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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 146

2020年10月05日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
「それで? ナナの戦況は?」
 タケルは、テーブルでチトセの作った料理を美味しそうに食べているナナの前に座って聞いた。ナナはタケルに答えず、黙々と食べている。その横ではタロウも、一心不乱に食べている。
「いやあ、チトセちゃんの料理は美味い!」タロウは思わず叫ぶ。「本当、一日の疲れが吹っ飛んじゃうね!」
「そうか? そう言ってくれると嬉しいな」チトセはにこにこしている。「オバさんはどうだ?」
「うん……」いきなり聞かれて、ナナは口の中の分をあわてて食べる。「……とっても美味しいわよ。色々言ったけど、やっぱり手作りが一番ね。売っているのは味が決まっていて飽きちゃうわ」
「いつも味が違うって事か?」
 チトセがむっとした顔でナナを見る。
「違う味だけど、どれも美味しいって事よ」ナナが言う。「いつも工夫しているなって分かるわよ。ありがとう」
 チトセは機嫌が直ってにこにこしている。
「それでさ、ナナ……」タケルがもう一度声をかける。「今日の様子はどうだったんだい?」
「タケル……」ナナが口を尖らせる。「楽しく美味しく食事をしているんだから、話はこの後にしてくれない?」
「でもさ……」
 そこへコーイチが入って来た。空になったグラスや皿を乗せたトレイを手にしている。ケーイチのいる地下研究室から下げて来たものだ。
「おや、お帰り」コーイチはナナとタロウを見て言った。「大変だったね。で、戦況はどうだったんだい?」
「午後からタイムパトロールに行ったのよ。タロウさんも一緒に」ナナが話し始めた。タケルは「ボクには答えなかったのに」とぶつぶつと文句を言っていたが、ナナは知らん顔だ。「まずは、臨時の長官に会って復帰の挨拶をしたわ。前の長官以上に偉そうで頭が固そうだったわ。今月でおしまいだって事は知らないみたいだけど。それを思うと、なんだか哀れで滑稽で……」
 思い出し笑いをしているナナに変わってタロウが話す。
「ボクは清掃係になって、モップやらポリーマーやらを使いながら各フロアを回ったんだけど、タケルさんがかなり話をしてくれていたようで、あちこちから『ブラックタイマー』復活って話が聞こえて来た」
「ほうら、聞いただろ?」タケルはナナに言って胸を張る。「ボクは、ちゃんとやっているんだよ」
「でも……」タロウは冷ややかな目でタケルを見る。「ほとんどは笑い話にしていて、信じてもらえていないようだった」
「やっぱり、タケルの日頃の行いが影響しているのね」ナナはため息をつく。「今日は、わたしはあちこちへの挨拶で終わっちゃったから、明日から、わたしも話して回るわ」
「そうしてくれよ!」タケルは自棄になっていた。「ナナが話せば、ボクの言った事が本当だって信じてくれるだろうさ!」
「そんな事はないわよ…… って言えないわねぇ」ナナは言うと笑った。「まあ、明日からも頑張りましょう」
「へいへい……」タケルは言うと、何かひらめいたように顔がぱっと明るくなった。「そうだ! 『これはナナから聞いたんだけど』って付け加えれば、みんな信じてくれるかもな」
 リビングのソファの横に光が生じた。出て来たのはアツコだった。
「ねえ、お腹空いた。何か食べさせて!」アツコはチトセの顔を見ると言った。「エデンの園の果物ばかりじゃ飽きちゃって……」
「仕方ねぇオバさんだなぁ……」
「あ、コーイチさん……」アツコはトレイを持っているコーイチに声をかけた。「ごめんなさい、今回は逸子と一緒じゃないの……」
「いや、気にしなくていいよ。元気だろうから」
「ええ。コーイチさんの話ばっかり聞かされているわ」
「……そう……」
 チトセはむっとした顔で、照れてにやけているコーイチの手からトレイを取り上げると、足早にキッチンへ入って行った。
「あ、チトセちゃん……」
 コーイチもチトセを追いかけるようにしてキッチンへ入って行った。
「……どう? 動きはあった?」テーブルの三人を見てアツコが言う。「その顔じゃ、まだまだの様ね。今日から始めたんだから、仕方ないか……」
「そう、これからよ」ナナが言う。「でも、支持者が動き出すのは、そんな先じゃないと思うわ」
「そう願いたいものだわ」アツコからオーラがうっすら立ち昇る。「そうじゃなきゃ、わたしも逸子も、からだがなまっちゃうわ」
「エデンの方は大丈夫かい?」タケルがアツコに聞いてから、思い出したようにうなずいた。「……そうか、逸子さんがいるから大丈夫か……」
「三人の側近も、腕が立つのよ」アツコは言う。「あの三人が束になってかかってきたら、わたしでもきついわね」
「じゃあ、支持者が突然現れても、対応できるわね」ナナが言う。「頼もしいわ」
 チトセがトレイに一人分の食事を乗せてキッチンから出て来た。その後ろに四つの箱を持ったコーイチが続く。
「コーイチが持っているのは弁当だ」チトセは言う。「持って行ってくれ。コーイチが詰めたから、美味しそうに見えないかもしれないけど、オレが作ったものだ」
「あら、ありがとう!」アツコは笑顔になる。「チトセちゃんは、気が利くわねぇ」
「そうね」ナナもうなずく。「わたしが長官になったら、タイムパトロールに入ってもらおうかしら」
「後は……」タケルが言う。「口の悪さを直す事かな?」
 チトセは今までにないくらい頬を膨らませてタケルをにらみ付けると、乱暴にトレイをテーブルに置き、どたどたとリビングを出て行った。コーイチは弁当をテーブルに置くと、チトセの後を追った。
「ダメじゃない!」ナナがタケルに言う。「あの言葉遣いは寂しさを隠すためのものよ。分からないの?」
「そうよ。あの子は本当は素直で良い子なのよ!」アツコも言う。「こんな見た事も無い世界で頑張っているのよ!」
「ボクだって、この世界に戸惑っているんだ。チトセちゃんなら尚更だよ」タロウも言う。「コーイチさんも分かっているからチトセちゃんを追いかけて行ったんだよ」
「直さなきゃいけないのは、あなたの軽口よ、タケル」
 散々に言われたタケルはリビングを飛び出した。
「……絶望に打ちひしがれて泣き喚きに行ったのかしら?」アツコが言う。「そんなタイプには見えないけど……」
「あれはね、ほとぼりを覚ましに行ったのよ」ナナが笑う。「小さい時からずっとそうなのよね。時間が解決してくれるって思っているのよ」
「解決するの?」
「周りがね」
「なるほど、ナナさんが解決するのね」アツコがしたり顔でうなずき、タロウを見る。「タロウもそうだから、分かるわ」
 タロウはばつの悪そうな表情をする。……強い幼なじみを持つと苦労する。タケルの言葉がタロウの脳内を駈け巡っていた。


つづく
 
 

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