「あら、あなた……」さとみが言う。「たしか、わたしの部屋で……」
「はい、そうです」その霊体は答える。「何とかここを抜け出して、彷徨っているうちに、強い力を感じたので、お邪魔したんです……」
「でも、話は出来なかったわね……」
「ここに連れ戻されたので……」
「……どう言う事?」
そこに虎之助が割り込んできた。
「あなたのその格好って、保母さんみたいだけど?」
「はい、そうです。わたし、春美と言います」その霊体が言う。「この子たちの通っていた幼稚園に勤務していました。 帰宅途中でバスが事故に遭って……」
「あら、お気の毒様な事……」虎之助が言う。「何処で事故に遭ったの?」
「駅前の道路をバスが走っている時でした。猛スピードで逆走してきた乗用車があって、バスの運転手の田中さんがあわててハンドルを右に切って、そうしたら、バスの左側に居たわたしとこの子たちに所に乗用車が突っ込んできて……」
「うわぁ……」虎之助は眉間に皺を寄せる。「そんな馬鹿な運転するのって、団塊のジジイじゃない?」
「いえ、酒に酔った若い男でした」
「あら、逆走と事故はその世代に付き物だと思っていたわ」虎之助が驚いている。「で、その馬鹿野郎も死んだの?」
「軽傷でした……」
「あら……」
虎之助は二の句が継げない。今度はさとみが割り込む。
「それでさ、さっき、この体育館から抜け出したとか連れ戻されたとか言っていたけど?」
「はい……」春美はさとみを見た。「事故があった後、わたしとこの子たちは事故現場にいたんですけど。あ、もうその時は霊体になっていました。……子供たちも、壊れたバスや、ぐったりしている自分を見て、察したようです。お迎え場所がすぐ近くだったので、親たちも集まって来て、自分のママが泣いているのも見ていました……」
「そんな……」
さとみも二の句が継げない。
「その事故は一週間くらい前でした。それから、わたしは子供たちと一緒に居たんですけど、この学校が見える所を彷徨っていると、いきなり捕らえられて、気がついたら体育館でした」春美は子供たちを見る。「子供たち、特にまさきときりとは遊びたい盛りだったので、わあわあ言って体育館を駈け回っていました」
「その流れで千賀子ちゃんにいたずらしたのね」さとみは言う。「でも、先生なら、いたずらしたなら叱らなきゃ」
「わたし保母さんに成り立てで、上手く出来ないんです……」春美は泣きそうな顔で言う。「まさきときりとには、わたしの未熟さが分かっているようで、言う事を聞きませんし、みきは妙に大人びていて、わたしを見下して来るし……」
「……それで、誰があなたたちを捕らえたの?」さとみは黙っていると春美の愚痴が収まらないと思い、話題を変えた。「何か黒い影のようなものを見なかった?」
「影、ですか……」春美は目を閉じて思い出そうとしている。しばらくして目を開け、首を左右に振る。「……見た覚えはありません」
「そう……」さとみは言うと、竜二に振り向く。「竜二、お願いがあるんだけど……」
「え? さとみちゃんがオレにお願いだってぇ?」竜二は殊更大きな声で言う。「さとみちゃんが、このオレに…… 知り合ってから初めてじゃないかなぁ……」
竜二は言うと、おいおいと泣き出した。まさきときりとが竜二の傍に駈け寄って来た。しりとりでまきに勝てない事も一因のようだ。
「あ~っ! ポコねえちゃんが、おじちゃんをなかしたあ!」
「おとなをなかせるなんて、わるいおねえちゃんだぞ!」
まさきときりとは口々に言ってさとみを責める。
「泣かせたんじゃないわよう! 勝手に竜二が泣いたのよう!」
さとみは子供相手に言い返す。しかし、子供たちはわあわあとさとみを責め続ける。
「竜二、泣くのをやめてよう!」さとみは声を荒げる。「あなたのせいで、わたしが悪者扱いじゃないのよう!」
「わぁ~っ! ポコねえちゃんがおこったぁぁ!」
まさきときりとは大声で言うと、笑いながら体育館を駈け回り出した。体育館の出入り口から朱音の悲鳴とアイの怒鳴る声とがする。
「こら、二人とも止まりなさい!」
春美が言うが、二人は全く聞こえていないようだ。いや、聞こえているけど知らんぷりをしているのだろう。春美は困惑の表情をさとみに向ける。
「好い加減にしなさい!」さとみも声を荒げるが、子供たちはそれを面白がって、余計に騒いで走り回る。「竜二! あなた、あの子たちを止めなさいよう!」
しかし、竜二はまだ泣いている。竜二の周りに虎之助とみつと冨美代が集まって、口々に泣き止むように言っているが、効き目がない。豆蔵は懐から小石を出し、駈け回る子供に狙いを定めている。
「ダメよ、豆蔵!」さとみが慌てて言う。「相手は子供よ!」
「でやすけど、こう言う事を聞かないんじゃ、仕置きも必要でやしょう」
「でも、ダメ!」
「じゃあ、どうしなさるんで?」
「それは……」さとみは口籠る。「……とにかく、竜二が悪いのよ!」
と、今まで腕組みをして立っていたみきが駈け出した。……うわあ、みきちゃんも加わるんだぁ。さとみはうんざりする。
みきは駈け回るまさきときりとの前に立ちはだかった。まさきときりとは立ち止まる。
「あなたたち、あかちゃんなの?」みきは言うと二人を睨みつける。二人はばつが悪そうに下を向く。「ポコおねえさんがききたいことがあるみたいよ」
「え?」
さとみは驚く。さとみは竜二を通じて子供たちに影を見ていないかを聞こうとした。しかし、まだその話はしていない。
「そうなんでしょ、ポコおねえちゃん?」
ミキは言うと、さとみを見る。
つづく
「はい、そうです」その霊体は答える。「何とかここを抜け出して、彷徨っているうちに、強い力を感じたので、お邪魔したんです……」
「でも、話は出来なかったわね……」
「ここに連れ戻されたので……」
「……どう言う事?」
そこに虎之助が割り込んできた。
「あなたのその格好って、保母さんみたいだけど?」
「はい、そうです。わたし、春美と言います」その霊体が言う。「この子たちの通っていた幼稚園に勤務していました。 帰宅途中でバスが事故に遭って……」
「あら、お気の毒様な事……」虎之助が言う。「何処で事故に遭ったの?」
「駅前の道路をバスが走っている時でした。猛スピードで逆走してきた乗用車があって、バスの運転手の田中さんがあわててハンドルを右に切って、そうしたら、バスの左側に居たわたしとこの子たちに所に乗用車が突っ込んできて……」
「うわぁ……」虎之助は眉間に皺を寄せる。「そんな馬鹿な運転するのって、団塊のジジイじゃない?」
「いえ、酒に酔った若い男でした」
「あら、逆走と事故はその世代に付き物だと思っていたわ」虎之助が驚いている。「で、その馬鹿野郎も死んだの?」
「軽傷でした……」
「あら……」
虎之助は二の句が継げない。今度はさとみが割り込む。
「それでさ、さっき、この体育館から抜け出したとか連れ戻されたとか言っていたけど?」
「はい……」春美はさとみを見た。「事故があった後、わたしとこの子たちは事故現場にいたんですけど。あ、もうその時は霊体になっていました。……子供たちも、壊れたバスや、ぐったりしている自分を見て、察したようです。お迎え場所がすぐ近くだったので、親たちも集まって来て、自分のママが泣いているのも見ていました……」
「そんな……」
さとみも二の句が継げない。
「その事故は一週間くらい前でした。それから、わたしは子供たちと一緒に居たんですけど、この学校が見える所を彷徨っていると、いきなり捕らえられて、気がついたら体育館でした」春美は子供たちを見る。「子供たち、特にまさきときりとは遊びたい盛りだったので、わあわあ言って体育館を駈け回っていました」
「その流れで千賀子ちゃんにいたずらしたのね」さとみは言う。「でも、先生なら、いたずらしたなら叱らなきゃ」
「わたし保母さんに成り立てで、上手く出来ないんです……」春美は泣きそうな顔で言う。「まさきときりとには、わたしの未熟さが分かっているようで、言う事を聞きませんし、みきは妙に大人びていて、わたしを見下して来るし……」
「……それで、誰があなたたちを捕らえたの?」さとみは黙っていると春美の愚痴が収まらないと思い、話題を変えた。「何か黒い影のようなものを見なかった?」
「影、ですか……」春美は目を閉じて思い出そうとしている。しばらくして目を開け、首を左右に振る。「……見た覚えはありません」
「そう……」さとみは言うと、竜二に振り向く。「竜二、お願いがあるんだけど……」
「え? さとみちゃんがオレにお願いだってぇ?」竜二は殊更大きな声で言う。「さとみちゃんが、このオレに…… 知り合ってから初めてじゃないかなぁ……」
竜二は言うと、おいおいと泣き出した。まさきときりとが竜二の傍に駈け寄って来た。しりとりでまきに勝てない事も一因のようだ。
「あ~っ! ポコねえちゃんが、おじちゃんをなかしたあ!」
「おとなをなかせるなんて、わるいおねえちゃんだぞ!」
まさきときりとは口々に言ってさとみを責める。
「泣かせたんじゃないわよう! 勝手に竜二が泣いたのよう!」
さとみは子供相手に言い返す。しかし、子供たちはわあわあとさとみを責め続ける。
「竜二、泣くのをやめてよう!」さとみは声を荒げる。「あなたのせいで、わたしが悪者扱いじゃないのよう!」
「わぁ~っ! ポコねえちゃんがおこったぁぁ!」
まさきときりとは大声で言うと、笑いながら体育館を駈け回り出した。体育館の出入り口から朱音の悲鳴とアイの怒鳴る声とがする。
「こら、二人とも止まりなさい!」
春美が言うが、二人は全く聞こえていないようだ。いや、聞こえているけど知らんぷりをしているのだろう。春美は困惑の表情をさとみに向ける。
「好い加減にしなさい!」さとみも声を荒げるが、子供たちはそれを面白がって、余計に騒いで走り回る。「竜二! あなた、あの子たちを止めなさいよう!」
しかし、竜二はまだ泣いている。竜二の周りに虎之助とみつと冨美代が集まって、口々に泣き止むように言っているが、効き目がない。豆蔵は懐から小石を出し、駈け回る子供に狙いを定めている。
「ダメよ、豆蔵!」さとみが慌てて言う。「相手は子供よ!」
「でやすけど、こう言う事を聞かないんじゃ、仕置きも必要でやしょう」
「でも、ダメ!」
「じゃあ、どうしなさるんで?」
「それは……」さとみは口籠る。「……とにかく、竜二が悪いのよ!」
と、今まで腕組みをして立っていたみきが駈け出した。……うわあ、みきちゃんも加わるんだぁ。さとみはうんざりする。
みきは駈け回るまさきときりとの前に立ちはだかった。まさきときりとは立ち止まる。
「あなたたち、あかちゃんなの?」みきは言うと二人を睨みつける。二人はばつが悪そうに下を向く。「ポコおねえさんがききたいことがあるみたいよ」
「え?」
さとみは驚く。さとみは竜二を通じて子供たちに影を見ていないかを聞こうとした。しかし、まだその話はしていない。
「そうなんでしょ、ポコおねえちゃん?」
ミキは言うと、さとみを見る。
つづく
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