年03月10日 | ジェシルと赤いゲート 
「痛たたた……」
 そう言いながら立ち上がり、お尻を撫でさすっているのはジェシルだった。
 いきなり足下に開いた穴から落下した。日ごろ鍛えているジェシルは咄嗟に身構えて、お尻を打つぐらいで済んだのだ。ジェシルは顔を上げた。さっきまでいた地下二階に残してきた発光粘土の明かりがうっすらと射し込んでいる。……と言う事は、ここは地下三階で間違いはなさそうね。ジェシルはそう判断した。……それにしても乱暴な入口だわ! ご先祖って何を考えているのかしら! ジェシルは見えない先祖に向かって、べえと舌を出してみせた。
「……そうねぇ、この高さなら、ジャンの肩か頭にでも乗って飛び上れば戻れそうだわ」落ちて来た穴を見上げ、ジェシルはつぶやく。「で、肝心のジャンはどこかしら?」
 ジェシルは地下二階から射す明かりを頼りに周囲を見回す。
 ジャンセンは少し離れた所に仰向けになって倒れているのが見えた。ジェシルがジャンセンの顔を覗きこむ。ジャンセンは口を大きく開けたまま気を失っていた。
「あらあら……」ジェシルはジャンセンを見てぷっと吹き出す。「ジャン、例の地下の水たまりにでも落ちたって思ったようね。大きな口を開けて必死に呼吸をしてるつもりなんだわ」
 ジェシルはしゃがみ込んで、にやにやしながらジャンセンのからだを揺する。しかし、ジャンセンは起きない。
「……まさか、ジャン、死んだ気になっているんじゃないでしょうねぇ……」ジェシルはジャンセンの頬をぺちぺちと叩く。「ジャン、起きてちょうだい」
 しかし、ジャンセンは気を失ったままだ。ジェシルはため息をつく。周囲を見回すが、上の階の明かりが射し込んでいるところ以外は、薄暗くて良く見えなかった。ジェシルは、倒れているジャンセンの鞄の中を探った。詰め込んだ金貨を掻き出し、わずらわしそうに床に抛る。それを幾度か繰り返す。
「……やっと出て来たわ」
 ジェシルが手にしたのは発光粘土だった。それを少しちぎって捏ね始めた。明るくなってきたので床に置いた。明るさが増してきて、地下三階の室内を照らし出した。
 石造りの室内は他の階と変わらない。ただ、何も無かった。ジェシルはつまらなさそうな顔をする。
「何よ、痛い思いまでしたのに……」ジェシルは口を尖らせる。「こうなったら、さっさとジャンを叩き起こして、頭を踏み台にして、とっとと戻ることにするわ!」
 ジェシルは、まだ口を開けたまま気を失っているジャンセンの肩口を跨いで立つと、ジャンセンの顔を見下ろした。気を失っている割には穏やかそうな表情に、ジェシルはむっとした。そして、上半身をやや屈めて、右手を大きく振り上げた。ジャンセンの左頬を強く叩いてやろうと決めたのだ。
「ジャン……」ジェシルの顔に酷薄な笑みが浮かぶ。「覚悟しなさい……」
 と、いきなりジャンセンが目を開けた。気がついたのだ。
 ジャンセンの目に飛び込んできたのは、赤い色だった。それは、自分を跨いで立っているジェシルの下着の色だった。
「うわっ! 赤い!」
 ジャンセンは叫ぶ。ジャンセンがいきなり目を開けたのと、叫び声とで、ジェシルは飛び退けた。それから、赤いと叫んだ正体が自分の下着だと分かり、床の上に座り込んでしまった。無意識にスカートを押さえている。
「馬鹿! 最低!」
 今度はジェシルが叫ぶ。
「何だよ……」ジャンセンはのそりと上半身を起こし、周囲を見回す。「……ここは?」
「ふん!」ジェシルは、ジャンセンが状況を把握していない事に、少し安堵した。……よかったわ、赤色が下着だって分かっていないみたいだわ。「……ここは、あなたのお目当ての地下三階よ!」
「えっ!」ジャンセンは立ち上がる。「そうなんだ! ぼくはてっきり地下の水たまりに落ちてしまったと思っていたよ! ……そうかぁ、ここが地下三階かぁ!」
 ジャンセンは嬉しそうな顔で周囲を見回している。
「ジャン、楽しそうな所悪いけど、この部屋には何にもないわよ」ジェシルは水を差す。「地下三階は空き部屋だわ」
「ふ~ん……」
 ジャンセンは生返事を返し、周囲を見回すのを止めない。無視されたような気分がして、ジェシルはむっとする。
「ジャン! わたしの言う事聞いているの?」
 ジャンセンは返事をしない。じっと一点を見つめている。ジャンセンはそこを指差した。
「ジェシル……」ジャンセンは顔をジェシルに向ける。「この部屋には何もないって言っていたけどさ、あれを見落としていたのか? 君は宇宙パトロールの捜査官だろ? あれを見落とすなんて、どうかしてやしないか?」
 ジェシルは、ずけずけ言うジャンセンに腹を立てながらも、ジャンセンの指差す方を見た。
 そこには、赤く塗られた木製のドア枠のようなものが建っていた。高さは六フィートを超えている。幅は三フィートはありそうだ。使われている木材の幅は五インチほどのものだった。年季が入っているのか、塗られている赤い色は少し黒ずんでいた。
「変ねぇ、さっきは見なかったわよ……」
「見落としたんだよ。だってさ、あんな大きなものが、いきなり現われるわけないじゃないか」ジャンセンは言うと、心配そうな表情をジェシルに向ける。「……ジェシル、君、落ちた時に打ち所が悪かったんじゃないか?」
「ふん!」ジェシルは鼻を鳴らす。「溺れたみたいに大口開けて気を失っていた人に言われたくないわよ!」
 ジャンセンはジェシルの文句を聞いていないかのように、ドア枠へと近づいて行く。
「何よう! わたしはまだ文句が言い足りないわよう!」
「分かったよ、それは後で聞くから……」ジャンセンは振り返ってジェシルに言った。「それよりもさ、これを調べない手は無いだろう?」
 ジャンセンは子供の頃に大発見をした時(すべてが思い込みだったのだが)の様に、瞳をきらきらとさせていた。  


つづく

コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ジェシルと赤いゲート 23 | トップ | ジェシルと赤いゲート 25 »

コメントを投稿

ジェシルと赤いゲート 」カテゴリの最新記事