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ジェシル、ボディガードになる 3

2020年12月31日 | ジェシル、ボディガードになる(全175話完結)
 ジェシルは自分のオフィスに戻った。オフィスに置かれた来客用の豪華なソファに座ると、その前にあるアンティークなローテーブルのバスケットに入っている、干しベルザの実を一つ摘まんで口に入れた。ベルザの実は干すと甘さが増す。その甘さを堪能しているうちに、トールメン部長のオフィスでの腹立たしさが治まってきた。制服の前ファスナーを少し下げる。胸が苦しさから解放された。ジェシルは大きく深呼吸をした。
「さて……っと……」
 ジェシルは干しベルザの実をもう一つ摘まむと、ゲラジウム材で仕上げた高価で天板の広いデスクに向かう。上質なデューランゲ牛の皮張りの椅子にどっかりと座り込むと、卓上のコンピューターを操作する。ホログラムが広いデスクの上に出現した。
 均整の取れた体型。肩まで垂れた滑らかな白髪。若い頃は相当もてたのだろうと思わせる整った顔立ち。そして、特徴的な金色の瞳。初老な感じだが、くたびれた雰囲気はない。
「……これがオーランド・ゼム、七百二十歳か……」ジェシルは回転する全身像のホログラムと一緒に表示される解説を見ながら呟いた。「このホログラム、昔々の物じゃないかしら? いくら何でも、ねぇ……」
 ジェシルはもう一度コンピューターを操作し直した。直近のオーランド・ゼムのホログラムを呼び出す。現われた像は同じものだった。
「これが、ナルスカ人か……」ジェシルはデスクに両肘を付き、手首を合わせ、開いた両の手の平の上に顎を乗せた。「……まあ、しわしわのよぼよぼのぐだぐだのぼけぼけじゃないだけ良しとするかな……」
 ジェシルは立ち上がる。手にした干しベルザの実を口に放り込み、もぐもぐしながら制服の前ファスナーを引き上げ、オフィスを出た。
 幹部たちのいる上層階へ向かうエレベーターのあるホールへと向かう。武器を持った警備員が二人、向かって来るジェシルを睨み付けている。
「止まれ!」警備員の若い方がジェシルに警告する。「所属と用件を言え」
「相変わらず、偉そうね」ジェシルは不満気な表情で、警備員の胸のプレートの名前を見る。「同じ宇宙パトロールとは思えないわ、ブレインド……」
「それは、オレも同じだ、ジェシル」もう一人の少し年上の警備員が言う。「お前さんの活躍のせいで、宇宙パトロールは法と秩序を守るよりも、破壊と暴力に満ちた危険な組織と思われている」
「ふん! そんなのわたしの知ったこちゃ無いわよ、ドラル!」顔見知りの警備員に向かってジェシルは口を尖らせる。「……それに、わたしの事を知っているんなら、ここに来た用件だって知っているんでしょ? ぐだぐだ言ってないで通してよ!」
「規則なんでな、ジェシル」ドラルは言い、にやりと笑う。「お前さんが規則が嫌いな事は知っているがな、そうも行かないんだよ」
「やれやれ……」ジェシルは溜め息をつくと、すっと背筋を伸ばし、ブーツの踵をわざと大きな音を立てて合わせた。「宇宙パトロール捜査部所属、ジェシル・アン捜査官。ビョンドル長官の命令で出頭しました。認識番号はQXVL11269……」
 ドラルがブレインドに目配せする。ブレインドはベルトに付いている幾つかのホルダーの中から小型の端末機を取り出し操作した。ジェシルの所属と用件を確認しているのだろう。
「ドラル……」ジェシルはドラルに小声で話しかける。「ブレインドって、新人なの?」
「そうだ」ドラルも小声で答える。「何事も初めが肝心だ。先ずは規則通りの手順を覚えてもらわなきゃな」
「面倒ねぇ……」
 確認が済んだのだろう、ブレインドはドラルに頷いて見せた。
「ジェシル、通って良いぞ」ドラルが言う。「付き添いはブレインドがする」
 エレベーターが下りてきて昇降ドアが開く。ジェシルが乗り込もうとするのをブレインドが一歩前に出て止めると、先に乗り込んだ。
「……これも規則?」
 ジェシルがドラルに振り返って聞いた。ドラルは大仰に頷いて見せた。
「やれやれ……」
 ジェシルは呟くとエレベータに乗り込んだ。
 エレベーター内での沈黙に耐え切れず、ジェシルが話しだした。
「ねえ、ブレインド。あなた、わたしの事を知ってる?」
 ブレインドは答えない。
「ねえったらぁ!」ジェシルはじれったそうだ。「規則なの? 無駄話をしちゃいけないって決まりでもあるの?」
 ブレインドは頷く。
「じゃあさ、わたしを知ってる? 頷くだけで良いから……」
 ブレインドは頷く。
「あら、嬉しいわ!」ジェシルは飛び切りの笑顔を見せた。ブレインドは狼狽えている。「悪い噂ばかり聞いているかもしれないけど、わたしは本当は優しいのよ……」
 ジェシルは言いながら、制服の前ファスナーを少し下げる。はち切れそうな胸の作る谷間が見えた。ブレインドは赤くなりながらも、声を出さないようにと唇を噛んでいる。
「あらら、初心なのねぇ……」
 ジェシルは含み笑いをしながら言う。
 エレベーターが止まった。昇降ドアが開いた。ここからはこのフロアの警備員が付く事になっている。
「……じゃあ、頑張ってね。新人のブレインドちゃん……」
 ジェシルは言うとエレベーターを降りた。新人をからかうのは楽しいわ、ファスナーを戻しながらジェシルは思っていた。


つづく


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