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怪談 幽ヶ浜 22

2020年09月06日 | 怪談 幽ヶ浜(全29話完結)
 二人は並んで歩く。おてるとその母の墓石の日陰の地を超える。ほぼ村の境目辺りだった。もうここまで来ると潮風の香りも波打ちの音も聞こえない。
 そこに手入れのされていない小さな掘っ立て小屋があった。
「……あれがお島の小屋か?」坊様が指をさす。「何やら、ずいぶんと虐げられておるようだの」
「へい…… お恥ずかしい限りで……」長が言う。「でやすがね、これもお島自らが蒔いた種でやすから……」
「まあ、おてるの邪念のせいも無しとは言えんがの……」坊様は言う。長は、倒され割られたおてるとその母の墓石を思い浮かべ、やりきれない思いに駆られたた。「さて、お島はいるかのう」
「お島は他に行く所なんざありやせんが」
「そうだと良いがな……」
 二人はお島の小屋の前に辿り着いた。しんとしている。
「静かだの……」
「まだ寝ているのかもしれやせん」
「うむ……」坊様は引き戸を軽く叩いた。「……これ、お島さん、居るかい?」
 返事はない。坊様はもう一度叩いた。やはり返事が無い。坊様は今度は強く叩いた。引き戸が反り返る。それでも返事が無い。
「おう、お島! わしじゃ、長じゃ! 居るんなら顔を出してくれい!」
 返事が無い。二人はじっとして中の気配を窺う。物音一つしなかった。
 長は引き戸に手を掛け、開けようとするが開かない。手応えから、何かが引っかかっているようだった。
「坊様、どうなっているんでやしょう?」長が戸惑いながら言う。「まさか、首でも吊ってんじゃ……」
 坊様は小屋の周囲を回った。煙抜きの格子が開いているのを見つけた。そこから中を覗くと、散らかった土間と、消えたままの囲炉裏を切った朽ちて穴が幾つか開いている板間と、その横にせんべい布団が二組並んで伸べてあった。
「長殿……」坊様が長を手招きする。「幸い首は吊ってはおらんようじゃ」
「……へい」長も格子から中を覗く。「……誰も居ねぇ……」
「お島はどこぞに姿を隠したようじゃ」
「と言う事は、おてるが絡んでいると……」
「そうかも知れん…… 少なくとも、この小屋に邪なものは感じられんよ。お島はずっと戻っていなかったようじゃな」
「さいでやすか…… 村の厄介者ゆえ、誰も気にもかけておらなんだでなぁ…… 気がつかなんだ……」長は悔しそうに下を向く。「長のオレくれぇは気を回してやるべきじゃった」
「まあ、そう己を責めるな」坊様は長の肩に手を置いた。「長殿は村のために良くやっておられるよ」
「へい、ありがとう存じやす……」長は顔を上げる。「じゃあ、すぐに村の衆を集めてお島を探しやしょう」
「いや、そのようにして見つけても無駄じゃろう。おてるが憑かねば、お島はお島のままじゃ。それに、憑いている間の事は無いも覚えちゃおらん。さらにだ、本当におてるがお島に憑くのかもまだ分からんし……」
「じゃあ、どうしたら……」
「ふむ」坊様は頭を掻く。「おてるがお島に憑くと言う事がはっきりせねば何とも手が打てんな……」
「そんな悠長な……」
「仕方あるまいて。……まあ、九分九厘、おてるはお島に憑くとは思うのだがな」
「坊様の、その得意の鼻は利きませんので?」長が坊様の鼻を指さす。「この村を嗅ぎ当てた鼻で、お島の居所が分かりゃあしやせんか?」
「駄目じゃのう……」坊様はまた頭を掻く。「おてるの方が一枚上手のようでな、全くにおって来んのじゃ」
「さいで……」
 二人はお島の小屋を後にして歩き出した。黙したままで長の所まで戻って来た。長の家の前に太吉が立っていた。
「おや、太吉、どうした?」長が言う。「何か用か?」
「へい……」太吉は頭を下げる。「ちょいと思い出したことがあってさ…… でも、長が居ねぇから帰ろうと思ってたところだったんで……」
「そうだったかい、そりゃあ悪かったな。ちょいとお坊様と出掛けておったんじゃ」
「それで、太吉さん、何を思い出したんじゃ?」坊様が割って入る。「藤吉さんや権二さんに関わる事かい?」
「へい、そうだと言えばそうなんでやすけど…… 権二さんが言ってたんでやすが、夜中、藤吉さんが浜に立っていたって話なんでやすが」
「何じゃ、それだけか?」長が呆れたように言う。「酔い覚ましに浜をぶらつくのは良く有る事じゃろう?」
「それが鉄兄ぃや権二さんなら分かるけどよ、あの藤吉さんだぜ。酒を飲んで酔っぱらうなんて思えねぇんだ」
「じゃあ、何で浜なんぞに居たんだ?」
「それは、分かんねぇけどよ、気になってさ……」
「太吉さん!」坊様が大きな声を上げた。「これは仏の導きじゃよ!」
「お坊様、何をいきなり……」
「藤吉さんはな、おせんに会いに来たんだよ」坊様は言うと、太吉に向いた。「太吉さん、すまんが、力を貸してくれんかな?」 


つづく


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