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日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

コーイチ物語 2 「秘密の消しゴム」 71

2009年03月30日 | コーイチ物語 2(全161話完結)
「・・・ところでさ・・・」
 コーイチは弱々しい声で、息も絶え絶えで言った。自転車を止める。
 肩に座っていた花がふわりと浮き上がって、コーイチの顔を覗き込む。
「どうしたのよ? 何をそんなに疲れているのよ?」
 コーイチの額から大粒の汗が滴り落ちている。締めているネクタイを大きく緩め、スーツを脱いで、前カゴの振り込む。
「どうもこうもないよ・・・」コーイチは自転車を道端に寄せ、スタンドを立て、それから道端の草の上に座った。「・・・あのさ、どこまで行けば、ベリーヌさんの城に着くんだい・・・?」
 花はコーイチの顔の前で、両方の葉を腕組みするように絡ませた。
「どこまで行けば、ですって?」花は呆れたように言う。「そんな事、わたし知らないわ。わたしはどっちへ行くかを教えてあげただけよ」
「へっ?」今度はコーイチが呆れたような声を出す。「でも、どれくらいかかるか位、教えてくれたってよかったじゃないか!」
「どうしてよ? あなた聞かなかったじゃない!」
「・・・」コーイチは上下させていた肩をぴたりと止め、じっと花を見つめた。「・・・そう言われてみれば、聞いてませんでした・・・」
 コーイチは溜め息をついた。進むべき方向にぼうっとした視線を送る。丘がいくつもいくつもいくつもいくつも続いている。・・・ひょっとして、永遠に続いているんじゃないだろうか。反対側に進むと迷路の森へ行く道とか言っていたけど、こっちの道は迷路そのものじゃないのかなあ。ああ、どうしようかなあ。でも、行かなきゃならないんだよなあ・・・
「あなたって、体力もないのねぇ」花はまた葉先でコーイチの鼻先をつんつんと突ついた。「仕方ないわ。もう一度だけ助けてあげる」
「えっ!」コーイチは喜びの声を上げた。「じゃあ、開けるとすぐにそこに出られるドアを出してくれるのかい? それとも、頭につけて飛んでいけるプロペラを出してくれるとか。それから、ええと・・・」
「・・・何を言ってるの? そんなものある訳ないじゃない、お馬鹿さんねぇ!」
 花は軽蔑したように言うと、ふわりと道路わきの草むらに降り立った。コーイチを手招きするように左の葉を動かす。コーイチがその場に行くと、花は右の葉で、一本のきのこを指し示した。
「これ、何だか分かる?」
「ええと・・・」コーイチは屈み込んで、じっくりときのこを観察した。しばらくして顔を上げ、花に向かって言った。「きのこに見えるんだけど・・・」
「もう! お馬鹿さんねぇ!」花は二本の根で地団太を踏んでみせた。「水パイプをくわえていた青虫が座っていたきのこの話を知らないの?」
「え? 何の話?」
「さっき言ってたじゃない、この世界の元になった本の話!」
「・・・ああ、『不思議の国のアリス』だね」コーイチは思い出した。「・・・でも、その話は知らないなあ」
「あなたって、本当に、勉強が足りないのね」花はふわりと浮き上がって、コーイチの顔をしげしげと覗き込む。ばつの悪いコーイチはそれを避けるように顔をそむける。「何事も、中途半端になっていてはダメよ」
「・・・はい、すみません・・・」・・・以前、西川課長に同じ事を言われたなあ。僕は成長していないってわけか。・・・それにしてもこの花、苦手なタイプだよなあ。「・・・教えていただけませんか?」
「私も呼んだわけではないけど、感じ取れるのよ」花はきのこのそばへ降りた。「青虫はこんな事を言うのよ。『一方の側はお前を大きくし、一方の側はお前を小さくする』って」
「それが、このきのこ?」
「そうよ。だから、このきのこのどっち側かを食べると、からだが大きくなるのよ。大きくなれば、歩幅も大きくなる。歩幅が大きくなれば、一歩の距離が長くなる。一歩の距離が長くなれば、早く歩ける。早く歩ければ、目的地まで早く着くわ」
「なるほどねえ。君って、すごいんだねえ」コーイチは素直に感心して言った。「で、このきのこのどっち側が大きくなる方なんだい?」
「それは・・・食べてみなければ、分からないわ」花は言って、コーイチの顔をさらに覗き込んだ。もし、目が付いていたなら、背筋がすくむような眼差しだっただろう。「でもあなた男でしょ? 思い切り食べちゃいなさいよ!」
「は、はい。分かりました・・・」
 コーイチは溜め息をついた。

       つづく

いつも熱い拍手、感謝しておりまするぅ

(いよいよ最終日ですね。千穐楽に、乾杯!)



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