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ジェシルと赤いゲート 22

2023年03月05日 | ジェシルと赤いゲート 
 ジェシルの言葉にジャンセンの顔が青褪めた。
「おいおい、冗談が過ぎるよ……」
「あら、そうかしら?」ジェシルは、ジャンセンの反応を楽しんでいるようだ。「じゃ、他にあるって事? 燭台は無いわよ? だから、地下二階でおしまいか、あの落とし穴みたいなのか、のどちらかだわ」
「どっちもイヤだなぁ……」
「ここでぶつくさ言っていても始まらないわ。扉の前の穴を見に行きましょう」
 ジェシルは言うとすたすたと歩きはじめる。……見た目は慈愛に溢れた女神そのものなんだけどなぁ。でも、内心は意地悪の塊だよなぁ。ジャンセンはジェシルを見ながら心の中でつぶやく。ジェシルがジャンセンに振り返る。一瞬、心を読まれたかと思ったジャンセンだったが、にやにやしながら手招きするジェシルを見て意地悪の続きだと知った。ジャンセンは不満そうな表情でジェシルの後に続いた。

 扉の前に開いた穴は底が見えなかった。ジャンセンは手にした発光粘土で穴を照らす。穴は石で組まれていた。ずっと続いている黒っぽい石が、底無しと言って印象を与え、冷たさを増している。
「ダメだよ、深すぎる……」
「何よ、ジャン! 見ただけじゃ分からないわ」ジェシルが唇を尖らせる。「もし地下三階があるんなら、それは深い所って考えられるんじゃない?」
「そうまでする理由は何だよ?」
「それは学者のあなたが考えたり調べたりする事じゃないのよ!」
「それはそうだけどさ……」ジャンセンは恐る恐るとったように穴を覗く。「……そうだとしても、深すぎるよ」
「あら、ジャンって、こういう所が怖いのかしらぁ?」ジェシルはわざとらしく訊く。「そう言えば、子供の頃、わたしが作った落とし穴に落ちた時、信じられないくらいぴいぴい泣いていたわよねぇ?」
「あ、あれは……」ジャンセンも思い出したようだ。そして、顔を真っ赤にして怒り出した。「びっくりしたからだよ! しかもあの頃のぼくの身長の三倍くらいの深い穴だったんだぞ! あれですっかりダメになっちゃったんだかならな! 現地調査でも穴の中には入れなくなってしまったんだぞ!」
「わたしのせいだって言うの?」
「他の誰のせいだって言うんだい!」
「元々、深い穴恐怖症だったのよ」
「何だ、そりゃ……」ジャンセンは呆れてしまった。「……まあ、君が『ごめんなさい』なんてしおらしい事を言うわけ無いもんな。もう良いや……」
 ジャンセンは言うと穴の前にしゃがんで、もう一度発光粘土で照らしてみた。やはり途中までしか照らせず、後は真っ暗で何も見えない。ジャンセンは発光粘土を穴の中に落とした。粘土の明かりが落ちて行きながらその周辺を浮かび上がらせる。黒光りしている組み石が浮かんでは消えて行く。明かりはついに視界では捕らえられなくなった。
「なあ、ジェシル、これは幾ら何でも深すぎるよ……」
「そうかしら?」
 ジェシルは小首をかしげて見せた。仕草は可愛らしい。……そう、仕草はな! ジャンセンは心の中で毒づく。
 見えなくなって発光粘土を諦めて、ジャンセンは立ち上がろうと腰を上げた時、ぽちゃんと言う水面を打つ音が穴から上がって来た。
「……おい、ジェシル……」ジャンセンは穴を見下ろし、それからにやにやしているジェシルに顔を向ける。「今の音を聞いただろう? この穴は地下の水たまりに直結している!」
「ええ、聞こえたわ。かそけき音でぽちゃん、って鳴ったわね」
「と言う事はさ、この穴は地下三階に行くためのものじゃないぞ!」
「その様ね」ジェシルはさらに意地悪そうな笑みを浮かべる。「あの世へ行くための穴って言う方が相応しいわね」
「ジェシル!」ジャンセンが声を荒げる。「君はそんな穴へぼくを落とそうとしたんだぞ! き、君は宇宙パトロールの捜査官だろう! そんな人物が、ぼくをわざと死なせるような事をするなんて!」
「何よ!」ジェシルはむっとする。「死なせるような事なんてしてないじゃない!」
「何を言ってんだ! 現にこうして、深い深い穴に入れようとした」
「そうよ、入れようとしたわ」ジェシルはにやりと笑う。「未遂だわ。死なせるような事をしようとしただけよ! 実際は何ともないじゃない?」
「……」ジャンセンはじっとジェシルを見つめ、それから、ぷいと横を向いた。「もう良いよ! 君に何を言っても無駄だって事を忘れていたよ! ああ、命が助かっただけでも感謝しなきゃあなあ!」
「そうよ、分かってくれて嬉しいわ」ジェシルはくすくすと笑う。「……ジャン、おふざけはここまでね」
「おふざけ、か……」ジャンセンは大きくため息をつく。そして、気を取り直すように数度頭を振った。「まあ良いや。どうやら、地下三階があるって言うのは間違いだったんだろう。でも、それを信じて、ひょっとしてと思ってこの穴に入ると、あの世行きが待っているって寸法なんだろうさ」
「あら、随分と諦めが良いわね」
「だって、他に入り口らしきものは無いじゃないか」
「ふふふ……」
 ジェシルは含み笑いをしながら、もう一度宝の部屋へと入って行く。部屋に入ってジャンセンに振り返る。その立ち姿は、部屋の財宝の灯りが後光のようになっていて、神々しさを増している。……これで性格が良ければ、本当に女神なんだけどなぁ。まあ、天は二物は与えないか。ジャンセンはジェシルを見ながら思う。ジェシルは先ほどのようにジャンセンを手招きする。ジャンセンは不承不承の態で従う。
 ジェシルは女神の格好をするために脱いだ服の前に立っていた。床に乱雑に置いてある。
「あなたはお宝に夢中で、わたしが着替えているのに気がつかなかったわね」ジェシルは言うとくるりと一回りして見せた。「まあ、あなたの事だから、そうなるだろうと思っていたから平気だったんだけど……」
「ふん! ぼくは君に関心が無いだけだ」
「そんな事言うと、宇宙中の男たちを敵に回すわよぉ?」ジェシルは笑む。「こう見えて、わたしって人気者なんだから」
「悪党どもに、人気なんだろう」
「ふふふ…… まあ、良いわ……」
 ジェシルは言うと、しゃがみ込んで床に置いた服をまとめて持ち上げた。
「あっ……!」ジャンセンは絶句した。「それって……」
 ジェシルが持ち上げた服の下に、押しボタンのように突き出た丸くて赤い石があったからだった。
「そうね、多分、地下三階への入り口用の押しボタンだわ」
「見つけていたんなら、早く教えてくれよ!」
「わたしに関心を示さない学者になんて、素直に教える気はなかったのよ」ジェシルはまた意地悪そうに笑む。「でも、もう飽きちゃったから、良いわ」 


つづく

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