チトセと逸子は並んで歩く。二人を取り巻いて厳つい男たちが歩く。ここは山賊が出ると言う話が出回っているのだろう、広い道だが誰とも行き会わなかった。
男たちはちらちらと逸子を見ている。からだのラインが出ているTシャツにジーンズ姿は、着物姿が一般的なこの時代にあっては、確かに刺激的だ。チトセも同じ様な格好だが、子供としか見ていないようで、男たちには関心外だった。そんな中にあって「たぬきの友次」はチトセに横に付いて歩いている。
「お嬢」友次はチトセにそう言うと、ぽんと自分の腹を叩いてみせた。「忠太をあのままにしておいて良かったんで? 首を刎ねちまった方が後腐れなかったんじゃ……」
友次は、チトセをすっかり「お頭」として扱っている。チトセは足を止めた。友次が足を止める。男たちも止める。逸子も止める。
「……あんたさぁ……」チトセは友次を見て、口を尖らせる。「オレみたいなネンネに、そんな物騒な事を言うなよな!」
「……お嬢、まだネンネと言われたことを根に持っているんですかい」友次はぽんと腹を叩く。「あれは忠太が言った事でやしょうが……」
「お前たちの誰一人、それに違うって言わなかったじゃないか。って事は、お前たちもそう思ってたって事だ」
「やれやれ、敵わねぇなぁ……」友次は大げさにため息をついてみせた。「忠太と野郎どもに変わって詫びを入れさせていただきやすんで、それでどうか、ご勘弁を……」
友次はチトセに頭を下げた。それを見た男たちもチトセに頭を頭を下げる。
一人の少女に向かって、厳つい男たちが一斉に頭を下げている。この光景を見て、逸子は面白さよりも不安が先に立った。……もしかして、チトセちゃん、ここに残って山賊をするなんて言い出さないかしら。自分から山賊との縁を断ち切ったけど……
「大の大人がみっともねぇなぁ……」チトセは頭を下げる男たちを見回す。その表情はまんざらでもなさそうに逸子には見えた。「ま、そんな事はどうでも良いからさ、城まで案内してくれよ」
男たちは一斉に「へーい!」と答え、また歩き出した。チトセと逸子も歩き出す。
逸子はチトセを見る。友次の問いかけに機嫌良く答えている。「お嬢」と呼ばれる事にも抵抗が無いようだ。むしろ楽しそうだ。本当に山賊復帰をするつもりかしら…… 逸子はイヤな胸騒ぎがしていた。
「ねえ、チトセちゃん……」逸子が話しかける。「ちょっと二人だけで話がしたいんだけど……」
チトセは逸子に顔を向けた時、友次が前方を指差した。
「お嬢、あれが城でやすよ」
チトセは、逸子から友次の指差す方へと顔を向け直した。友次が指差した先には薄汚い格好の手下の一人が立っていた。手下はチトセと目が合うと、にやりと不気味な愛想笑いをして見せた。
「定八! この馬鹿野郎! おい、定八どけろ!」
友次が怒鳴ると、数人が飛んで出て来て、不気味な愛想笑いを浮かべている定八を捕まえて道の脇へと放り出した。
「お嬢、すいやせんでした……」友次は頭を下げる。そして、「あれが……」と言いながら振り返ると、男たちが立っている。「おい、お前ぇらもどけ! お嬢が見えねぇだろうが!」
友次に怒鳴られ、男たちは左右に分かれた。見通しの良くなった先に、こじんまりとしているが立派な城が建っていた。友次は近くの少し高く盛り土をした場所に立った。
「前は、ここに立って城に向かって手を振りゃあ、それが合図になって城から侍が出て来て……」
友次は続きが言いにくそうだ。
「捕まえた男たちを売っ払ったんだろう?」チトセは言うと、ふんと鼻を鳴らした。「例の二人もそうしたんだな?」
「そう怒らねぇでくだせぇよ……」友次は腹をぽんと叩いた。「お嬢のお知り合いとは知らなかったもんでやすから。……もちろん、大変申し訳ねぇとは思っておりやす」
「それって、今でもやってるんでしょ?」逸子が言う。「さっさとお城に合図を送ってよ。侍がこっちに来たら、色々と聞くから」
「今はもうやってねぇよ」
友次が逸子に答える。チトセに接する時と全然違い、高圧的で威圧的だ。
「今はやってないって…… どう言う事?」
「元々がここの姫さんの婿にするために男を集めてたんだ」
「ぬゎんですってぇぇぇぇぇ!」
逸子が怒鳴った。途端に逸子の全身から赤いオーラが火柱の如くに燃え上がった。
「じゃあ、何よ? コーイチさんたちをお婿さん候補として売ったわけぇ?」
「ままま、姐さん、落ち着いてくんねぇ……」逸子の豹変ぶりに友次も慌てる。「お城じゃ、取って食おうってんじゃなねぇんだ。婿になれなきゃ城を追い出されるだけだ。死ぬこたぁねぇよ」
「それで? コーイチさんは城から出たの? それに、今はやってないって、どう言う事よ!」
「そう、ぽんぽん言わねぇでくれよ、姐さん」友次は愛想笑いをするが、逸子には通じない。ますますオーラを燃え上がらせるだけだった。「オレたちが知っていることを話すからよう……」
「じゃあ、話せ」チトセが友次に言う。「オレたちは急いでいるんだ。無駄な事は言うんじゃねぇよ」
「へい……」友次はチトセに頭を下げる。「先ず、お嬢と姐さんのお知り合いのお二人は、城から出たという話は聞いちゃおりやせん。そして、今は城では男集めはやっちゃおりやせん」
「今ではって、何時からやってないんだ?」
「へい、二た月と少し前ぇからで……」
「二人を売ったのは、いつ頃なんだ?」
「それも…… 二た月と少し前ぇからで……」
ぼうっとものすごい音がした。逸子の全身が赤いオーラで包まれ、本人の姿が見えなくなっている。
「あなた……」くぐもった逸子の声が不気味だ。「それじゃ、コーイチさんかテルキさんがお婿さんに決まったって事じゃないの……」
「いえ!」友次が頭を左右に振る。しかし、すぐに下を向く。「……でも、そりゃあ、分かりやせん……」
「あなたたち……」逸子の声に男たちはしんとなる。「コーイチさんに何かあったら、ただじゃおかないわよ!」
男たちの喉が鳴る。
「そうだ、お前たちに話がある」
突然チトセは男たちに言った。
つづく
男たちはちらちらと逸子を見ている。からだのラインが出ているTシャツにジーンズ姿は、着物姿が一般的なこの時代にあっては、確かに刺激的だ。チトセも同じ様な格好だが、子供としか見ていないようで、男たちには関心外だった。そんな中にあって「たぬきの友次」はチトセに横に付いて歩いている。
「お嬢」友次はチトセにそう言うと、ぽんと自分の腹を叩いてみせた。「忠太をあのままにしておいて良かったんで? 首を刎ねちまった方が後腐れなかったんじゃ……」
友次は、チトセをすっかり「お頭」として扱っている。チトセは足を止めた。友次が足を止める。男たちも止める。逸子も止める。
「……あんたさぁ……」チトセは友次を見て、口を尖らせる。「オレみたいなネンネに、そんな物騒な事を言うなよな!」
「……お嬢、まだネンネと言われたことを根に持っているんですかい」友次はぽんと腹を叩く。「あれは忠太が言った事でやしょうが……」
「お前たちの誰一人、それに違うって言わなかったじゃないか。って事は、お前たちもそう思ってたって事だ」
「やれやれ、敵わねぇなぁ……」友次は大げさにため息をついてみせた。「忠太と野郎どもに変わって詫びを入れさせていただきやすんで、それでどうか、ご勘弁を……」
友次はチトセに頭を下げた。それを見た男たちもチトセに頭を頭を下げる。
一人の少女に向かって、厳つい男たちが一斉に頭を下げている。この光景を見て、逸子は面白さよりも不安が先に立った。……もしかして、チトセちゃん、ここに残って山賊をするなんて言い出さないかしら。自分から山賊との縁を断ち切ったけど……
「大の大人がみっともねぇなぁ……」チトセは頭を下げる男たちを見回す。その表情はまんざらでもなさそうに逸子には見えた。「ま、そんな事はどうでも良いからさ、城まで案内してくれよ」
男たちは一斉に「へーい!」と答え、また歩き出した。チトセと逸子も歩き出す。
逸子はチトセを見る。友次の問いかけに機嫌良く答えている。「お嬢」と呼ばれる事にも抵抗が無いようだ。むしろ楽しそうだ。本当に山賊復帰をするつもりかしら…… 逸子はイヤな胸騒ぎがしていた。
「ねえ、チトセちゃん……」逸子が話しかける。「ちょっと二人だけで話がしたいんだけど……」
チトセは逸子に顔を向けた時、友次が前方を指差した。
「お嬢、あれが城でやすよ」
チトセは、逸子から友次の指差す方へと顔を向け直した。友次が指差した先には薄汚い格好の手下の一人が立っていた。手下はチトセと目が合うと、にやりと不気味な愛想笑いをして見せた。
「定八! この馬鹿野郎! おい、定八どけろ!」
友次が怒鳴ると、数人が飛んで出て来て、不気味な愛想笑いを浮かべている定八を捕まえて道の脇へと放り出した。
「お嬢、すいやせんでした……」友次は頭を下げる。そして、「あれが……」と言いながら振り返ると、男たちが立っている。「おい、お前ぇらもどけ! お嬢が見えねぇだろうが!」
友次に怒鳴られ、男たちは左右に分かれた。見通しの良くなった先に、こじんまりとしているが立派な城が建っていた。友次は近くの少し高く盛り土をした場所に立った。
「前は、ここに立って城に向かって手を振りゃあ、それが合図になって城から侍が出て来て……」
友次は続きが言いにくそうだ。
「捕まえた男たちを売っ払ったんだろう?」チトセは言うと、ふんと鼻を鳴らした。「例の二人もそうしたんだな?」
「そう怒らねぇでくだせぇよ……」友次は腹をぽんと叩いた。「お嬢のお知り合いとは知らなかったもんでやすから。……もちろん、大変申し訳ねぇとは思っておりやす」
「それって、今でもやってるんでしょ?」逸子が言う。「さっさとお城に合図を送ってよ。侍がこっちに来たら、色々と聞くから」
「今はもうやってねぇよ」
友次が逸子に答える。チトセに接する時と全然違い、高圧的で威圧的だ。
「今はやってないって…… どう言う事?」
「元々がここの姫さんの婿にするために男を集めてたんだ」
「ぬゎんですってぇぇぇぇぇ!」
逸子が怒鳴った。途端に逸子の全身から赤いオーラが火柱の如くに燃え上がった。
「じゃあ、何よ? コーイチさんたちをお婿さん候補として売ったわけぇ?」
「ままま、姐さん、落ち着いてくんねぇ……」逸子の豹変ぶりに友次も慌てる。「お城じゃ、取って食おうってんじゃなねぇんだ。婿になれなきゃ城を追い出されるだけだ。死ぬこたぁねぇよ」
「それで? コーイチさんは城から出たの? それに、今はやってないって、どう言う事よ!」
「そう、ぽんぽん言わねぇでくれよ、姐さん」友次は愛想笑いをするが、逸子には通じない。ますますオーラを燃え上がらせるだけだった。「オレたちが知っていることを話すからよう……」
「じゃあ、話せ」チトセが友次に言う。「オレたちは急いでいるんだ。無駄な事は言うんじゃねぇよ」
「へい……」友次はチトセに頭を下げる。「先ず、お嬢と姐さんのお知り合いのお二人は、城から出たという話は聞いちゃおりやせん。そして、今は城では男集めはやっちゃおりやせん」
「今ではって、何時からやってないんだ?」
「へい、二た月と少し前ぇからで……」
「二人を売ったのは、いつ頃なんだ?」
「それも…… 二た月と少し前ぇからで……」
ぼうっとものすごい音がした。逸子の全身が赤いオーラで包まれ、本人の姿が見えなくなっている。
「あなた……」くぐもった逸子の声が不気味だ。「それじゃ、コーイチさんかテルキさんがお婿さんに決まったって事じゃないの……」
「いえ!」友次が頭を左右に振る。しかし、すぐに下を向く。「……でも、そりゃあ、分かりやせん……」
「あなたたち……」逸子の声に男たちはしんとなる。「コーイチさんに何かあったら、ただじゃおかないわよ!」
男たちの喉が鳴る。
「そうだ、お前たちに話がある」
突然チトセは男たちに言った。
つづく
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