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コーイチ物語 2 「秘密の消しゴム」 159

2019年04月06日 | コーイチ物語 2(全161話完結)
「……さん……」
 声がする。
「……イチさん……」
 ……誰だろう? ぼくを呼んでいるのかな?
「コーイチさん……」
 ……ほうら、やっぱりぼくだ。……この声、聞き覚えがあるぞ…… これは確か…… !
 コーイチはあわてって上半身を起こした。すぐ目の前に花子の驚いた顔があった。コーイチの勢いに圧倒されたのか、花子はしゃがんだいた姿勢から尻もちをついてしまった。
「なによ! 起き上がるんなら、そう言ってからにしてよね!」
「あ、ごめん……」そう言いながら、きょろきょろと周囲を見回す。「……あれ? 逸子さんや芳川さんは……?」
 花子はじっとコーイチの顔を見つめる。その真剣な眼差しに、コーイチはうろたえる。
「ねえ、コーイチさん……」
「な、なんだい?」妙に緊張するコーイチだった。「そんなに真剣な顔で……」
「どこまで覚えているの?」
「え?」
「ずっと気を失っていたから……」
「あ、そうなんだ。心配してくれているんだね……」コーイチは寄り目になって考え込む。「たしか、大王からエンピツと消しゴムを取り戻すことができて、喜んで振り返ったら……」コーイチは、はっとした表情になる。「……確か…… 二人が、その…… あれだった……」顔が真っ赤になった。「あれ、あの…… そう、あれで……」
「あれ?」花子は真っ赤になっているコーイチを不思議そうに見ている。「あれって、わたしと洋子ちゃんが裸ってやつだったこと?」
「……」コーイチは無言で何度もうなずいてみせる。「はっきりとは見てないし、しっかりとは覚えていないんだけども…… いや、覚えているかな? ……で、その後すぐに逸子さんが目の前に立って、いきなり目の前が暗くなった……」
「そうなんだ。コーイチさん、逸子ちゃんに派手にぶっ飛ばされたもんね」花子は楽しそうに言った。「その後が大変だったのよ。特に洋子ちゃんがね。……いや、洋子ちゃんだけが大変だったのかな」
 花子が軽く咳払いをして話し始める……

 何度揺すっても意識が戻らないコーイチをあきらめた逸子は花子と洋子の所に戻ってきた。
「コーイチさん、大丈夫なんですか?」洋子が心配そうに聞く。「かなりな勢いがありましたけど……」
「大丈夫よ。コーイチさん、慣れてるから」逸子は笑った。「服、着ちゃったのね」
「そりゃそうですよ!」洋子が真っ赤になった。「あんな恥ずかしい思い、生まれて初めてです!」
「洋子ちゃんが言うには、乙女は無暗に裸を見せないものなんだって。面倒くさいわね」花子は唇をとがらせる。「わたしは別に平気なんだけどね」
「花子さん!」洋子が花子を叱る。「そんな淫らなこと言っちゃダメです!」
「はいはい…… で、逸子ちゃんだけ裸にならなかったのはどうしてかしらね?」
「それは説明できます」洋子が得意げに言う。「逸子さんの服はあっちの世界のものだから、影響が無かったんですよ。わたしたちのカンフー着は、花子さんの創造物ですから」
「なるほどね」
「それはそれとして……」洋子は大王の乗る雲に向かった。そして、エンピツと消しゴムを拾い上げた。「……これで、大王、あなたも他の連中も、おしまいですね」

「……で、洋子ちゃんの大活躍が始まるわけなのよ」
「ふ~ん……」
 ぼうっとした顔のコーイチにため息をつきながら花子が続ける……

「花子さん」エンピツと消しゴムを握りしめながら洋子が花子に振り返る。「わたしの服、元の世界のものに戻してもらえませんか」
「え? どうするの?」
「元の世界に犯罪者四人組を送り返す段取りをつけてきます」洋子はきっぱりと言った。「お願いします!」
「うん、わかった」
 花子は洋子の服を戻す。パーティの時の黒のノースリーブのミニになった。恥ずかしそうにスカートの裾を気にしている。逸子が「大丈夫、見えてないわ」と声をかける。
「それと、もう一つお願いがあるんですけど……」
「なあに?」
「紙を一枚創っていただけませんか?」
「いいわよ」
 花子は手を宙で軽く振った。するとその手に真っ白な紙が一枚あった。
「すごいわ、手品みたいね」逸子が言う。「そうだ、帰ったらお父さんに話してやってもらうわ」
「ありがとうございます……」
 洋子は紙を受け取り、手慣れた感じでエンピツでさらさらと自分の名前を書いた。 
「終わったら、必ずここへ帰ってきます!」
 洋子の姿がすうっと薄くなって消えた。
「洋子ちゃん、大丈夫かしらね……」
 逸子が言い終わる前に、うっすらと人影が浮かんできて、はっきりすると洋子の立ち姿になっていた。
 初出勤時と同じ、グレーのスーツに膝丈のスカート、肩で切りそろえた黒い直毛、大きめのレンズの黒縁メガネという姿だった。逸子と花子の顔を見ると、その場にへたり込むように座った。
「どうしたの?」逸子が駆け寄る。「忘れ物でも取りに来たの? それにしても、そのスーツ姿は何なの?」
 洋子は花子に顔を向けた。
「花子さん……」洋子はのどがカラカラのような声を絞り出した。「この服…… カンフー着にしてください……」
「ええ、良いわよ……」不思議そうな顔をしながらも、花子は洋子の服をカンフー着に変えた。「でもついさっきまで黒のミニだったじゃない?」
「え?」洋子のほっとした顔が驚きの顔になる。「わたし、戻ってからの十日間、滅茶苦茶大変だったんですけど……」
「そうなの? 洋子ちゃんが戻ってまだ数分も経っていないわよ?」逸子が不思議そうに言う。隣で花子もうなずく。「……どうなっているのかしら?」
「きっと、こことあっちでは、時間の流れ方が違うんだと思います」洋子は言う。「……とにかく大変でした……」



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